キング・オブ・アウト ~半分が裏社会に呑み込まれた世界で法則の力『則』と法則のを超えた力『則獣』を駆使してマフィアの頂点を目指す!!

NEOki

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第101話 命の最後一滴

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 ディーノが只管炎を付け続ける事を辞め、全身の力を抜きまるで死体の様に地面に寝っ転がってから数時間が経過した。

 そして等々身体に異変が起こり始る、何よりも頭が水分の事だけで一杯になったのだ。

 本当にディーノはこの数日間当然の様に水分も与えられておらず、始めの頃は空腹の方が強く感じていたが時間経過に比例して水分への渇望が締める割合が加速度的に増加していた。

 もう此処まで来ると、背後で寝ているゴンザレスの血液でも良いから喉を潤したいと考え始めていた。



(此処へ来てッ……漸く死の気配が近づいてきた。あと少し、あと少しでッ門が開く筈ッ)



 水分への渇望は人格が崩壊してもおかしくない程脳の根源的な部分に干渉してきたが、其れでもディーノは幾度と死の淵を彷徨い獲得した鋼の精神で押さえつける。

 ディーノは待っているのだ、最後の一滴、命が最も輝き世界と繋がる瞬間を。



(我慢だ、耐えろッ堪えろ……此処で感情を乱せば確実に死ぬッ次のワントライで全てが決まるんだ……ッ!!)



 もう精神も肉体も限界であり、恐らく次のチャレンジに失敗すれば精神の支柱が全て砕けてしまうだろう。

 そうなればもう無理だ、生き延びる為に行動する事すら放棄してしまう。

 つまり残りチャンスは一度しかない、そしてディーノはその一度に自分の命が最も輝く瞬間を持ってきて故意に火事場の馬鹿力を発動しようとしている。

 根拠も無く謎の勘だけで、自分が死の直前に限界を超えた力を発すると信じたのだ。



(我慢だッ、我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢……)



 ディーノが唯一自信を持って自らが優れていると言える所、其れはどれ程苦しくひもじい時であったとしても精神を保ち続ける根性。

 その根性だけを武器にして、拳銃を向けられた状態で敵に突進し、空腹と寒さに閉ざされた冬を腹が空っぽの状態生き延び、ゴンザレスの殺人パンチに臆する事無くカウンターを合わせ、アンベルトに手首を切られた時も生を諦めず執着し続ける事が出来た。



 しかし今回は、そのどれと比べても格が違った。

 水分への欲求、其れは人間の、いやッ生物全てが根源的刻み込まれている最も根深い欲求である。

 だとすると、生物とは水分を水分を求める物体の事と定義できるかも知れない。そして今その水分が奪われてしまったのだ、その苦痛は他の全ての苦しみを超越した。

 頭の中で水分を求める身体の声が大合唱しているのである。





水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい苦しい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい腹が減った水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい死にたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい怖い水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい水が飲みたい……



 考える事の殆どが水への渇望に変化し、みずみる内に口内の水分が消えて肌がカサカサの枯れ木の様に変化した。

 一刻も早くこの地獄を脱出したい、若しくは全てを投げ出して逃げたいという感情に心が支配される。だが其れでも、只管その瞬間を待って耐え続ける。



「耐えろ……ッ!! 後数分だッ後数分耐え抜けば道が開ける筈だ!! 耐えろ耐えろ耐えろ……ッ」



 ディーノは空腹を別の刺激で紛らわせるため、残っている力を振り絞り何度も頭を地面に叩き付け続ける。

 ガンッガンッという音が静かな空間に響き、額は内出血で埋まり皮膚が切れて赤血が零れた。

 本気で叩き付けていたので相当な痛みと衝撃を感じていた筈である、しかしその刺激も衝撃も全て頭を埋め尽くしている水分への渇望で掻き消されて何も感じ無い。

 若しかすると既に死が迫り、肉体と精神の乖離が始まっているのかも知れない。



(ダメだ……そろそろ本気で力が入らなく成ってきた……)



 地面に頭を叩き付ける毎にゴッソリと体力を持って行かれ、とうとう頭を持ち上げる力すら湧いてこなく成ってしまった。

 頭が鉄の塊の様に感じられて、ピクリとも動かなくなる。

 それは身体の何処も同じで、手も足も痙攣でもしているかの様にピクリと動かす事が精々であった。

 しかし其れでも変わらず動き続けた部分が有る、口だ。

 こんな極限の状況でも口だけは何か食べ物を咀嚼する為にガチガチを噛み鳴り続け、早く食い物を放り込めと主張し続けている。

 機能停止する肉体の部位まで決まっているとは、人間の身体とは本当に良くできた代物だ。



 そして遂に、死が背中に張り付いた。



(来た……本当に死が近づいて来た……ッ)



 ディーノの背中を今まで感じたことの無い強い寒気が襲い、その寒気と遂に追い付いてきた死への恐怖で身体がガクガク震え始める。

 そして頭を埋め尽くす水分を求める絶叫の音量も上がり、自分が何者であるのかさえ分からなく成る程の饑餓に包まれた。



「あ、あぁ……水をッ食料を、何でも良い…何でも良いから口に入れたいッ」



 まるで老人の様な隙間風の様にガサガサでか細い声がディーノの口から零れる。

 意図してこの言葉を発そうとしている訳では無い、口を開けると自動的にこの言葉は紡がれて無限に同じ類いの水・食料を求める声が漏れてしまうのだ。



 その声を止める為、ディーノは自分の右腕にかぶりついた。

 これ以上この口が自由に言葉を発し続ければ確実に気が狂ってしまう、その為自分で自分のにの腕に噛みつかせたのである。

 瞬きや呼吸すら苦しい状況にも関わらず、依然として口だけは元気な様で凄まじい力で自分のにの腕に歯を抉り込ませた。

 皮を貫き歯が肉に達し、吹き出た血液を無我夢中で喉の流し込んだ。

 事情を知らぬ者が今のディーノを見れば、確実に最もおぞましい怪物が現世に蘇ったと感じて逃げ出すだろう。



(水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ水ッ……)



 ディーノは必死の形相で我を忘れて自分のにの腕に歯を立てる。

 そして幾分か真っ赤な液体が喉を伝って行ったが其れは返って火に油を注ぐような物、水分に対する欲求が逆に跳ね上がってしまった。

 もう何もかもが限界だったのだ、死んだ方が幾分かマシと思える程の苦しみに身体が包まれる。

 しかし其れでもディーノは欲求を抑えつけ、自らの腕に喰らい付く事によりその気持ちを誤魔化していく。



 だが遂にディーノの理性が完全に鳴りを潜める程の渇望が押し寄せ、其れを切っ掛けとして押さえ込んでいた様々な物が溢れ出してきた。

 最後のビッグウェーブだ。



「グフウウウウウッ! グルゥッ、アグアグッ!! ウガアァァァッ!!」



 最早人間の物とは思えない、言葉では無く完全に感情を乗せただけの音となった叫び声を発した。

 しかしディーノはその極限状態であっても最後まで残った信念に縋り付き、喰い千切れそうな程にの腕を噛み締めて堪え続ける。



 そしてその数日間にも感じる地獄の数秒間を乗り越えた瞬間、遂にその時が訪れたのだった。



 突如頭蓋骨の内側、脳の奥深くが懐かしい激痛を発してビリビリと痺れる。

 同時に身体を包んでいた重さや怠さや疲労感、そして理性を完全に吹飛ばす程の大絶叫を発してた空腹感までもが消滅したのだった。



(来た……今しか無いッ)



 ディーノは自分が待ち望んだ命が最も輝く瞬間が訪れたと気が付き、右手を真っ直ぐに蝋燭の方へと向ける。

 そして時間が止まった様に感じる程人域を超えた集中を発揮し、世界が眩い輝きを放った。

 今まで見たことが無い、三日間もこの空間に滞在してて置きながら全く気が付かなかった視界全てを埋め付くさんばかりに大量の則を感じ、繋る。

 その瞬間に感じた全能感は、まるでこの世の全てを手平の上で転がしているかの様だった



(思い出した、この全能感ッ前にも一度……)



 そう、この体験は初めてでは無かった。

 嘗てアンベルトによって手首を切り裂かれ、本当に生死の縁所かその先に片足を突っ込んだ時と同じ感覚である。

 その時の記憶は意識が戻った瞬間一度完璧に忘れてしまったのだが、その時に感じた愉快の極みの様なこの感覚だけを思い出したのだ。



 しかしその全能感に浸っている時間は無い。

 コレは死ぬ間際に感じているあの世からのラブコールであり、あと数分もしない内にディーノの身体は崩壊して魂は天に召されてしまうだろう。

 その数分の間に1万回炎を蝋燭に灯す事が出来るのか、其処に全てが掛っているのである。



(やるしか無え……俺の最後の一滴でッ何処までやれるか試してやる!! 頭で想像できるんだ、絶対出来るッ)



 そうディーノは脳内で叫び、先程からビリビリと痛みを発している脳の根幹に精神を潜りこませ其処からイメージを則に伝えた。



「灯れ……ッ!!」



 ディーノの全てが染み出した様な声が発され、その声に応じるように則が熱エネルギーを蝋燭の先端に流し込んで小さな火を灯す。

 そしてディーノのイメージ通りその小さな炎は一秒と保たず消滅し、再び灯る。

 安物の豆電球に似たとても弱い光が付いては消えを超高速で繰り返して、ディーノの顔がチカチカと照らし出した。



(1172、1173、1174、1175、1176、1177、1178、1179、1180……)



 死を目前にしたディーノの集中力は凄まじく、今までは限界だと思っていた1秒に2回灯火を遙かに超えて1秒間に20度近くの灯火に成功する。

 その結果、ものの1分で全体の十分の一を消化し、何と10分程度で1万回を突破できるペースであった。



 そして同時に、ディーノは則を操るという事の本質を理解する。



(そうか……則を正確に最大限利用するのに一番大切な事は『感情の純度』だったんだ。今までは一つの事だけに集中出来ていなかったから則に乱れが生じていた)



 ディーノはコレまで則というモノを電波の悪い環境で通話する様に、此方から発した声の半分程度しか届かない存在だと思っていた。

 しかし実際にはその逆、此方から送ったメッセージの全てが届いていたのである。

 人間は一つの事に集中してると思っていても実は複数の事を同時に考えており、喜怒哀楽や驚恐嫌などの感情が複数渦巻いているのだ。

 そしてその複数の感情が同時に伝わった結果、則は不安定で予測不能な動きをしている様に感じたのである。



(今まで死にかけた時や緊急事態の時ほど則が思い通りに動いてくれたのは、極限状態では感情が純粋に近づくから。つまり、純粋に一つのビジョンを送り続ける事こそ則を完全に支配する方法ッ)



 極限まで死に近づいたディーノの心からは返って、恐怖・苦しみ・怒りなどの感情が消えて純粋な火を灯すという意志だけが残った。

 その力は凄まじく、前は一回毎に莫大な精神的疲労を受けていたにも関わらず、今では完全にリラックスした状態で最小限の炎を灯し最短で消していく。



(9496、9497、9498、9499、9500、9501、9502、9503、9504、9505……)



 鬼門であり絶対に不可能だとも思われた9500を楽々突破したが、蝋燭は残り半分近く残っていた。

 つい数分前までの自分からは決して想像出来ない快挙であるが、ディーノは無表情でその火の瞬きを眺めるのみ。完全に感情を純粋化させる境地へと至ったのだ。



 後1分も掛らず目標としていた1万回を突破するだろう。

 しかし同時にディーノは感じていた、自らの命残り一滴がこぼれ落ちるまでの時間も残り1分程度しか無いという事に。

 だがその件に関して全く恐怖は感じない、彼の心を埋め尽くすのは是が非でも1万回を突破するという覚悟のみ。死を恐れるのなら数時間前に投げ出している。

 認めたくなかったが此処まで来るともう認めるしかない、ディーノは命を磨り減らし生と死の境界を綱渡りするスリルに取り憑かれているのだ。



(9991、9992、9993、9994、9995……9996、9997……9998、9999…………10000ッ)



 そして半分の大きさに成った蝋燭に1万回目の炎が灯った瞬間、突然肉体と精神が分離した様に自分の意志と関係無く掲げていた右手が地面に落ちる。

 蝋燭だけを真っ直ぐに見据えていた目はコントラストが消え、首が落ち頬が固い床に張り付いた。

 何時も地下の冷気に冷やされて氷の様な冷たさを感じる筈の床に頬をくっつけ、何の温度も感じられなかった事でディーノは自分の寿命が潰えた事を察する。



(ハハッ……コレで死ぬのかよ。我ながら笑える最後だ……)



 ディーノは心の中で笑ったが、その感情が表情に反映される事は無い。

 どんどんと身体の機能が停止を始め、目は瞼を閉じる力も無くなり開きっぱなしの筈なのに何の映像も脳に送ってくれなく成った。

 死への秒読みカウントが始まったのだ。



(死ぬ……コレが死ぬって感覚か…………案外ッ悪くねえな)



 死を目前にした心境は意外にも穏やかかで、不安は一切無かった。

 そして運命の導き手に従い死して世界の一部になろうとした瞬間、突如謎の力が掛かり身体が上向きにされる。

 そして口の中に液体が流れ込んできたのだ。

 あれ程待ち望んだ水の感触を喉でしっかりと感じる。しかしもう時が遅すぎた。



「良くやったディーノ、お前に賭けた私の直感は間違っていなかった様だ。安心して眠れ、絶対に死なせんッ」



 その聞き慣れた声で眠りを促され、ディーノの意識は遂に途切れる。

 其処からディーノは今まで体験した事の無い様な深い深い眠りに落ちて行く事となったのだった。





 
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