38 / 65
第六話 イベント
しおりを挟む
「えぇッ”!? 外出したいッ、疾風今外出したいって言った?」
早朝五時。普段なら絶対起きている筈の無い時間に二階から降りてきた兄の姿、そして発した言葉に凪咲は目玉が飛び出さんばかりの表情となった。
外出したい、そんなここ暫く聞いた覚えのない言葉が疾風から出たのだから当然である。
「うん、ちょっとゲームのイベントに行きたいんだ。夕飯までにはかえッ……」
「駄目ッ!! 絶対駄目、危ないもん!!」
そして驚きが一段落した所で、彼女はそう切って捨てたのである。
「えぇ………だッ大丈夫だって、電車に乗れば直ぐ会場前に着くし。そんな治安が悪い場所に行くわけじゃないし」
「で、電車ッ!? 今電車って言ったの? 駄目だよ電車なんて、痴漢に遭うかも知れないッ」
「オレ男だからそんな心配しなくたって大丈夫」
「今の世の中男とか女とか関係ないの! 変態もジェンダーフリー、性癖はダイバーシティなんだから!! とにかく今日は辞めて。お仕事がない日なら私が何処へでも連れて行ってあげるから」
「いやぁ……オレの行きたいイベントは二日間しかやってなくてさ、今日が最終日なんだよ。この前凪咲が教えてくれたゲームあっただろ? あのゲームにハマっちゃって…それでその、ゲームを遊ぶのに如何しても必要な物がそのイベントで手に入るんだ」
「私が教えた…ゲーム?」
其れまで断固として認めないという姿勢を顔に示し続けていた凪咲。
しかし今彼女が復唱した部分を、ジークの動かし慣れていない口が話した途端、急に表情筋が溶けたのである。
そして嬉しさと戸惑いが混じった表情と成った彼女は、突然の事に混乱し見落としていた兄のある変化に気付く。
疾風の瞳にコントラストと輝きが戻っているのだ。
「私の教えたゲームが、疾風の役に立ったの…?」
「ああ、凄い役に立ったよッ。凪咲のお陰で好きだったゲームがサービス終了したショックからも立ち直れた。全部お前のお陰だ」
「そっか……私おにッ、疾風の役に立てたんだね。疾風の役に…疾風の…………ッ」
凪咲の質問に、疾風が返したその言葉がトドメと成った。
そして彼女にとって最も重要な点をブツブツと連呼する度に、凪咲の顔へ端ない笑顔が浮かび上がっていったのである。
「だから頼むッ!! 凪咲、今日だけ外出させてくれ。絶対危ない事しないから!!」
「……………………分かった。今日だけ特別だよ?」
「本当かッ!!」
「でも電車は使っちゃ駄目。痴漢に遭わなかったとしても、疾風絶対駅の中で迷子になるから。ていうか疾風何処行きたいの?」
「えっと~、確か………夕張、メッシみたいな~」
「幕張メッセね。じゃあ家からタクシーで幕張メッセまで行って、終わったら直で家にタクシーで戻ってくる。寄り道しない、買い食いしない、これ約束ッ!! 守れる?」
「おう! オレは妹との約束は絶対に守るぞ」
「フフフッ、それは信頼してる。じゃあ私が家を出るまでに急いで準備しなくちゃ、その服装で外に出る訳にはいかないしね」
そう言って凪咲は疾風の着ている服を指差してフルフルと揺らした。
「準備? このままの恰好で良いだろ」
「駄目。疾風には分からないかも知れないけど、社会にはダボダボのジャージと縒れたTシャツ姿の人間は外に出ちゃいけないっていう憲法以上に厳しいルールがあるの。それに、折角疾風に着せようと思って買った服が沢山有るんだしッ」
そう言って今度は急にテンションが高く成り、今一理解出来ていない兄を凪咲は衣装部屋へと引っ張り込んだ。
そして其処から着せ替え人形宜しく、一体どれだけ自分の為に集めたのだと驚愕する程大量のサイズも肩幅もピッタリな服を着ては脱ぎ着ては脱ぎとさせられる事と成ったのである。
正直疾風には全く違いが分からない。しかし凪咲はずっと難しい顔をしてムーッと唸り続け、30分掛けて漸く外へ着ていく服装が決まったのだった。
しかし其処から更に細々とした準備や安全対策を施され、1時間の時が過ぎ去った頃に漸く全ての準備が完了したのである。
「良い、疾風? 絶対変な人に付いていっちゃ駄目だよ、怪しい車に乗るのも駄目、危ない話に乗るのも駄目、知らない人の家に行く何てもっと駄目だからねッ!!」
「大丈夫だって、そんな子供みたいに心配しなくても何も起んないよ」
とても身長170センチの人間相手とは思えぬ事を話ながら、凪咲はもう呼んだタクシーが来ていると言うのに延々疾風の服装を正していた。
体幹という物が消失しているせいか、どれだけ整えても片側に服が傾がるのである。
「ほら、タクシーも待たせてるしそろそろ行くよ。五時には帰るから」
「あぁ……ッ」
待たせて待機料金を取られても仕方ないので、疾風は妹の襟を弄っている手を優しく自分から離す。
そして玄関の前にある短い石段を降りタクシーの方へと駆けていった。
「じゃあ、行ってきまーす!!」
そう最後に凪咲へと手を振って声を掛け、疾風は車へと乗り込んだ。車の窓ガラス越しに見えた妹の目が潤んでいる様に映ったのは、きっと光の反射か何かが原因なのだろう。
そうして疾風はタクシーに揺られてイベント会場へと向かったのだった。
早朝五時。普段なら絶対起きている筈の無い時間に二階から降りてきた兄の姿、そして発した言葉に凪咲は目玉が飛び出さんばかりの表情となった。
外出したい、そんなここ暫く聞いた覚えのない言葉が疾風から出たのだから当然である。
「うん、ちょっとゲームのイベントに行きたいんだ。夕飯までにはかえッ……」
「駄目ッ!! 絶対駄目、危ないもん!!」
そして驚きが一段落した所で、彼女はそう切って捨てたのである。
「えぇ………だッ大丈夫だって、電車に乗れば直ぐ会場前に着くし。そんな治安が悪い場所に行くわけじゃないし」
「で、電車ッ!? 今電車って言ったの? 駄目だよ電車なんて、痴漢に遭うかも知れないッ」
「オレ男だからそんな心配しなくたって大丈夫」
「今の世の中男とか女とか関係ないの! 変態もジェンダーフリー、性癖はダイバーシティなんだから!! とにかく今日は辞めて。お仕事がない日なら私が何処へでも連れて行ってあげるから」
「いやぁ……オレの行きたいイベントは二日間しかやってなくてさ、今日が最終日なんだよ。この前凪咲が教えてくれたゲームあっただろ? あのゲームにハマっちゃって…それでその、ゲームを遊ぶのに如何しても必要な物がそのイベントで手に入るんだ」
「私が教えた…ゲーム?」
其れまで断固として認めないという姿勢を顔に示し続けていた凪咲。
しかし今彼女が復唱した部分を、ジークの動かし慣れていない口が話した途端、急に表情筋が溶けたのである。
そして嬉しさと戸惑いが混じった表情と成った彼女は、突然の事に混乱し見落としていた兄のある変化に気付く。
疾風の瞳にコントラストと輝きが戻っているのだ。
「私の教えたゲームが、疾風の役に立ったの…?」
「ああ、凄い役に立ったよッ。凪咲のお陰で好きだったゲームがサービス終了したショックからも立ち直れた。全部お前のお陰だ」
「そっか……私おにッ、疾風の役に立てたんだね。疾風の役に…疾風の…………ッ」
凪咲の質問に、疾風が返したその言葉がトドメと成った。
そして彼女にとって最も重要な点をブツブツと連呼する度に、凪咲の顔へ端ない笑顔が浮かび上がっていったのである。
「だから頼むッ!! 凪咲、今日だけ外出させてくれ。絶対危ない事しないから!!」
「……………………分かった。今日だけ特別だよ?」
「本当かッ!!」
「でも電車は使っちゃ駄目。痴漢に遭わなかったとしても、疾風絶対駅の中で迷子になるから。ていうか疾風何処行きたいの?」
「えっと~、確か………夕張、メッシみたいな~」
「幕張メッセね。じゃあ家からタクシーで幕張メッセまで行って、終わったら直で家にタクシーで戻ってくる。寄り道しない、買い食いしない、これ約束ッ!! 守れる?」
「おう! オレは妹との約束は絶対に守るぞ」
「フフフッ、それは信頼してる。じゃあ私が家を出るまでに急いで準備しなくちゃ、その服装で外に出る訳にはいかないしね」
そう言って凪咲は疾風の着ている服を指差してフルフルと揺らした。
「準備? このままの恰好で良いだろ」
「駄目。疾風には分からないかも知れないけど、社会にはダボダボのジャージと縒れたTシャツ姿の人間は外に出ちゃいけないっていう憲法以上に厳しいルールがあるの。それに、折角疾風に着せようと思って買った服が沢山有るんだしッ」
そう言って今度は急にテンションが高く成り、今一理解出来ていない兄を凪咲は衣装部屋へと引っ張り込んだ。
そして其処から着せ替え人形宜しく、一体どれだけ自分の為に集めたのだと驚愕する程大量のサイズも肩幅もピッタリな服を着ては脱ぎ着ては脱ぎとさせられる事と成ったのである。
正直疾風には全く違いが分からない。しかし凪咲はずっと難しい顔をしてムーッと唸り続け、30分掛けて漸く外へ着ていく服装が決まったのだった。
しかし其処から更に細々とした準備や安全対策を施され、1時間の時が過ぎ去った頃に漸く全ての準備が完了したのである。
「良い、疾風? 絶対変な人に付いていっちゃ駄目だよ、怪しい車に乗るのも駄目、危ない話に乗るのも駄目、知らない人の家に行く何てもっと駄目だからねッ!!」
「大丈夫だって、そんな子供みたいに心配しなくても何も起んないよ」
とても身長170センチの人間相手とは思えぬ事を話ながら、凪咲はもう呼んだタクシーが来ていると言うのに延々疾風の服装を正していた。
体幹という物が消失しているせいか、どれだけ整えても片側に服が傾がるのである。
「ほら、タクシーも待たせてるしそろそろ行くよ。五時には帰るから」
「あぁ……ッ」
待たせて待機料金を取られても仕方ないので、疾風は妹の襟を弄っている手を優しく自分から離す。
そして玄関の前にある短い石段を降りタクシーの方へと駆けていった。
「じゃあ、行ってきまーす!!」
そう最後に凪咲へと手を振って声を掛け、疾風は車へと乗り込んだ。車の窓ガラス越しに見えた妹の目が潤んでいる様に映ったのは、きっと光の反射か何かが原因なのだろう。
そうして疾風はタクシーに揺られてイベント会場へと向かったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる