籠の鳥

橘 薫

文字の大きさ
42 / 65
馴れ合いは傲慢となる

7

しおりを挟む
 家に帰ると一真くんの姿はなく、なんとなくほっとしながらお弁当を出し、手早く洗う。夕飯、どうしようかなと冷蔵庫の中を覗き、寒いから火鍋にでもしようと支度を始めると、一真くんが帰ってきた。
「ただいまです。美彩さん、お帰りなさい」
「一真くんもお疲れ様。今日遅番だったのね」
「はい。シフトはしばらく遅番です」
「晩御飯、今から作るけど一緒に食べる?」
「良いんですか? 僕、手伝います」

 上着を脱ぎ、袖を捲って手を洗い始めた一真くんを何の気なしに見ていると、彼の目線は水切りカゴに置いた曲げわっぱに注がれていることに気がついた。
「お弁当美味しかった。ありがとう」
「いえ、お礼ですから」
 その言葉に、彼の謙虚さを改めて知る。本当に……良い子なのだ。

 私はそれ以上お弁当の話題にならないように、あれこれと質問しながら手を動かした。仕事のこと。学校のこと。過去の恋愛のこと……普段と違う饒舌さに、一真くんは何か察したようだった。
「美彩さん、話遮って悪いんですが、また弁当作っても良いですか」
「あ……、え、っと」
 唐突に繰り出されたその言葉に、良い返事が浮かばない。一真くんを傷つけずに断るには、どう言えば良いだろうか。

「本当は口に合わなかったんじゃないですか」
「違うよ、ちゃんと美味しかった」
 畳み掛けるように聞かれて思わず本音が出た。
「その……会社の人にお弁当、ちょっと、茶化されたというか、詮索されたというか……面倒くさいと思っちゃってね、そういうの。だから、家で料理してくれるのは構わないんだけど、お弁当はやっぱりいいかな、って」
「……」
「味は良かったの。わたしにはちょっと濃かったけど、一真くんわりと味濃いもの好きだし、濃過ぎたわけじゃないしね。ただ、会社に持っていくとまた何か言われたり、それに適当に返事しないといけないのとかが、ちょっと」
「わかりました」
 一真くんは微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...