蘭妃は冷宮生活を満喫中!〜呪いの猫皇子とフシギ生活〜

明夏 向日葵

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共に生きる誓い

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謁見の間に、正装の怜綾が進み出る。
その姿はすでに“皇子”ではなく、皇弟・怜綾としての威厳を纏っていた。
玉座の上、怜瑾帝が静かに頷く。

「――ここに公に告す。先の怜妃の罪は虚偽であった。すべては高妃らによる謀略であり、これにより怜妃の名誉を回復し、怜綾を皇弟の位に復す」

臣下たちにどよめきが走るが、怜綾は静かに一礼を捧げるのみ。

そして、帝は目を細めて問うた。

「そなたが諫言してくれたことにより、後宮に巣食っていた膿はようやく表に出た。麗妃と我が子も救われた。――そなたに褒美を取らせよう。何が望みだ?」

怜綾は少し黙し、視線を遠くへ投げる。
脳裏に浮かぶのは、苦しみに歪んだ茗渓の顔、泣きながら自分を看病してくれた姿、
そして、あの光の中で交わした、ひとつの誓い――。

「……褒美はひとつで十分です」

「申してみよ」

「蘭妃を、俺にください」

場が静まりかえる。

「彼女は、何も悪くはありません。
過去に“悪妃”と呼ばれたのは、彼女が誰にも媚びず、ただ正しくあろうとしたからです。
俺にとって彼女は命の恩人であり、呪いを解き、私に生きる意味を教えてくれた唯一の人です。
どうか彼女の身分を回復し、そして、俺の側に置くことをお許しください」

帝はしばし黙し、鋭い目で怜綾の目を見つめる。
すると、隣にいた麗妃がそっと言葉を添えた。

「陛下。蘭妃は、私にも何度も手を差し伸べてくれました。
その真心は、確かなものです。どうか、怜綾の願いを……」

帝はようやく深く頷いた。

「……わかった。蘭妃――否、蘭茗渓の位を回復し、怜綾の許嫁と定める。
悪妃と呼ばれたその名も、本日をもって消し去る」

怜綾は静かに、深々と頭を下げた。

「――心より感謝いたします」

本殿を辞し、白衣を揺らしながら長い階段を降りてくる怜綾の足取りは軽かった。
初夏の光が差し込む中、ひときわ眩しげに立っていたのは忠臣・天馬。
怜綾を見つけるや否や、彼は一歩踏み出し、膝をついた。

「……殿下!」

怜綾が顔を向けると、天馬は目に涙を浮かべていた。

「人としての姿にお戻りになられたこと、そして……皇弟となられたこと、まことに……まことに、お慶び申し上げます……!」

怜綾は、どこか照れたように笑って天馬の肩に手を置く。

「泣くな、天馬。お前に泣かれると、こちらまで目頭が熱くなるではないか」

「……失礼いたしました」

天馬は袖で目元を拭い、ふと問いかけた。

「殿下。皇弟となられた以上、後宮の一角にある“怜花宮”のような粗末な離れではなく、新たな宮をお持ちになってはいかがでしょう? 陛下からも、そのようにと伺っております」

怜綾は一瞬、空を見上げた。
陽光の向こうに浮かぶ、記憶の断片。
母・怜妃と共に育った庭。
幼き自分を抱き締める優しい手。
そして、黒猫として過ごした夜。
茗渓の笑い声、温かな手。涙。口づけ――すべてが、怜花宮にある。

「……いや、いらぬ」

怜綾の声は、柔らかくも凛としていた。

「あの場所こそ、私の全てだ。母上との日々、そして茗渓との記憶……私の命が再び動き出したのは、怜花宮からなのだ。あの場所以外で目を覚ますつもりはない」

天馬が目を瞬かせる。

「しかし、修繕もされておらず、殿下のお身分にはふさわしく――」

「ならば修繕すれば良い。怜花宮の修繕を命じてくれ。
私は、あの庭の芍薬の香に包まれて眠るのが一番落ち着くのだ。
新しい宮など、まるで意味がない」

天馬はしばし言葉を失い、やがて深くうなずいた。

「――仰せのままに、殿下」

怜綾はふっと笑みを浮かべた。

「“殿下”と呼ばれるのも、まだ慣れぬな……」

振り返ると、遠くに見える怜花宮の屋根が、夏の光の中で静かに揺れていた。
あの場所こそが、帰るべき“家”――そう心から思えた。

夕日が傾き始めた頃、怜花宮に白衣の裾を揺らして戻ってきた怜綾は、静かに茗渓のいる部屋の戸を開けた。

「……おかえりなさい」

茗渓は寝台からゆっくりと起き上がり、怜綾を見つめる。その声に込められた安堵に、怜綾の胸がぎゅっと締めつけられた。

「うん。ただいま、茗渓」

怜綾は彼女の傍に腰を下ろし、静かに語り始めた。
母・怜妃の冤罪が晴らされたこと。自らの呪いの真実を皇帝に告げたこと。そして、今日、正式に“皇弟”の位を授けられたこと――すべてを、丁寧に。

話を終えた後、怜綾はふっと息を吸い、茗渓の手をそっと包み込むように握った。

「……茗渓。俺は君を娶りたい」

その言葉に、茗渓ははっと目を見開いた。

「えっ……でも……それって……」

一瞬たじろぎながらも、どこか寂しげに笑って見せる。

「その気持ちはとっても嬉しい。でも……皇弟となった貴方が、私のような“悪妃”の噂を背負った女を娶ったら、周囲はきっとこう言うわ。
『皇弟は悪妃を偏愛する、奇矯なお方』って――」

そう言って俯いた茗渓の頬に、怜綾の指がそっと触れた。

「……その噂の何が悪い?」

「え?」

怜綾は微笑みながら、優しくその言葉を続けた。

「悪い噂が立った方が、側室を取れなどと余計な口を出されずに済むだろう。そもそも……俺は君以外を妻にするつもりなど、さらさらない」

怜綾の眼差しには一片の迷いもなかった。

「そばで寝起きし、共に笑い、生きたいと思うのは、君だけだよ。茗渓」

その言葉に、茗渓の目にじわりと涙がにじむ。

「……っ、こんな私で、本当にいいの?」

怜綾はこくりと頷く。そして茗渓の額にそっと優しい声で囁いた。

「君でなければ、駄目なんだ」

ぽろり、と涙がこぼれ落ちた茗渓は、そっと怜綾の胸元に顔を埋めた。

「……ありがとう。私、ずっと貴方のそばにいるわ。何があっても、決して離れないから」

傾いた光の中、怜花宮には静かな幸福の空気が満ちていた。
そして、二人の未来が、ようやく一つに重なり合ったのだった。
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