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6、火吐国の第一王女
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その日の夜は、追われている者どうし、ひとまず同じ屋根の下で休むことになった。
「トウヤ様に何か害を加えるようであれば殿下を殺します」
「好きにするがいい。イチに何かあればわたしもお前を殺すのだから」
ヨミ王子とザミドは冷ややかな応酬をすると、剣に手をかけたまま床に座って目を閉じる。
イチ王女は、トウヤに興味がつきない。
「塔では何をしているの?」
(塔ではそれぞれがそれぞれの仕事をしております)
「仕事ってなに」
(なすべきことを行います)
「って具体的に何をするわけ?」
トウヤは主に、世界のほころびの繕いと調整が仕事であるが、塔の外の人間にそれを伝えるのは難しい。
世界はさまざまなものごとが、微妙な均衡を保って成り立っており、時には大きくバランスを崩す。それもまた必然でありながら、時々調整し手を加え……、話せる範囲で伝える。
トウヤからも王女に尋ねた。
(陶器の人形は、誰かから譲り受けたものでしょうか)
「人形と家は先祖代々伝わるもので、もともと母様の嫁入り道具の一つだった」
夜半過ぎ、トウヤはザミドの手に、文字を書いた。
(あの人形は、私に似せて私の生まれ故郷の者が作ったものだ。覚えがあると思ってひっくり返してみたら刻印があった)
(なんと! そっくりなのは、そのため)
(いくつか気になることがある。気鬱の王と直接話がしたくなってきた。ザミド、塔に帰るのが少し遅くなりそうだが、つきあってくれるか?)
ザミドは「トウヤ様のお心のままに」と承諾した。
「で、なんだそのなりは」
翌朝、王子はあきれ尋ねた。
ザミドは口髭をそり落とし、女の恰好で化粧に余念がない。
「トウヤ様は荷の中に隠れることができますが、私はそうはできませぬゆえ」
「二人が協力してくれることになった。王を探しに行くぞ!」
ヨミ王子はイチ王女から古びたマントを渡されると、しぶしぶ受けとった。
商家の女番頭(ザミド)と見習い少年(イチ王女)、護衛(ヨミ王子)に扮した一行は、火吐山麓に戻るという者と交渉し、荷馬車に乗せてもらうこととなった。
王は火吐山にいる可能性が高いのだという。火吐山は、太古の昔は噴火することもあったが、今では鎮まり、その雄大な姿を人々は敬い信仰していた。
マントに身をつつんだ暗い顔の王子は、何も言わずイチ王女のそばにいる。イチ王女をとめることもできず、さりとて一人にすることもできないといったところだろう。
トウヤが鳥籠にはいっていると、イチが籠をのぞきこんできた。
(私が知る限りニト殿下とヨミ殿下は仲睦まじく、いったいなぜ追い、追われるようなことになったのでしょう)と指で尋ねた。
そのやりとりを見ていないようで見ていたヨミ王子が、たどたどしい指文字で返した。
(なにもない)
トウヤは王子が指文字を操るのに感心して微笑み、(では何かの誤解。すぐに和解いたしましょう)と返事した。
イチ王女は蜜桃をほおばりながらも、何か言いたげだった。そこへザミドが自身の見解を述べた。
「しかしこう言ってはなんですが、ニト殿下は国民の人気も高く、長子が後継となるという点においても順当であり、ヨミ王子が脅威だとしても、このような強引なやり方はニト殿下らしくなく王がいないのであれば説明をつくせば誰もが納得し……」
「それが、」
「イチ」
言いかけたイチ王女を、王子が強くさえぎった。
「イチ様は王宮でお暮しにならないんですか」
ザミドが愚鈍なふりで正面から尋ねると、王女は早口になった。
「ないない、そもそも小さい頃に死んだことになっているし剣闘もできなくなるし」
と、にわかに往来を行く人々が騒がしくなる。なにものかの大声がいやでも耳にはいってくる。
「今日の剣闘はとりやめにならないばかりか、殿下がおいでになるらしい」
「なんと、王宮を破壊した犯人を早々に捕らえたって話だ」
「王の安否についても殿下の口から何か知らせがあるらしい」
誰かが誰かに伝える嘘か誠かわからない伝聞が、瞬く間に次から次へと口伝えで広まって、我も我もと人々は闘技場に向かいはじめる。
「こりゃあ出発できなくなっちまった」
一行を乗せてくれるはずの荷馬車のあるじが嘆息した。従者も御者も闘技場に行って戻ってこないようではどうしようもない。
「トウヤ様に何か害を加えるようであれば殿下を殺します」
「好きにするがいい。イチに何かあればわたしもお前を殺すのだから」
ヨミ王子とザミドは冷ややかな応酬をすると、剣に手をかけたまま床に座って目を閉じる。
イチ王女は、トウヤに興味がつきない。
「塔では何をしているの?」
(塔ではそれぞれがそれぞれの仕事をしております)
「仕事ってなに」
(なすべきことを行います)
「って具体的に何をするわけ?」
トウヤは主に、世界のほころびの繕いと調整が仕事であるが、塔の外の人間にそれを伝えるのは難しい。
世界はさまざまなものごとが、微妙な均衡を保って成り立っており、時には大きくバランスを崩す。それもまた必然でありながら、時々調整し手を加え……、話せる範囲で伝える。
トウヤからも王女に尋ねた。
(陶器の人形は、誰かから譲り受けたものでしょうか)
「人形と家は先祖代々伝わるもので、もともと母様の嫁入り道具の一つだった」
夜半過ぎ、トウヤはザミドの手に、文字を書いた。
(あの人形は、私に似せて私の生まれ故郷の者が作ったものだ。覚えがあると思ってひっくり返してみたら刻印があった)
(なんと! そっくりなのは、そのため)
(いくつか気になることがある。気鬱の王と直接話がしたくなってきた。ザミド、塔に帰るのが少し遅くなりそうだが、つきあってくれるか?)
ザミドは「トウヤ様のお心のままに」と承諾した。
「で、なんだそのなりは」
翌朝、王子はあきれ尋ねた。
ザミドは口髭をそり落とし、女の恰好で化粧に余念がない。
「トウヤ様は荷の中に隠れることができますが、私はそうはできませぬゆえ」
「二人が協力してくれることになった。王を探しに行くぞ!」
ヨミ王子はイチ王女から古びたマントを渡されると、しぶしぶ受けとった。
商家の女番頭(ザミド)と見習い少年(イチ王女)、護衛(ヨミ王子)に扮した一行は、火吐山麓に戻るという者と交渉し、荷馬車に乗せてもらうこととなった。
王は火吐山にいる可能性が高いのだという。火吐山は、太古の昔は噴火することもあったが、今では鎮まり、その雄大な姿を人々は敬い信仰していた。
マントに身をつつんだ暗い顔の王子は、何も言わずイチ王女のそばにいる。イチ王女をとめることもできず、さりとて一人にすることもできないといったところだろう。
トウヤが鳥籠にはいっていると、イチが籠をのぞきこんできた。
(私が知る限りニト殿下とヨミ殿下は仲睦まじく、いったいなぜ追い、追われるようなことになったのでしょう)と指で尋ねた。
そのやりとりを見ていないようで見ていたヨミ王子が、たどたどしい指文字で返した。
(なにもない)
トウヤは王子が指文字を操るのに感心して微笑み、(では何かの誤解。すぐに和解いたしましょう)と返事した。
イチ王女は蜜桃をほおばりながらも、何か言いたげだった。そこへザミドが自身の見解を述べた。
「しかしこう言ってはなんですが、ニト殿下は国民の人気も高く、長子が後継となるという点においても順当であり、ヨミ王子が脅威だとしても、このような強引なやり方はニト殿下らしくなく王がいないのであれば説明をつくせば誰もが納得し……」
「それが、」
「イチ」
言いかけたイチ王女を、王子が強くさえぎった。
「イチ様は王宮でお暮しにならないんですか」
ザミドが愚鈍なふりで正面から尋ねると、王女は早口になった。
「ないない、そもそも小さい頃に死んだことになっているし剣闘もできなくなるし」
と、にわかに往来を行く人々が騒がしくなる。なにものかの大声がいやでも耳にはいってくる。
「今日の剣闘はとりやめにならないばかりか、殿下がおいでになるらしい」
「なんと、王宮を破壊した犯人を早々に捕らえたって話だ」
「王の安否についても殿下の口から何か知らせがあるらしい」
誰かが誰かに伝える嘘か誠かわからない伝聞が、瞬く間に次から次へと口伝えで広まって、我も我もと人々は闘技場に向かいはじめる。
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