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8、変幻
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洞窟から出ると、急な山道になった。王子はまた発熱していた。感冒などのたぐいではないことは、もうわかっている。
トウヤは、もはや嫌がる元気もないほどぐったりしている王子を背中におぶいなおし、先を急いだ。
風景がさまがわりする。木や草がまばらになる。ごつごつとした岩と大地のすきまから地熱によって高温となった泉が吹き出している。
しっかりとした足どりで迷いなく先を急ぐ。
「おまえは、いったいなにものなのだ」
静かだった王子に急に問われ、トウヤは返事する。
(塔の調査官でございます)
「そのまえは?」
(小さな村で家族と暮らしておりました)
「このやまをしっているのか」
(そうかもしれません)
しばらく沈黙が続いたが、しばらくすると、また話しかけてくる。
「とうにえらばれるというのはどういうことだ」
(幸せで身が震え息が止まりそうになったのを覚えております)
王子はトウヤの言葉を自分に浸透させるように無言になったのち、また口を開いた。
「それはたいそうなことだ。わたしはそのようなけいけんをしたことがない。……おまえはおそろしい、めがはなせない、しかしちかづけない」
(こんなに近くにいるというのに、何をおっしゃいますやら)
突如、背中の王子がずしりと重くなる。
「幼き頃、この山で暮らしていた。突然王宮に連れて行かれた。お前は王子だと言われ、兄と初めて会った。それからは兄のみが唯一の支えだった。わたしたちは小さき館に住まう陶器の美しい人形を大切にした。優しい顔をしているのに救われもしたが、角度によっては、哀しそうであった」
堰を切ったように王子は自分のことを話す。何かが決壊したようだった。
「陶器人形、笑った顔がどんななのかと……お前を見て驚いた……お前は……よく笑う……陶器人形とはまるで違って……哀しそうではない」
王子の呼吸が浅い。
「かなしそうではない……よかったと……おもう」
それから何もしゃべらなくなった。
トウヤは線の細い見た目とうらはらに、丈夫なたちで力も強い。道なき道を、息を乱すことなく登る。
これまではまだまばらにあった草木はまったくなくなり、荒涼とした風景が広がる。
王子を胸に抱き、待った。それが来るのに時間はかからないと思っていた。
予想通りそれは訪れた。
「そなたは誰だ」
一匹の巨大な犬蛇がのそりとあらわれ、もたげていた頭をおののかせ咆哮する。
天変地異とみまごうほどの迫力と獰猛さだったが、トウヤは眉一つ動かさなかった。不審に感じた犬蛇は、ずい、と大きな顔を寄せた。
「ゼイロよ。王宮では、私を無視したな。まずはそれを謝ってもらおうか」
そこでやっと気づいた犬蛇は、地響きをたてながらその場で平伏した。
「お前の息子はそろそろ本来の姿になる頃ではないか? 胸に何匹もトカゲがいたが、それもお前の仕業か」
「こ、この者は、本当の息子ではなく、何から申し上げればいいのか」
かしこまり恐れ、半狂乱になった犬蛇はぐるぐるとその場をのたうちまわった。轟音、暴風、竜巻、もうもうと砂埃が起こる。
ほとんどの生き物はトウヤが話しかければ、何か返事をする。
無反応だった時点で不審に思っていたが、王宮の犬蛇がかつての弟子だとは、トウヤも見抜くことができなかった。
「ま、まことにご無礼を……」
「まあよい、それよりもはやくなんとかしてやらなくては、この者がかわいそうだ。この地で生まれ育ち、お前が無理やり王宮に連れていったのだろう。このままでは不憫と思わぬか」
「……わたしは、わたしは、」
「申してみよ、ゼイロ」
犬蛇は地を蹴り逃げようとした。しかし、トウヤはその尾をむんずと掴んで、投げ飛ばした。天空まで飛ばされ、ひゅるると落下し、背中からずううううんと落ちた。あたりいったいに地響きがたち、空気を振動させた。トウヤは犬蛇の鼻先にしゃがみこんだ。
犬蛇は恨めしそうにトウヤを見、いやいやをした。
「大きすぎて話しにくい。人に戻りなさい」
「人に戻る気はありません」
反抗的なゼイロに、トウヤは片方の眉をあげて不快感を示した。
ゼイロはかつてトウヤの弟子だった。
勤めを途中で放り出して逃げた。塔に選ばれた者ではなく、志願して塔にはいる者からは時々そういった者がでてくる。
来るもの拒まず去るもの追わず、ゼイロについても自分のもとを去ってからの消息は風のうわさ程度だ。しかしすべての弟子の顔と名前は覚えている。
「このままどこかに行くのも火吐山にとどまるのも、犬蛇でい続けるのもお前の自由だ。だが、すべて始末をつけてからにしろ」
「思えば、我が人生、あなたの弟子だった頃が最も幸せでした。あなたから逃れ塔から逃れこの地を訪れ、塔で得た力で人々に為すべきことをなした。私欲もございました。王宮に出入りするようになって、先代の王と契約をむずび、やがてなり替わり、王となりましたが……」
言い訳と長い身の上話がはじまったが、トウヤには苦しむヨミ王子を放置したまま、昔の弟子の言い分を最後まで聞くような忍耐はなかった。小さなため息を一つだけつき、犬蛇の鼻に息を吹きかけた。
「このまま犬蛇として生きるのもよいが、大きすぎるのも、何かと不便だろう。行け」
体を小指ほどの大きさにした。
小さなとかげのようになった犬蛇は最初戸惑ったようにその場をくるくるまわったが、岩陰に逃げていった。
急がねばならない。
トウヤは、もはや嫌がる元気もないほどぐったりしている王子を背中におぶいなおし、先を急いだ。
風景がさまがわりする。木や草がまばらになる。ごつごつとした岩と大地のすきまから地熱によって高温となった泉が吹き出している。
しっかりとした足どりで迷いなく先を急ぐ。
「おまえは、いったいなにものなのだ」
静かだった王子に急に問われ、トウヤは返事する。
(塔の調査官でございます)
「そのまえは?」
(小さな村で家族と暮らしておりました)
「このやまをしっているのか」
(そうかもしれません)
しばらく沈黙が続いたが、しばらくすると、また話しかけてくる。
「とうにえらばれるというのはどういうことだ」
(幸せで身が震え息が止まりそうになったのを覚えております)
王子はトウヤの言葉を自分に浸透させるように無言になったのち、また口を開いた。
「それはたいそうなことだ。わたしはそのようなけいけんをしたことがない。……おまえはおそろしい、めがはなせない、しかしちかづけない」
(こんなに近くにいるというのに、何をおっしゃいますやら)
突如、背中の王子がずしりと重くなる。
「幼き頃、この山で暮らしていた。突然王宮に連れて行かれた。お前は王子だと言われ、兄と初めて会った。それからは兄のみが唯一の支えだった。わたしたちは小さき館に住まう陶器の美しい人形を大切にした。優しい顔をしているのに救われもしたが、角度によっては、哀しそうであった」
堰を切ったように王子は自分のことを話す。何かが決壊したようだった。
「陶器人形、笑った顔がどんななのかと……お前を見て驚いた……お前は……よく笑う……陶器人形とはまるで違って……哀しそうではない」
王子の呼吸が浅い。
「かなしそうではない……よかったと……おもう」
それから何もしゃべらなくなった。
トウヤは線の細い見た目とうらはらに、丈夫なたちで力も強い。道なき道を、息を乱すことなく登る。
これまではまだまばらにあった草木はまったくなくなり、荒涼とした風景が広がる。
王子を胸に抱き、待った。それが来るのに時間はかからないと思っていた。
予想通りそれは訪れた。
「そなたは誰だ」
一匹の巨大な犬蛇がのそりとあらわれ、もたげていた頭をおののかせ咆哮する。
天変地異とみまごうほどの迫力と獰猛さだったが、トウヤは眉一つ動かさなかった。不審に感じた犬蛇は、ずい、と大きな顔を寄せた。
「ゼイロよ。王宮では、私を無視したな。まずはそれを謝ってもらおうか」
そこでやっと気づいた犬蛇は、地響きをたてながらその場で平伏した。
「お前の息子はそろそろ本来の姿になる頃ではないか? 胸に何匹もトカゲがいたが、それもお前の仕業か」
「こ、この者は、本当の息子ではなく、何から申し上げればいいのか」
かしこまり恐れ、半狂乱になった犬蛇はぐるぐるとその場をのたうちまわった。轟音、暴風、竜巻、もうもうと砂埃が起こる。
ほとんどの生き物はトウヤが話しかければ、何か返事をする。
無反応だった時点で不審に思っていたが、王宮の犬蛇がかつての弟子だとは、トウヤも見抜くことができなかった。
「ま、まことにご無礼を……」
「まあよい、それよりもはやくなんとかしてやらなくては、この者がかわいそうだ。この地で生まれ育ち、お前が無理やり王宮に連れていったのだろう。このままでは不憫と思わぬか」
「……わたしは、わたしは、」
「申してみよ、ゼイロ」
犬蛇は地を蹴り逃げようとした。しかし、トウヤはその尾をむんずと掴んで、投げ飛ばした。天空まで飛ばされ、ひゅるると落下し、背中からずううううんと落ちた。あたりいったいに地響きがたち、空気を振動させた。トウヤは犬蛇の鼻先にしゃがみこんだ。
犬蛇は恨めしそうにトウヤを見、いやいやをした。
「大きすぎて話しにくい。人に戻りなさい」
「人に戻る気はありません」
反抗的なゼイロに、トウヤは片方の眉をあげて不快感を示した。
ゼイロはかつてトウヤの弟子だった。
勤めを途中で放り出して逃げた。塔に選ばれた者ではなく、志願して塔にはいる者からは時々そういった者がでてくる。
来るもの拒まず去るもの追わず、ゼイロについても自分のもとを去ってからの消息は風のうわさ程度だ。しかしすべての弟子の顔と名前は覚えている。
「このままどこかに行くのも火吐山にとどまるのも、犬蛇でい続けるのもお前の自由だ。だが、すべて始末をつけてからにしろ」
「思えば、我が人生、あなたの弟子だった頃が最も幸せでした。あなたから逃れ塔から逃れこの地を訪れ、塔で得た力で人々に為すべきことをなした。私欲もございました。王宮に出入りするようになって、先代の王と契約をむずび、やがてなり替わり、王となりましたが……」
言い訳と長い身の上話がはじまったが、トウヤには苦しむヨミ王子を放置したまま、昔の弟子の言い分を最後まで聞くような忍耐はなかった。小さなため息を一つだけつき、犬蛇の鼻に息を吹きかけた。
「このまま犬蛇として生きるのもよいが、大きすぎるのも、何かと不便だろう。行け」
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小さなとかげのようになった犬蛇は最初戸惑ったようにその場をくるくるまわったが、岩陰に逃げていった。
急がねばならない。
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