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第三章
act 8 あと一年
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1月に入ってから、お姉さんからの差し入れの1万円と、漫画と小説の古本を持って面会に行った。
瑠花とふたりなら、ガソリンさえ満タンに入っていればそんなにお金は使わない。
せいぜいセブンイレブンに寄るくらいだ。
たかが知れてる。
瑠花はお年玉をたくさん貰っていたので、欲しいものは自分で買っていたし。
ただ。
瑠花ももう小学生なのだが、不登校で学校には行ってない。
それも瞳の悩みの種でもあったのだが、瑠花が過呼吸の発作を起こす様になってからは、自由にさせていた。
賢司がいないのも瑠花にとってはかなり堪こたえているのだろう。
瞳ですら、何度過呼吸の発作を起こしたか、判らない。
お蔭で親子で精神病院に通っている始末。
通い慣れた道。
それでもやっぱり遠い。
10時に出発しても着くのはお昼近い。
いつもの手順で面会の手続きを済ませる。
また1時間以上待つ事になる。
順番が来て、ロッカーの鍵を貰い荷物を預ける。
賢司に逢える。
心はやっぱり浮き立つ。
「よ、元気か?」
「まぁね、何とかやってるよ」
変わらない賢司の笑顔。
変わったのは、髪形かな?
こんなに坊主が似合わないとはねぇ~。
つい笑いそうになる。
「瑠花、元気か?」
「パパ~、瑠花ねお年玉いっぱい貰ったんだよ。それで3DSのソフト買ったんだ」
「そうかぁ~、よかったな。パパも早く瑠花と遊びたいよ」
「うん、瑠花もパパと遊びたい。パパ早く帰って来てね。瑠花待ってる」
「そうだなぁ・・・・。来年には帰れるんじゃないかな?まだ判らないけどな」
「来年の春頃には帰れそう?」
「だといいんだけどな、まだ準免の知らせが来ないからな。それが来ればもうあと1年なんだけどな」
「そっか・・・・、でもあと少しだよね?」
「だといいけどな。こればっかりは何とも言えねぇな」
「なんだぁ、賢司いないのもうやだなぁ」
「そう言うなって。今日は何持って来てくれたんだ?」
「頼まれてた漫画と小説を6冊。残りは宅急便で歯ブラシと一緒に送ったよ。あ、瑠花とねねの写真も入れてくよ」
「ねねか・・・・。可哀想な事しちゃったな。俺がいなくなったばっかりに」
「ねねはずっと玄関で賢司の帰りを待ってたよ。あたしがもう少し早く病気に気付いてたら死なせないで済んでたかも知れないけどね」
ねねというのは、賢司が飼っていたヨーキーだった。
賢司がいなくなって、乳腺腫瘍が大きくなって突然破裂してしまった。
手術で腫瘍は取れたけれど、今度は糖尿病に罹かかってしまい、入院してインシュリン投与をする身体になってしまった。
そして・・・・。
退院して家でインシュリンを打つ指導を病院の医師に受けて来たのだが、
その2日後の夜、急変して瞳と瑠花に看取られて旅立ってしまった。
瞳は無駄と知りながらも、泣きながら心臓マッサージをした。
瑠花は、ねねの亡骸を抱えて泣いた。
温かかったねねの身体が、徐々に冷たくなっていくのをどうする事も出来ずに、ただ泣くしか出来なかった。
享年9歳。
まだまだ生きていられただろうに。
賢司さえいれば、ねねは今も元気に生きていただろうか?
でもねねは、たくさんの子供を残してくれた。
うちにもねねの子がいる。
それは瑠花の犬だ。
『ひばり』と名付けたのだが、瑠花がまだ3歳の頃だったので、『ひば』までしか言えなくて、ひばで定着してしまったのだ。変な名前だと思うだろう。
ヨークシャテリアはおとなしく飼いやすい犬種だけれど、飼い主がいないとご飯も食べなくなってしまうくらい淋しがり屋な犬だ。
淋しいと死んじゃうなんて、ウサギみたい。
けれど、ねねは確かに賢司を、賢司の帰りだけをずっと待っていた。
玄関から動こうともしないで。
まるで忠犬ハチ公みたいな、ねね。
「俺、ねねの夢見たよ。いきなり『ねね!』って叫んだらしいよ。同じ部屋の人に言われた」
「そう、ねねが賢司に逢いに行ったのかもね」
「俺ねねがもういないなんて、まだ信じられないんだ」
「帰って来て、ねねのお骨を見ればそこに悲しい現実が見えるよ」
瞳は口にこそ出さなかったが、ねねの死が賢司がいなくなったせいだと、本当はそう言って責めたかった。
でも、それは過ぎてしまった時間を責めても、ねねが帰って来るわけじゃないから。
それに、ねねもそんな事望んじゃいない筈。
「時間です」
30分が過ぎたんだ。
短いな。
何を話そうと思ってたのかすら、判らないうちに終わっちゃうんだもん。
「じゃあな、気を付けて帰れよ。あ、瞳お前金ねぇんだろ?」
「まぁ・・・・、ないって言えばないけど」
「今日のねーちゃんからの1万使ってていいからよ、その代り来月金入ったら送ってくれよ」
「んー判ったよ。それじゃお金差し入れいいのね?」
「ああ、でも来月は必ず金入れてくれよな」
「判った、それじゃまたね」
「瑠花、ママの言う事聞くんだよ?」
「うん、判った。パパまたね」
さて、後は本を差し入れしてから帰りますか。
「ママ、道の駅いこー」
またかよ。
「判ったよ、また鮎の塩焼き買うの?」
「うん、瑠花鮎だーい好き」
やれやれ・・・・。
普段家から出ないから仕方ないか。
瞳は車を発進させた。
当たり前かもしれないけど、刑務所の周りには何もない。
暫く走ると、ローソンが一軒あるだけで後は殆んどが梨畑ばかりだ。
殺風景な景色の中を走ってゆく。
そのお蔭か、道路は混んでた事がない。
ただ、山を越えて行くので道がくねくねしてたり、登ったり下ったりの連続だ。
雪が降ったら絶対に運転出来ない。
瑠花とふたり、山の下まで真っ逆さまだ。
今年の冬は寒い。
ガソリンより灯油を買ってる方が多い。
ストーブなしではとてもいられない。
元々瞳は寒がりだ。
夏でも車のエアコンを点けなくても平気なくらいだった。
反対に賢司は暑がりだ。
なので夏になると、寝室が別になる。
それでも今年の寒さは肌身に染みている様だった。
当たり前と言えばそうだ。
刑務所には、暖房も冷房もない。
罪を償う為に入っているのだから、そんなものは必要ないのだろう。
3食きちんと食べられて、布団で寝られるだけでも有難いのだろう。
路上生活などしている人の中には、わざと犯罪を犯して刑務所に入る人もいるらしい。
あとは刑期が長くて、出所しても帰る場所のない人もいる。
そんな人は必ずまた戻って来るらしい。
哀しい話しだと思う。
あとは家族に見放されてしまう人もいると聞いた。
賢司はまだいい方なのだ。
家族が面会に来る。
友達も面会や手紙、差し入れなどしてくれる。
それだけでも仮釈放を貰うには、有利になるらしい。
瑠花とふたりなら、ガソリンさえ満タンに入っていればそんなにお金は使わない。
せいぜいセブンイレブンに寄るくらいだ。
たかが知れてる。
瑠花はお年玉をたくさん貰っていたので、欲しいものは自分で買っていたし。
ただ。
瑠花ももう小学生なのだが、不登校で学校には行ってない。
それも瞳の悩みの種でもあったのだが、瑠花が過呼吸の発作を起こす様になってからは、自由にさせていた。
賢司がいないのも瑠花にとってはかなり堪こたえているのだろう。
瞳ですら、何度過呼吸の発作を起こしたか、判らない。
お蔭で親子で精神病院に通っている始末。
通い慣れた道。
それでもやっぱり遠い。
10時に出発しても着くのはお昼近い。
いつもの手順で面会の手続きを済ませる。
また1時間以上待つ事になる。
順番が来て、ロッカーの鍵を貰い荷物を預ける。
賢司に逢える。
心はやっぱり浮き立つ。
「よ、元気か?」
「まぁね、何とかやってるよ」
変わらない賢司の笑顔。
変わったのは、髪形かな?
こんなに坊主が似合わないとはねぇ~。
つい笑いそうになる。
「瑠花、元気か?」
「パパ~、瑠花ねお年玉いっぱい貰ったんだよ。それで3DSのソフト買ったんだ」
「そうかぁ~、よかったな。パパも早く瑠花と遊びたいよ」
「うん、瑠花もパパと遊びたい。パパ早く帰って来てね。瑠花待ってる」
「そうだなぁ・・・・。来年には帰れるんじゃないかな?まだ判らないけどな」
「来年の春頃には帰れそう?」
「だといいんだけどな、まだ準免の知らせが来ないからな。それが来ればもうあと1年なんだけどな」
「そっか・・・・、でもあと少しだよね?」
「だといいけどな。こればっかりは何とも言えねぇな」
「なんだぁ、賢司いないのもうやだなぁ」
「そう言うなって。今日は何持って来てくれたんだ?」
「頼まれてた漫画と小説を6冊。残りは宅急便で歯ブラシと一緒に送ったよ。あ、瑠花とねねの写真も入れてくよ」
「ねねか・・・・。可哀想な事しちゃったな。俺がいなくなったばっかりに」
「ねねはずっと玄関で賢司の帰りを待ってたよ。あたしがもう少し早く病気に気付いてたら死なせないで済んでたかも知れないけどね」
ねねというのは、賢司が飼っていたヨーキーだった。
賢司がいなくなって、乳腺腫瘍が大きくなって突然破裂してしまった。
手術で腫瘍は取れたけれど、今度は糖尿病に罹かかってしまい、入院してインシュリン投与をする身体になってしまった。
そして・・・・。
退院して家でインシュリンを打つ指導を病院の医師に受けて来たのだが、
その2日後の夜、急変して瞳と瑠花に看取られて旅立ってしまった。
瞳は無駄と知りながらも、泣きながら心臓マッサージをした。
瑠花は、ねねの亡骸を抱えて泣いた。
温かかったねねの身体が、徐々に冷たくなっていくのをどうする事も出来ずに、ただ泣くしか出来なかった。
享年9歳。
まだまだ生きていられただろうに。
賢司さえいれば、ねねは今も元気に生きていただろうか?
でもねねは、たくさんの子供を残してくれた。
うちにもねねの子がいる。
それは瑠花の犬だ。
『ひばり』と名付けたのだが、瑠花がまだ3歳の頃だったので、『ひば』までしか言えなくて、ひばで定着してしまったのだ。変な名前だと思うだろう。
ヨークシャテリアはおとなしく飼いやすい犬種だけれど、飼い主がいないとご飯も食べなくなってしまうくらい淋しがり屋な犬だ。
淋しいと死んじゃうなんて、ウサギみたい。
けれど、ねねは確かに賢司を、賢司の帰りだけをずっと待っていた。
玄関から動こうともしないで。
まるで忠犬ハチ公みたいな、ねね。
「俺、ねねの夢見たよ。いきなり『ねね!』って叫んだらしいよ。同じ部屋の人に言われた」
「そう、ねねが賢司に逢いに行ったのかもね」
「俺ねねがもういないなんて、まだ信じられないんだ」
「帰って来て、ねねのお骨を見ればそこに悲しい現実が見えるよ」
瞳は口にこそ出さなかったが、ねねの死が賢司がいなくなったせいだと、本当はそう言って責めたかった。
でも、それは過ぎてしまった時間を責めても、ねねが帰って来るわけじゃないから。
それに、ねねもそんな事望んじゃいない筈。
「時間です」
30分が過ぎたんだ。
短いな。
何を話そうと思ってたのかすら、判らないうちに終わっちゃうんだもん。
「じゃあな、気を付けて帰れよ。あ、瞳お前金ねぇんだろ?」
「まぁ・・・・、ないって言えばないけど」
「今日のねーちゃんからの1万使ってていいからよ、その代り来月金入ったら送ってくれよ」
「んー判ったよ。それじゃお金差し入れいいのね?」
「ああ、でも来月は必ず金入れてくれよな」
「判った、それじゃまたね」
「瑠花、ママの言う事聞くんだよ?」
「うん、判った。パパまたね」
さて、後は本を差し入れしてから帰りますか。
「ママ、道の駅いこー」
またかよ。
「判ったよ、また鮎の塩焼き買うの?」
「うん、瑠花鮎だーい好き」
やれやれ・・・・。
普段家から出ないから仕方ないか。
瞳は車を発進させた。
当たり前かもしれないけど、刑務所の周りには何もない。
暫く走ると、ローソンが一軒あるだけで後は殆んどが梨畑ばかりだ。
殺風景な景色の中を走ってゆく。
そのお蔭か、道路は混んでた事がない。
ただ、山を越えて行くので道がくねくねしてたり、登ったり下ったりの連続だ。
雪が降ったら絶対に運転出来ない。
瑠花とふたり、山の下まで真っ逆さまだ。
今年の冬は寒い。
ガソリンより灯油を買ってる方が多い。
ストーブなしではとてもいられない。
元々瞳は寒がりだ。
夏でも車のエアコンを点けなくても平気なくらいだった。
反対に賢司は暑がりだ。
なので夏になると、寝室が別になる。
それでも今年の寒さは肌身に染みている様だった。
当たり前と言えばそうだ。
刑務所には、暖房も冷房もない。
罪を償う為に入っているのだから、そんなものは必要ないのだろう。
3食きちんと食べられて、布団で寝られるだけでも有難いのだろう。
路上生活などしている人の中には、わざと犯罪を犯して刑務所に入る人もいるらしい。
あとは刑期が長くて、出所しても帰る場所のない人もいる。
そんな人は必ずまた戻って来るらしい。
哀しい話しだと思う。
あとは家族に見放されてしまう人もいると聞いた。
賢司はまだいい方なのだ。
家族が面会に来る。
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それだけでも仮釈放を貰うには、有利になるらしい。
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