仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 9 瞳の苦悩

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 2月は雪が降ってばかりで、賢司も手紙に『危ないから2月は面会は来なくていい』と書いて来た。
  ・・・・言われるまでもなく雪の積もった道路など、瞳に運転が出来るわけがない。

  ただ、何を誤解しているのか手紙には、お姉さんからのお金の差し入れを瞳が全部使ってるから、お菓子とジャンプが買えない、と書いて来た。
  お姉さんからの差し入れは、昨年8月に預かってちゃんと入れた。
  今年1月の分は、賢司が使ってていいと言った事を忘れたのだろうか?

  ちょっとムッとしたんで、直ぐに返事を書いた。

 「お姉さんからは、毎月貰ってる訳じゃないし、賢司が自分で使っていいと言った分しか使ってないよ」

  そして2月は一度も面会に行かなかった。
  正確には行かなかったのではなく、雪で行けなかったのだ。
  手紙も一度も出していない。
  果たして賢司は何を思っているのだろう?

  そうこうしているうちに、もう3月も半分過ぎてしまった。
  今月も面会に行けそうにないなぁ。

  と、言うのも、この間ガソリンスタンドで灯油を買って帰ろうと、バックをしたら運悪く隣りに止まっていた車にこすってしまったのだ。

  まだその事を賢司には報告していない。
  おまけに瞳の車は任意保険に入っていない。
  父の車でぶつけた事にしてくれる様相手に頼んだら、直してくれれば構わないと言ってくれた。

  ところが父に連絡を取ると、保険料を払っていないと言う。
  仕方がないので、父の保険料を瞳が立て替えて2万2千円を支払った。
  いくらなんでも修理代を全額瞳が負担する事など無理な話しだ。
  取りあえず、これで事故の方は保険でやって貰える。

  あぁ、この事も賢司に手紙を出して報告しておかなくてはならないんだ。
  何言われるか、嫌だなぁ・・・・。
  ついでに2月は瑠花の二分の一成人式の写真を撮ったのだが、それが大幅に予算をオーバーしてしまった。

  どうしてこんなにお金ばかり出て行ってしまうのだろう?
  やっぱり財布がパカパカなのが悪いのかな。
  でも財布だって2万はするし。
  瞳はヴィヴィアンが好きで、今使ってる財布もヴィヴィアンだ。
  でも、小銭入れの部分ががま口で、勝手に開いて小銭がバックの中に散乱している始末だ。

  弟に言われた。

 「姉ちゃん、財布がパカパカなのはお金貯まらないよ。良くないよ」

  何か・・・・。
  余計なものを買うより先ず財布を買うべきだったかな?
  しかし、瞳の衝動買いの癖は未だに抜けない。

  瞳はお金に不自由して育った経験がない。
  母は手芸店をひとりで営んでいたし、父は公務員だ。
  その上瞳は、クレジットカードを多い時は20枚も持っていた。
  買い物は全てキャッスレスが当たり前、という青春時代を過ごして今に至る。

  だから財布にお金が入っていると、つい余計なものを買ってしまう。
  こういう一度身に付いてしまった癖というのは、治らないのだろう。
  だからいつもいざという時のお金が出て来ない。
  賢司への差し入れのお金は、お姉さんに頼むしかない。

  手紙ぐらい書いた方がいいだろうな。
  それでなくても短気なんだから、後で何を言われるか判ったもんじゃない。

  賢司が逮捕される前日、何を勘違いしたのか、薬でおかしかったのか、ベランダの窓ガラスを割った。
  そんな事があったから、瞳は賢司から逃げる様に父の病院へ行ったのだ。
  あのまま一緒にいたら、多分喧嘩になったんじゃないかな。
  今となってはそれも判らないけれど。

  まだ瑠花が赤ちゃんだった頃、賢司に肋骨を折られた。
  何を怒っているのかすら判らない状態で、何度も蹴られた。
  覚醒剤の恐ろしさを痛感する出来事だった。
  そうやって皆何時の間にか、犯罪者に堕ちてゆく。
  そういう部分では、女より男の方が精神的に弱いのだろうか?

  覚醒剤での犯罪に、女の人が例えば通り魔事件を起こした、といった話しは聞かない。
  止められずに廃人になってしまう方が多いのではないだろうか?
  それも殆んどは男が原因なのだろう。

  最近少しづつだけど、何とかダイエットの成果が出て来た。
  MAXの体重からだと、9㎏近く落ちた。
  賢司に太ったまんまだったら一緒に歩かない、と言われた事が結構ズーンと響いていた。

  意地でも痩せてやる!
  そんな思いで、食事を抜き、ダイエットシェークだけで過ごす。
  それでも時々無性に甘い物が食べたくなる。
  と、言うより低血糖を起こしてしまう。
  なので冷凍庫には常にチョコレートが10枚、常備されている。
  それと、弟がくれる食べられない病人用の栄養ドリンク。
  これは1缶で大体の栄養も取れるだけでなく、お腹も塞がる。
  後は瑠花と犬の散歩で走る事と、お風呂でボイストレーニングをして、
  なるべく脂肪を燃焼させる努力を、涙ぐましい程にしていた。

  それでも瑠花を産んだ時の体重からだと、18㎏オーバーしていた。
  瞳は悪阻が酷く、産むまで悪阻が続く。
  そのせいで、お産をすると痩せるのだった。
  更に母乳が噴き出す様に出た事も痩せた要因なのだろう。

  今の瞳は、産みたくても産めない。
  賢司がいないのだから、妊娠する筈がない。
  帰って来たら、もうひとり産めるだろうか?
  瞳も30を超えた。
  普通に考えればまだ幾らでも出産出来る年齢だ。

  けれど、瞳は流産の癖があった。
  瑠花を産むまでに、3度流産していた。
  その度に、死にたくなる様な絶望感に苛まれ、安定剤を100錠も飲んでは賢司に怒られていたのだった。

  でも、この気持ちだけは男には判らない。

  だからこそ、辛いのだ。
  誰が悪い訳じゃないからこそ、哀しみの行き場がなくなる。
  そして自分を追いつめてしまう結果になる。
  判り切った事でも、判らなくなる、そんな瞬間なのだ。
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