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第1話 ルチアーノ
しおりを挟む此処はシチリアーノ共和国。
この国の治安は現在壊滅的状況に有る。数年前に起こった巨大内戦によってシチリアーノの政府は蜂起したマフィアの軍勢に敗北したのだ。
しかし一部兵士の英雄的活躍によって、内戦は一応の収束を見せた。
だが現在もシチリアーノは国土の半分以上がマフィア達に占拠されており、平和が訪れたとは言い難い。
裏社会には秩序が存在しない。強者が正義であり弱者は悪、、、24時間戦争状態で、ファミリー間の戦争が毎日の様に繰り返されている。西でも、東でも、そして此処でも。
「ちくしょうッ!! グレイズファミリーの連中ッもうこんな所まで攻め込んで来やがったか、、、直ぐ1キロ先には子供と嫁が住んでる。絶対に此処は通さんぞ!!」
建造物が崩れた瓦礫の裏で、アサルトライフルを両手で抱きかかえた男が唾液をまき散らしながら空に向かって叫んだ。
そして上半身を瓦礫から露出させ、身体を射撃の反動でブルンブルン震わせながら弾丸を高速で放つ。
弾丸が飛んだ先にあったのは、鈍い黄土色の塗装に包まれた巨大戦車。
当然7,63×39mm程度の弾丸では大した損傷を与える事が出来ず、鋼板に小さなへこみを残して跳ね返されていく。
「グッ、やっぱり戦車にアサルトライフルは効かんのか!! こんちくしょうがッ!!」
元々無理だと分かっていたが、敵が町を破壊していくさまを指咥えて眺める事は如何しても出来なかった。意味が無くても何か行動せずには居られなかったのだ。
此処は男の生まれ育った街であり、これから先も大切な家族とともに日常を刻んでいく筈だった場所。よそ者に踏み荒らさせる訳にはいかない。
しかし、五感が伝えて来るのは最悪の結末を予測させる情報ばかりだ。
「もうワシ以外の発砲音も聞こえなくなった、他は全滅したって事か。このままじゃ街がぁ、、、」
此処は『レヴィアスファミリー』と『グレイズファミリー』という二つのビッグファミリーの支配地域が接触する危険地帯。何時戦争が起きてもおかしくない状況であった。
そして今日の午前6時30分、遂にグレイズの兵士達が侵攻を開始したのだった。
男は一応レヴィアスファミリーに所属するマフィアだ。街を守る義務が有るし、家族もこの街に住んでいるので何としてでも敵の侵攻を止めなくてはならない。
しかし、余りの戦力差に自分一人の力ではどうしようも無い事を悟ってしまったのだ。
この世界では全てが自己責任。家を破壊されても、家財を奪われても、命を奪われたとしても弱者は文句一つ言う事が許されない。
この世の理不尽さに怒りを覚えると同時に、自分の大した事も無いちっぽけな幸せ一つ守れない事を情けなく感じ、彼の頬を涙が伝った。
その時、突如背後から場違いで程素っ頓狂な声に鼓膜を揺らされた。
「こんちわオッサン!! 調子どうよ? 今日は何人撃ち殺した??」
周囲に広がる地獄絵図には釣り合わない陽気すぎる声に男は空耳だと本気で思った。
だが、そんな男を嘲笑う様に右手の袖が引かれた。
「ねえ、ね~ったら!! 何ムスッとしてんの? 仕事は笑いながらするモンよ??」
再び声まで聞こえだし、もう空耳であると自分に言い聞かせる事が不可能になった。
この血と硝煙の匂い溢れる戦場で謎のハイテンションを振りまく相手だ、恐らく精神をやられた狂人だろうがこの状況では猫の手でも借りたい。
男は覚悟を決めて背後を振り返った。
其処には居たのは珍しい真っ黒な髪してサングラスを掛けた、ダサい虎柄の上着を着ている青年であった。青年はニヤニヤしながら此方を見ている。
「あ!! やっとこっち向いた!! ハロー、ワッツユアネーム」
その青年の空気感は明らかに異様。
表情は絶望に染まって歪んでいる訳でも無く、狂気に呑まれて引きつった笑みを浮かべている訳でも無い。
力が一切込められていない表情・態度・姿勢・声・様子、、、
「あんた、、、此処が何処か分かってその態度なのか?」
男は目前の存在が不思議で仕方が無かった。
何故これ程『死』が充満した空間で笑えるのか。何故戦争を前にして恐怖を覚えていないのか。
「ん?此処が何処かって? 当然知っているさ、、、ここは戦場、俺のホームタウンだ」
青年は好物を目の前にした子供の様に嬉々として言った。ワクワクが抑えられないといった感じだ。
どうやら状況を理解した上でのこの態度、、、かなり重傷だ。若いのに可哀想に。
「・・・恨むんならこの状況を生み出した上の連中を恨むんじゃな。ボスがドラッグの販売を禁止するからこんな事に、、、金さえ有れば、、、」
戦力差の最大要因、それはドラッグビジネスの有無による財力差であった。
賭博・ドラッグ・傭兵の三大裏社会産業の中で最も利益を生み出すのがドラッグである。そして敵のグレイズファミリーはドラッグ産業の最大手であった。
一方の自分達レヴィアスファミリーはドラッグ産業を上の方針で全面的に禁止されている。
その差が生み出す戦力の差はご覧の通りであった。
男の銃を握る握力が無意識に強くなる。
もっと強力な武器が有れば、もっと多くの兵士がいればと考えずには居られない。顔も知らないファミリーのボスが恨めしくて仕方がない、、、
そんな男の姿を青年はジッと見詰め、そして先程のふざけた空気感が消えた声を放った。
「・・・そうか、お前達前線の兵士には迷惑を掛けた。だが此処に俺は誓おう、、、必ず弾丸では無く薬を、ドラッグではなく知識を選んだ事に胸を張れる世界にする事を」
突然変化した青年の口調に驚き、男は凄まじい速度で首を回転させ彼を見た。
「武力が全ての時代は直に終わる。秩序と教育によってこの裏社会を表の摩天楼に負けないくらい豊かな場所にして、、、銃を床に置いて寝られる理想郷を俺が創造する」
青年の発した言葉には不思議な力が込められていた。
殺伐とした戦場の真ん中に居ながら感動の鳥肌が抑えられず、筋肉が震えて言葉も出ず身体も動かない。しかし絶対的な安心感に包まれていた。
たった数秒前に出会った人間の言葉で感情を動かされるなんて有り得無いだろ、、、だが身体と心は嘘を付けない。否が応でも脳で理解した、目の前の男は常人じゃない。
「あ、アンタは一体何物ッ、、、ウオッ!!」
男が正体を尋ねた瞬間、轟音と共に砲弾が隠れていた瓦礫に着弾して爆風と轟音をまき散らした。
巨大過ぎる音に鼓膜は機能を失い、キーンという高音で聴覚が埋まる。
(さっきの銃撃で此方の位置を把握されていたのか!! 不味い!! このままではワシもこの青年も二人纏めてあの世行きじゃ。責めてこの青年だけでも・・・ッ!!)
「おいッアンタ!! ワシが突進して時間を稼ぐからその隙に逃げッ、、、グムウッ!!」
男の一世一代の提案は青年が目にも留まらぬ速さで伸ばした右手に塞がれる。上唇と下唇を凄まじい力で摘ままれ、言葉が吐けない。
「オッサン、、、その先は行っちゃいけないぜ。命を犠牲にした行動は理由が何で有れ、アンタの気持ちが何であれ、受けた対象に呪いを掛けちまう」
青年は其処まで言うと漸く男の唇を離した。
そして青年は立ち上がり、寝起きの日課を熟す様にゆっくり背伸びを行った。
「アンタはもう逃げな。此処はもう大丈夫だ、、、」
青年は裏の太ももを伸ばしながら、『もう大丈夫だ』と言った。
しかし、何が大丈夫なのか分からない。なにせ現状は全く変わっておらず、この場に居るのは碌な武器も持たない二人の男のみ。
戦車に勝てる訳が無いのだ、、、
しかしこの青年の『大丈夫』は強制的に男の心を安心感で埋め、疑問を口にする事を許さなかった。
「あ、そうだ!! オッサン、名前まだ教えてくれてないよね?」
青年は滑らかに首を回して男の方へ向き、サングラスの奥に隠れている黄金色の瞳で胸の奥深くまで覗き込んできた。
男は黙って質問に答える事しか出来ない。
「わ、ワシはマルコ、、、」
マルコは自分が現在進行形で巨大な戦車の標的に成っているにも関わらず、ストンッと腰を落としてへたり込んでしまった。
目線が大きく下がり、天を仰ぐ様に目の前の青年を見上げた。まるで神の降臨に直面し平伏す下民の様である。
「そうか、マルコ、、、良い名だ覚えておこう。今度晩飯でもご馳走に成りにいくよ」
青年は鼻歌が聞こえてきそうな程軽い足取りでゆっくりと歩き始めた。
そして今度はマルコの方を振り返らずに口を開く。背中で語りかける。
「マルコ、今から俺が起こす事全てを目に焼き付けるんだ。一種のイリュージョン、、、俺がさっき話した絵空事をやがて来る未来に変えてやる」
そう言って青年は何と戦車の前に躍り出た。
戦車は目の前に人間が出現しても当然スピードを落とさない、逆に轢き殺す為にスピードを上げる。
「此れが開闢の一刀、、、『クサナギ』」
青年は呪文を唱える様に言葉を紡ぎ、宙を漢字の一を描くように指で斬った。
そしてその一秒後、戦車どころか目の前にある建物全てが指で宙に書いた線に従って斬り飛ばされていた。
謎の斬撃を受けて斬り飛ばされた戦車と建物の上部は空中で一回転し、重力に従い地面に落下してズドォォンッという轟音を上げていく。
(なッ、、、何が起こったんじゃ!! 此れは夢か?!)
マルコは元々腰が抜けて力が入らない状態にも関わらず、更に一段ストンッと腰が抜けた気がした。
目に映る光景に現実味が無い。此れが夢であって、数秒後にベッドの上で目を覚ましたとしても自分は一切疑問に思わないだろう。
そんなマルコを放置して、ルチアーノは何処からか巨大な拡声器を出現させていた。
そして電源を付けるのに手こずりながらブツブツ呟いている。
「さてさて、注目は充分集めただろうし、、、そろそろこの小競り合いを終わらせるか、、、おっ、
付いた!!」
ピピィガガーというノイズ音と共に拡声器の電源が入る。
『あーあー、、、マイクテストマイクテスト、、、オーケー、大丈夫みたいだな』
青年は拡声器が正常に作動している事を把握し、満を持して喋り始めた。
『えー、、、この瞬間全ての銃声が止んだ事から全兵士が俺の声に耳を澄ましてくれているのだろう。ならば単刀直入に言う、自らの事を人間だと思う者は今すぐ撤退しろ』
青年の発言は沈黙と共に受け入れられた。
空気が皮膚を切り裂きそうな程張り詰めている。
『此処からの戦場に弾丸やナイフ、砲弾や爆弾で殺せる相手は居なくなる。俺が到着した瞬間からもうこの街は人間の戦場じゃねえ、俺達本物のマフィアの戦場だ』
青年がそう言った瞬間、大気中に充満していた有象無象の殺意が一瞬で消える。その代わりに身の毛が弥立つ様な本物の殺意が幾つか染み出し初めた。
人間の殺意では無い、血の匂いが染みついた飢えた獣の殺意である。
『そして此処からの言葉は飢えた怪物共へ愛を込めて、、、俺はこの戦場の中央に居る。首が欲しけりゃ取りに来いッ!! その身全てで伝説に挑めッ!! その上で皆殺しにしてやる、、、』
殺気が一気に強まる。
だが其れを塗りつぶして余り有る程の殺意が青年から溢れ出していた。本気で人間とは思えない。
『最後に我の名を名乗ろう、、、俺はレヴィアスファミリーのボス、ルチアーノ・バラキア。世界最強だッ』
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