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4、囚われの調査官
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この国を訪れてから、はや一か月がたった。
調査は順調に進んでいる。ザミドもすっかり王宮に慣れたようだった。
その日は、顔なじみになった騎士団長から狩りに誘われたと、言いにくそうに申し出てきた。
(遠慮せず行くがよい)
「しかし、そのぉ」
(騎士団と懇意にすることで得られる情報もあるだろう)
トウヤはトウヤでニト王子と日々交流し、人となりをだいたい理解した。ほがらかで軽薄、自分の立場をよくわかっており、真の自分の姿を見せない。ふと、ザミドが以前話していた上官のことを思い出した。
(そういえばザミド、前話していた昔の上官は、今も息災か)
狩りの準備にうきうきしているザミドが、すっと神妙な顔になった。
『それがわからんのです』
(……ほう)
『突然いなくなり、もはや死んだのではないかという噂ですが、誰も何もわからず、でございます』
(そうか)
塔に長くいると病や死が遠く、人としての当たり前を忘れがちになる。よくないことだ、とトウヤは思った。
翌日、日がまだ昇りきらぬうちに、ザミドは狩りにでかけ、かわりに小姓がトウヤの髪を整えた。ザミドのような細かい編み上げはできないため、この地の流行にあわせてふわりとやわらかく結われた。それだけで気分が新しくなった。
「トウヤ様、本日の茶会はなくなったとことづけでございます」
小姓いわく、ニト王子はたびたび体調をくずすとのことだった。
「内々に伏せられておりますが、王宮の者は皆知っております」
(何かご病気か)
「……気鬱でございます」
あの太陽のようなニト王子が気を病んでいるとは、なかなか興味深いとトウヤは思った。
午後になり普段つけない耳飾りをつけ、胸元に香油をすりこんだ。紅をひくかどうか悩んだが、わずかのせて血色をよくするだけにとどめた。多く足さなくても、いつもと少し違うということがわかればよい。
単身「気鬱」でふせっているはずのニト王子のもとに向かう。
側近に門前払いされることなく、扉はやすやすと開かれた。
トウヤは招かれるまま奥へと進む。
侍従はトウヤの顔を見ると「お待ちを」といったん下がった。すぐに王子の私室へ招きいれられた。
初めて入った王子の私室はしめきられ薄暗く、空気がよどんでいた。
天蓋付きの大きな寝台は、天井からさがる幾重もの薄布の奥にあった。奥に人の気配があった。
侍従はさがったが、二人きりになったわけではない。この部屋のどこかに護衛がいるはずである。物音ひとつたてないためその所在はわからなかった。
「わざわざ見舞いにきてくれたのか」
暗がりから弱弱しい声がかかる。
トウヤは一礼し、王子の寝台に近づく。天井からの薄布に遮られているため、気配はあるが顔が見えない。
咳きこむ王子に水杯を渡そうと、さらにそばに寄った。王子の息遣いから、胸に飼っている小さなトカゲの在処がわかった。トカゲは普段眠っているが時々暴れるのだろう。トカゲに気づかれぬように、ゆっくりゆっくり布をめくり、水杯をさしだす。王子は受け取った。そのままニト王子の胸に手をあてた。
相手の身体とトカゲの両方が緊張する。逃げられる、と思う手前で、塔の加護を使った。
王子はトウヤの手を振り払おうとして、天井から垂れ下がっていた布がはずれて、王子の頭にかぶさるかたちになる。トウヤは薄く柔い布越しに王子の顔をすくいあげ口を吸った。吸ったとかげは手の中に吐き戻し、握り潰した。
手のひらが真っ黒になりわずかに黒煙があがる。
ほんの一瞬の出来事だった。
あ、と思うとぐるりと身体を反転させられる。トウヤは王子におさえこまれた。腕を身体の後ろにまわされ背後をとられ、手かせをつけれらた。寝台から転がり落ちた水杯が割れる音がした。
「弟よ、あまり手荒な真似はしてくれるな」
ニト王子の声が、後ろから聞こえ、部屋が明るくなる。
「この者はあやかしです。兄上」
寝台にいたのはニト王子ではなくヨミ王子だった。
ザミドを遠ざけ、ニト王子が病気だと小姓に伝えさせ、餌をまいた。トウヤは罠だとわかりながら訪ねたため、謀られたと知ったところで今さらどうということはない。
トウヤは転がされたまま二人を見た。なるほど兄弟が並ぶのを初めて見るが、まことに太陽と月のように麗しい。
ニト王子がトウヤにきりだした。
「調査官殿。率直に聞く。貴君はいったい何者なのだ。昨夜は剣闘場の地下で何をしていた」
ヨミ王子がトウヤを無理やり起きあがらせようとした。トウヤはいたずら心が働いて、王子にふっと息を吹きかける。するとヨミ王子はビクッとしたので、笑いをかみ殺すのに苦労した。
トウヤは自力で身をおこし、遊びはこれまでとばかりに、手の拘束を解こうとした。しかし取れない。おかしい。もう一度、と集中するが、手かせはびくともしない。おやおやと思って、もう一度真剣に取り組むが同じことである。
これは全く予想していなかった。
調査は順調に進んでいる。ザミドもすっかり王宮に慣れたようだった。
その日は、顔なじみになった騎士団長から狩りに誘われたと、言いにくそうに申し出てきた。
(遠慮せず行くがよい)
「しかし、そのぉ」
(騎士団と懇意にすることで得られる情報もあるだろう)
トウヤはトウヤでニト王子と日々交流し、人となりをだいたい理解した。ほがらかで軽薄、自分の立場をよくわかっており、真の自分の姿を見せない。ふと、ザミドが以前話していた上官のことを思い出した。
(そういえばザミド、前話していた昔の上官は、今も息災か)
狩りの準備にうきうきしているザミドが、すっと神妙な顔になった。
『それがわからんのです』
(……ほう)
『突然いなくなり、もはや死んだのではないかという噂ですが、誰も何もわからず、でございます』
(そうか)
塔に長くいると病や死が遠く、人としての当たり前を忘れがちになる。よくないことだ、とトウヤは思った。
翌日、日がまだ昇りきらぬうちに、ザミドは狩りにでかけ、かわりに小姓がトウヤの髪を整えた。ザミドのような細かい編み上げはできないため、この地の流行にあわせてふわりとやわらかく結われた。それだけで気分が新しくなった。
「トウヤ様、本日の茶会はなくなったとことづけでございます」
小姓いわく、ニト王子はたびたび体調をくずすとのことだった。
「内々に伏せられておりますが、王宮の者は皆知っております」
(何かご病気か)
「……気鬱でございます」
あの太陽のようなニト王子が気を病んでいるとは、なかなか興味深いとトウヤは思った。
午後になり普段つけない耳飾りをつけ、胸元に香油をすりこんだ。紅をひくかどうか悩んだが、わずかのせて血色をよくするだけにとどめた。多く足さなくても、いつもと少し違うということがわかればよい。
単身「気鬱」でふせっているはずのニト王子のもとに向かう。
側近に門前払いされることなく、扉はやすやすと開かれた。
トウヤは招かれるまま奥へと進む。
侍従はトウヤの顔を見ると「お待ちを」といったん下がった。すぐに王子の私室へ招きいれられた。
初めて入った王子の私室はしめきられ薄暗く、空気がよどんでいた。
天蓋付きの大きな寝台は、天井からさがる幾重もの薄布の奥にあった。奥に人の気配があった。
侍従はさがったが、二人きりになったわけではない。この部屋のどこかに護衛がいるはずである。物音ひとつたてないためその所在はわからなかった。
「わざわざ見舞いにきてくれたのか」
暗がりから弱弱しい声がかかる。
トウヤは一礼し、王子の寝台に近づく。天井からの薄布に遮られているため、気配はあるが顔が見えない。
咳きこむ王子に水杯を渡そうと、さらにそばに寄った。王子の息遣いから、胸に飼っている小さなトカゲの在処がわかった。トカゲは普段眠っているが時々暴れるのだろう。トカゲに気づかれぬように、ゆっくりゆっくり布をめくり、水杯をさしだす。王子は受け取った。そのままニト王子の胸に手をあてた。
相手の身体とトカゲの両方が緊張する。逃げられる、と思う手前で、塔の加護を使った。
王子はトウヤの手を振り払おうとして、天井から垂れ下がっていた布がはずれて、王子の頭にかぶさるかたちになる。トウヤは薄く柔い布越しに王子の顔をすくいあげ口を吸った。吸ったとかげは手の中に吐き戻し、握り潰した。
手のひらが真っ黒になりわずかに黒煙があがる。
ほんの一瞬の出来事だった。
あ、と思うとぐるりと身体を反転させられる。トウヤは王子におさえこまれた。腕を身体の後ろにまわされ背後をとられ、手かせをつけれらた。寝台から転がり落ちた水杯が割れる音がした。
「弟よ、あまり手荒な真似はしてくれるな」
ニト王子の声が、後ろから聞こえ、部屋が明るくなる。
「この者はあやかしです。兄上」
寝台にいたのはニト王子ではなくヨミ王子だった。
ザミドを遠ざけ、ニト王子が病気だと小姓に伝えさせ、餌をまいた。トウヤは罠だとわかりながら訪ねたため、謀られたと知ったところで今さらどうということはない。
トウヤは転がされたまま二人を見た。なるほど兄弟が並ぶのを初めて見るが、まことに太陽と月のように麗しい。
ニト王子がトウヤにきりだした。
「調査官殿。率直に聞く。貴君はいったい何者なのだ。昨夜は剣闘場の地下で何をしていた」
ヨミ王子がトウヤを無理やり起きあがらせようとした。トウヤはいたずら心が働いて、王子にふっと息を吹きかける。するとヨミ王子はビクッとしたので、笑いをかみ殺すのに苦労した。
トウヤは自力で身をおこし、遊びはこれまでとばかりに、手の拘束を解こうとした。しかし取れない。おかしい。もう一度、と集中するが、手かせはびくともしない。おやおやと思って、もう一度真剣に取り組むが同じことである。
これは全く予想していなかった。
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