籠の鳥

橘 薫

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ペット志願

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 悩みに悩んで、約束の時間から一時間が経った。さすがにもういないだろうとモールの入り口に向かう。
「あ、来た!」
 銀色の髪の彼が嬉しそうに手を振る。一真くんの存在感は、おそらく周りの人を注目させていたのだろう。特に、遠巻きにしていた女子高校生のグループからの視線の圧に、思わず怯む。

 わたしを認めて駆け寄ってくる彼はまさに仔犬だ。忠誠心と愛情丸出し。通りすがりのアラサー女子、自分を買った孤独な女に、なぜ彼はここまで笑顔を見せるのか。
「まだいたの」
「約束しましたから」
「わたしはしてないけど」
「否定しなかったから、来てくれるって思ってました」

 一真くんはわたしの手を取ろうとはしない。そこまで親しげにはしない、何か、一線を弁えた感じがある。そしてわたしがそれを好むことを、彼は多分今までの二回の出会いで掴んでいる。
「どこか入りますか。おごります」
「いいよ、大丈夫」
「じゃあ、これ」
 彼はスキニーデニムの後ろポケットから財布を取ると、中から千円札を二枚取り出した。
「ちょっとずつですみません。残り千円は来月で」
「だからもういいってば」
「良くないです、ケジメです」
 ケジメ、と、また彼は言った。その言葉が何故だか心に重い。

「……一真くん、あのさ」
「僕、あそこ辞めました」
「え?」
「合わなかったです、やっぱり。美彩さんには嫌な思いさせちゃったかもしれないって思って、ずっと気になってました。あのときはちゃんとできなくてごめんなさい」
「謝ることじゃ、ないって」
 動揺した。昼日中、家族連れが楽しそうに横を通り過ぎる。そんな場所で一体わたしたちがなんの話をしているのか。自分のしたこととこの場所のそぐわなさに、思わず天を仰ぐ。

「ここでその話、しないで」
「あ、ごめんなさい……僕、また気がつかなくて」
 恥ずかしそうに下を向く彼。銀色の髪が揺れた。
「髪、どうしたの」
「ちょっと人生変えたくて、染めてみました」
「へぇ……変わったの?」
「たいして変わりませんね。あ、でもちょっとモテるようになったのと、ケンカふっかけられることはなくなりました」

 そんな効果があるのか、と可笑しくなる。人は見た目に振り回される。ならば彼の運命は、これから大きく変わるかもしれない、変わらないかもしれない。
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