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ぷろろーぐ
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「幸いなれ、ラファエルよ。その御霊は山頂より立ちのぼる息吹にして、黄金色の衣は輝ける天津神の如く」
血と鉄と煙が香る魔法陣の中、男は身じろぎ一つせず唱え続ける。
「汝よ来たれ、穏やかに、目に見える様に。好意的に、そして遅るる事なく。我が望み給ふ姿で」
静粛に。
粛々と。
静寂が支配する森の中、一心不乱に、狂喜乱舞しながら、その歌声を大地へ響かせる。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
男は悪魔召喚の儀を執り行っていた。
魔術は特定の要求をする際、必ず悪魔を呼び出す召喚魔術を実行しなければならない。呼び出す悪魔に応じて、道具、衣装などを用意して彼らを呼び出す儀式を執り行う。儀式の手順や方法は呼び出す悪魔によって異なり、力のある高い階級の悪魔を呼び出すには複雑な準備が必要だ。
男は必要な贄を手に入れ、今日この日まで待っていた。
「来たれ、地獄を抜け出しし者、十韻を支配する者よ。汝、夜を旅する者。昼の敵、闇の朋友にして同伴者よ。犬の遠吠え。流された血を喜ぶ者、影の中墓場を彷徨う者よ。数多の霊長に恐怖を抱かしめる者よ。ゴルゴ、モルモ、千の形を持つ月の庇護のもとに。我と契約を結ばん」
人生に疲れたわけではない。
誰かを傷付けるつもりもない。
命令されたから実行したに過ぎない。
仕事だから。
仕事だから。
仕事だから、この身を捧げることに異論の余地など無い。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
御国の為に。陛下の為に。帝の為に。母や妹の為に。
一月前、フィリピンで散った神風特別攻撃隊と変わらない。ただ、己にとって最も大切なものを守れればそれで良い。
男には愛国心と呼ばれるものが確かにあった。戦争が一般市民のものに移り変わった結果生まれた心。皆の為の自己犠牲。何かを守る為に己を差し出す覚悟。
航空母艦にダイブした特攻隊員が、命を投げ捨てて鉄の塊に突っ込んだ動機は愛国心。その地に生まれた者として、市民を守る軍人として、戦闘機のパイロットとして──選択と共に責任を負った。
選択に責任が生じるのは当然だ。残された子の将来を男は案じた。それでも、仕事だからやらねばならない。それが、才能故にこの道を進まざるを得なかった男の責任だったからだ。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
カイロ会談において帝国本土上陸作戦が計画されていることは、内通者を通して男の耳に入っていた。陰陽師に吉兆の占いや、呪殺の依頼が舞い込んでいることも知っている。
馬鹿な話だ、と男は思考の片隅で嘲笑った。其処におられる現人神を傀儡に乏しめておきながら我等に縋るのか、と。
信仰は失われて久しい。
そうだ、1000年も昔に、帝国の民から信仰などというものは消え失せてしまっている。暗黒の時代。溢れかえるは、裸の死骸と着物を着た死骸。中には女も男も混じっている、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を伸ばしたりしてごろごろと転がっている骸の山で溢れかえっていた。朝廷は民を動員して大仏殿を築いたが、民は皆脅迫され、家族と引き離され、泣く泣く強制労働させられたに過ぎない。仕事だから。仕事だから。今日死ぬか明日死ぬかという恐怖の中、国の礎を築いてきた。神仏の加護に縋る朝廷の為に、9年の歳月をかけて大伽藍を作りあげたのだ。神を信じていたからだと人々は語るが、それが仕事だから仕方なく、というのが実情だ。
この時代においても神を信仰しているのは日陰者ばかりであり、その中においても徐々に薄れ失われつつある。信仰という宗教色は段々と排除され、元来曖昧模糊とされてきた呪術の因果性を明確化している。技術の合理化・発展と同時に信仰は蹴落とされたのだ。仕事が宗教となり、ある種の残虐性を引き出すことに成功した為である。それもまた善し、と男──芦屋籠則は自嘲を浮かべる。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
神無月が終わる直前の土気。
10月31日。
間もなく日付が変わる深夜。
奇しくも、一年後にオリンピック作戦が開始予定であったXデー。
男は17の模倣品を用意し、その全てを砕き、悪魔召喚の贄に捧げた。
「汝よ来たれ、根の国を抜け出しし者、掛まくも畏き順わぬ大神」
儀式は神話の模倣であり、呪文は道標に過ぎない。
信仰する悪魔を──神を呼ぶこの儀式は、
「ASIYA ASIYA OM BHUR BHUVA SVAHA TAT SAVITUR VARENYAM BHARGO DEVASYA DHEEMAHI DHIYO YO NAH PRACHODAYAT」
帝国の未来を左右することはなかった。
「称えよ、称えよ、我らが白し。其は飽食の魔王にて融食の女王。踊れ帝よ鼠の如く。民よ囀れ蠅の如く」
血と鉄と煙が香る魔法陣の中、男は身じろぎ一つせず唱え続ける。
「汝よ来たれ、穏やかに、目に見える様に。好意的に、そして遅るる事なく。我が望み給ふ姿で」
静粛に。
粛々と。
静寂が支配する森の中、一心不乱に、狂喜乱舞しながら、その歌声を大地へ響かせる。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
男は悪魔召喚の儀を執り行っていた。
魔術は特定の要求をする際、必ず悪魔を呼び出す召喚魔術を実行しなければならない。呼び出す悪魔に応じて、道具、衣装などを用意して彼らを呼び出す儀式を執り行う。儀式の手順や方法は呼び出す悪魔によって異なり、力のある高い階級の悪魔を呼び出すには複雑な準備が必要だ。
男は必要な贄を手に入れ、今日この日まで待っていた。
「来たれ、地獄を抜け出しし者、十韻を支配する者よ。汝、夜を旅する者。昼の敵、闇の朋友にして同伴者よ。犬の遠吠え。流された血を喜ぶ者、影の中墓場を彷徨う者よ。数多の霊長に恐怖を抱かしめる者よ。ゴルゴ、モルモ、千の形を持つ月の庇護のもとに。我と契約を結ばん」
人生に疲れたわけではない。
誰かを傷付けるつもりもない。
命令されたから実行したに過ぎない。
仕事だから。
仕事だから。
仕事だから、この身を捧げることに異論の余地など無い。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
御国の為に。陛下の為に。帝の為に。母や妹の為に。
一月前、フィリピンで散った神風特別攻撃隊と変わらない。ただ、己にとって最も大切なものを守れればそれで良い。
男には愛国心と呼ばれるものが確かにあった。戦争が一般市民のものに移り変わった結果生まれた心。皆の為の自己犠牲。何かを守る為に己を差し出す覚悟。
航空母艦にダイブした特攻隊員が、命を投げ捨てて鉄の塊に突っ込んだ動機は愛国心。その地に生まれた者として、市民を守る軍人として、戦闘機のパイロットとして──選択と共に責任を負った。
選択に責任が生じるのは当然だ。残された子の将来を男は案じた。それでも、仕事だからやらねばならない。それが、才能故にこの道を進まざるを得なかった男の責任だったからだ。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
カイロ会談において帝国本土上陸作戦が計画されていることは、内通者を通して男の耳に入っていた。陰陽師に吉兆の占いや、呪殺の依頼が舞い込んでいることも知っている。
馬鹿な話だ、と男は思考の片隅で嘲笑った。其処におられる現人神を傀儡に乏しめておきながら我等に縋るのか、と。
信仰は失われて久しい。
そうだ、1000年も昔に、帝国の民から信仰などというものは消え失せてしまっている。暗黒の時代。溢れかえるは、裸の死骸と着物を着た死骸。中には女も男も混じっている、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を伸ばしたりしてごろごろと転がっている骸の山で溢れかえっていた。朝廷は民を動員して大仏殿を築いたが、民は皆脅迫され、家族と引き離され、泣く泣く強制労働させられたに過ぎない。仕事だから。仕事だから。今日死ぬか明日死ぬかという恐怖の中、国の礎を築いてきた。神仏の加護に縋る朝廷の為に、9年の歳月をかけて大伽藍を作りあげたのだ。神を信じていたからだと人々は語るが、それが仕事だから仕方なく、というのが実情だ。
この時代においても神を信仰しているのは日陰者ばかりであり、その中においても徐々に薄れ失われつつある。信仰という宗教色は段々と排除され、元来曖昧模糊とされてきた呪術の因果性を明確化している。技術の合理化・発展と同時に信仰は蹴落とされたのだ。仕事が宗教となり、ある種の残虐性を引き出すことに成功した為である。それもまた善し、と男──芦屋籠則は自嘲を浮かべる。
「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」
神無月が終わる直前の土気。
10月31日。
間もなく日付が変わる深夜。
奇しくも、一年後にオリンピック作戦が開始予定であったXデー。
男は17の模倣品を用意し、その全てを砕き、悪魔召喚の贄に捧げた。
「汝よ来たれ、根の国を抜け出しし者、掛まくも畏き順わぬ大神」
儀式は神話の模倣であり、呪文は道標に過ぎない。
信仰する悪魔を──神を呼ぶこの儀式は、
「ASIYA ASIYA OM BHUR BHUVA SVAHA TAT SAVITUR VARENYAM BHARGO DEVASYA DHEEMAHI DHIYO YO NAH PRACHODAYAT」
帝国の未来を左右することはなかった。
「称えよ、称えよ、我らが白し。其は飽食の魔王にて融食の女王。踊れ帝よ鼠の如く。民よ囀れ蠅の如く」
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