蘭妃は冷宮生活を満喫中!〜呪いの猫皇子とフシギ生活〜

明夏 向日葵

文字の大きさ
40 / 50

花開くように、愛に気づく

しおりを挟む
本殿の一室。柔らかな障子の光が差し込み、揺れる提灯の灯りが二人の影をやさしく揺らしていた。

麗妃は静かに涙をこぼしながら、怜綾の手をしっかりと握る。

「貴方が無事で本当に良かった……」
声は震え、胸の内からの安堵が滲んでいた。

怜綾は微笑みを返しながら、その涙をそっと拭った。

「麗妃様、ありがとうございます。こうしてまたお話しできることが、どれほど嬉しいか分かりません」

二人の間に温かな空気が流れ、やがて話は昔の記憶へと溶けていく。

「覚えているかしら、あの春の日を。まだ幼かった私たちが庭で遊んだ、あの風の匂い……」
麗妃が穏やかに口を開くと、怜綾も優しい声で応じた。

「ええ、鮮明に。姉様が私の小さな手を握ってくれたことも」

やがて、話題は呪いを解く術へと移った。

「呪いを解くには、真実の愛が必要だと言われました。」

怜綾の瞳が揺れる。

「だけど、姉様……俺には愛が何なのか、まだよく分かりません。
茗渓を大切に想うこの気持ち――これは愛なのでしょうか?」

麗妃は少し考え込むように目を伏せ、やがて静かに答えた。

「愛とは、時に形なきもの。分からぬままに心が震えること、相手のために願い、守りたいと願うこと……それはきっと、愛の一片です。」

「姉様、教えてください。この想いをどう受け止めればいいのか――」

麗妃は穏やかに怜綾の肩に手を置き、深い慈しみを込めて微笑んだ。

「それは――貴方自身が見つけるものよ。焦らず、恐れず、その心の声に耳を澄ませば、きっと答えは見えてくる」

怜綾はその言葉に少しだけ心が軽くなるのを感じた。

麗妃は怜綾の肩に手を添えたまま、ふと目を細め、やさしく微笑んだ。

「貴方と蘭妃は、とてもお似合いですわ」

怜綾が目を見開く。どこか気恥ずかしそうに視線をそらすのを見て、麗妃は静かに続けた。

「蘭妃――あの方は、とても優しく、真っ直ぐな方。私も、何度も彼女に助けられました。困難な時でも決して諦めず、人を信じて支えようとする……そんな強さを持った方です」

怜綾の胸がじんと熱くなる。茗渓の姿が心に浮かび、その手のぬくもりが蘇る。

麗妃は少し言葉を置き、そして静かに言葉を紡いだ。

「だからこそ、怜綾――どうか、貴方が後悔のない選択をすることを、私は心から願っています」

その声音には、母にも似た深い慈愛と祈りが滲んでいた。

怜綾はまっすぐに頷いた。

「……はい。必ず」

二人の間にあたたかな沈黙が流れる。
それは、絆の深まりを感じさせる、静かで確かな時間だった。

夕暮れの風が、木々の梢をわずかに揺らしていた。
本殿の回廊をひとり歩く怜綾は、足を止めて中庭の方を見やる。
芍薬が、陽の傾きに伴って淡い朱に染まっていく。

その姿が、どこか茗渓の面影と重なった。

(……あの白い衣を渡してくれたとき、彼女は言った。「芍薬のようでしょ?」って)

怜綾の指先が、そっと衣の袖をつまんだ。
ほんのりと風をはらんだその布が、まるで誰かの手のぬくもりのように柔らかく感じられた。

(彼女は……俺を受け入れてくれた)

猫の姿でも、名前も正体も告げぬままでも、茗渓は変わらず傍にいてくれた。

(……自分のために涙を流す人が、この世にいるとは思っていなかった)

それは、ただの優しさではないと、今なら分かる。
彼女の真っ直ぐな想いに、何度も胸が締め付けられた。

今も忘れられない。腰紐を結んでくれたときの、不器用な手。
抱きつかれ、鼓動が跳ねたあの瞬間。
髪をといてくれたときの、くすぐったいほどの優しさ。

(なぜ、あんなにも胸が熱くなったのか……ようやく、分かった気がする)

怜綾はそっと目を閉じた。

(茗渓のそばにいたい。彼女の笑顔を守りたい。毎日、一緒に朝を迎え、また名を呼ばれたい――)

それは、情や恩ではない。
憐れみでも、寂しさでもない。

(これは……愛だ)

胸の奥から、静かに、けれど確かな確信が湧き上がる。
長い間、分からなかった。
“愛”など、自分には無縁のものだと思っていた。

けれど今なら、はっきりと言える。

(俺は……茗渓を、愛している)

その気持ちを胸に、怜綾はゆっくりと空を仰いだ。
白く薄く漂う雲の向こう、夕日が沈んでゆく。
今まで誰にも言えなかった気持ちを、もうすぐ伝えに行く。
茗渓に、自分の本当の心を――

怜綾は、夕陽の差す方へ静かに歩き出した。
芍薬の花が、風に揺れて見送るように咲いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...