『ティアラに誓う、ただひとりのあなたへ』 ──赤いリボンが結ぶ、花園の婚約物語

だって、これも愛なの。

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第三話:星降る夜とヴァイオリン

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 舞踏会の夜、フローレンティアの空には星がまたたいていた。
 月は満ち、かすかに霧が立ちのぼるような幻想的な光が、邸宅の白い壁に映っている。

 

 リリアナは、鏡の前に立っていた。

 パウダーピンクのドレス。
 すそのレースには、白いバラと月の刺繍。
 胸元には、母がかつて舞踏会でつけた真珠のブローチ。

 そして髪には、あのときを思わせる――赤いリボン。

 

(これで、いいの。……もう恋なんてしないって、決めてたけど)

 目の奥で、何かがそっとほどけた。

 これは、最後の舞踏会。
 そう思えたのは、手紙の最後の一文が優しかったから。

 

『今も、私の胸の中に、大切に結ばれています。』

 

 会場に足を踏み入れると、空気がふわりと変わる。
 きらめくシャンデリアの下、社交界の紳士淑女たちがグラスを片手に談笑していた。

 リリアナの姿が現れた瞬間、ざわりと人の流れが変わる。

「……あれは、侯爵令嬢リリアナ」

「婚約を破棄されたって話じゃ……?」

「それにしては、あんなに綺麗な……」

 

 ひそやかな声が背中を刺す。
 けれど、リリアナは微笑んだ。

(おばあさまが言っていたわ。『堂々としていなさい、赤いリボンは乙女の誇りなのよ』って)

 

 そのときだった。
 人々の間を縫うようにして、ひとりの青年が現れる。

 銀色の髪に、濃紺のマント。
 群青の礼装には金糸の星の刺繍が施されている。
 胸元には、音符をかたどったブローチ。

 彼はまっすぐ、リリアナに向かって歩いてきた。

 

 そして、やわらかく、深く頭を下げる。

「――リリアナ嬢。あなたに再会できたことを、心から嬉しく思います。」

 その声に、胸がきゅっとなった。

「……あなたが、レオンハルト様?」

「はい。……赤いリボンをくださった方を、私は忘れたことがありません。」

 

 まるで、時が止まったようだった。

 懐かしさと戸惑いと、そしてなにより、あたたかさ。
 彼の瞳は、あの日のままだった。
 花園で自分をまっすぐ見ていた、あの少年のまま。

 

「……本当に、覚えていてくださったのですね」

「忘れられるはずがありません。あなたが教えてくれたのです。恋とは、優しい奇跡だと」

 

 そのとき、楽団の音がふとやむ。
 次に響いたのは、ひとつのヴァイオリンの音。

 

 静かに、けれど心をほどくように紡がれる旋律。
 リリアナは、その音に聞き覚えがあった。

 

(……この曲……まさか)

 あの日。
 花園の片隅で、遠くから微かに聞こえてきた、あの旋律。

 風に乗って聞こえた、美しく、切ない音楽。

 

「これは、私が作った曲です。
 “庭園の記憶”という名をつけました。あなたと出会ったあの夜を思って」

 レオンハルトは、そっと手を差し出す。

「踊っていただけますか、リリアナ嬢。
 ――もちろん、あなたが“望むなら”で構いません。」

 

 優しい声だった。
 選ばせてくれる声だった。

 

 リリアナは、そっと手を重ねた。

 手をとるのが怖かった。
 でも、それ以上に――“また笑いたい”という気持ちが、胸に広がっていた。

 

 ステップを踏むたび、彼の瞳が自分を映す。
 まるで夜空の星が、ふたりだけのために瞬いているかのように。

 

(もう一度……この気持ちを信じてもいいのかな)

 まだ答えは出なかった。
 けれど、踊るふたりの周囲には、ほんの少し――恋の魔法のような光が、やわらかく満ちていた。

 

(つづく)
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