キング・オブ・アウト ~半分が裏社会に呑み込まれた世界で法則の力『則』と法則のを超えた力『則獣』を駆使してマフィアの頂点を目指す!!

NEOki

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第44話 追憶

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「トムハットッ!! ねえッ大丈夫? 足がッ、足が大変な事に!!」



 梯子を登り切って力尽きた様に地面の上へ転がったトムハットにディーノが心配して声を掛けた。



「ああ、大丈夫だディーノ……少し横になれば動ける様になるッ。済まないが、私の服の袖を引き千切って包帯として足に巻いてくれないッか? 右ッ……ポケットにナイフが入ってる。其れを、使えッ」



 トムハットは痛みに何度か顔を歪めながら、言葉を途切れ途切れ放った。

 口では大丈夫と言っているがアキレス腱部分は見事に食い千切られて歯形が付いており、大量の血液が零れ出ている。

 一刻も早く止血しなくては失血死してしまう可能性があった。



「うんッ! 分かった!! 待っててね直ぐに巻いてあげるからねッ」



 ディーノは慌ててトムハットの右側に移動し、ポケットを探ってバタフライナイフを取り出した。

 そして大慌てでトムハットが着ていたワイシャツの袖を切り取り、其れを持って足の傷口に向かう。



「傷口を覆うだけではダメだ……足に血液を送り込んでいるッ太い血管を圧迫して、血流を阻害する必要が……あるッ。 足を心臓よりッ高く上げて、ふくらはぎも強く結んでくれッ」



「わ、分かったッ」



 ディーノは言われた通り右足を持ち上げ、食い千切られた患部を布で覆った後に力強くその少し上を縛ろうとする。

 しかし力が弱くて中々出血は止まらず、顔を真っ赤にしながら手平の皮が剥ける程全力で縛ってようやく出血が止まる。

 終わった頃には手が血だらけになりジンジン痛んだが、トムハットを救えた安心感で気に成らなかった。



「これで、大丈夫かな?」



「ああ、助かったよディーノ……ありがとう」



 トムハットは出血によって力が入らない身体を無理に起こしてディーノの頭を撫でる。

 起き上がったトムハットを心配する様は表情をディーノは一瞬見せたが、其れでも自分の頭を撫でようと伸ばしてくれた手を受け入れて笑顔を浮かべる。



「後少し休んだら、出発しよう……。何か、体重を預けられる物が有れば良いのだがッ」



 腱を噛み切られた右足は恐らくもう満足に動かす事は出来ないだろう。

 ディーノを守れた事と引き換えた代償なのでそれ自体に後悔は無いが、ディーノを表社会に送り届けるまでは寝ていられない。

 何とか立ち上がってディーノを導かなくてはならないのだ。



「じゃあ、僕が何か杖の代わりになる物を見つけてくるよ!!」



「本当か? 一人で行動したら危ないんじゃ……」



 トムハットはディーノを心配して止めようとしたが、少しでも自分の支えに成りたいという感情がその視線から伝わって来くる。

 とても其れを無碍には出来ず、首を縦に振ってお願いした。



「うんッ!! 直ぐ何か見つけて戻ってくるからッ待っててね!!」



「ああ、くれぐれも安全に気を付けてッ……」



 トムハットが言葉を言い切る前にディーノは駆け出し、あっという間に闇の中へ飛び込んでいった。

 元気なバタバタという足音がみるみる内に遠ざかっていく。



(……想像以上に活発で勇敢な少年に育っていた。死体の山を見ても臆せず前に進み、怪物ピエロに追いかけられても弱音を吐かず、他人を救う為であれば考えるより先に身体が動く。間違い無く将来は大物に成るぞッ)



 トムハットは痛みにも少し慣れだし、全身の力を抜いて真っ暗な天上を見上げた。



(長きにわたる混沌と殺戮の歴史に幕を降ろす最後の英雄……その英雄の為に人生を捧げられたのだから、ひょっとすると私の人生は恵まれた物だったのでは?)



 一人きりになったトムハットは自分の過去に思いを巡らせる。

 強く生と死を感じている今であれば、自分の人生を肯定的に見られる様な気がしていたのだ。



(どうだよ父さん、兄さんッ。私はアンタらの数倍は濃密で感動に溢れた人生を送ったぞ!!)



 トムハットは表社会で知らぬ者はいない名家、『ランプス家』の三男として生まれた。

 家名を持つという事は一部の上流階級の人間にしか許されて居らず、自らの家紋と名字を名乗るだけで大抵の人間は道を空けて媚びを売ってくるのだ。

 其れがトムハットには溜まらなく詰まらなかった。



 学校に行けば誰もが胡麻を擦りながら近寄ってきて、表面だけで掛け値しかない友情を声高らかに叫び肩を組んでくる。

 学校の教師さえも親に遠慮して全ての成績を満点にした。

 サボっても満点、体調が悪くても満点、落書きで埋めても満点。

 どれだけ自分が努力しても誰もその努力は見てくれない、見ているのは背後の家名だけ。

 そして一度全ての問題を白紙のまま提出して、全ての空欄が教師の綺麗な字で埋まった満点の答案用紙が帰って来た時に気が付いた。

 誰も自分そのものを見てくれていないという虚しさに。



 其処でまだ幼かったトムハットは真っ先に家族へ相談した。

 しかし其処で更なる絶望を味わう事となる、家族の誰もその事を当然と思い疑問視していなかったのだ。



『我々が学校に多額の寄付をしているのだから当然だろ? 何処の学校も名家の子供の取り合いさ、ウチの様な名家が通っているというだけで箔が付くからな。下手な事をして他校に転校されたくないのだろう』



『私達は特別な人間なの、だって毎年数100億も税金を納めてるんですもの。年に数百万ドラクマしか生み出さない人間よりも数兆生み出す人間の方が価値があるのは当然でしょ?』



『良いか弟よ、皆お前が強いから頭を垂れるのだ。これは誇るべき事ではあっても、恥じる事ではない。強者には力を振りかざして弱者を貪る権利があるッ!! 今の世の強さは武力でも学力でもない、権力と財力だ!! お前も自らが生まれ持った強さを誇れ!!』



 父も母も兄も、この家の人間は全員狂っていた。

 対価を払わない結果に何の意味が有るのだろうか?

 其れは自分がどれだけ努力しても、自分がどんな人間だろうと関係なく『ランプス家だから』という理由で最高評価しか貰えないんだぞ?

 自分の歩いてきた人生が全て『家族のコネ』という言葉に汚されてしまうんだぞ??

 そんな人生に何の意味が有るのか、その時の自分は分からなかったし今でも分からない。

 置物と一緒だ。



 しかしその無限に付いて来る『ランプス家』という呪いから逃れる術も見つからず、当時のトムハットは親に引かれたレールの上を歩んでいた。

 親の会社に就職し、成功が約束された事業だけを渡され、優秀な部下が達成した成果を自分の物にし、何もしていないのに肩書きが増え、大発見や偉業を達成した者達の数百倍の給与を貰う。



 気が付くと、人生から色が消えていた。

 何もしていないのに賞賛だけを貰い、挫折も屈辱も味わう事無く無機質に時間だけが流れる日々。

 もう何をしても脳の報酬系は反応は示さず、感動も衝撃も何も無い。



 そして気が付けば、数百階の巨大タワーの屋上から身を投げようとした。

 死ねば何か感動や衝撃を得られるのでは?という軽く、本当に下らない理由で人生に幕を降ろそうとしていたのだ。

 そして屋上を覆っていいる柵に足を掛けた瞬間、突如運命の歯車は回り始めたのである。
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