籠の鳥

橘 薫

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ペット志願

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「なに、してるの。ここで」
「先月からここで働いてるんです。びっくりした、まさか美彩さんと再会するなんて思ってませんでした」
 髪色をシルバーに変えても、彼のミステリアスな雰囲気は変わらない。目にかかるほどの前髪の下で、綺麗な瞳がちかりと光る。
「オススメはホリデースペシャルです、よろしくお願いします」
 そう言うと、一真くんは後ろの客にメニューを渡しに行った。

 頼んだコーヒーを受け取り、取っておいた席に座っても動揺が収まらなかった。どうしてわたしの家の近くで働いてるの。何か思惑があるの……?
 考えすぎだと分かってはいる。裏があるかどうかなんて、せいぜいがわたしの性癖で脅されるくらいか。そんなのはクラブに電話すればすぐに強面の方々が彼を連れていくだろう。客の秘密については、決して触れてはいけないのだから。それはクラブをやめた後でも同じことだ。その信頼があるからこそあのクラブは繁盛しているのだ。

「こちらご試食いかがですか」
 一真くんがトレイいっぱいの小さな紙コップを、一つ一つ客に配っている。受け取った客は笑顔だ。中はどうやら、季節限定パウンドケーキらしい。
「ご試食どうぞ」
 目の前に差し出され、思わず受け取る。一真くんの顔をチラリと見ると、眉間に少し皺が寄っていて、その顔はあの時の顔を思わせて思わず目を伏せた。
「美彩さん、顔色悪いです」
「……え?」
「僕、もう上がりなんです。良かったら話しませんか」

 なんで話さないといけないの、と警戒心がもたげる。彼はそんなわたしの心を見透かしてか、にこりと微笑むと続けた。
「昨日バイト代入ったんで、残りのお金も返したいと思ってたんです。三十分後にモールの入り口のところで待ってますね」

 返事をする間もなく、彼はトレイを持って他のテーブルへと行った。さっきと同じだ。掴みどころなくすいすいと人の間を泳いでいく。その癖、銀色の髪は人混みの中でやけに浮き、その存在感を常にわたしに知らしめる。
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