仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 7 折り返し

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 11月は車のラジエーターが故障してしまい、面会に行けなかった。

  およそ5万の修理代は、父にカードで分割払いにして貰った。


  車検代の分割もまだ残っているのに、被ってしまう。
  本当は新車に乗り換えたかったけど、父ももう歳だ。ローンが通らなかった。


  12月に入ってから、差し入れの本を買い宅急便で送った。

  次の日に面会に行こうと思っていた。
  瑠花がパパに逢いたがっている。

  瞳も気持ちは一緒だ。
  一か月以上逢っていなかった。

  その日の朝、瞳はアラームに気付かず寝過ごした。


 「ぅわ!もう11時近いじゃん?瑠花起きて。寝過ごしたよ。間に合わなくなっちゃう」


  瑠花を起こすが、一向に起きない。


 「瑠花、起きないなら今日はパパのとこ行くの止める?」
 「やだ~、パパに逢いたい」
 「じゃあ早く起きて着替えて」


  何でこんな時に寝坊するかなぁ・・・・。

  間に合うかな?
 瞳はねずみ捕りのいない道は、なるべくスピードを出して走った。

  でも、こういう急いでる時に限って、前の車はノロノロ、信号は全部赤という最悪な状況だった。
  これで午後の面会の受け付けに間に合うだろうか。
  焦る気持ちと裏腹に、無情にも時間だけが過ぎてゆく。


  293号に入った辺りから、前を走る車がスピードを出していた。
  ねずみ捕りはいないのか?後続車なら捕まる心配はなくなる。
  前の車に付いて走った。
  何とか間に合いそう。
  また一時間は待つんだろう。


 「瑠花、おでん買って行こうか?今70円だから」
 「うん!瑠花おでん大好き!」


  刑務所から一番近いセブンイレブンに寄って、おでんを買った。
  これがふたりのブランチだな。
  何だか毎回おでん買ってる気がする。

  刑務所に到着したのは、1時を少し過ぎた頃だった。

 「ママ受け付けして来るよ」
 「うん、瑠花待ってる」

  いつもの手順で、受け付けを済ませた。


 「16番でお呼びします」

  混んでるのかな。
  取り合えず、間に合ったみたい。

  車の中で、瑠花とおでんを食べながら順番を待った。

 「16番の方?」
 「はい」
 「ロッカーに貴重品は入れて下さい。ポケットの中も大丈夫ですか?」
 「はい」
 「それでは面会室3番にお入り下さい。終わりましたら迎えに来ます」


  いつも同じ。
  程なくして賢司が入って来た。


 「久し振り。元気だったか?」
 「うーん、あたしは原因不明の熱は出したけど、瑠花は元気だよ」
 「こっちは寒いよ。工場の中はまだ暖かいけど、部屋は布団被ってないと居られないよ」
 「その坊主頭が余計に寒そうだもんね。似合わないし」
 「昨日切ったばっかりだからな。洗う時なんか水だぜ。マジで冷たいよ」
 「水洗い?修行僧?」


  そう言って瞳は笑った。


 「大体今が折り返し地点だと思うんだ。来年になって、昇級すればそこからは残り一年になるんだ」
 「本当に?じゃああと一年とちょっとかな?」
 「そうだな。何かしら処罰の対象にならなければな」
 「何か・・・・、過ぎてみるとあっという間だったような気がする」
 「これから先が長いんだよ。ガラ受けもねーちゃんで決まったしな。あ、明に金入れてくれって頼んでくれよ。靴下が穴空いちゃってさ」
 「こっちに来る途中でメール入れたんだけど、来年になってからでいいかってさ」
 「頼むよ、お菓子も買いたいしな。楽しみなんてお菓子ぐらいのもんだからな」
 「うん、1月に来る時に頼んでみるよ」
 「5分前です」


  もう終わりなんだ・・・・。
  早いな。


 「年末休みに入っちゃうから、次は1月になってから来るね」
 「判った。気をつけて帰れよな。瑠花、またな」
 「パパ、またね」


  今日は差し入れもないし、このまま帰ろう。


 「ママ、道の駅行きたい」
 「また?何を買うの?」
 「ただ見るだけ」


  なんじゃ、そりゃ?
  何かあそこに寄るの、恒例になってるんじゃない?

  まぁいいか。
  トイレに寄ってこう。

  ちょうど中間地点なんだよね。あそこの道の駅は。

  瑠花は普段入らない売店に入っていった。
  ちょっとしたお土産物が並んでいる。

  瞳はそこで花が三つ並んだバッグチャームを買った。
  瑠花は何やら掘ると宝物が出てくるとかいう、いかにも子供騙しな物を買った。
  それからみかんの箱が積んであるのを見た。

  愛媛の西宇和みかんがあれば買おうと思って、探していたら、『しずる』という愛媛のみかんを見つけた。
  普通の愛媛より500円程高い。

  試食が置いてあったので、瑠花に味見して貰った。


 「ママ、これ凄く甘いよ?」
 「そう、じゃあSサイズを買って行こうね」


  今年は台風の影響なのだろうか。
  みかんが5㎏箱しか、並んでいない。

  瑠花はその箱を頑張って車まで持っていった。
  美味しい物には目がないところは、賢司によく似てる。

  さて、あと半分の道程だな。
  やっぱり往復160㎞超えを運転するのは疲れる。
  アクセルを踏む右足の太ももが筋肉痛になってきた。

  早く帰りたい。
  何度通っても、馴れないなぁ・・・・。

  でも、それももう少しの辛抱かな?
  賢司が出所の日は、徐々に近付いて来ている。
  全ては時の流れの中に、いつか笑って話せる日が来るのだろうか。
  ただ一筋、瞳の心に影を落とす事があった。
  果たして賢司は覚醒剤の魔の手から、逃れられるのだろうか?


  三度目の逮捕。
  一度目の逮捕から13年が経過していたのは、ただ運が良かっただけ。

  賢司が覚醒剤を使わなかった訳ではない。

  瞳の知る限りで、賢司はほぼ毎週の様に使っていた。
  前刑から13年過ぎていたため、準初犯扱いになって執行猶予がついた。

  今回は、執行猶予期間中の再犯だ。
  多分、仮釈放の期間中は手を出さないだろうけれど、それはいつまでも続くわけじゃない。
  仮釈放が取れたその時、賢司がどうなるのかは、ずっと一緒にいた瞳だからこそ判るのだ。

  賢司は覚醒剤から足を洗う事は出来ない。
  瞳はそう確信の様な思いがあった。

  その時、瞳はどうする?
  もしも賢司に誘われたら、覚醒剤の誘惑に勝てるとは思えない。
  情けない話しだけれど、瞳の脳裏には、覚醒剤の快楽が染み付いている。
  それは紛れもない事実だった。

  まるで無限ループの様に、よぎる記憶の断片。
  時折垣間見るブラッシュバックの夢。

  左腕の静脈に、針が刺さったその瞬間。
  身体中を駆け巡る熱と、快感はそう、忘れようにも忘れられない。
  瞳はその思いを払拭(ふっしょく)する様に、首を振った。

  いいえ!
  大丈夫、もうこんな事は二度と繰り返さない。

  ・・・・そんなの、瞳の強がりだってことくらい、知っていた。

  でも敢えて(あえて)賢司に賭けてみようと、そう思うのだ。
  賢司が覚醒剤を使わなければ、瞳が使う事はないのだから。
  だって、瞳は自分では注射を打つ事も、覚醒剤の量すらも知らない。
  ましてや自分自身で買うことなんて、考えた事もなかった。
  全ては賢司が、賢司だけが知っている。

  今思えば、賢司が瞳に何も教えなかったのは、そうした事情を踏まえた上での事だったのかも知れない。

  賢司が言っていたことがある。
  女が自分で覚醒剤を打つ様になったら、終わりだと。
  その先の人生は転落以外の何物でもない。

  薬を買うためなら、身体も売るだろう。
  ヤクザにヒモにされるかも知れない。
  大体売人なんて、殆んどがヤクザ絡みだから。
  身体も人生もボロボロになって、それでも薬を欲し続ける様になってしまう。

  何のために生きているのか、判らない女の人は確かに存在するのだ。
  切れ目のだるさや、幻覚から逃れるために、また覚醒剤を打つ。

  まるで無限地獄だ。
  悪循環なのは判っていても、自分自身では断ち切れなくなる。

  ある意味賢司もそんなものだった。
  そして傍に瞳がいたことが、余計に賢司の薬への欲求を高めてしまっていた。
  そう、覚醒剤を打ってのSEXの快感が忘れられず、薬を打って行為に及ぶ。

  賢司と瞳の身体の相性が良かったことが、逆に災いしてしまった結果だ。
  覚醒剤がSEXドラッグと云われる所以ゆえんだった。

  瞳自身も、覚醒剤を打ってのSEXに溺れた。
  それは相手が賢司だからだったが。

  薬があるなしでは、天地ほどの快感に差がある。
  賢司は瞳とのドラッグSEXに、見事に溺れた。
  だからこそ、哀しい事だが賢司が覚醒剤を断ち切れるとは到底思えないのだ。
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