仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 20 公判から判決まで

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 賢司の公判がいよいよ今日の一時半からに迫った。

  瞳は情状証人に立つのは、これが二度目。
  そのせいか、不思議なほど心は静かだった。

  検事が、弁護士が、何を詰問してくるのか大体の予想はつけていた。
  それに対して、瞳は有りのままを応えるつもりでいたのだった。
  ただ、ひとつだけ、賢司と口裏を合わせておいた答えがあった。

 『ヤクザと縁を切るために、賢司の父親の住んでいる街に引っ越します』

  開廷の時間になった。
  先ずは、瞳が証人席に呼ばれた。
  そこで、この裁判で嘘の証言をしない、という誓い。
  これを破った場合、瞳も罪に問われる事になるのだ。
  それから、弁護士からの詰問が続いた。

  弁護士
 「あなたは前回の公判で被告人に、二度と覚醒剤を使わせない、と約束をしていますね?」

  瞳
 「はい」

  弁護士
 「では、今回被告人が覚醒剤を使用している事は知らなかったのですか?」

  瞳
 「先月の初めの頃に、様子がおかしいと感じました。イライラしている様だったので、仕事のストレスかと思ってました」

  弁護士
 「その時あなたは、被告人に覚醒剤を使用したのかと、聞きましたか?」

  瞳
 「確か・・・・聞いたと思います。朝起きたら、部屋中が滅茶苦茶になっていたので」

  弁護士
 「それで、被告人は何か答えましたか?」

  瞳
 「いいえ、何も」

  弁護士
 「あなたはその時、被告人に覚醒剤の使用を止めさせようとしましたか?」

  瞳
 「いいえ、その時は主人が恐かったので、子供を連れて実家に行きました」

  弁護士
 「恐かった、と言うのは、何か暴力を振るわれたのですか?」

  瞳
 「いいえ、主人は暴力は振るいません。けれど、私の話しを聞き入れられる状態ではなかったので・・・・。時間を置こうと考えまし。」

  弁護士
 「それであなたは子供を連れて実家に帰った、そのまま実家に留まるつもりだったのですか?」

  瞳
 「いえ、父親が心臓の手術があったので、病院に向かいました。手術の間、付き添っていて終わったら帰りました」

  弁護士
 「今回被告人には、重い刑罰が下されますが、あなたは被告人を待てますか?」

  瞳
 「もちろんです。何年掛かっても待ってます」

  弁護士
 「では、今後被告人には覚醒剤を止めさせる事が出来ますか?」

  瞳
 「はい、必ず止めさせます」

  弁護士
 「あなたは前回の公判で被告人に、覚醒剤を使わない様監督する事になってましたね?しかし今回被告人は覚醒剤を使用した。監督出来てなかった事になりますね?」

  瞳
 「主人はタチの悪い竹田というヤクザに食い物にされていたのです。もう、十年以上もです。主人はそのヤクザと縁を切るために、覚醒剤を使用して警察に飛び込みました」

  弁護士
 「しかし、それは覚醒剤を使用した理由にはなりませんね?」

  瞳
 「はい、全ては主人の心の弱さから招いた結果です」

  瞳は零れ落ちる涙を拭きもせずに、話した。
  そして、最後に一言、瞳は涙ながらに言った。

  瞳
 「主人は私の命です!」

  シ・・・・----・・・・ン、と、静まり返った法廷に、瞳の言葉が響き渡った。

  弁護士
 「・・・・私からの質問は以上です」

  初老の弁護士が、一言。

  裁判官
 「検察官からの質問はありますか?」

  裁判官が聞く。

  検察官
 「有りません」

  裁判官
 「では、次に被告人に質問です」

  裁判官が言うと、賢司の手錠が外され、賢司が証言台の前に立った。

  裁判官
 「先ず、注意点を言います。あなたには黙秘権と言う権利があります。自分に不利な発言には、黙秘する事が出来ます。それでは、氏名と本籍、生年月日を言って下さい」

  賢司
 「宮原賢司、昭和58年5月1日生まれです。本籍は東京です」

  傍聴席には、顔見知りはいなかった。
  けれど、罪状が覚醒剤取り締まり法違反だからなのだろうか。
  やけに傍聴人が多かった。

  瑠花は法廷には、入れない。
  弟たちが来てくれていた。
  義妹が瑠花を見ていてくれた。

  まさか、賢司が手錠を掛けられて、腰にロープを巻かれてる姿など、見せられる筈が、ない。
  瑠花の心に、消えない傷痕を残すわけにはいかない。

  それでなくても、数年間は賢司は帰って来れないのだから。
  弁護士が淡々と賢司に詰問していく。

  弁護士
 「あなたは前回二年前にも覚醒剤の使用で逮捕されてますね?」

  賢司
 「・・・・はい」

  弁護士
 「執行猶予期間中の再犯ですが、何故また覚醒剤を使用したのですか?」

  賢司
 「さっき妻も話しましたが、自分はタチの悪いヤクザに食い物にされ、また詐欺まがいの事までされ、金銭面、心身共に追い込まれていました。ヤクザの竹田と縁を切りたくても切れなかったのは、自分の心の弱さからです。それで自棄《やけ》になって覚醒剤に手を出してしまいました」

  弁護士
 「それではあなたはどうやって覚醒剤を止めますか?」

  賢司
 「自分の父親が、取り引き先の会社で働いています。家族で父親の元に引っ越します。
  それで今までの人間関係や覚醒剤を断ち切って、もう一度やり直したいです」

  弁護士
 「あなたはこれで三度目ですが、本当にそれが出来ますか?」

  賢司
 「自分を信じて、待っていてくれる家族のためにも、必ず覚醒剤を止め、ヤクザとの関係も切ります」

  弁護士
 「解りました。私からの質問は以上です」
  弁護士が、静かに言った。

  裁判官
 「それでは検察官、罪状を読み上げて下さい」

  裁判官の問いに、検察官が立ち上がった。
  機械的な印象を受ける、抑揚のない検察官からの罪状読み上げが続いた。

  検察官
 「先ず、被告人は四月の上旬頃、自宅で覚醒剤である、メチルフェミルアミノプロパンの水溶液を、注射器を使い自身の腕の静脈に注射した疑い。その後、数日に渡ってこれを使用した疑い。被告人は執行猶予期間中にも関わらず、同じ罪状を三回に渡って繰り返しています。
  今回被告人は、実の姉に連れられて、警察署に出頭。被告人の尿から覚醒剤反応が出たため、その場で現行犯逮捕に至った経緯であります。以上の事を踏まえて、被告人には二年六ヶ月の求刑が妥当と考えます」

  二年六ヶ月・・・・。
  前刑が二年。
  足して四年半・・・・。

  裁判官
 「それでは判決ですが、来週の10時からで宜しいですか?」

  弁護士
 「はい、大丈夫です」

  検察官
 「大丈夫です」

  裁判官
 「それではこれで閉廷します」



 「姉ちゃん、情状証人よかったよ。でも求刑は思ったより重かったね」
 「お姉ちゃん、求刑何年っていわれたの?」

  義妹は瑠花と遊んでてくれたので、傍聴していない。

 「二年六ヶ月、これに前回の二年が足されるから、四年半だよ・・・・」
 「姉ちゃん、仮釈放は前回も合わせて計算されるから、4ピンは貰えるよ」

  この仮釈放の計算だが、4ピンの場合、判決で出た年数を月に直して4で割るのだ。
  つまり、4ピンより3ピンの方が仮釈放の月数はより多くなる。
  2ピンなら半分まで仮釈放が貰える計算だ。

  来週の判決で、何年になるかが決まる。
  拘置所に移ってからも、瞳は瑠花を連れて毎日面会に行った。
  そういう些細な事も、塀の中にいる人間にとっては、かなり大きい事らしかった。
  法を犯してしまった人間でも、必要としている家族が待っている現実は、何より大切な事だと言う事。

  普通の生活を送っている瞳にとっては、判決の日など瞬く間にやって来た。

  その日、法廷には時間より早く集まっていた。
  うちにガサに入った刑事さんと、賢司の担当刑事さんも来ていた。
  公判の日と違って、判決の今日は傍聴人は少なかった。

  やがて賢司が入って来た。
  手錠に、腰ひも姿を見るたびに、瞳の胸は締め付けられる様に痛む。

  裁判官が口を開いた。

 「少し早いですが、開廷します。被告人は証言台へ」

  賢司の手錠が外され、証言台の前に立った。

  裁判官
 「主文、被告人を一年十ヶ月の判決とします」


  え・・・・。
  一年十ヶ月?
  二年半が?


  裁判官
 「被告人は執行猶予期間中にも関わらず、覚醒剤を使用した事実は酌量の余地はありません。しかし、被告人の妻が情状証人に立ち、被告人を必要としている事実は酌量に価します。どうか家族のためにも更正して下さい」


  賢司は裁判官に深々とお辞儀をした。
  思わず、涙が零れ落ちた。

  これで、三年十ヶ月まで下がったのだ。
  瞳の証言によって・・・・。

  後は仮釈放がどれくらい貰えるかで、もしかしたら二年くらいで帰って来れるかも知れないのだ。
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