仄暗い部屋から

神崎真紅

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第四章

act 3 少しずつ溶けてゆく日常

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 やはり賢司は、酒に酔うとフラッシュバックを引き起こす。

  これはずっとそうだった。
  賢司は日本酒を飲むと必ず薬を買いに出かけて行った。

  今、まだ仮釈放の期間中である事がそれをしない歯止めになっている事を、瞳が気付かない筈がない。
  だから苛々する。
 その苛々は全て瞳に向かって来る。

  二度目に大した理由もなくまた口論になった時、『離婚』の言葉が賢司の口から出た。
  一度ならず二度までも簡単に『離婚』と軽々しく言い放った賢司に、さすがの瞳もそれを黙って聞き入れた。

  が、その時は珍しい事に、賢司の方から折れて謝って来た。
  瞳は分かっていたからだ。
  賢司が何よりも瑠花と瞳を大切に思っている事を。

  次の日の朝の事だった。

 「昨夜は俺も強く言い過ぎた」
 「分かってるよ。あたしも同じだからね」

  瑠花が学校に行かなくなって既に三年。
  賢司は焦っていた。

  自分が刑務所に収容された事で受けた、瑠花への同級生からのイジメ。
  どんなに悔やんでも、過去は過去。
  瑠花の三年間を取り戻してやる事は誰にも出来ない。
  ただ、そのまま放置するわけにもいかないこの矛盾を、どうすれば抜け出せる?

  暗闇の中で、出口を必死に探している賢司の気持ちは、当然瞳にも伝わってくる。
  けれど、そこに考え方の違いが出てしまっている。

  行きたくないなら、それでいい・・・・、と考える瞳に対して、賢司は転校させてでも学校には行かせるべきだと考える。
  賢司と瞳で真逆の考えなのだから、当然そこで衝突してしまう。

  もう何度も話し合ってきた。
  それでも未だ解決の糸口さえ見えて来ない。
  賢司はその間塀の中にいた。
  瞳は瑠花とずっとふたりで日々を送って来た。
  瑠花の気持ちを分かっているのは瞳の方なのだ。
  けれど瑠花は、自分の心の中で思い描いている事を、賢司には言わない。
  だから余計に賢司は混乱する。

  悪循環の繰り返し。

  それでもいつか答えは出さなければならない。
  確実に時は過ぎていってしまうのだから。

  市内でも不登校児童を受け入れて、少人数で勉強を教えてくれる場所がいくつかある。
  それだけ何等かの形で、本来ならば通える学校に通えなくなった児童が多いのだ。

  学校は、イジメの実態を認める事は絶対にない。
  歪んだ現実の闇を、知らなかったで押し通す。
  そんな所に、誰が好き好んで自分の大切な子どもを預けられる?
  じゃあ転校して、誰も知らない学校で一からやり直す?

  それも瑠花本人は迷っていた。
  賢司が痺れを切らした様に、瑠花に問う。

 「違う学校なら行けそう?」
 「........」

  瑠花は何も答えない。
  一度だけ瑠花が自分で答えた事があった。

 「違う学校で、新しく友達を作る事から始めたい」

  その時、本気で瑠花がやり直したい、と思ってるのならまずは引っ越さなければならない。
  それから賢司は引っ越し先を探し始まった。
  今度は庭付きの戸建てを買うつもりらしい。
  その方があまり関わり合いたくない人物からも、逃れられる。

  そうして物件を探しているうちに、月日は流れ、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた。
  が、それまでの時も瑠花に変化なく、ただ毎日を過ごすだけの事だった。

  少し焦った様に、賢司は瞳に言う。

 「平日は学校に行ってる子供と同じ時間に起こせ。まずは朝起きる習慣を付けなきゃだめだ」
 「それはそうだけど・・・・」

  いきなり早起きしろ、って言っても難しいと思うけど。
  結局それを実行するのは、瞳の役目になるのだ。
  出来なけりゃまた喧嘩になる事は必至。
  それは賢司の独りよがりなんじゃ、ないのかな?

  瑠花は、パニック障害と過呼吸の精神的な病(やまい)を抱えている為、毎月精神病院でカウンセリングを受けていた。
  瑠花の主治医にも言われた。

 「何も目的がないのに、いきなり早く起きろ、と言われても難しいでしょうね。何かしらの目的がなければ、早く起きても何もする事がない訳ですし」

  そりゃそうだ。
  予定があるから、その時間に合わせて人は生活をするものなのだから。
  それが学校であっても、仕事であっても同じ事。

  それを賢司は理解しない。
  瑠花がただ堕落しているとしか見ないのだ。

 「とにかく生活のリズムから直さなくちゃダメだ。同じ歳の子がやってるんだから、瑠花にもちゃんとした生活を送らせろ」

  ・・・・それが逆に瑠花を追い詰めてるって事に気付かないのかな?

  余りにも賢司がガミガミ言うものだから、瑠花はすっかりパパ恐怖症になってしまって、自分の言いたい事すら言えなくなってしまった。

  それでも賢司は、瑠花の為にと、ただそれだけを考えて日々を送っていた。
  砂時計の砂が、さらさらと落ちてゆく様なそんな時間を・・・・。
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