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Zayin(ザイン)
第6話
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ハチ公前で待ち合わせした。改札を出てから、しまった、と思った。前回ミコと待ち合わせした場所と同じだ。つまり、出てくるかもしれないのだ。ハチ公像の後ろから、ヒョイっと。彼女の性格なら。
僕は、そんな予感に少しビクビクしながら、ハチ公前を目指した。
有香は、ハチ公像にカメラを構える連中から少し離れた所に立っていた。前回は白系の出で立ちだったが、今回はワインレッドで統一している。立ったまま彼女が目を落としているのは、文庫本だ。今時、僕等ぐらいの年代の人が、こういう待ち合わせ時間を埋める為に手にするのはスマートフォンなものだが、文庫本。彼女の肩まであるストレートの髪の毛に隠れた表情の先に、文庫本。妙なときめきが走った。思い起こせば、僕等が当時待ち合わせをするとなると、お互い待つ側は必ず文庫本の小説を読んでいたものだったし、そういえばケータイ普及の過渡期だったから、ギリギリ、相手の自宅に電話をすると親が出て焦る、世代だ。僕等。
僕が近づくと、有香は周辺視野か足音で気づいたのか、顔を上げた。そして、僕の存在を確認すると、笑顔を見せた。
僕は、端に話しかける言葉を上手く選べず、何の本を読んでいたの、と訊いた。彼女は薄く笑うと、ラノベじゃないよ、とだけ返して来て、題名は言わなかった。
「どうしよう」僕が言った。「どこか喫茶店でも入る?」
僕の言葉に有香は首肯した。僕は、混んでいなければ、駅前のスターバックスが適だと思った。でも、彼女はかぶりを振った。
「いつも、って程じゃないけれど」有香が言った。「たまに行っているお店があるから、そこでもいいかな?」
僕は頷いた。有香が、渋谷で、たまに行く喫茶店。
「近いの?」
「うん。百軒店」
有香が言った。百軒店?
「それって、風俗街?」
僕の言葉に、彼女は笑った。
「風俗とラブホテルが多い地区なのはそうだね」彼女が笑みを湛えたまま答えた。「でも、昔ながらのライブハウスとか、喫茶店もあるんだよ」
僕は、へえ、と漏らした。
「独りだったらそうそう歩こうと思わないよね、あの通りは」
「そうかもね」有香は言うと、少し僕の前に歩を進めると、下から顔を覗き込んできた。そういえば、つきあっていた時もこんな仕草をしていたなあ、と思った。「私語厳禁だからね」
ん?
「どういう事?」
有香は悪戯っぽく笑った。
「喫茶店だけれど、私語厳禁」
は?
「それじゃあ、喫茶店の意味がないじゃん」
第一、互いに会話できなければ、彼女のCDについて語り合う事も出来ない。
「音楽喫茶なの」有香が言った。「ずっとクラシック曲とか流してるから、私語厳禁」
おいおい、じゃあ、彼女のCDを聴く事もできないじゃないか。まあ、プレイヤ持って来てないけれど。
「ちょっとちょっと」僕が鼻白んで言った。「有香のCDを聴いて、感想を言おうと思っていたのに」
有香はまた、キシシと笑うと、鞄から紙と鉛筆を取り出した。
「筆談?」僕が訊いた。有香が首肯した。おいおい…。「そういう、常連なら必ずそれをやる、的な掟でもあるの? その喫茶店」
有香はかぶりを振った。
「違うけどさ、やってみたかったんだ」やってみたいって…。「それに、そういう環境の方が、歌詞を味わうにはいいでしょ?」
「歌詞か…」確かに、彼女は曲を描いているのではなく、歌詞を書いているのだ。「でも、自分でハードル上げて来たね」
僕の言葉に有香は、てへへ、と声に出して笑った。
僕は、そんな予感に少しビクビクしながら、ハチ公前を目指した。
有香は、ハチ公像にカメラを構える連中から少し離れた所に立っていた。前回は白系の出で立ちだったが、今回はワインレッドで統一している。立ったまま彼女が目を落としているのは、文庫本だ。今時、僕等ぐらいの年代の人が、こういう待ち合わせ時間を埋める為に手にするのはスマートフォンなものだが、文庫本。彼女の肩まであるストレートの髪の毛に隠れた表情の先に、文庫本。妙なときめきが走った。思い起こせば、僕等が当時待ち合わせをするとなると、お互い待つ側は必ず文庫本の小説を読んでいたものだったし、そういえばケータイ普及の過渡期だったから、ギリギリ、相手の自宅に電話をすると親が出て焦る、世代だ。僕等。
僕が近づくと、有香は周辺視野か足音で気づいたのか、顔を上げた。そして、僕の存在を確認すると、笑顔を見せた。
僕は、端に話しかける言葉を上手く選べず、何の本を読んでいたの、と訊いた。彼女は薄く笑うと、ラノベじゃないよ、とだけ返して来て、題名は言わなかった。
「どうしよう」僕が言った。「どこか喫茶店でも入る?」
僕の言葉に有香は首肯した。僕は、混んでいなければ、駅前のスターバックスが適だと思った。でも、彼女はかぶりを振った。
「いつも、って程じゃないけれど」有香が言った。「たまに行っているお店があるから、そこでもいいかな?」
僕は頷いた。有香が、渋谷で、たまに行く喫茶店。
「近いの?」
「うん。百軒店」
有香が言った。百軒店?
「それって、風俗街?」
僕の言葉に、彼女は笑った。
「風俗とラブホテルが多い地区なのはそうだね」彼女が笑みを湛えたまま答えた。「でも、昔ながらのライブハウスとか、喫茶店もあるんだよ」
僕は、へえ、と漏らした。
「独りだったらそうそう歩こうと思わないよね、あの通りは」
「そうかもね」有香は言うと、少し僕の前に歩を進めると、下から顔を覗き込んできた。そういえば、つきあっていた時もこんな仕草をしていたなあ、と思った。「私語厳禁だからね」
ん?
「どういう事?」
有香は悪戯っぽく笑った。
「喫茶店だけれど、私語厳禁」
は?
「それじゃあ、喫茶店の意味がないじゃん」
第一、互いに会話できなければ、彼女のCDについて語り合う事も出来ない。
「音楽喫茶なの」有香が言った。「ずっとクラシック曲とか流してるから、私語厳禁」
おいおい、じゃあ、彼女のCDを聴く事もできないじゃないか。まあ、プレイヤ持って来てないけれど。
「ちょっとちょっと」僕が鼻白んで言った。「有香のCDを聴いて、感想を言おうと思っていたのに」
有香はまた、キシシと笑うと、鞄から紙と鉛筆を取り出した。
「筆談?」僕が訊いた。有香が首肯した。おいおい…。「そういう、常連なら必ずそれをやる、的な掟でもあるの? その喫茶店」
有香はかぶりを振った。
「違うけどさ、やってみたかったんだ」やってみたいって…。「それに、そういう環境の方が、歌詞を味わうにはいいでしょ?」
「歌詞か…」確かに、彼女は曲を描いているのではなく、歌詞を書いているのだ。「でも、自分でハードル上げて来たね」
僕の言葉に有香は、てへへ、と声に出して笑った。
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