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Phase1 プロローグ的な何か!
異世界へようこそ!①
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「くくくっ、一名様ごあんな~い!」
「ん……?」
目覚めた場所は深い森。
「ようこそ山城瑞希くん! そしておめでとう、君はこの地獄へ英雄として招かれたのよ!」
「んん……?」
静寂が包み込む木々の中、陽気な声を響かせるのは一人の女性。
「というワケで、さっさとアトラクションを楽しむといいわ! 修羅道、餓鬼道、畜生道といった空間的事象はないけれど、その分、サポートは手厚くしてあるから安心してね!」
「んんん……?」
いかにも黒魔術師といったいでたちの女性は、俺が事態を理解できていないことを無視して喋り続ける。
「ああ、心配はいらないわよ? 年齢制限はとうに撤廃されているし。君は確か、ロリータコンプレックスのケがあったっけ? くくっ、種の存続を第一に考えることは悪じゃない、って私も思ってるわよ」
「ロリコンじゃない! ていうか、ここは何処? あんたは誰!? 地獄ってどういうこと? 俺は死んだのか!?」
妖艶な笑みを浮かべる女性に問う。全く思い出せない……名前は分かるし、言葉も分かる。だが己の過去が全く分からない。身に着けている衣服は学生服であるから、高校生だということは推測できるが──
「おやおや、そんないっぺんに聞かれても困っちゃうな。まずここは……うーん、死後の世界とは厳密には言えないかな。まあ異世界だと思ってくれればいいわ」
「地獄じゃ……ない?」
「そうよ! そして私が、序盤のガイド兼進行係である調停人、シエル・バーンズ! まあ覚える必要はないかな、楽しくってすぐに忘れるもの!」
シエルと名乗った女性は、両手を天高く広げて宣言する。
「で、地獄って表現を使ったことだけど……まあ、この世界は今、戦争をしているワケなのよ。血生臭いわよ? 銃や爆弾なんてものはない、剣と魔法が入り乱れた戦争なの。くくっなんとも血沸き肉躍る戦争よねぇ」
「魔法……?」
どうやら、想像していた地獄とはまるで違うようだ。
「新たな疑問はナシ。で、君は確かに死んだ。あぁ、それはそれは見るも無残な死体だったわ。そして、この地獄へ招待された理由でもあるの」
「へ……?」
たかが高校生だというのに何故死んだ? 事故か、事件か、それとも他の?
「くくっ知りたいの? それには答えてあげる」
「当然だ! なんで死んだ、どうして死んだ!? 全く思い出せない!」
「あぁ、君のエピソード記憶は消去させて貰ったわよ。それはこの世界に不要なのだから」
「何?」
「おっと、つい口が滑ってしまったわ。いけないいけない、最低限のことしか教えてはならないのに」
「はあ?」
「まぁまぁ。新たな世界で再び生を受けたんだし、もっと喜んだらどうかしら? 本当の地獄に落とされるよりマシでしょう?」
「そりゃ、そうだけど……」
冷静に考えて、この女が真実を言っているとはとても思えない。死んだというのは嘘で、ただ記憶を失った俺を馬鹿にして遊んでいる精神異常者なのではないか。異世界転生──そんな単語が頭をよぎる。
「俺は、地獄に落ちるほどのことをしでかしたのか?」
それは生きた人間が抱く恐怖。
「瑞希くん、あまり深く考えてはいけないわよ? もう済んだことだし、仕方ないわよ」
「でも……」
「クソを漏らして死んでいた、なんて知りたくはないでしょう?」
「は……はあ!?」
「おっと、これは失敬。いやあ外見は見繕えても中身の衰えはごまかせないみたい、つい口から漏れちゃった」
「く……クソって……」
「おいおい、私が口からそんなものを漏らすワケ──」
「俺の話だ! 一体どういうことだ!?」
「まぁまぁ、いいじゃないの小さいことだし。あ、大だったっけ」
「うるせえ! いいから説明しろ!」
「18歳という若さで生を終えるのは悔しかろう──そう思って、君をここへ招待したの」
「そりゃ悔しいだろうさ! いいから説明──」
「さぞ楽しく思えるわ。ほおら、早速現れた」
聞きたいことは山ほどある。だがそれを拒むモノが茂みから出現して問答は打ち切られた。俺がいる場所から10メートルほどだろうか、木々の間に二つの影が現れ、後方のソレに驚愕した。
「なっ……!?」
「剣と魔法の世界だと言ったろう? モンスターも勢ぞろいさ」
唸りと共に風を切る、その姿はまさに御伽の国の獣。剥き出しの牙と黒光りする爪を持ち、紅く染まった狂気の眼光で大地を駆けるは四足の狩人。牙獣と呼ばれるモンスター。
「よし、逃げよう!」
大きさは犬より大きいくらいに見えるが、とても生身で勝てる相手ではない。体は剛毛に覆われているが、その上から分かるほどに強靭な筋肉が見て取れた。
「くくっまあ当然かな? じゃあ森を出ましょう、付いて来て」
「ん……?」
これだけ大声で話しているのに、牙獣はこちらへ向かってこない。どうやらもう一つの影を追っていたようで、目前にいた俺達を無視して速度を上げる。
「シエルだっけ? どう戦えばいい」
「おやおや、君はすぐにでも戦うつもりなのかしら? それは勇猛だけど無謀よ、定石どおりに街へ行って、装備を揃えてから──」
「女の子が襲われてるんだぞ!」
森に差す太陽光が照らし出したのは一人の少女。見慣れない衣装を纏った彼女は、覚束ない足取りで牙獣の追跡を振り切ろうとしていた。
「ふむ、君と同じくらいの年齢かしら? うーん、思い違いをしていたみたい、君はロリ──」
「御託なんていいから、とっととお前が助けろ!」
「私が? いやいや、直接的に干渉することは禁じられているんだから、それは出来ないわよ。今の仕事はきみの案内係なのだし」
「使えねー! 本当に使えねー!」
「2回も言わないで」
事実を言って何が悪い。
「もういい、ぶん殴る!」
「ほほう、随分と野蛮な策をとるわね。愚かな君にアドバイスしておくわ、せめて石を握るか、棒を探すかするといいって」
「…………」
服のポケットをまさぐるが、役立ちそうなものは何も無い。唯一の所持品はいくらかの小銭のみ。
「…………」
「くくっ本当に石を拾うとは思わなかったよ。でも冷静に考えて、ヤツは筋肉の塊だし、試し割瓦すら割れそうにないきみの拳でなにが出来るの?」
「イベントグッズくらい割れるっての! つーか騙したな、何がアドバイスだ!」
スッポリと手に馴染む完璧な石を見つけたというのに!
「まぁまぁ。君の意思はよく分かったわ。お詫びも兼ねて、一つの魔法を教えてあげる」
「魔法……!?」
それは科学を超越する禁断の芸術。
「君にだけプレゼントするトライアルサービス! もちろんお金は取らない、安心して受け取りたまえ!」
「ちょっと待て、魔法って……つーか、魔力なんてもの持ってないぞ!?」
燃料が必要だということはお決まりだ、だが俺は普通の人間。それだけは断言できる確実な事実。
「くくっ心配する必要はないわ。力を行使する代償はすでに頂戴しているのだから」
シエルは手を振りかざし、困惑している俺を手中に収める。
「今回だけは、私が言霊を唱えてあげる。次回からは君が言うんだよ、短いんだから覚えておきなさい」
その手に宿す幾何学模様が妖しく乱舞したかと思うと、俺のからだは光に包まれた。
「目覚めよ、恐怖の王冠!」
熱い、暑い、溶けてしまうのではないかと錯覚するほどの強烈な刺激。細胞の一つ一つが意思を持って蠢いてでもいるかのような、内から湧き出る激しい熱にうなされる。だがそれは不快ではなく、むしろ心地よい。脳裏が裏返るほどの清涼感。
──残響の檻に囚われし
──其は、高炉を廻す泥人形
──胎動せよ、無垢なる辜
霞む視界の中、歯車が噛み合う音を聞いた。
「な、何だ……これ!?」
「くくっ怖がることは無いわ。強化魔法……とでも言えば分かりやすいかな? 今、君の肉体は鋼鉄に覆われているも同然」
熱が引いた俺の目に映ったのは、鎧を纏った腕と足。藍鉄色の鎧は重さを感じさせず、思った以上の軽さで動かせた。
「さぁ……大暴れしていいのよ?」
「……!」
視線を戻すと、少女は地面へ這いつくばっていた。どうやら木の根に足を引っかけて転んだようだ。涎をまき散らして少女へ歩を進めるのは飢えた狼。
「その子から……離れろ!」
走る、奔る、静寂を超えて。
初めはゆっくりと。だが感覚を研ぎ澄ませ、最適な重心を見つけ出すと更に速度は上昇する。
「食らええええええ!」
迸るのは熱のみではなく、異常なほどの闘争心が俺の中で目覚めていた。壊せ、壊せ、全てを壊せ。この手で、この足で、全てをいたぶれ。
「おらあああああ!」
雄叫びをあげた俺に気付き、振り下ろした初手の殴りは躱された。俊敏な牙獣は反撃し、その牙で命を削り取ろうと齧り付く。だが──この程度か?
「きかねえなあああああ!」
膝蹴り、肘うち、遠キックの三コンボを叩き込むと、失神でもしたのかだらりと崩れ落ちた。足りない──もっと、楽しませてくれよ。
「はっ……あははははは! はっはっはっはァ―!」
俺だ、俺だ、強者は俺だ。お前は所詮、捕食される側の存在だ。尊厳を踏みにじれ、誇りを打ち砕け、足を大きく持ち上げ、その象徴とも言うべき牙ごと──
「おっ……おぉ?」
「はいそこまで。いやあ、成功して良かった良かった」
何の前触れもなく、藍鉄色の鎧が姿を消す。ぶくぶくと波打つ音が聞こえたかと思うと、すでに学生服を着た通常の恰好に戻っていた。同時に高揚感も消失し、ただただ無常感と罪悪感に苛まれる。
「うん、合格でいいかな。さあ瑞希くん、いかがだった?」
「いかがって……何が?」
「楽しんで頂けたかな、と聞いているのよ。どう、楽しい?」
「まあ……それなりには」
体がフワフワと浮いてでもいるかのように、異様なほどの速度で失踪するあの感覚は心地良い。だが異常なほどの暴力衝動……魔法がかけられている間は気にも留めなかったが──
「くくっもっと後で教えるつもりだったんだけど、まあいいわよね。その魔法は君だけのモノで、この世界を変革させるモノでもあるの」
「変革?」
「う~ん、積もる話は後にしようか。今日はもう使えないだろうし、いつまでもここにいるのは危険だし」
「もう一回使えねーの?」
「くくっ気に入ってくれた? でもね、すぐに疲労が君を襲うわ。力を行使するのは日に一回に留めておきなさい。訓練すれば、何度か発動できるようになるでしょうけど」
「燃費悪いな……」
「まぁまぁ。とにかく案内を続けるわよ。森の出口はこっち!」
「あ、おい、待てよ」
律儀にもチュートリアルを再開するシエルを止める。俺の視線に気付いたようで、地に伏せて寝息を立てる少女をその目に映す。どうやらあまりの恐怖に気絶した様子。
「くくっあの子? 今のうちに手籠めにするつもり? するのはいいけど、私の目の前でやられるのは見ていてあまり──」
「そそそそんなことしない! もういい、彼女も連れていく」
「お好きにどうぞ~。でも、どうしてこんな所に訪れたのかしらねぇ」
「シエルが知らないなら、俺が知ってるワケないだろ」
「危険な森だってことはみんな知ってるはずなんだけどなあ」
「危険? そんな場所に俺を転生したのか!?」
牙獣ひしめくこの森に!?
「くくっそのほうが君も都合が良いでしょう? 右も左も分からないで街に放り出されるのと、キレイなお姉さんに初心者指南を受けるの、どっちがいい?」
「安全な街に呼び出して、変な笑い方をしない美少女に教えられたい! 手取り足取り」
「そうかそうか、そんなにお姉さんのことが好きになっちゃったか。でもごめんなさい、それは刷り込みかもしれないの。もっとあんなことやこんなことっていう段階を踏んでから──」
一人で妄想話にふけるシエルを無視して少女を起こす。金に輝く長い髪を穏やかな風に揺らす少女は眠り続けた。華奢な体を揺らしても反応がない。仕方ない、担いで連れていくか……うぐっ、意外と重い──それに倦怠感が襲ってきた、とても重い。
「そうだ、イイコト思いついた」
「ぐっ……なにさ?」
「この子に寄生しましょうか」
☆
「寄生……?」
「うん、そう。あぁ、なにも摂り憑こうってワケじゃないわよ? その方が楽ってだけ」
シエルはおおげさに肩をすくめる。
「君はこの子を助けた。見返りとして宿を提供してもらいましょう。案内の手間が省けるわ」
「おいシエル、俺は見返りを求めて助けたワケじゃない。そうしなきゃいけないと思っただけだ」
「それはそれは瀟洒なことで。でもね、お金も無いし知識もない君が、今日の宿を簡単に見つけられるのかしら?」
「それは……そうだけど」
「だから、今日はこの子の家に泊めてもらえばいいわ。う~ん、我ながらナイスアイデア!」
コイツ、本当に案内係なのか? そんな疑問を抱きながらも少女をしっかりと肩に担ぎあげ、シエルが導くままに出口の見えない森を歩き続ける。
「そういえば、ここは何ていう世界だ? 通貨は? 言葉は通じるのか?」
「くくっ相変わらず疑問が多いわね。多い日は大変よ、口にマスクを二重につけておいたらどう?」
「どうして?」
「多い日も安心だから!」
「頭に蛆でもわいてんのか!?」
分かり辛い下ネタはスルーすべし。
「まぁまぁ。それで、この世界……というか国は、“イデアル・プトラオム”って呼ばれている王国よ。海に囲まれた島国で、豊かな資源を糧にして成長しているの」
「ふうん……島国ねぇ」
「大規模な自然災害は滅多に来ないから安心していいわ。日本のように頻繁に地震が起きることもないし。でも、あの揺れって慣れてくると快感に変わってこない? 初期微動とか気持ち良くない?」
「シエルって変態だよな」
「あらあら、それは誉め言葉? でもだめよ、私には永遠を誓ったお方がいるのですもの!」
正直どうでもいい。顔を赤らめてうねうねするな気色悪い。
「えぇと、通貨について説明するわね。この国では硬貨が主に流通しているわ。金本位制って言えば分かる? 硬貨に含まれる金の割合が価値になるの」
「あぁ、それくらいは覚えてる。つまり、俺が持ってる小銭は使い物にならないってワケか」
所持していたのは500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉が一枚づつ。大した金額ではないが、それが無価値になったというのはいくばくかの郷愁を覚える。記憶はないが。
「金を稼ぐのは大変よ? でも安心なさい、あなたに与えた力はとっても強大なのだから! そこらのモンスターをばったばったとなぎ倒して、皮やら牙やらを売り払えばあっという間に大金持ちよ!」
「へえ……」
「ドラゴンなんて倒した時には城が立つわ! どう? 楽しいと思わない?」
「そりゃ、まぁ……ていうか、そんな強力な魔法なら、自分で使えばいいじゃねーか」
「くくっ言ったでしょう? 直接的な干渉をしてはいけないって。それに、あの魔法は私自身にかけても効果がないもの」
「どうして?」
「新しい疑問はナシ。はぁ、問いと回答をズッコンバッコン繰り返すのは疲れるわね。マッサージ器なら入れたままでも楽しめるのに」
「脳味噌食い破られてでもいるのか!?」
この世界は年代設定が古風だというのに、やけに現代の知識をもってやがるなコイツ!
「まぁまぁ。で、言語だっけ? 大丈夫大丈夫、ちゃんと理解できるから」
「本当か?」
「私を信じなさいな。これまで転移してきた他の人間もきちんと順応してたんだし」
「それって、俺みたいなやつが他にもいるってことか?」
「くくっ瑞希くんは貪欲だね。そうよ、この地へ堕とされた人間は何人かいるはず。出会えば思い出話でも出来るんじゃない?」
「いるはず?」
「私が案内するのは君が初めてだからね。言伝に耳に入ったのよ」
「ふーん……」
「あらあら、元の世界に生き帰りたいとは思わないの?」
「だって、記憶が無いし……ここで生きていくしかないだろ」
「あらそう。でも、他の人間は皆可愛い女の子よ? 会ってみたいと思わない?」
「はあ? どうして女の子って分かるんだ、スカートでもめくったのか?」
「くくっそれは分かるわよ、種の繁栄に女性は必須なのだから!」
そう言って、シエルはくるりと1回転。はしゃぎ回る女性に声を潜めて疑問を投げかけた。
「じゃあなんで俺がここに来た?」
「それは──おぉっと、つい口を滑らせてしまう所だったわ」
「はあ?」
「ま、あの世界で生きるのは難しいのね、ってことよ」
クソを漏らして死ぬ──まあ、大体の予想はついていた。
「その分、ここで生きるのは楽しいわよ! 勇者になるも良し、商人になるもよし、炭鉱夫になるもよし! 好きに生きることが出来るのですもの!」
「好きに……」
「そう。ただし、それ相応の力が必要だけど──ね?」
凍てつく眼光を目深に被ったフードから覗かせる。
力がなければ生きていけないのはここも同じ。だが今は、魔法という力がある──
「あ、それと言語の話だけど。心配だったら寝ているその子の唇を奪ったらどうかしら?」
「は、はあ!? いきなり何言ってんだ!?」
「ほら、言語は感染するっていうじゃない? ひょっとしたら、ねっとりマウストゥーマウスで粘膜感染するかも」
「エイズみたいな言い方するな!」
「くくっ瑞希くんは初心だね、そうカッカしないで。大丈夫? 人工呼吸する?」
「お気遣いなく! どうせ中身はババアなんだろ? ありきたりな設定みたいに!」
「おやおや、熟女はキライなの? でも、一度体験したら君も虜になるだろうね」
否定しないのか、本当にババアだとは。
「体験……?」
「そうよ! 長年の探求の果てに身に着けたテクニック……体験してみたくはない?」
「て、てくにっく……?」
「おやおや、興味津々かな? でもゴメンね、今日はアブナイ日なの」
「きょ、興味なんて無いっつーの! 馬鹿にすんな!」
「そんなに怒らないでよ。あ、もしかして溜まってる?」
「んなワケあるか! いい加減にしろ色ボケババア!」
「キャー! 食べるんなら、もっと豪華な皿に盛りつけて欲しいの~!」
「誰が賞味期限切れを食うか!」
「おい少年、それは胸に秘めてはいても口に出してはいけない魔法の呪文よ? とりあえず土下座しなさい」
「へ……?」
風向きが変わった気がした。生ぬるいものに。
「期限なんてあくまで目安。私はどこからどう見ても新品そのもの。だというのに君は私を食べられないものと判断するの? 土下座なさい」
「へ? へ?」
「あ、そっかー! その子が邪魔なのね、私が代わりに担いであげる!」
半ば奪われるように少女が俺の肩から離れる。身軽になった俺を、シエルは凍えるほどの視線で貫いた。
「土・下・座☆」
「…………」
さてどうするべきか。キツイお言葉を投げかけた俺は確かに悪いが、シエルは外見を見繕っているだけの大きなお姉さん。剣と魔法の国――とは言われても魔法は一度しか見ていないが、それで若さを保っているのだろう。ファンタジーではよくあることだ。
「は・や・く★」
「…………」
ここは謝るべきか。いやしかし、この表示は偽装されたモノ。実際の年齢は分からないが、賞味期限どころか消費期限を超えている可能性がある。偽ったシエルが悪い。俺は悪くねえ。
「も・ぐ・ぞ?」
「…………!?」
シエルは軽々と少女を抱えていたが、それを優しく地面へとおろし、ギラリと光を反射する爪をわきわきと揺らす。それは、大切な臓物を握りつぶそうとする禁忌の所作。
力技とは卑怯な……いやしかし、色々な意味で貞操の危機。
「い・い・の?」
「くっ……」
ここは耐え忍んで、反撃の隙を伺うべきか。
「す……すんませんっしたあああああ!」
「へ? な、なに? どういうこと!?」
「ん……?」
先程まで聞いていた陽気で陰湿な声ではなく、ただただ驚愕を感じさせる声が耳朶を打つ。それは牙獣の恐怖に気を失った少女のものだった。なんだ、言葉は普通の日本語なのか……日本語?
「え? どうして土下座なんかしてるの? ちょっと待って、どういう状況?」
それは俺が聞きたい。どうして異世界では流暢な日本語を喋るのが当たり前なのか……周りを見渡すと、既にシエルの姿かたちは消えていた。そして俺の思考は、考えることを放棄した。
「ほら、いつまでも蹲っていないで下さいよ。私はティア・アムレット。あなたは?」
「あぁ、俺は――」
黄金色の髪を揺らす少女にこれまでの経緯を説明。到底信じてはもらえないと思い、シエルによってこの地へ流されたことは省いた。それを聞いたティアという少女は再び驚愕する。
「あ、あなたがウルフを仕留めたの!? 私じゃ歯が立たなかったのに!?」
「ん……?」
「う~、選定試験に不合格だったから、ガルゲンの森でウルフを倒せば認めてくれると思ったのに……むしろ返り討ちになって、あなたに助けられるなんて」
「んん……?」
「これはお礼をしなくちゃいけないよね! ね、ミズキ君! 私の家で食事していかない?」
「んんん……?」
寄生生活が始まる予感。
「ん……?」
目覚めた場所は深い森。
「ようこそ山城瑞希くん! そしておめでとう、君はこの地獄へ英雄として招かれたのよ!」
「んん……?」
静寂が包み込む木々の中、陽気な声を響かせるのは一人の女性。
「というワケで、さっさとアトラクションを楽しむといいわ! 修羅道、餓鬼道、畜生道といった空間的事象はないけれど、その分、サポートは手厚くしてあるから安心してね!」
「んんん……?」
いかにも黒魔術師といったいでたちの女性は、俺が事態を理解できていないことを無視して喋り続ける。
「ああ、心配はいらないわよ? 年齢制限はとうに撤廃されているし。君は確か、ロリータコンプレックスのケがあったっけ? くくっ、種の存続を第一に考えることは悪じゃない、って私も思ってるわよ」
「ロリコンじゃない! ていうか、ここは何処? あんたは誰!? 地獄ってどういうこと? 俺は死んだのか!?」
妖艶な笑みを浮かべる女性に問う。全く思い出せない……名前は分かるし、言葉も分かる。だが己の過去が全く分からない。身に着けている衣服は学生服であるから、高校生だということは推測できるが──
「おやおや、そんないっぺんに聞かれても困っちゃうな。まずここは……うーん、死後の世界とは厳密には言えないかな。まあ異世界だと思ってくれればいいわ」
「地獄じゃ……ない?」
「そうよ! そして私が、序盤のガイド兼進行係である調停人、シエル・バーンズ! まあ覚える必要はないかな、楽しくってすぐに忘れるもの!」
シエルと名乗った女性は、両手を天高く広げて宣言する。
「で、地獄って表現を使ったことだけど……まあ、この世界は今、戦争をしているワケなのよ。血生臭いわよ? 銃や爆弾なんてものはない、剣と魔法が入り乱れた戦争なの。くくっなんとも血沸き肉躍る戦争よねぇ」
「魔法……?」
どうやら、想像していた地獄とはまるで違うようだ。
「新たな疑問はナシ。で、君は確かに死んだ。あぁ、それはそれは見るも無残な死体だったわ。そして、この地獄へ招待された理由でもあるの」
「へ……?」
たかが高校生だというのに何故死んだ? 事故か、事件か、それとも他の?
「くくっ知りたいの? それには答えてあげる」
「当然だ! なんで死んだ、どうして死んだ!? 全く思い出せない!」
「あぁ、君のエピソード記憶は消去させて貰ったわよ。それはこの世界に不要なのだから」
「何?」
「おっと、つい口が滑ってしまったわ。いけないいけない、最低限のことしか教えてはならないのに」
「はあ?」
「まぁまぁ。新たな世界で再び生を受けたんだし、もっと喜んだらどうかしら? 本当の地獄に落とされるよりマシでしょう?」
「そりゃ、そうだけど……」
冷静に考えて、この女が真実を言っているとはとても思えない。死んだというのは嘘で、ただ記憶を失った俺を馬鹿にして遊んでいる精神異常者なのではないか。異世界転生──そんな単語が頭をよぎる。
「俺は、地獄に落ちるほどのことをしでかしたのか?」
それは生きた人間が抱く恐怖。
「瑞希くん、あまり深く考えてはいけないわよ? もう済んだことだし、仕方ないわよ」
「でも……」
「クソを漏らして死んでいた、なんて知りたくはないでしょう?」
「は……はあ!?」
「おっと、これは失敬。いやあ外見は見繕えても中身の衰えはごまかせないみたい、つい口から漏れちゃった」
「く……クソって……」
「おいおい、私が口からそんなものを漏らすワケ──」
「俺の話だ! 一体どういうことだ!?」
「まぁまぁ、いいじゃないの小さいことだし。あ、大だったっけ」
「うるせえ! いいから説明しろ!」
「18歳という若さで生を終えるのは悔しかろう──そう思って、君をここへ招待したの」
「そりゃ悔しいだろうさ! いいから説明──」
「さぞ楽しく思えるわ。ほおら、早速現れた」
聞きたいことは山ほどある。だがそれを拒むモノが茂みから出現して問答は打ち切られた。俺がいる場所から10メートルほどだろうか、木々の間に二つの影が現れ、後方のソレに驚愕した。
「なっ……!?」
「剣と魔法の世界だと言ったろう? モンスターも勢ぞろいさ」
唸りと共に風を切る、その姿はまさに御伽の国の獣。剥き出しの牙と黒光りする爪を持ち、紅く染まった狂気の眼光で大地を駆けるは四足の狩人。牙獣と呼ばれるモンスター。
「よし、逃げよう!」
大きさは犬より大きいくらいに見えるが、とても生身で勝てる相手ではない。体は剛毛に覆われているが、その上から分かるほどに強靭な筋肉が見て取れた。
「くくっまあ当然かな? じゃあ森を出ましょう、付いて来て」
「ん……?」
これだけ大声で話しているのに、牙獣はこちらへ向かってこない。どうやらもう一つの影を追っていたようで、目前にいた俺達を無視して速度を上げる。
「シエルだっけ? どう戦えばいい」
「おやおや、君はすぐにでも戦うつもりなのかしら? それは勇猛だけど無謀よ、定石どおりに街へ行って、装備を揃えてから──」
「女の子が襲われてるんだぞ!」
森に差す太陽光が照らし出したのは一人の少女。見慣れない衣装を纏った彼女は、覚束ない足取りで牙獣の追跡を振り切ろうとしていた。
「ふむ、君と同じくらいの年齢かしら? うーん、思い違いをしていたみたい、君はロリ──」
「御託なんていいから、とっととお前が助けろ!」
「私が? いやいや、直接的に干渉することは禁じられているんだから、それは出来ないわよ。今の仕事はきみの案内係なのだし」
「使えねー! 本当に使えねー!」
「2回も言わないで」
事実を言って何が悪い。
「もういい、ぶん殴る!」
「ほほう、随分と野蛮な策をとるわね。愚かな君にアドバイスしておくわ、せめて石を握るか、棒を探すかするといいって」
「…………」
服のポケットをまさぐるが、役立ちそうなものは何も無い。唯一の所持品はいくらかの小銭のみ。
「…………」
「くくっ本当に石を拾うとは思わなかったよ。でも冷静に考えて、ヤツは筋肉の塊だし、試し割瓦すら割れそうにないきみの拳でなにが出来るの?」
「イベントグッズくらい割れるっての! つーか騙したな、何がアドバイスだ!」
スッポリと手に馴染む完璧な石を見つけたというのに!
「まぁまぁ。君の意思はよく分かったわ。お詫びも兼ねて、一つの魔法を教えてあげる」
「魔法……!?」
それは科学を超越する禁断の芸術。
「君にだけプレゼントするトライアルサービス! もちろんお金は取らない、安心して受け取りたまえ!」
「ちょっと待て、魔法って……つーか、魔力なんてもの持ってないぞ!?」
燃料が必要だということはお決まりだ、だが俺は普通の人間。それだけは断言できる確実な事実。
「くくっ心配する必要はないわ。力を行使する代償はすでに頂戴しているのだから」
シエルは手を振りかざし、困惑している俺を手中に収める。
「今回だけは、私が言霊を唱えてあげる。次回からは君が言うんだよ、短いんだから覚えておきなさい」
その手に宿す幾何学模様が妖しく乱舞したかと思うと、俺のからだは光に包まれた。
「目覚めよ、恐怖の王冠!」
熱い、暑い、溶けてしまうのではないかと錯覚するほどの強烈な刺激。細胞の一つ一つが意思を持って蠢いてでもいるかのような、内から湧き出る激しい熱にうなされる。だがそれは不快ではなく、むしろ心地よい。脳裏が裏返るほどの清涼感。
──残響の檻に囚われし
──其は、高炉を廻す泥人形
──胎動せよ、無垢なる辜
霞む視界の中、歯車が噛み合う音を聞いた。
「な、何だ……これ!?」
「くくっ怖がることは無いわ。強化魔法……とでも言えば分かりやすいかな? 今、君の肉体は鋼鉄に覆われているも同然」
熱が引いた俺の目に映ったのは、鎧を纏った腕と足。藍鉄色の鎧は重さを感じさせず、思った以上の軽さで動かせた。
「さぁ……大暴れしていいのよ?」
「……!」
視線を戻すと、少女は地面へ這いつくばっていた。どうやら木の根に足を引っかけて転んだようだ。涎をまき散らして少女へ歩を進めるのは飢えた狼。
「その子から……離れろ!」
走る、奔る、静寂を超えて。
初めはゆっくりと。だが感覚を研ぎ澄ませ、最適な重心を見つけ出すと更に速度は上昇する。
「食らええええええ!」
迸るのは熱のみではなく、異常なほどの闘争心が俺の中で目覚めていた。壊せ、壊せ、全てを壊せ。この手で、この足で、全てをいたぶれ。
「おらあああああ!」
雄叫びをあげた俺に気付き、振り下ろした初手の殴りは躱された。俊敏な牙獣は反撃し、その牙で命を削り取ろうと齧り付く。だが──この程度か?
「きかねえなあああああ!」
膝蹴り、肘うち、遠キックの三コンボを叩き込むと、失神でもしたのかだらりと崩れ落ちた。足りない──もっと、楽しませてくれよ。
「はっ……あははははは! はっはっはっはァ―!」
俺だ、俺だ、強者は俺だ。お前は所詮、捕食される側の存在だ。尊厳を踏みにじれ、誇りを打ち砕け、足を大きく持ち上げ、その象徴とも言うべき牙ごと──
「おっ……おぉ?」
「はいそこまで。いやあ、成功して良かった良かった」
何の前触れもなく、藍鉄色の鎧が姿を消す。ぶくぶくと波打つ音が聞こえたかと思うと、すでに学生服を着た通常の恰好に戻っていた。同時に高揚感も消失し、ただただ無常感と罪悪感に苛まれる。
「うん、合格でいいかな。さあ瑞希くん、いかがだった?」
「いかがって……何が?」
「楽しんで頂けたかな、と聞いているのよ。どう、楽しい?」
「まあ……それなりには」
体がフワフワと浮いてでもいるかのように、異様なほどの速度で失踪するあの感覚は心地良い。だが異常なほどの暴力衝動……魔法がかけられている間は気にも留めなかったが──
「くくっもっと後で教えるつもりだったんだけど、まあいいわよね。その魔法は君だけのモノで、この世界を変革させるモノでもあるの」
「変革?」
「う~ん、積もる話は後にしようか。今日はもう使えないだろうし、いつまでもここにいるのは危険だし」
「もう一回使えねーの?」
「くくっ気に入ってくれた? でもね、すぐに疲労が君を襲うわ。力を行使するのは日に一回に留めておきなさい。訓練すれば、何度か発動できるようになるでしょうけど」
「燃費悪いな……」
「まぁまぁ。とにかく案内を続けるわよ。森の出口はこっち!」
「あ、おい、待てよ」
律儀にもチュートリアルを再開するシエルを止める。俺の視線に気付いたようで、地に伏せて寝息を立てる少女をその目に映す。どうやらあまりの恐怖に気絶した様子。
「くくっあの子? 今のうちに手籠めにするつもり? するのはいいけど、私の目の前でやられるのは見ていてあまり──」
「そそそそんなことしない! もういい、彼女も連れていく」
「お好きにどうぞ~。でも、どうしてこんな所に訪れたのかしらねぇ」
「シエルが知らないなら、俺が知ってるワケないだろ」
「危険な森だってことはみんな知ってるはずなんだけどなあ」
「危険? そんな場所に俺を転生したのか!?」
牙獣ひしめくこの森に!?
「くくっそのほうが君も都合が良いでしょう? 右も左も分からないで街に放り出されるのと、キレイなお姉さんに初心者指南を受けるの、どっちがいい?」
「安全な街に呼び出して、変な笑い方をしない美少女に教えられたい! 手取り足取り」
「そうかそうか、そんなにお姉さんのことが好きになっちゃったか。でもごめんなさい、それは刷り込みかもしれないの。もっとあんなことやこんなことっていう段階を踏んでから──」
一人で妄想話にふけるシエルを無視して少女を起こす。金に輝く長い髪を穏やかな風に揺らす少女は眠り続けた。華奢な体を揺らしても反応がない。仕方ない、担いで連れていくか……うぐっ、意外と重い──それに倦怠感が襲ってきた、とても重い。
「そうだ、イイコト思いついた」
「ぐっ……なにさ?」
「この子に寄生しましょうか」
☆
「寄生……?」
「うん、そう。あぁ、なにも摂り憑こうってワケじゃないわよ? その方が楽ってだけ」
シエルはおおげさに肩をすくめる。
「君はこの子を助けた。見返りとして宿を提供してもらいましょう。案内の手間が省けるわ」
「おいシエル、俺は見返りを求めて助けたワケじゃない。そうしなきゃいけないと思っただけだ」
「それはそれは瀟洒なことで。でもね、お金も無いし知識もない君が、今日の宿を簡単に見つけられるのかしら?」
「それは……そうだけど」
「だから、今日はこの子の家に泊めてもらえばいいわ。う~ん、我ながらナイスアイデア!」
コイツ、本当に案内係なのか? そんな疑問を抱きながらも少女をしっかりと肩に担ぎあげ、シエルが導くままに出口の見えない森を歩き続ける。
「そういえば、ここは何ていう世界だ? 通貨は? 言葉は通じるのか?」
「くくっ相変わらず疑問が多いわね。多い日は大変よ、口にマスクを二重につけておいたらどう?」
「どうして?」
「多い日も安心だから!」
「頭に蛆でもわいてんのか!?」
分かり辛い下ネタはスルーすべし。
「まぁまぁ。それで、この世界……というか国は、“イデアル・プトラオム”って呼ばれている王国よ。海に囲まれた島国で、豊かな資源を糧にして成長しているの」
「ふうん……島国ねぇ」
「大規模な自然災害は滅多に来ないから安心していいわ。日本のように頻繁に地震が起きることもないし。でも、あの揺れって慣れてくると快感に変わってこない? 初期微動とか気持ち良くない?」
「シエルって変態だよな」
「あらあら、それは誉め言葉? でもだめよ、私には永遠を誓ったお方がいるのですもの!」
正直どうでもいい。顔を赤らめてうねうねするな気色悪い。
「えぇと、通貨について説明するわね。この国では硬貨が主に流通しているわ。金本位制って言えば分かる? 硬貨に含まれる金の割合が価値になるの」
「あぁ、それくらいは覚えてる。つまり、俺が持ってる小銭は使い物にならないってワケか」
所持していたのは500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉が一枚づつ。大した金額ではないが、それが無価値になったというのはいくばくかの郷愁を覚える。記憶はないが。
「金を稼ぐのは大変よ? でも安心なさい、あなたに与えた力はとっても強大なのだから! そこらのモンスターをばったばったとなぎ倒して、皮やら牙やらを売り払えばあっという間に大金持ちよ!」
「へえ……」
「ドラゴンなんて倒した時には城が立つわ! どう? 楽しいと思わない?」
「そりゃ、まぁ……ていうか、そんな強力な魔法なら、自分で使えばいいじゃねーか」
「くくっ言ったでしょう? 直接的な干渉をしてはいけないって。それに、あの魔法は私自身にかけても効果がないもの」
「どうして?」
「新しい疑問はナシ。はぁ、問いと回答をズッコンバッコン繰り返すのは疲れるわね。マッサージ器なら入れたままでも楽しめるのに」
「脳味噌食い破られてでもいるのか!?」
この世界は年代設定が古風だというのに、やけに現代の知識をもってやがるなコイツ!
「まぁまぁ。で、言語だっけ? 大丈夫大丈夫、ちゃんと理解できるから」
「本当か?」
「私を信じなさいな。これまで転移してきた他の人間もきちんと順応してたんだし」
「それって、俺みたいなやつが他にもいるってことか?」
「くくっ瑞希くんは貪欲だね。そうよ、この地へ堕とされた人間は何人かいるはず。出会えば思い出話でも出来るんじゃない?」
「いるはず?」
「私が案内するのは君が初めてだからね。言伝に耳に入ったのよ」
「ふーん……」
「あらあら、元の世界に生き帰りたいとは思わないの?」
「だって、記憶が無いし……ここで生きていくしかないだろ」
「あらそう。でも、他の人間は皆可愛い女の子よ? 会ってみたいと思わない?」
「はあ? どうして女の子って分かるんだ、スカートでもめくったのか?」
「くくっそれは分かるわよ、種の繁栄に女性は必須なのだから!」
そう言って、シエルはくるりと1回転。はしゃぎ回る女性に声を潜めて疑問を投げかけた。
「じゃあなんで俺がここに来た?」
「それは──おぉっと、つい口を滑らせてしまう所だったわ」
「はあ?」
「ま、あの世界で生きるのは難しいのね、ってことよ」
クソを漏らして死ぬ──まあ、大体の予想はついていた。
「その分、ここで生きるのは楽しいわよ! 勇者になるも良し、商人になるもよし、炭鉱夫になるもよし! 好きに生きることが出来るのですもの!」
「好きに……」
「そう。ただし、それ相応の力が必要だけど──ね?」
凍てつく眼光を目深に被ったフードから覗かせる。
力がなければ生きていけないのはここも同じ。だが今は、魔法という力がある──
「あ、それと言語の話だけど。心配だったら寝ているその子の唇を奪ったらどうかしら?」
「は、はあ!? いきなり何言ってんだ!?」
「ほら、言語は感染するっていうじゃない? ひょっとしたら、ねっとりマウストゥーマウスで粘膜感染するかも」
「エイズみたいな言い方するな!」
「くくっ瑞希くんは初心だね、そうカッカしないで。大丈夫? 人工呼吸する?」
「お気遣いなく! どうせ中身はババアなんだろ? ありきたりな設定みたいに!」
「おやおや、熟女はキライなの? でも、一度体験したら君も虜になるだろうね」
否定しないのか、本当にババアだとは。
「体験……?」
「そうよ! 長年の探求の果てに身に着けたテクニック……体験してみたくはない?」
「て、てくにっく……?」
「おやおや、興味津々かな? でもゴメンね、今日はアブナイ日なの」
「きょ、興味なんて無いっつーの! 馬鹿にすんな!」
「そんなに怒らないでよ。あ、もしかして溜まってる?」
「んなワケあるか! いい加減にしろ色ボケババア!」
「キャー! 食べるんなら、もっと豪華な皿に盛りつけて欲しいの~!」
「誰が賞味期限切れを食うか!」
「おい少年、それは胸に秘めてはいても口に出してはいけない魔法の呪文よ? とりあえず土下座しなさい」
「へ……?」
風向きが変わった気がした。生ぬるいものに。
「期限なんてあくまで目安。私はどこからどう見ても新品そのもの。だというのに君は私を食べられないものと判断するの? 土下座なさい」
「へ? へ?」
「あ、そっかー! その子が邪魔なのね、私が代わりに担いであげる!」
半ば奪われるように少女が俺の肩から離れる。身軽になった俺を、シエルは凍えるほどの視線で貫いた。
「土・下・座☆」
「…………」
さてどうするべきか。キツイお言葉を投げかけた俺は確かに悪いが、シエルは外見を見繕っているだけの大きなお姉さん。剣と魔法の国――とは言われても魔法は一度しか見ていないが、それで若さを保っているのだろう。ファンタジーではよくあることだ。
「は・や・く★」
「…………」
ここは謝るべきか。いやしかし、この表示は偽装されたモノ。実際の年齢は分からないが、賞味期限どころか消費期限を超えている可能性がある。偽ったシエルが悪い。俺は悪くねえ。
「も・ぐ・ぞ?」
「…………!?」
シエルは軽々と少女を抱えていたが、それを優しく地面へとおろし、ギラリと光を反射する爪をわきわきと揺らす。それは、大切な臓物を握りつぶそうとする禁忌の所作。
力技とは卑怯な……いやしかし、色々な意味で貞操の危機。
「い・い・の?」
「くっ……」
ここは耐え忍んで、反撃の隙を伺うべきか。
「す……すんませんっしたあああああ!」
「へ? な、なに? どういうこと!?」
「ん……?」
先程まで聞いていた陽気で陰湿な声ではなく、ただただ驚愕を感じさせる声が耳朶を打つ。それは牙獣の恐怖に気を失った少女のものだった。なんだ、言葉は普通の日本語なのか……日本語?
「え? どうして土下座なんかしてるの? ちょっと待って、どういう状況?」
それは俺が聞きたい。どうして異世界では流暢な日本語を喋るのが当たり前なのか……周りを見渡すと、既にシエルの姿かたちは消えていた。そして俺の思考は、考えることを放棄した。
「ほら、いつまでも蹲っていないで下さいよ。私はティア・アムレット。あなたは?」
「あぁ、俺は――」
黄金色の髪を揺らす少女にこれまでの経緯を説明。到底信じてはもらえないと思い、シエルによってこの地へ流されたことは省いた。それを聞いたティアという少女は再び驚愕する。
「あ、あなたがウルフを仕留めたの!? 私じゃ歯が立たなかったのに!?」
「ん……?」
「う~、選定試験に不合格だったから、ガルゲンの森でウルフを倒せば認めてくれると思ったのに……むしろ返り討ちになって、あなたに助けられるなんて」
「んん……?」
「これはお礼をしなくちゃいけないよね! ね、ミズキ君! 私の家で食事していかない?」
「んんん……?」
寄生生活が始まる予感。
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