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第120話 自分の重心
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崩身の初歩である型を完璧にマスターしたディーノは、翌日から待望だったアスレチックを利用した修行へと以降する。
二日も待てを喰らわされた状態で我慢させられていた為、ディーノは意気揚々とアスレチックに登っていく。
この時彼は、後にその楽しげな空間が地獄と化すとは想像もしていなかったのだった。
「フーマ!! 先ずはどれからやんの?」
ディーノはアスレチックの上から、下で見上げているフーマに質問を投げかけた。
するとフーマは両足を綺麗に折りたたんでエネルギーを溜め、勢いよくその足で地面を蹴り付け一っ飛びで彼の元まで飛んできた。
5,6メートル上空まで一瞬で飛び上がれるその身体能力に何故か対抗心を覚える。
だが、そんなディーノの内面を知らないフーマは何事も無かった様に質問へ答える。
「先ずはアレだ、三角に板が乗っているやつ」
フーマが指差したのは彼が言ったそのままなアスレチック、先端だけ少し平たく成った円錐形の物体の上に何の変哲も無い木の板が登っている。
見ただけで分かる、あの上で型を演じるのは至難の業だ。
「まあ見せる程じゃないとは思うけど、一応僕がお手本を見せるよ」
そう言うと再びフーマは一っ飛びでその場所まで移動し、木の板の上で着地した。
1メートル以上飛び上がってからの着地で一切バランスを崩さずにあの不安定な足場に着地できる時点で凄いのだが、この後の事を見るとそれも霞んでしまう。
フーマは板と円錐が接着剤で固定されているのでは?と疑いたくなる程全く板を揺らさず、それ所か力んでいる様子すら見せず型を全て熟した。
「えッ、その板って若しかして固定されてる?」
「いや、ちゃんと分かれていて凄いグラグラだよ。久し振りにやったから難しかったね、何回か危ない所があった」
完璧に型をやり遂げて飛び戻ってきたフーマにディーノは冷や汗をダラダラ垂らした顔で一応質問しておいた。
その質問に涼しい顔でグラグラだったと返してくる。
想像の何倍も目の前の男が凄い人物であったと痛感したディーノは、対抗心など立ち所に消えて苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「じゃあ次、ディーノ。1回目は失敗して当然だから、どうせなら全力でぶつかってくると良い」
「お、おう」
ディーノは強張った表情で頷く。
何故かこのタイミングになってから急に緊張し始め、全身の関節が強張る。
今からやろうとしている事は恐ろしく難易度が高くて1回目は失敗して当然、しかし其れでは面白く無い。
「一発で決める……ッ」
無論ディーノの目標は一発クリア。
彼は確かに粘り強さと諦めの悪さに定評がある、しかし始めから粘り勝ちを狙った事など一度も無い。
1度目で成功、100度目で成功、どれも同じ成功で価値は同じで有るがやっぱり1度目で決めた方がカッコいい。
其れだけで最初から死力を尽くすには充分過ぎる理由であった。
「……よしッ」
そう呟いてディーノは板の上に登る。
当然揺れが来ると予測していた、しかし其れでも甘かった。
どうやら想像していた以上に円錐形の先端と板が接している面積は小さい様で、左右の足の位置や体重の掛け方をしくじれば簡単に板が転げ落ちる。
最大限の集中で全身隈無く包み込み、五体全て節々末端に至るまで完璧に制御しなくては僅かに足を動かす事すら出来ない。
(だけど、逆に考えれば集中さえ切らさなければ絶対に落ちない……ッ!!)
ディーノはそう自分で自分に語りかけ続けた。
今までどうすれば達成できるのか、どうすれば死なずに済むのかさえ分からない過酷な修行を幾つも熟してきたのだ。
それに比べれば成功への条件が明言されている分数段増しである。
加えて、集中する事に関しては大得意であった。
(やってやる、何が何でも一発クリアだ!!)
脳内でそう叫んだディーノは一端落ち着ける立ち位置を見つけ、其処で両目を瞑り深呼吸して心身共にリラックスさせる。
僅かな心のさざ波であっても即座にバランスを崩す要因と成る、其れ故明鏡止水の領域に達するまで只管目を閉じて待ち続けるのだ。
そして最後のさざ波が消えて心の認識と実際の身体が完全一致した瞬間、目を開いた。
(先ずは片足屈み……重心を右足一本に預けるだけで良い)
始めの頃は大苦戦した動きであったが、今となれば目を瞑ってでも出来るほど上達していた。
特殊な動きは必要無い、右足を板裏の円錐の頂点とピッタリ重なる様に置き、重心を常に右足の真上にキープしておけば良い。
真っ直ぐに力が伝われば例え不安定な足場でも石畳の様にガッシリと支えてくれる。
難なくこの動きはクリア。
(次は片腕バランス。重心さえ見失わなければ大丈夫ッ)
次の片腕立ちで様々なポーズを作る動きは、片足屈みの高難易度版である。
右手を先程足を置いていた場所にそのまま置き、ポーズを取る毎にそれによって変化する重心の位置に合わせて身体を傾けていく。
先程と違い右腕一本で身体を支える為スピードが求められ、横方向に重心が動くのでその都度体勢を微調整しなくては成らない。
しかし、重心の位置さえ完璧に把握できていれば何の障害にもならない。
此処も余裕でクリアした。
(次は鬼門、片足組み手。此処でどれだけスタミナを残せるのかが鍵ッ)
此処から一気に難易度が上がる、絶えず動き続ける身体に合わせて重心が上下左右縦横無尽に動き回るのだ。
そしてその重心の変化に一瞬でも付いてこられなければ瞬く間に足下が強固な地面から不安定な木の板に早変わりしてしまうだろう。
毎秒全身を1ミリ単位で制御しなくてはならない集中の糸が焼き切れそうな作業。
加えて疲労の蓄積を軽減するために一秒でも早く熟す事を求められる。
だが、その程度でビビる程柔な修行は積んでいない。
毎秒究極の集中で1ミリ単位で身体を制御している、そんな数秒後の自分をビジョンで描く事に成功した。頭の中で明確にイメージできたのなら、失敗する事は絶対にない。
ディーノは躊躇を挟む暇も与えず身体を動かし始め、細かく揺れ動く重心に合わせて的確に体勢を変えていく。
そして最後に宙目掛けて蹴りを放ち、鬼門を突破した。
しかし、どうやら完全に無傷で突破できた訳では無い様だ。
全身に少しずつ鬼の爪が食い込み始める。
(クソ……ッ!! 急に筋肉が痙攣を始めやがった。慣れない場所で想像以上に疲労が溜まったのかッ)
ディーノにとってこの板の上は初めての環境である。
当然どれだけ慎重に動いていても板の軋み等の想定していなかった要素により重心がブレて、その度に筋力で帳尻を合わせてきた。
そのしわ寄せが此処へきて遂に現われたのだ。
(時間が無い。静止しているだけで全身の筋力を浪費するんだ、止まっていても事態は悪化の一方……なら前に進むしかないッ)
そう頭の中で自分に言い聞かせ、フーマは震える身体のまま両手を地面にくっつけて倒立の状態を作る。
最後の動き、倒立回転は両腕で身体を跳ね上げ空中で三回転して無事着地するという技だ。
身体が三回転可能な場所まで跳ね上げる腕の力、空中で三回転する体幹の力、真上に飛んで全くズレなく着地する重心の制御。
全てが今までの動きを凌駕する難易度だ。
(大丈夫だ、いけるッ)
だがしかし、両腕を地面に点けた瞬間そう確信した。
たしかに身体は満身創痍であったが集中力は何故かこの瞬間最高潮に達したのである。
約一週間前に蝋燭の修行にて死ぬ直前に感じた命の残り一滴、その時の感覚と非常に酷似しているのだ。
確信していた、数秒後自分は両腕で一切身体を揺らす事なく着地していると。
肘を少し折り曲げてバネに変えながらエネルギーを溜め、一息でそのエネルギーを解き放って身体を空中に打ち上げた。
ディーノは空中に上昇しながら両足を開き、重心をヘソの下に固定させながら一回、二回、三回と回転しする。
そして本当に一切身体を揺らすことなく着地し、見事一発で型を熟しきったのだった。
「ふぅ……」
身体の力が抜けた様に息を吐き出したディーノはゆっくりと両足を板の上に戻し、それからもう慣れた様子で板を揺らすことなく蹴り付けてフーマの元まで飛び戻る。
ストンッという軽い着地音を鳴らして着地した瞬間、ディーノは漸く身体の力が抜けて歓喜の声を上げた。
「……よっしゃああああッ!! 見たかフーマ、一発で成功してやったぞ!!」
集中を最大限高める為に感情が消え去った表情になっていたディーノの顔が一瞬で歓喜の色に染まった。
今まで何度も挑戦してギリギリのクリアという展開は何度もあったが、一発クリアというのは久し振りだ。何度も失敗した後の成功は達成感が凄いが、一発成功の爽快感は格別である。
そんな嬉しそうに笑うディーノに心からの拍手が与えられる。
「凄いよディーノ、まさか本当に一発でクリアするとは思わなかった。感動したよ」
「ヘヘッ、ありがと、な……」
ディーノがピースサインをしながら最高の笑顔を向けた瞬間、彼の身体を今までに無い程の疲労感が襲った。
両足に力が入らなく成ったディーノは地面にへたり込む。
アドレナリンの放出で忘れていた疲労がこの瞬間一気に押し寄せてきたのだ。
「何でだ、急に凄く疲れて身体が重くなった……こんなの初めてだッ」
「どうやら、技術やセンスに身体が追い付いていないみたいだね」
地面に座った状態で見上げてくるディーノにフーマが柔らかな笑顔を向ける。
「この修行を始めて二日しか経ってない、幾らその間必死に練習したとしても流石に筋肉が付ける量には限界がある。その上で技術とセンスで無理矢理型をやり遂げたから、一時的に筋肉を酷使しすぎたんじゃないかな?」
「成る程、筋肉がまだ足りていないって事か」
フーマから受けた説明を元に、ディーノはジンジンと熱を発する部位に手を当ててみる。
足や腹筋など普段多用する部位は殆ど筋肉痛には成らなくなってきたが、身体の内側や身体の側面などの部位は今でも毎日筋肉痛だ。
どうやらこの部分の筋肉を鍛えるにはジックリと向き合って、型の練習を積み重ねるしか無いようである。
「了解、積み重ねる事に関しては一級品だ。今からあの板の上で連続20セットやって筋繊維を徹底的にズタボロにするッ」
「あとしっかり寝る事だよ、それと一杯食べる。毎日8時間は寝て肉・魚・卵を大量に食べれば筋肉も付きやすくな筈だ。君は特に身体がまだまだ細いからね」
そう言われたディーノは自分の身体を手で触って確かめる。
引き締まって脂肪の割合は低いが、アンベルトやゴンザレスに比べるで細くて薄い。
フーマとは1軒似たような体格に見えるが、彼はダボダボの服を着ている事と目立たない筋肉をバランス良く蓄えているから触るとガッシリしている。
確かに肉体としてはまだまだ未熟だろう。
ここへ来るまでの8年間、ディーノはストリートチルドレンとして貧しく満腹というモノを知らない生活を送り続けてきた。
その期間は確かに幸せではあったが、確かに栄養的には足りていなかっただろう。
そしてその生活が今の細い身体を生み出してしまった。
これから待ち受けている無数の戦いの事を想定すると、何が何でも筋肉を手に入れて鋼の肉体を手に入れなくてはならない。
「よしッ、なら昼飯食いに行こうぜ!! 焼き魚をベーコンで挟んで溶き卵に包んで食べてやる!!」
「タンパク質は一杯取れそうだけど、美味しいの? それ……」
ディーノは思い立ったら側道で立ち上がり、建物内にある食堂目掛けて走り出した。
その後ろ姿をフーマは若干呆れた様に見詰めてゆっくりと後を追い、結局それ以降フーマがディーノの食事を管理する事となったのである。
二日も待てを喰らわされた状態で我慢させられていた為、ディーノは意気揚々とアスレチックに登っていく。
この時彼は、後にその楽しげな空間が地獄と化すとは想像もしていなかったのだった。
「フーマ!! 先ずはどれからやんの?」
ディーノはアスレチックの上から、下で見上げているフーマに質問を投げかけた。
するとフーマは両足を綺麗に折りたたんでエネルギーを溜め、勢いよくその足で地面を蹴り付け一っ飛びで彼の元まで飛んできた。
5,6メートル上空まで一瞬で飛び上がれるその身体能力に何故か対抗心を覚える。
だが、そんなディーノの内面を知らないフーマは何事も無かった様に質問へ答える。
「先ずはアレだ、三角に板が乗っているやつ」
フーマが指差したのは彼が言ったそのままなアスレチック、先端だけ少し平たく成った円錐形の物体の上に何の変哲も無い木の板が登っている。
見ただけで分かる、あの上で型を演じるのは至難の業だ。
「まあ見せる程じゃないとは思うけど、一応僕がお手本を見せるよ」
そう言うと再びフーマは一っ飛びでその場所まで移動し、木の板の上で着地した。
1メートル以上飛び上がってからの着地で一切バランスを崩さずにあの不安定な足場に着地できる時点で凄いのだが、この後の事を見るとそれも霞んでしまう。
フーマは板と円錐が接着剤で固定されているのでは?と疑いたくなる程全く板を揺らさず、それ所か力んでいる様子すら見せず型を全て熟した。
「えッ、その板って若しかして固定されてる?」
「いや、ちゃんと分かれていて凄いグラグラだよ。久し振りにやったから難しかったね、何回か危ない所があった」
完璧に型をやり遂げて飛び戻ってきたフーマにディーノは冷や汗をダラダラ垂らした顔で一応質問しておいた。
その質問に涼しい顔でグラグラだったと返してくる。
想像の何倍も目の前の男が凄い人物であったと痛感したディーノは、対抗心など立ち所に消えて苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「じゃあ次、ディーノ。1回目は失敗して当然だから、どうせなら全力でぶつかってくると良い」
「お、おう」
ディーノは強張った表情で頷く。
何故かこのタイミングになってから急に緊張し始め、全身の関節が強張る。
今からやろうとしている事は恐ろしく難易度が高くて1回目は失敗して当然、しかし其れでは面白く無い。
「一発で決める……ッ」
無論ディーノの目標は一発クリア。
彼は確かに粘り強さと諦めの悪さに定評がある、しかし始めから粘り勝ちを狙った事など一度も無い。
1度目で成功、100度目で成功、どれも同じ成功で価値は同じで有るがやっぱり1度目で決めた方がカッコいい。
其れだけで最初から死力を尽くすには充分過ぎる理由であった。
「……よしッ」
そう呟いてディーノは板の上に登る。
当然揺れが来ると予測していた、しかし其れでも甘かった。
どうやら想像していた以上に円錐形の先端と板が接している面積は小さい様で、左右の足の位置や体重の掛け方をしくじれば簡単に板が転げ落ちる。
最大限の集中で全身隈無く包み込み、五体全て節々末端に至るまで完璧に制御しなくては僅かに足を動かす事すら出来ない。
(だけど、逆に考えれば集中さえ切らさなければ絶対に落ちない……ッ!!)
ディーノはそう自分で自分に語りかけ続けた。
今までどうすれば達成できるのか、どうすれば死なずに済むのかさえ分からない過酷な修行を幾つも熟してきたのだ。
それに比べれば成功への条件が明言されている分数段増しである。
加えて、集中する事に関しては大得意であった。
(やってやる、何が何でも一発クリアだ!!)
脳内でそう叫んだディーノは一端落ち着ける立ち位置を見つけ、其処で両目を瞑り深呼吸して心身共にリラックスさせる。
僅かな心のさざ波であっても即座にバランスを崩す要因と成る、其れ故明鏡止水の領域に達するまで只管目を閉じて待ち続けるのだ。
そして最後のさざ波が消えて心の認識と実際の身体が完全一致した瞬間、目を開いた。
(先ずは片足屈み……重心を右足一本に預けるだけで良い)
始めの頃は大苦戦した動きであったが、今となれば目を瞑ってでも出来るほど上達していた。
特殊な動きは必要無い、右足を板裏の円錐の頂点とピッタリ重なる様に置き、重心を常に右足の真上にキープしておけば良い。
真っ直ぐに力が伝われば例え不安定な足場でも石畳の様にガッシリと支えてくれる。
難なくこの動きはクリア。
(次は片腕バランス。重心さえ見失わなければ大丈夫ッ)
次の片腕立ちで様々なポーズを作る動きは、片足屈みの高難易度版である。
右手を先程足を置いていた場所にそのまま置き、ポーズを取る毎にそれによって変化する重心の位置に合わせて身体を傾けていく。
先程と違い右腕一本で身体を支える為スピードが求められ、横方向に重心が動くのでその都度体勢を微調整しなくては成らない。
しかし、重心の位置さえ完璧に把握できていれば何の障害にもならない。
此処も余裕でクリアした。
(次は鬼門、片足組み手。此処でどれだけスタミナを残せるのかが鍵ッ)
此処から一気に難易度が上がる、絶えず動き続ける身体に合わせて重心が上下左右縦横無尽に動き回るのだ。
そしてその重心の変化に一瞬でも付いてこられなければ瞬く間に足下が強固な地面から不安定な木の板に早変わりしてしまうだろう。
毎秒全身を1ミリ単位で制御しなくてはならない集中の糸が焼き切れそうな作業。
加えて疲労の蓄積を軽減するために一秒でも早く熟す事を求められる。
だが、その程度でビビる程柔な修行は積んでいない。
毎秒究極の集中で1ミリ単位で身体を制御している、そんな数秒後の自分をビジョンで描く事に成功した。頭の中で明確にイメージできたのなら、失敗する事は絶対にない。
ディーノは躊躇を挟む暇も与えず身体を動かし始め、細かく揺れ動く重心に合わせて的確に体勢を変えていく。
そして最後に宙目掛けて蹴りを放ち、鬼門を突破した。
しかし、どうやら完全に無傷で突破できた訳では無い様だ。
全身に少しずつ鬼の爪が食い込み始める。
(クソ……ッ!! 急に筋肉が痙攣を始めやがった。慣れない場所で想像以上に疲労が溜まったのかッ)
ディーノにとってこの板の上は初めての環境である。
当然どれだけ慎重に動いていても板の軋み等の想定していなかった要素により重心がブレて、その度に筋力で帳尻を合わせてきた。
そのしわ寄せが此処へきて遂に現われたのだ。
(時間が無い。静止しているだけで全身の筋力を浪費するんだ、止まっていても事態は悪化の一方……なら前に進むしかないッ)
そう頭の中で自分に言い聞かせ、フーマは震える身体のまま両手を地面にくっつけて倒立の状態を作る。
最後の動き、倒立回転は両腕で身体を跳ね上げ空中で三回転して無事着地するという技だ。
身体が三回転可能な場所まで跳ね上げる腕の力、空中で三回転する体幹の力、真上に飛んで全くズレなく着地する重心の制御。
全てが今までの動きを凌駕する難易度だ。
(大丈夫だ、いけるッ)
だがしかし、両腕を地面に点けた瞬間そう確信した。
たしかに身体は満身創痍であったが集中力は何故かこの瞬間最高潮に達したのである。
約一週間前に蝋燭の修行にて死ぬ直前に感じた命の残り一滴、その時の感覚と非常に酷似しているのだ。
確信していた、数秒後自分は両腕で一切身体を揺らす事なく着地していると。
肘を少し折り曲げてバネに変えながらエネルギーを溜め、一息でそのエネルギーを解き放って身体を空中に打ち上げた。
ディーノは空中に上昇しながら両足を開き、重心をヘソの下に固定させながら一回、二回、三回と回転しする。
そして本当に一切身体を揺らすことなく着地し、見事一発で型を熟しきったのだった。
「ふぅ……」
身体の力が抜けた様に息を吐き出したディーノはゆっくりと両足を板の上に戻し、それからもう慣れた様子で板を揺らすことなく蹴り付けてフーマの元まで飛び戻る。
ストンッという軽い着地音を鳴らして着地した瞬間、ディーノは漸く身体の力が抜けて歓喜の声を上げた。
「……よっしゃああああッ!! 見たかフーマ、一発で成功してやったぞ!!」
集中を最大限高める為に感情が消え去った表情になっていたディーノの顔が一瞬で歓喜の色に染まった。
今まで何度も挑戦してギリギリのクリアという展開は何度もあったが、一発クリアというのは久し振りだ。何度も失敗した後の成功は達成感が凄いが、一発成功の爽快感は格別である。
そんな嬉しそうに笑うディーノに心からの拍手が与えられる。
「凄いよディーノ、まさか本当に一発でクリアするとは思わなかった。感動したよ」
「ヘヘッ、ありがと、な……」
ディーノがピースサインをしながら最高の笑顔を向けた瞬間、彼の身体を今までに無い程の疲労感が襲った。
両足に力が入らなく成ったディーノは地面にへたり込む。
アドレナリンの放出で忘れていた疲労がこの瞬間一気に押し寄せてきたのだ。
「何でだ、急に凄く疲れて身体が重くなった……こんなの初めてだッ」
「どうやら、技術やセンスに身体が追い付いていないみたいだね」
地面に座った状態で見上げてくるディーノにフーマが柔らかな笑顔を向ける。
「この修行を始めて二日しか経ってない、幾らその間必死に練習したとしても流石に筋肉が付ける量には限界がある。その上で技術とセンスで無理矢理型をやり遂げたから、一時的に筋肉を酷使しすぎたんじゃないかな?」
「成る程、筋肉がまだ足りていないって事か」
フーマから受けた説明を元に、ディーノはジンジンと熱を発する部位に手を当ててみる。
足や腹筋など普段多用する部位は殆ど筋肉痛には成らなくなってきたが、身体の内側や身体の側面などの部位は今でも毎日筋肉痛だ。
どうやらこの部分の筋肉を鍛えるにはジックリと向き合って、型の練習を積み重ねるしか無いようである。
「了解、積み重ねる事に関しては一級品だ。今からあの板の上で連続20セットやって筋繊維を徹底的にズタボロにするッ」
「あとしっかり寝る事だよ、それと一杯食べる。毎日8時間は寝て肉・魚・卵を大量に食べれば筋肉も付きやすくな筈だ。君は特に身体がまだまだ細いからね」
そう言われたディーノは自分の身体を手で触って確かめる。
引き締まって脂肪の割合は低いが、アンベルトやゴンザレスに比べるで細くて薄い。
フーマとは1軒似たような体格に見えるが、彼はダボダボの服を着ている事と目立たない筋肉をバランス良く蓄えているから触るとガッシリしている。
確かに肉体としてはまだまだ未熟だろう。
ここへ来るまでの8年間、ディーノはストリートチルドレンとして貧しく満腹というモノを知らない生活を送り続けてきた。
その期間は確かに幸せではあったが、確かに栄養的には足りていなかっただろう。
そしてその生活が今の細い身体を生み出してしまった。
これから待ち受けている無数の戦いの事を想定すると、何が何でも筋肉を手に入れて鋼の肉体を手に入れなくてはならない。
「よしッ、なら昼飯食いに行こうぜ!! 焼き魚をベーコンで挟んで溶き卵に包んで食べてやる!!」
「タンパク質は一杯取れそうだけど、美味しいの? それ……」
ディーノは思い立ったら側道で立ち上がり、建物内にある食堂目掛けて走り出した。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
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パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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