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10.見えない心
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「俺が怖い?」
エーベルハルトの手を握ったままだったので彼が立ち止まると必然的に私の足も止まった。
彼は微笑んでいた。
先ほどと同じ微笑みだった。
その微笑みに苛立つ。心がざわつく。泣き叫びたい気持ちになる。
「怖くはない。ただ、あなたの考えが分からないのは嫌」
エーベルハルトは目の前にいるのに手を伸ばしても届かない場所にいるみたい。
「分からなくていいですよ。結構、俺の心汚いんで、あなたには見せたくありません」
「・・・・・私は聖女なんて呼ばれてるけど実際はそんなに綺麗なものじゃない。神聖視されるような美しい心を持っているわけじゃない。どうして私が自分を貶す奴らの為に頑張らないといけないのって毎回思うよ。死ねばいいのにって思ったことだってある。私には力がないから、国には逆らえないから仕方がなく従っているだけ。エーベルハルトは自分の心を汚いと言う。でも心に汚さを持たない人間なんていない。だって人間は欲深い、俗物に塗れた存在なんだから」
「・・・・・・」
一瞬だけ、エーベルハルトが泣きそうな顔をしたように見えた。
私がスラムにいた時、「リズ」と呼ばれていた時に会ったエーベルハルトと今のエーベルハルトは違う。それは会わない間に彼をここまで変えてしまった何かがあったのか、それとも元々彼にはそういう一面があって、それを私が知らなかっただけなのか分からない。
だってリズとエーベルハルトの時間は長い人生の中で一割にも満たない出来事だから。
「エーベルハルト、あなたが見せたくないと言うのなら私はそれを無理に暴いたりはしない」
あなたに嫌われたくはないから。
「ケイレン伯爵令嬢のことも咎めたりはしない。あなたはただ自分の仕事をしただけ。それ故に負った罪なら私の罪でもある。お陰で私は助かったのだから」
「それは」
「違わない。そこに私情が挟まっていたとしてもあなたが私を守るために行動したのは事実だから」
私には何もできない。
エーベルハルトの抱えている苦しみを理解できない。彼はきっと明かしてはくれない。明かす相手は私ではない。
伯爵である彼にもいずれは生涯を共にするパートナーが現れる。
偽物の公女である私ではなく、生まれも育ちも貴族のちゃんとした血筋の令嬢が。
その人ならきっとエーベルハルトを理解して、彼を支えてくれるだろう。私じゃない。
今は胸が痛んでも、いつかは過去になる。
エーベルハルトは私の初恋の人だけど、それは小さな子供が身近な大人に憧れを抱くのと同じだ。
だから痛む胸に目を逸らす。
先のない恋はするべきではない。これは自分だけではなくエーベルハルトの未来さえも壊してしまうから。
「エーベルハルト、ありがとう。私のことを守ってくれて。私が朝を迎えられたのはあなたのおかげよ」
「・・・・・いいえ」
ただの聖女でいよう。
あなたが理想とする聖女でいよう。
side .エーベルハルト
『エーベルハルト、ありがとう。私のことを守ってくれて。私が朝を迎えられたのはあなたのおかげよ』
リズ、私はそんなふうにあなたに言ってもらえる資格はないんです。
『それ故に負った罪なら私の罪でもある。お陰で私は助かったのだから』
あなたが背負うべき罪なんて一つもないんです。
仕事をしたわけじゃない。
ただ自分の欲求に従っただけ。だってあのゴミが私のリズを傷つけようとしたから。私からあなたを奪おうとしたから。
奪われる前に動いただけ。そうでないとあっという間に奪われることを知っているから。奪われ続けた人生だったから。
リズ、私心を暴かないで。
醜くて汚い私の心に触れないで。
あなたはそんなことしなくていいんです。私の汚い心に触れてあなたが汚れるのだけは嫌だ。
リズ、リズ、リズ。
『俺が怖い?』
あの問い如何によっては俺はあなたを閉じ込めていた。
俺の元から飛び立てないように鎖で繋いで、空を飛べないように翼だって手折っていただろう。
リズ。俺だけの、俺のリズ。
いつだってあなただけなんですよ。俺の心を動かすのは。
エーベルハルトの手を握ったままだったので彼が立ち止まると必然的に私の足も止まった。
彼は微笑んでいた。
先ほどと同じ微笑みだった。
その微笑みに苛立つ。心がざわつく。泣き叫びたい気持ちになる。
「怖くはない。ただ、あなたの考えが分からないのは嫌」
エーベルハルトは目の前にいるのに手を伸ばしても届かない場所にいるみたい。
「分からなくていいですよ。結構、俺の心汚いんで、あなたには見せたくありません」
「・・・・・私は聖女なんて呼ばれてるけど実際はそんなに綺麗なものじゃない。神聖視されるような美しい心を持っているわけじゃない。どうして私が自分を貶す奴らの為に頑張らないといけないのって毎回思うよ。死ねばいいのにって思ったことだってある。私には力がないから、国には逆らえないから仕方がなく従っているだけ。エーベルハルトは自分の心を汚いと言う。でも心に汚さを持たない人間なんていない。だって人間は欲深い、俗物に塗れた存在なんだから」
「・・・・・・」
一瞬だけ、エーベルハルトが泣きそうな顔をしたように見えた。
私がスラムにいた時、「リズ」と呼ばれていた時に会ったエーベルハルトと今のエーベルハルトは違う。それは会わない間に彼をここまで変えてしまった何かがあったのか、それとも元々彼にはそういう一面があって、それを私が知らなかっただけなのか分からない。
だってリズとエーベルハルトの時間は長い人生の中で一割にも満たない出来事だから。
「エーベルハルト、あなたが見せたくないと言うのなら私はそれを無理に暴いたりはしない」
あなたに嫌われたくはないから。
「ケイレン伯爵令嬢のことも咎めたりはしない。あなたはただ自分の仕事をしただけ。それ故に負った罪なら私の罪でもある。お陰で私は助かったのだから」
「それは」
「違わない。そこに私情が挟まっていたとしてもあなたが私を守るために行動したのは事実だから」
私には何もできない。
エーベルハルトの抱えている苦しみを理解できない。彼はきっと明かしてはくれない。明かす相手は私ではない。
伯爵である彼にもいずれは生涯を共にするパートナーが現れる。
偽物の公女である私ではなく、生まれも育ちも貴族のちゃんとした血筋の令嬢が。
その人ならきっとエーベルハルトを理解して、彼を支えてくれるだろう。私じゃない。
今は胸が痛んでも、いつかは過去になる。
エーベルハルトは私の初恋の人だけど、それは小さな子供が身近な大人に憧れを抱くのと同じだ。
だから痛む胸に目を逸らす。
先のない恋はするべきではない。これは自分だけではなくエーベルハルトの未来さえも壊してしまうから。
「エーベルハルト、ありがとう。私のことを守ってくれて。私が朝を迎えられたのはあなたのおかげよ」
「・・・・・いいえ」
ただの聖女でいよう。
あなたが理想とする聖女でいよう。
side .エーベルハルト
『エーベルハルト、ありがとう。私のことを守ってくれて。私が朝を迎えられたのはあなたのおかげよ』
リズ、私はそんなふうにあなたに言ってもらえる資格はないんです。
『それ故に負った罪なら私の罪でもある。お陰で私は助かったのだから』
あなたが背負うべき罪なんて一つもないんです。
仕事をしたわけじゃない。
ただ自分の欲求に従っただけ。だってあのゴミが私のリズを傷つけようとしたから。私からあなたを奪おうとしたから。
奪われる前に動いただけ。そうでないとあっという間に奪われることを知っているから。奪われ続けた人生だったから。
リズ、私心を暴かないで。
醜くて汚い私の心に触れないで。
あなたはそんなことしなくていいんです。私の汚い心に触れてあなたが汚れるのだけは嫌だ。
リズ、リズ、リズ。
『俺が怖い?』
あの問い如何によっては俺はあなたを閉じ込めていた。
俺の元から飛び立てないように鎖で繋いで、空を飛べないように翼だって手折っていただろう。
リズ。俺だけの、俺のリズ。
いつだってあなただけなんですよ。俺の心を動かすのは。
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