仄暗い部屋から

神崎真紅

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第四章

act 14 手術

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   瞳のオペは、午後4時からの予定だと昨夜の泌尿器科の医師が説明に来た。

   まず膀胱に刺さっている物を、全身麻酔をかけて尿道から内視鏡で掴んで取り出す。
その後開腹して内臓内を洗浄してから、ドレナージュで溜まった血液や体液を体外に出す、という事だった。

   医学的専門用語が飛び交っているけれど、簡単に言えばお腹に小さく穴を空けホースを通して腹に溜まる血液とかオシッコを外に出す、というものだ。

   そこでふと思ったのだけれど、膀胱という組織は切ったり縫ったり出来ないものなのか?という素朴な疑問だった。
   まぁ、考えただけでも痛そうだけど。

   膀胱に空いた穴は、導尿して膀胱を縮めておくと、数日間で塞がるらしい。


   オペの時は前日の夕飯から食べられない。水も夜8時以降は飲めなくなる。
それが辛い。

  しかも瞳のオペは、恐らくその日の最後なのだろう。
  緊急で飛び込みで入ったのだから仕方がない。

   ストレッチャーに乗せられて、院内をガラガラ運ばれて行くのは何度目だろう?
  手術室まで行く途中で、義母と父と弟の顔が見えた…。

   手術室に入ってから手術着は脱がされ、寒かった事だけ記憶に残っていた。    

  8月なのに寒かったのは、瞳の体温が40℃近くまで上がっていたからかも知れない。

  その後は何も覚えていなかった。
気がついたらまた違う部屋に居て、そこは術後管理の為の部屋なのだろう、看護師は患者ひとりに対しひとり、当番で廻っていた。

   お腹が空いた、喉が渇く。
でもまだ何も食べさせて貰えない。
足には血栓防止とかの靴下とマッサージ器具が取り付けられていた。

   このマッサージ器具が凄く痛かった。脚を膝から下の部分を、ぎゅうぎゅうに締め付けられる。
ただ辛かった。

  お腹を切ったのに、その痛みを余り感じなかったのはまだ麻酔が効いていたせいだったのだろう。

   少し経ってから、このお腹の縫い傷がひと月以上も痛み続けた。
抜糸はしないと聞いた時、ちょっと挫けそうになった。

「溶ける糸だから、そのうち痛くなくなるよ。筋肉は避けて切ったからね」

   担当医師がそう慰めてくれた。
でも本当に口だけの慰めでしかなかったけれど。

   それより賢司に連絡が取りたい。
荷物はベッドの後ろに置かれていた。
  瞳は携帯電話を取ろうとして、看護師に怒られた。

「宮原さん何やってるんですか?ここは携帯電話は禁止ですよ」

   ちぇっ!
   賢司からLINEが入ってる筈なのに。
こっちから連絡しないと状況が伝わらないのにな。

   この時瞳の身体には、様々な医療機器が装備されていた。
   心電図、脚のマッサージ器、点滴、酸素吸入マスク、導尿カテーテル、そして、オムツ。

   オムツは尿道から出血があったり、カテーテルからの尿もれの類いのためだったのだろうか。
それと、切って縫った傷口の保護のためなのかな。

  それにしても、まだ若いと思っていたのに、オムツの世話になる日が来るとはさすがに思っていなかったけれど。
こういう場合は仕方がない、と瞳は考える事にした。

  瞳はそんな事を考えていたら、ひょっこりと賢司が顔を出した。
  
 「瞳、大丈夫か?」
 「え?なんで?」
 「瞳からの連絡待ってたって全然来ないし、やっぱり瞳が大変な時だからな、俺が傍にいなくてどうするんだって思ったんだよ」
 「でも、大丈夫?」
 「それな、俺も考えてみたけど瞳の考え過ぎだよ」
「なんで?」
「お巡り来るならとっくに来てるって。命の危険がある場合は、逮捕はされないよ」
「そうなの?」
「当たり前だろ?命が優先だよ」
「なぁんだよかったー。へへ、本当は昨夜、淋しくて眠れなかったんだ」
「大丈夫だ、瞳の事は絶対に俺が守るからな」

   不意に、瞳から泪が零れ落ちた。
怖かった。
淋しかった。
ひとりぼっちで、本当に心細かった。

「俺のせいでまた瞳に辛い思いさせちまったな」


   瞳は何か言おうとしたけれど、涙で前が見えなくて、声すらも出せなくなっていた。



    この時にはまだ気付かない程の小さなひび割れが、後に瞳の心の亀裂になって支配する事になる。


   それは、痛みと、恐怖。
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