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第六話 イベント③
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(あ、この人関わっちゃダメな人だ……)
疾風は彼女の顔、特に目を見た瞬間に本能でそう悟った。昔ナショナルジオグラフィックスで見た空腹なライオンの瞳にソックリである。
今にもこの目の前にぶら下げられた七面鳥に喰らい付いてきそうな鋭い眼光だった。
「…………済みません、何でもないですぅ。済みません、済みません」
この眼光に射貫かれ続ければ心臓が保たない、今でさえドクッドクッドクッともう不整脈を起こしているのではないかと思う荒ぶり様なのだから。
そして疾風は相手を刺激せず一刻も早くこの場から離脱しようと、一瞬三度謝りというK難度の離れ技をやってのけた。
身体を180度反転させ、そしてぎこちない動きで逃走を図る。
「おい、待てよ」
「はッ、はい!!」
しかし、背を向けても痛い程感じる視線はしっかりと彼をロックオンし逃してはくれなかった。そして呼び止められた疾風は、先程と比較に成らぬ速度で振り返る。
「お前、ナンパ師だろ?」
「はッ、はい?」
緊張で色が抜けた世界の中、彼女の発した言葉が余りにも予想外過ぎて聞き間違えかと思った疾風は思わずそう聞き返した。
しかし此処でも彼の悪い癖が出る。肯定の意味でも質問の意味でも両方で使える『はい』という言葉を使用してしまった事が、事態を更に悪化させてゆく。
「やっぱりな、話し掛けられた瞬間に声から獣臭い匂いがして直ぐに分かったぜ。全くッ、モテ過ぎるってのも困りもんだ。だが生憎アタシの身体は其処まで安くねえんだよ。余所当たりなッ」
「は、はあ………」
同じ言語の筈なのに何一つ相手の言っている事が理解出来ない。そんな超常現象に遭遇した疾風は、目を白黒させながら一吐息分の疑問符を溢す事しか出来なかった。
そして何一つ此方からは言っていないにも関わらず、何故か彼女は満足気な表情で彼を拒絶したのである。
しかしそれは返って好都合。如何やってこの銃撃戦の只中が如き緊迫張り詰める空間から逃げようかと悩んでいた疾風にとって、それは正しく救いの船であった。
フラれようと、ナンパ師扱いされようと、この場から逃げられるならそれで良い。
彼は猛獣を相手取る様にゆっくりと動き、そして背を向け逃げだそうとする。
「おい待てよ、何も直ぐ帰れとは言ってねえだろ」
だが、猛獣相手に背を向けるのが絶対にやってはいけないタブーである事を失念していた疾風の後襟を、凄まじい速度で距離を詰めてきた猛獣が掴んだ。
数秒前に出会った人間をこれ程強く引っ張れるとは、余程上等な教育を受けてきたのだろう。
「お前も色々と誘い文句を用意してきたんだろ? アタシも鬼じゃねえ、その言葉ぐらいは聞いてやろうじゃねえか。まあ、その上で振るけどなッ。さあ、言ってみろ」
「はい? 誘い文句? そんなもん用意して……」
「早くしろ”ッ、アタシは急いでんだよ」
「はッ、はいぃぃ!!」
誘い文句なんて用意している筈が無い、そんな正直な発言一つ許して貰えず疾風は凄まじい恐喝を受けた。後襟を掴んでいた腕を今度は前に回され、胸倉を掴み上げられる。
最早普通のカツアゲで財布を出せと言われる方が未だ良心的だった。何だよ誘い文句を言えって。
しかしもうこの状態に追い込まれては拒否権など無かったのである。何か言わなきゃお前死ぬぞ、そう親切に本能が教えてくれた。
そしてその生死が掛かった状態で疾風の口から出たのは、ずっと脳内で反芻し本来もっと優しくて親切な人に投げかけようと思っていたあの言葉。
「あのッ、道に迷ってるんですけど……幕張メッセまでの道ってぇッ、ご存じありません??」
疾風は絞り出す様な声で、胸倉を掴まれている事以上の圧迫感を覚えながらそう尋ねた。
すると、その言葉を受けた女性の目が一気に鋭く成る。「終わったよ凪咲、お兄ちゃんは終わってしまった様です」、そう彼は頭の中で完全に諦めきった言葉を溢した。
そうして何時拳が飛んでくるだろうかと疾風は余命を数え、最後の時を待った。
しかしその予想に反し、彼女は何と掴んでいた胸倉を放したのである。更に胸の圧力が突如無くなり蹌踉めいた彼をお構い無しに、顔を満足げにした女性が又一切理解できない言葉を話し始める。
「成る程な。道を尋ねている風に見せかけて警戒心を解き、ついでにお食事でもと洒落込むパターンか。ドラマとかで見た事あるぞ。しかし経験豊富なアタシには魂胆がバレバレだ、もっと手の込んだ仕掛けを用意しておくんだったな」
女性は一人で何度も頷きながらそうブツブツと言った。
何が何だか分からない。だが顔に笑顔が浮かんでいるという事は、取り敢えず許して貰えたという事だろうか? 許して貰えたという事だろ? 許して貰えたんだ!!
そう自分に都合の良い解釈をした疾風は、もうこれ以上相手を刺激しない様静かに後ろを向き、足音を忍ばせながら逃げだそうとする。
ズゥ………グイィィッ!!
「おいッ、何処行くんだよ。話は未だ終ってねえぞ。ナンパしたんなら最後まで責任持て」
どうやら、未だ許して貰えないらしい。
疾風はもうこの数分間のみですっかり調教され、後ろ襟に力を感じた瞬間考えるより先に振り返っていた。パブロフのチキンである。
そしてリードに繋がれた飼い犬の様な顔となった疾風へと、女性はこう言ったのである。
「お前のナンパ術はアタシには通用しなかった訳だが、それでも勇気を振り絞って話掛けたその気概だけは買ってやるよ。だからその道案内ぐらい付き合ってやる。丁度アタシも幕張へ行く所だったしな。デートしようぜ、デートッ」
女性はそう言って男勝りに笑って見せる。
思わぬ経緯を辿る事と成った。というより謎の暴走車両に追突され吹き飛ばされたという感覚であるが、疾風は目的の案内人を手に入れたのである。
疾風は彼女の顔、特に目を見た瞬間に本能でそう悟った。昔ナショナルジオグラフィックスで見た空腹なライオンの瞳にソックリである。
今にもこの目の前にぶら下げられた七面鳥に喰らい付いてきそうな鋭い眼光だった。
「…………済みません、何でもないですぅ。済みません、済みません」
この眼光に射貫かれ続ければ心臓が保たない、今でさえドクッドクッドクッともう不整脈を起こしているのではないかと思う荒ぶり様なのだから。
そして疾風は相手を刺激せず一刻も早くこの場から離脱しようと、一瞬三度謝りというK難度の離れ技をやってのけた。
身体を180度反転させ、そしてぎこちない動きで逃走を図る。
「おい、待てよ」
「はッ、はい!!」
しかし、背を向けても痛い程感じる視線はしっかりと彼をロックオンし逃してはくれなかった。そして呼び止められた疾風は、先程と比較に成らぬ速度で振り返る。
「お前、ナンパ師だろ?」
「はッ、はい?」
緊張で色が抜けた世界の中、彼女の発した言葉が余りにも予想外過ぎて聞き間違えかと思った疾風は思わずそう聞き返した。
しかし此処でも彼の悪い癖が出る。肯定の意味でも質問の意味でも両方で使える『はい』という言葉を使用してしまった事が、事態を更に悪化させてゆく。
「やっぱりな、話し掛けられた瞬間に声から獣臭い匂いがして直ぐに分かったぜ。全くッ、モテ過ぎるってのも困りもんだ。だが生憎アタシの身体は其処まで安くねえんだよ。余所当たりなッ」
「は、はあ………」
同じ言語の筈なのに何一つ相手の言っている事が理解出来ない。そんな超常現象に遭遇した疾風は、目を白黒させながら一吐息分の疑問符を溢す事しか出来なかった。
そして何一つ此方からは言っていないにも関わらず、何故か彼女は満足気な表情で彼を拒絶したのである。
しかしそれは返って好都合。如何やってこの銃撃戦の只中が如き緊迫張り詰める空間から逃げようかと悩んでいた疾風にとって、それは正しく救いの船であった。
フラれようと、ナンパ師扱いされようと、この場から逃げられるならそれで良い。
彼は猛獣を相手取る様にゆっくりと動き、そして背を向け逃げだそうとする。
「おい待てよ、何も直ぐ帰れとは言ってねえだろ」
だが、猛獣相手に背を向けるのが絶対にやってはいけないタブーである事を失念していた疾風の後襟を、凄まじい速度で距離を詰めてきた猛獣が掴んだ。
数秒前に出会った人間をこれ程強く引っ張れるとは、余程上等な教育を受けてきたのだろう。
「お前も色々と誘い文句を用意してきたんだろ? アタシも鬼じゃねえ、その言葉ぐらいは聞いてやろうじゃねえか。まあ、その上で振るけどなッ。さあ、言ってみろ」
「はい? 誘い文句? そんなもん用意して……」
「早くしろ”ッ、アタシは急いでんだよ」
「はッ、はいぃぃ!!」
誘い文句なんて用意している筈が無い、そんな正直な発言一つ許して貰えず疾風は凄まじい恐喝を受けた。後襟を掴んでいた腕を今度は前に回され、胸倉を掴み上げられる。
最早普通のカツアゲで財布を出せと言われる方が未だ良心的だった。何だよ誘い文句を言えって。
しかしもうこの状態に追い込まれては拒否権など無かったのである。何か言わなきゃお前死ぬぞ、そう親切に本能が教えてくれた。
そしてその生死が掛かった状態で疾風の口から出たのは、ずっと脳内で反芻し本来もっと優しくて親切な人に投げかけようと思っていたあの言葉。
「あのッ、道に迷ってるんですけど……幕張メッセまでの道ってぇッ、ご存じありません??」
疾風は絞り出す様な声で、胸倉を掴まれている事以上の圧迫感を覚えながらそう尋ねた。
すると、その言葉を受けた女性の目が一気に鋭く成る。「終わったよ凪咲、お兄ちゃんは終わってしまった様です」、そう彼は頭の中で完全に諦めきった言葉を溢した。
そうして何時拳が飛んでくるだろうかと疾風は余命を数え、最後の時を待った。
しかしその予想に反し、彼女は何と掴んでいた胸倉を放したのである。更に胸の圧力が突如無くなり蹌踉めいた彼をお構い無しに、顔を満足げにした女性が又一切理解できない言葉を話し始める。
「成る程な。道を尋ねている風に見せかけて警戒心を解き、ついでにお食事でもと洒落込むパターンか。ドラマとかで見た事あるぞ。しかし経験豊富なアタシには魂胆がバレバレだ、もっと手の込んだ仕掛けを用意しておくんだったな」
女性は一人で何度も頷きながらそうブツブツと言った。
何が何だか分からない。だが顔に笑顔が浮かんでいるという事は、取り敢えず許して貰えたという事だろうか? 許して貰えたという事だろ? 許して貰えたんだ!!
そう自分に都合の良い解釈をした疾風は、もうこれ以上相手を刺激しない様静かに後ろを向き、足音を忍ばせながら逃げだそうとする。
ズゥ………グイィィッ!!
「おいッ、何処行くんだよ。話は未だ終ってねえぞ。ナンパしたんなら最後まで責任持て」
どうやら、未だ許して貰えないらしい。
疾風はもうこの数分間のみですっかり調教され、後ろ襟に力を感じた瞬間考えるより先に振り返っていた。パブロフのチキンである。
そしてリードに繋がれた飼い犬の様な顔となった疾風へと、女性はこう言ったのである。
「お前のナンパ術はアタシには通用しなかった訳だが、それでも勇気を振り絞って話掛けたその気概だけは買ってやるよ。だからその道案内ぐらい付き合ってやる。丁度アタシも幕張へ行く所だったしな。デートしようぜ、デートッ」
女性はそう言って男勝りに笑って見せる。
思わぬ経緯を辿る事と成った。というより謎の暴走車両に追突され吹き飛ばされたという感覚であるが、疾風は目的の案内人を手に入れたのである。
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