『ティアラに誓う、ただひとりのあなたへ』 ──赤いリボンが結ぶ、花園の婚約物語

だって、これも愛なの。

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第四話:あなたの笑顔が、見たいのです

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 ノアディール帝国――
 星の光と霧の湖に囲まれた、美しく静かな国。

 リリアナは、舞踏会の数日後、正式な“ご挨拶”として帝国を訪れることになった。

 

 馬車を降りた瞬間、ひんやりとした空気が頬をなでる。
 空は高く、街並みはどこか古風で、時間がゆっくりと流れているようだった。

 

「ようこそ、ノアディールへ」
 出迎えたのは、銀髪の王子──レオンハルト本人だった。

「ご足労いただき恐縮です。……ご無理なさらず、どうか、ご自身の歩幅でお過ごしください。」

 その言葉は、どこまでも優しく、今のリリアナの心に寄り添ってくる。

 

 けれど――

 新しい土地、新しい人々、新しい空気。

 誰かが自分を見ている。
 “王子の婚約者”として。

 そう思うたびに、リリアナは自然に笑うことが難しくなっていた。

 

 広い屋敷の中、部屋の窓辺に立っていたとき、
 リリアナにお茶を運んできたのは、若い侍女――ソフィ・マリーヌだった。

 

「お口に合うか不安でしたが、お好きと聞いてハーブを少し……」
 彼女はそう言って、おそるおそる差し出す。

「ありがとう、ソフィさん。……とっても、いい香りね。」

 リリアナの笑顔に、ソフィはぱっと花が咲いたように顔を明るくした。

 

「まぁ♡ リリアナさまの笑顔は、ほんとうに……かわいらしいですね」

「えっ、そんな……わたし、最近ちゃんと笑えてるか、自信がなくて……」

「それは、苦しかったからですよね?」

 

 ソフィの言葉に、リリアナは目を瞬かせた。

 やさしい声だった。
 “否定しない”声だった。

 

「……ソフィさん、どうしてわかるの?」

「わたし、昔から“優しさを隠す人”が、どうしても放っておけないんです」

 

 静かにティーカップを置いたソフィは、続ける。

 

「リリアナさまは、たくさん泣いたと思います。
 でも誰の前でも泣かないで、笑って、……それって、すごいことです。
 ただ“優しい”だけじゃできません。
 優しさを“保てる”強さがある人だけが、できることです」

 

 その言葉に、リリアナの瞳が潤む。

 “わたしは、ただ傷ついていただけ”だと思っていた。
 けれど、誰かが「それでも笑おうとしていたこと」を見てくれた――
 その事実が、胸の奥でそっと涙をほどいた。

 

 その夜。

 月のきらめく夜道をひとり歩いていたとき、
 ふいに現れたのは、またもやレオンハルトだった。

 

「……眠れませんか?」

「はい、少しだけ。でも、ソフィさんとお話しして、心があたたかくなりました……」

「それは、よかった……けれど、どうか」

 

 そう言って、王子はまっすぐにリリアナを見つめた。

「どうか、あなたの笑顔が……見たいのです。
 無理にじゃなくて、自然に笑ってくださるときの、あの笑顔が」

 

 リリアナは、唇に手を当てて、そっと問いかけた。

「……そのためには、どうすればいいと思います?」

「まずは……私が、あなたに笑いかけてもらえますように。できるだけ、努力します」

 

 その答えに、リリアナは――

 

「……ふふっ。今のは、ちょっとだけ、ずるいですね」

「笑っていただけましたか?」

「ええ。……すこし、だけ。」

 

 今はまだ、“ほんのすこし”。

 でもその“少し”が、どれほどの魔法か、王子はちゃんとわかっていた。

 彼女が、自分から笑おうとしてくれたことが、
 まるで宝物のように、胸に残った夜だった。

 

(つづく)
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