夜明け草の誓い ―政略で結ばれたふたりが見つけたのは、孤独を越える小さな光―

第4話 夜の語らい

深夜の執務室。
机に積み上げられた文書の山に、蝋燭の炎が揺れていた。
文字を追っても、頭に入らない。
臣下たちの意見は食い違い、明日の会議も難航は避けられぬだろう。

「……」
額に手を当て、静かに息を吐く。
かつてなら、ただ耐えればよかった。孤独に慣れ、己だけで抱え込めば済んだ。

けれど――。

「殿下」

控えめな声に顔を上げると、扉の影にリリアナが立っていた。
薄手のショールを羽織り、眠そうな瞳でこちらを見つめている。

「まだお休みになっていらっしゃらないのですか」

「……少し、片付けていた」
いつもの調子で返したが、声に張りはなかっただろう。

リリアナは静かに歩み寄り、机の前に立つと、心配そうに覗き込んできた。
「とても難しいお顔をなさっていました」

「政務だ。お前には退屈な話だ」

「退屈かどうかより……殿下がおひとりで苦しんでいることのほうが、わたしには辛いのです」

その言葉に、胸の奥が軋んだ。
“苦しんでいる”と、誰かに言われたのは初めてだった。

「……私は、ひとりで背負うものだと思っていた」
静かに告げると、リリアナは小さく首を振った。

「もう殿下はおひとりではありません。
わたしも……殿下と共に歩みたいのです」

その瞳は真剣で、揺るぎがなかった。
俺は初めて、机から目を離し、彼女の手を取った。
小さな温もりが、荒んでいた胸に沁み渡る。

「……そうか」
思わず、笑みが零れた。
「ならば、お前と共に歩むことを、私も学ばねばならないな」

リリアナの頬が赤く染まり、やがて安堵の笑顔に変わった。
その笑みを見ているだけで、胸の重みが少し軽くなる。

夜の静けさの中、手を重ね合い、俺たちは長く言葉を交わした。
未来への不安も、過去の孤独も――すべてを少しずつ共有しながら。