籠の鳥

橘 薫

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馴れ合いは傲慢となる

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「馬鹿なこと言ってないで。ほら、エノキ入れて」
 少なくとも火鍋を作りながらする話ではない。仮に男女の中であったとしても、料理しながらこんな話、あり得ないだろう。

「ダメ、ですか」
「一真くん」
 わたしは火鍋の素を開けて鍋に入れた。味見をして、他の調味料を足す。
「なんですかその赤いの」
「豆板醤」
「色的にもっと辛くなるんですよね?」
「うん。辛いの苦手?」
「いや。好きです。辛いのはいくらでもいけます」

 一真くんがわたしの様子を窺っている。話を逸らされた、と思っているだろうか。
「で、僕はチャレンジさせてもらえないんでしょうか」
「うーん、あのね」
 きちんと話す、ということがこれほど労力がいるとは思ったことがなかった。思えば、わたしを躾けたあの男以外とは、こんなに近い距離になったことはないのだ。

「お腹ぺこぺこだから、今はご飯だよ。後で話すから」
「いや、食べながら聞きたいです」
「食べながらする話じゃないでしょ」
「何してたって話せますよ。大切なことですから」
「大切なことって」
「そうですよ」

 一真くんが髪をかきあげる。美しい額。生え際の髪が少し黒くなっている。きりりとした眉。少し垂れ目なところが少年ぽさを醸し出している。いつも前髪が目にかかりそうに下ろしているけれども、額を出してもいいのに、と思う。

「美彩さんの快楽だって大事です。僕の飼い主ですから」

 テーブルに鍋を運び、お碗と箸を並べる。そんな普通の所作をしながら口をついて出るのがこういう言葉。そのギャップになんと対応したものかと考えてしまう。

 わたしはこのとき、欲していたのかもしれない……長いこと、心の奥底に溜まった澱みを吐き出せる場所を。
 あの男との関係。誰にも話せなかったあの男との日々。愛という名のもとに支配されたこと、そしてそれを切望したわたし自信の歪んだ愛を。
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