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Zayin(ザイン)
第10話
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少しだけ風か寒かったが、落ち着いて話をできる所もなく、喫茶店を出てからはブラブラと公園通りを歩いてから、宮下公園のベンチに腰かけた。休日の渋谷は、自分のペースでは到底歩けない程、人が多い。人が人として生まれる確率は、宝くじの1等が何十回も連続で当たるという天文学的確率というが、そんな確率を乗り越えた者たちがこれだけ集うと、ありがたみさえ薄れる。皆、どんな過去や経験を抱えて、こうしてすれ違っているんだろう。そう思いながら人混を見ると、有香があの喫茶店をCDを渡す場所として選んだのは、妙に得心が行ったし、言葉ではなく、筆談という手段を敢えて行ったのも、理解が出来た。空に浮かぶ人工衛星は、役目を終えるといずれ全て、宇宙のある同じ場所に集うというが、同じくこの世間において、人間が作り上げる海嘯から弾かれた者は、あんな喫茶店に漂着したりするんだろう。
「なんか…」有香が口を開いた。「ごめんね。こんなつもりじゃなかったのに…」
僕は黙ってかぶりを振った。そして、少し間を置いてから、
「何も出来ないかもしれないけれど、僕に話して気分が楽になるのなら、聞くよ」
と言ってやった。彼女は薄笑みを漏らすと、ゆっくりと首を振った。
「ありがとう」有香が言った。「でも、大丈夫」
僕は、それが嘘ではなく、本心だとなんとなく解ったので、それ以上追及しなかった。
言葉に困って、また暫く沈黙した。こういう時、僕はどうしても、何か話さなきゃ、どんな下らない事でも、話題を欠いては、間を作っては駄目だ、と焦る性質なのだが、有香との間には、それは起こらなかった。この感覚は久しぶりだ。思えば、学生時代、付き合っていた時もそうだったのかもしれない。
LINEやメッセンジャは、既読かどうかは解るけれど、相手が次の言葉をどのように考えているか、までは解らない。筆談は、互いにどんな様子で書いているかが解るから、負担がなくていい。先輩が研究テーマにしていた、メディアの形式の話じゃないけれど、どちらも似ている様で、実際に目から取得する情報量は全然違って、それが大きなコミュニケーションの差になるんだな、と思った。そういう意味では、この沈黙は発話ならではかもしれない。
「信じられぬと嘆くよりも、って歌詞あったよね」僕が口を開いた。「覚えてる?」
有香は、僕の顔を覗き込むようにしてから、
「小学校で歌った?」
と訊いて来た。僕は首肯した。
「なんだっけあれ」
「人を信じて傷つく方がいい」
「そうそう」僕が言った。「自分でも作詞するからこう言うのもなんだけれど、多くの歌の歌詞は無責任だよね」
有香は、それを理解できる、という風に小さく数度頷いた。
「わたしの歌詞には人の人生を変えるような影響力はないけれど…」有香が言った。「有名なアーティストになると、そういった自分の力が怖くなることもあるのかもね」
「だから、無責任な歌詞しか書けなくなるのかな…」僕が呟いた。「僕なら、人を信じて傷つくよりも、信じられぬと嘆く方がいい、にするなあ」
有香が小さく笑った。
「皆、前向きで明るい歌とか、共感し易い歌が好きだろうからね」有香が言った。「先輩の創作、昔から一部の人にしか理解されなかったもんね」
そう。そして、大半のクリエイタはそのオナニーを繰り返してテクノブレイクしていくのだ。
「俗でもいいから認められたい、という気持ちもあるけれど、僕はやっぱり自分の個性を貫き通して、それを理解してくれる人を探した方がいいのかもしれないな…」
有香が微笑んだ。
「わたしみたいな?」
僕はその言葉に、笑いながら、そうだね、と返した。
少なくとも、過去にそうであったように、今においても、僕と有香はなんとなく同じ悩みを共有しており、互いが何を通信したくて、なにを受信して欲しいのかを漠然と解っていた。これは、タルパであるミコとはある程度成し得る、というかミコは僕の無意識を知っているから彼女の方が詳しいのだが、自分と精神を共にしていない現実の人間との間では稀な経験だと思った。
僕は、この有香との再会を大切にしたいと思った。
「また…」有香が寂しそうな笑みで言った。「会ってくれる?」
僕はそれに、出来る限りの笑顔で以て答えた。
僕は、いずれ、彼女には、タルパの話を打ち明けるだろうか。
「なんか…」有香が口を開いた。「ごめんね。こんなつもりじゃなかったのに…」
僕は黙ってかぶりを振った。そして、少し間を置いてから、
「何も出来ないかもしれないけれど、僕に話して気分が楽になるのなら、聞くよ」
と言ってやった。彼女は薄笑みを漏らすと、ゆっくりと首を振った。
「ありがとう」有香が言った。「でも、大丈夫」
僕は、それが嘘ではなく、本心だとなんとなく解ったので、それ以上追及しなかった。
言葉に困って、また暫く沈黙した。こういう時、僕はどうしても、何か話さなきゃ、どんな下らない事でも、話題を欠いては、間を作っては駄目だ、と焦る性質なのだが、有香との間には、それは起こらなかった。この感覚は久しぶりだ。思えば、学生時代、付き合っていた時もそうだったのかもしれない。
LINEやメッセンジャは、既読かどうかは解るけれど、相手が次の言葉をどのように考えているか、までは解らない。筆談は、互いにどんな様子で書いているかが解るから、負担がなくていい。先輩が研究テーマにしていた、メディアの形式の話じゃないけれど、どちらも似ている様で、実際に目から取得する情報量は全然違って、それが大きなコミュニケーションの差になるんだな、と思った。そういう意味では、この沈黙は発話ならではかもしれない。
「信じられぬと嘆くよりも、って歌詞あったよね」僕が口を開いた。「覚えてる?」
有香は、僕の顔を覗き込むようにしてから、
「小学校で歌った?」
と訊いて来た。僕は首肯した。
「なんだっけあれ」
「人を信じて傷つく方がいい」
「そうそう」僕が言った。「自分でも作詞するからこう言うのもなんだけれど、多くの歌の歌詞は無責任だよね」
有香は、それを理解できる、という風に小さく数度頷いた。
「わたしの歌詞には人の人生を変えるような影響力はないけれど…」有香が言った。「有名なアーティストになると、そういった自分の力が怖くなることもあるのかもね」
「だから、無責任な歌詞しか書けなくなるのかな…」僕が呟いた。「僕なら、人を信じて傷つくよりも、信じられぬと嘆く方がいい、にするなあ」
有香が小さく笑った。
「皆、前向きで明るい歌とか、共感し易い歌が好きだろうからね」有香が言った。「先輩の創作、昔から一部の人にしか理解されなかったもんね」
そう。そして、大半のクリエイタはそのオナニーを繰り返してテクノブレイクしていくのだ。
「俗でもいいから認められたい、という気持ちもあるけれど、僕はやっぱり自分の個性を貫き通して、それを理解してくれる人を探した方がいいのかもしれないな…」
有香が微笑んだ。
「わたしみたいな?」
僕はその言葉に、笑いながら、そうだね、と返した。
少なくとも、過去にそうであったように、今においても、僕と有香はなんとなく同じ悩みを共有しており、互いが何を通信したくて、なにを受信して欲しいのかを漠然と解っていた。これは、タルパであるミコとはある程度成し得る、というかミコは僕の無意識を知っているから彼女の方が詳しいのだが、自分と精神を共にしていない現実の人間との間では稀な経験だと思った。
僕は、この有香との再会を大切にしたいと思った。
「また…」有香が寂しそうな笑みで言った。「会ってくれる?」
僕はそれに、出来る限りの笑顔で以て答えた。
僕は、いずれ、彼女には、タルパの話を打ち明けるだろうか。
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