籠の鳥

橘 薫

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聖夜

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「篠井ちゃん、今日も残業?」
「うん、あと少しで終わるからキリの良いところまでやっておかないと」
「クリスマスイブだよ? 予定ないの?」
「ないよ、見ての通り仕事が恋人だから」
 声をかけて来たのは同僚の木村くんだ。クリっとした目が愛らしい彼は、「オレも独り身だけど今日は意地でも帰るよ! 篠井ちゃんも帰ろ!」と誘って来たけれども、わたしは頑なに残ることにした。

 家に帰れば可愛らしい、従順なペットがご主人様の帰りを今か今かと待っている。その彼の期待通りに帰ってあげるほど、わたしは優しくもないし素直でもない。

 あの日から二週間が経った。あの後、一真くんはわたしのペットになった。彼はソファで眠り、わたしはベッドで眠る。彼はよくできたペットで、わたしのためにご飯を作ったり掃除をしたりしてくれる。だからと言って絆されたりはしない……彼はあくまでもペットで、パートナーとかそういうものではないのだ。

 最初は一真くんも拍子抜けしていたらしい。要求されることイコールセックス、だと思っていたのかもしれない。でも、わたしは言った。
「わたしね、基本的にあまり性欲がないの。ただ、排卵日と季節の変わり目が重なるとこの前あなたを買ったみたいに、専用のところで買うこともある。でもそれは、あくまでも欲の発散で、挿入してほしいとか一つになりたいとかそういうことじゃないのよ」

 この二週間のわたしと彼の関係は、なんと言葉にするべきか。どちらかと言うとペットとご主人様というより召使いとご主人様、の方が相応しいかもしれない。

 アルバイトの時間帯と重なっていなければ、一真くんは大概夕飯とお風呂の用意をしておいてくれる。いらない、と言ったけれども居候代だと言ってなけなしのバイト代の中から少しのお金を置いておいてくれる。これじゃあペットじゃないでしょ? と言うと、僕の気持ちの問題ですから、と言われる。

「追い出されない、ってすごくありがたいんです。毎日ビクビクしてた時と比べたら、今は天国です」
 そんなふうに言う彼を、可哀想ともなんとも言えない感情がじんわりとわたしを包む。何をどう言葉にすべきか分からなくて、知らず沈黙するわたしによくできたペットの彼は、カモミールティーを淹れてくれるのだ……こんな気の利くペット、見たことがない。
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