異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase2 力の覚醒への一歩的な何か!

ギルドへようこそ!①

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 馬車はガタガタと激しく揺れる。舗装が満足にされていない石畳を撥ねるように車輪は回る。
 喧騒が溢れる車内では、主に景色を眺めていた。緑溢れるリューグナ―村とは異なり、家や商店など人工物が多く目に入った。それらは中央へ近づくごとに増えていく。

 知らない場所。
 知らない景色。
 知らない世界が、目の前にある。

「瑞希、緊張しているのですか?」

 顔に出ていたのか、隣に座る由梨花が心配した。

「いや、そんなことは……」
「初めは誰でも緊張します、恥じることはありません。私が共にいるのですから安心して下さい」

 そう言って優しく微笑む。
 それがマズイんだよなぁ……。

「……(ギリッ)」

 体面に座す騎士の顔が歪む。
 感じたのは明らかな……嫉妬。

「む、黙らないで下さい。一人で話している私が馬鹿みたいじゃないですか。もっとお話をしましょう、例えば……そうだ、瑞希は何検定持ってましたか? 私はエコ検定持ってましたよ、あなたは?」

 緊張を彼女なりに和らげようとしているのは分かる。だが別の危機が迫っていた。

「……(グギギッ)」

 顔を背けた俺に、由梨花は肩を掴んで会話をねだる。
 揺さぶられて軽い吐き気を催す視界に映ったのは、心底恨めし気なヴァルター。彼はこの少女、夏目由梨花に忠誠を誓った騎士であり部下であり……宝を守る怪物ファフニール。土足で触れた俺のことを盗賊と見なしているのかもしれない。
 まぁ、二人にしか理解できない話題に加われないことに苛ついているのだ、と解釈しておこう。

「あんまり覚えてないな……世界遺産検定はとったかも」
「えっ本当ですか? 嘘ですよね?」
「嘘です」
「つまらないです、0点です」

 せっかく対話に応じたというのにこの仕打ち。

「あなたに過去のことを聞いた私が間違っていました。では、ティアさんとの馴れ初めでも話してもらいましょうか」
「はあ? そんなの話す必要ないだろ。あの決闘の後でティアから聞いたんじゃねーの?」
「あなた自身の言葉で聞きたいのですよ、瑞希」

 由梨花は俺より身長が低いため、自然と見上げる格好になる。上目遣いにねだる姿は小動物そのもの……例えるなら黒猫か。横切られないようにしよう。

「どーせ面白くないし……」
「面白いですとも。初対面で土下座したというのは本当ですか? 青白い顔で『すんません!』と叫んだというのは本当ですか?」
「な!? それは……!」

 忘れもしない。
 あの日、異世界へ堕ちた日。
 ボーイミーツガールは普通に、しかし残酷に起きた日。

「ティアさんを疑うつもりはありませんが、ここには興味が湧きまして。もしかして女性恐怖症ですか? とてもそうは見えませんが」
「怖かったらこうして会話出来ないっつの!」
「では金髪が怖いとか? 不良にでもいじめられていましたか?」
「違う! ティアとは仲が良いだろ!」
「むう……では何故?」

 何故興味津々なんだ、この少女は。
 しかし理由か……どうしてもあの悪魔の姿が脳裏をよぎる。
 最低で最悪で下品な悪魔。

「別にいいだろ、色々あったんだよ……」

 あの時の俺は舞い上がっていた、と今なら思う。
 新たな人生を、再びの青春を謳歌できると疑わなかった。ガイド兼進行役である魔女の口車を鵜呑みにしていた。
 もし自由に生きていたら、俺はどうなっていただろう。

「色々、ですか」
「そ、色々」

 諦めてくれたのか、それ以上は聞かなかった。物怖じしないで突っかかってくる由梨花にしては珍しい。これは雨でも降りそうだ。

「ちなみに、瑞希が好きな色は何ですか?」
「へ?」

 唐突に問われる。
 高校生が聞く質問じゃねえな。

「金ですか? 黒ですか? それとも茶?」

 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ少女の目は座っていた。

「個人的には黒が良いと思います。厨学生はもちろん大きいお友達にも大人気ですから」
「おすすめするのか」

 返しながら、好きな色を思い浮かべてみる。そんなことを考えたのは初めてだった。
 真っ先に浮かんだ色を声に出した。

「青……かな」
「ほー……」

 自分でも何故選んだのか分からない。

「でもただの青じゃなくて……なんていうか、緑が混ざった青みたいな。灰色……じゃないな、鉄色?」
「そこまで詳しく説明しなくていいです」
「そうだ、藍鉄色!」
「もう終わった話ですよ」

 解を見つけ出したというのにそっぽを向かれる。
 由梨花が聞いてきたことじゃないか!

「黒はいいのに……」

 少女が呟いた言葉は、一段と大きな揺れにかき消された。

「到着しましたユリカ様、それと少年。血の闘争団アーセナル・オブ・ブラッドの本部へ」

 沈黙を保っていたヴァルターが口を開き、我先に馬車から降りる。エスコートしようと由梨花へ手を差し伸べたが、当の本人は気にも留めないで一人で降りた。そんなに睨まないで下さい、俺は何もしていません。

「都の案内は後で。まずは団長との謁見です」
「分かった」

 由梨花とヴァルターの先導に従って歩を進める。
 瞳に映るは、レンガ造りの立派な建物。村では決してお目にかかれないコレは、まさに宮殿とでも言うべき異質なモノであった。
 その中に巣食うは、魔物を打ち滅ぼす使命に燃えた戦士たち。これから出会うは、血に飢えた鬼の頭領。

「身構える必要はありませんよ、自然なままで」

 覚悟を握り、赤茶色の階段をのぼった。


 ☆ ☆


 謁見の間は鮮血のような赤い絨毯が敷かれ、その両端には甲冑を纏った騎士が二人、剣を構えて佇んでいた。
 あまりにも熱烈な歓迎。

「良く来たな、ミズキ・ヤマシロ」

 大きな窓を背に、デスク上で腕を組んだ人影が名を呼ぶ。

「報告は聞いている、ノーレンが迷惑を掛けた。直々に謝罪しよう、すまなかった」

 それは小さく頭を下げた……気がした。

「マリー団長、そのような!」
「よい、これで貸し借りはナシだ」

 一歩後ろに控えたヴァルターが声を荒げる。謝罪の言葉は、すでに彼から受け取っていた。それで十分だというのに、団の頭が一人の男に首を垂れるというのは、団員である彼にしてみれば恥以外の何物でもない。

「自己紹介が遅れたな。マリー・グレイスだ、今は団長の職に就いている」

 腕の構えを解いて立ち上がった団長は、切れ長の目を光らせ、表情を硬く引き締めた女性だった。

「君を歓迎しよう、よろしく」

 マリーと名乗った異性の団長は左手を差し伸べた。握手を求めているのだ、と理解するまでに若干の時間が必要だった。反射的に差し出した右手を引っ込めて、慣れない左手で握手する。
 年齢は俺より一回り上だろうか、優しく、母性に溢れる柔らかな手だった。
 その傷にさえ気付かなければ。

「よろしく……お願いします」
「うむ、期待している。与えられたその命、刹那まで光を放て」

 視線に気付かないフリをして、握手の別れの言葉を言う。

「ヴァルター、儀は執り行ったのだな?」
「は、簡略式ではありますが、確かに」
「そうか。ではミズキ、早速だが辞令を伝えよう」

 謁見は終わりだと言うように、再び椅子へ腰かけて腕を組む。
 辞令か、俺の配属先が決定されるのか。

「君はユリカ班へ配属だ」

 団長が伝えたのは聞き慣れた名前。
 それにホッとし、思わず隣に佇む少女へ目をやる。いつもの仏頂面だが、少しだけ目元が緩んだ気がした。

「そこで修練を積んでから、いずれ──」
「お、お待ちくださいマリア様!」

 続く言葉を団長の傍に控えていた騎士が遮る。

わたくしを配属していただけると!」
「こらフリーデ! 我儘を言うでない!」
「しかし兄様あにさま!」

 あにさま……お兄様?
 ヴァルターと言葉を交わす騎士は、どうやら兄妹であるようだ。

「お傍に置いて頂けるのは光栄であります、しかし、私は兄様の隣にいたいのです! 試験が終われば、私を異動させて頂けるハズでは!?」
「申し訳ないと思っている。が、天炎者を優先せざるを得ない。安心しろフリーデ、戦闘に慣れるまでの短い間だ……それと、その名で呼ぶな」
「は……失礼致しました」

 騎士はシュンと縮こまるが、すぐに元の構えをとる。
 兜の奥から鋭い視線を感じた。
 
 ──お前がいなければ。

 兄と妹に恨まれる節なんてない。

「すまなかったなミズキ、話が逸れた。ユリカ班で修練を積んで、一人前と認められたら班長として働いてもらう。しばらくはユリカの指示に従って動いてくれ、いいな?」
「はい……」
「お任せください」

 視線にビクつきながら答えたが、それは由梨花の力強い声に負けてしまった。

「よろしく、瑞希」

 うん、まあ……よろしく。

「まあ、長旅で疲れもあるだろう。死縛者と戦闘があったことも聞いている。暫くはここで傷を癒しながら、基礎訓練でもやってくれ……あぁ、貴様たちはもう下がって良い」

 マリーは手をひらひらさせ、両翼の騎士に退室を促す。

「よろしいのですか、マリー団長?」
「休暇を与えると言っているのだ。ヴァルター、貴様も下がれ」
「は……は!」
「こら兄様、逃げないで! では団長、失礼致します!」

 目に留まらぬ速度で退室したヴァルターの後を、甲冑をがっちゃがっちゃと鳴らして騎士が追う。騒がしい兄妹に呆れたのか、もう一人の騎士はゆっくりと丁寧に退室した。
 取り残されたのは3人の転移者。そして天炎者。

「んんん~」

 静まり返った空間に間抜けな声が響き渡る。

「あ~つっかれた~。気を張るのがバカバカしいわね~」

 強張った肩をほぐし、デスクに上半身をだらしなく預けたその人は、団長であるマリーだった。

「慣れないことはするべきではありませんでしたね、マリー?」
「ホントよね~、こんなに大変だったなんて。でもユリカちゃんも大変だったでしょ? いろんなものがはみ出してたって聞いたわよ?」
「全てしまってあります」
「そう、よかったあ~」

 空気の変わりように疑問符ばかりが浮かぶ。
 デスク上でごろごろするこのだらしない女が団長? あの規律に厳しそうな表情は演技? 由梨花をちゃん付け?

「驚くことないでしょミズキく~ん。私だって普通の人間さ~、リスカするぐらいか弱き人間」
「は……はあ」
「団のトップは厳格でなければならない、マリーはそう判断してあのような態度をとっているのです。部下がいる前でだけ、ですが」
「そうそう~。オンとオフはしっかりね、じゃないと体が持たないもの。あ~電動マッサージ機が欲しいな~、作れないもんかな~」
「ここの技術では無理ですよ」

 呆気に取られるとはまさにこのことか。

「あ、二人とも楽にしていいよ~。どっかに椅子があったハズだし……あ、あったあった、どうぞどうぞ~」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます?」

 団長自ら用意した椅子に腰を下ろす。やけに沈むクッションが備えられた高級品。
 こんな腰の低い女性が、血生臭い戦争を指揮する張本人?

「自然なままでいいと言ったでしょう?」
「いやだからって……」

 これはあんまりだ、イメージが崩壊してしまった。何の覚悟を握ったというのか。

「ふふ~ん、二人とも仲いいね~。そっかそっかあ~」

 声を潜めて話す俺達を見て、マリーはニヤニヤと笑みを浮かべる。
 よからぬ疑いがかけられた気がして否定しようとしたが、厳格な表情を戻したマリーがそこにいたため言葉を飲み込んだ。

「悪いけれど、先に説明させて貰うね。今の状況を」


 ☆ ☆


「我々が相手にしているのは“エアレイザー”と呼ばれている怪物だ。現在は“静謐の箱庭サイレント・ガーデンと呼ばれる封鎖地区に閉じ込めてある」

 マリーは羊皮紙の地図を広げ、一つの地区を指さした。島国であるイデアル・プラトオム国の北端。都から40キロはあるだろうか。

「閉じ込め?」
「過去に全戦力をあげて討伐に向かったことがある。血の闘争団だけではない、この国の軍や他国の義勇兵も参戦した。だが完全に殲滅することは叶わず、一つの街を犠牲にして封じ込めた。誰も立ち入ってはいけない禁断の領域だ」

 団長としての厳格さを取り戻したマリーだったが、地図をみつめるその目はどこか寂しげだった。

「今は王国軍が街を包囲するように展開し、敵が境界線を越えないよう監視している。壁の構築も進んではいるが、そちらの進捗状況は全体の1/3というのが現状だ」

 街の両端を指でなぞる。
 倒すべき敵は、すでに檻の中?

「それじゃあ、俺たちは何の為に──」
「息の根を確実に止めるためだ、ミズキ・ヤマシロ」

 抑えた声で、しかしハッキリと言い放った。

「エアレイザーは……そうだな、スライムと言えば分かりやすいだろうか。剣や弓といった物理攻撃はまるで効かない、瞬時に再生されてしまうからだ。天炎者から受け継ぎ、更に強化されたその身体能力は凄まじい」

 溜息まじりに息を吐く。
 そうだ、あの魔女が言っていた……『天炎者の子供たち』だと。呪いを受け継ぎ、怪物と成り果てた望まれぬ子供。

「殺すには魔法が必要だ。ヴァルターのような雷、ユリカのような炎、ノーレンのような氷……異能の力で対抗するしか術はない」
「でも閉じ込めてあるんですよね、それならわざわざ戦わなくていいんじゃ?」
「存在が許されないのだ、ヤツらは。それに監視網をすり抜けて国民に多くの犠牲者が出たこともある、放ってはおけない。我々の戦力が整い次第、殲滅行動に出る」

 再び両手を組んだマリーの瞳には炎が灯っていた。
 同類の子供をその手にかけることを厭わない戦士の瞳。

「傷を負っても簡単には倒れない天炎者がその中心だ。戦闘では遊撃部隊として動いてもらう……配下の騎士と共にな」

 堕とされ、力を与えられた転移者はこの団に4人。そして一班は4人が基本。
 思い浮かんだ提案を口に出した。

「天炎者だけで班を組むのはダメなんですか?」
「ん……死縛者のことは君も知っているだろう、全てを否定した人間の末路を。自己肯定が完了した天炎者がそちらに揺れることは滅多にないが、もしもの時のためだ。殺戮人形に化した我々を即刻処分するための保険なのだ、配下の騎士は」

 思わず隣の由梨花へ視線を向ける。動揺なんて見せずに黙って話を聞いていた。
 彼女の部下であるヴァルターは『保険』……内なる闇にのまれた際には、その首を撥ねる執行人。それを互いに分かっていながら気さくなやり取りをしていたのか。
 間を埋めるのは信頼?

「しきたりのようなものだ、深く考える必要はない。これまでの歴史でソレが行われたのは一度だけ、しかも30年も昔のことだ。滅多に起きないことは事実だから安心するといい」
「そう……ですか」

 安心しろと言われても、鼓動は落ち着かずにむしろ高鳴る。
 30年起きなかったとはいえ、今日また起きる可能性はあるのだ。

「団長権限でノーレンには自由を与えた。仕事熱心で助かる」

 そうだ、あの少女は単独で行動している。信頼があってこそ。
 だが仮初の自由だ。

「由梨花も単独行動できるんじゃ?」
「ええ。ですがヴァルターがしつこく食い下がりまして。血涙を流して懇願するものですから断り切れなかったんです」
「へえ……」

 あの人の執念は凄まじい。

「まあ……こんなところかなあ~」

 堅苦しい口調が疲れたのか、再びデスクに身を投げ出してだらしない姿勢になる。

「なにか気になるところがあったら聞いてね~」

 シリアスな空気が台無しだ!

「よろしいでしょうか、マリー?」
「なにかな~ユリカちゃ~ん?」

 律儀に挙手した由梨花が問う。

「私が担当した選定試験では、瑞希以外に満足な戦力を確保できませんでした。他の試験結果はどうだったのですか?」
「ちょっと待って……う~んどこも芳しくないね~。合格基準が厳しすぎたかな~?」

 卓上の紙束をペラペラと捲って報告する。
 リューグナ―村では誰も合格出来なかったのか?

「なあ由梨花、俺は試験受けてないけどいいのか? 今更だけど」
「天炎者は必ず引き込むと言ったではありませんか。今更ですが」

 まあ今更だが。

「精霊との契約が必須っていうのが厳しかったかもね~、ちょっと焦りすぎたかも~」

 基準を見返していたマリーはひとりごちる。
 気になったので聞いてみた。

「そういえば、精霊って何ですか? ヴァルターさんは契約して祈るだとか言ってましたけど」

 それこそがこの国の魔術だとも。

「さあ~?」
「さあ!?」
「見たことないから分からないな~。ユリカちゃんはある?」
「ありませんね」
「現地の人にしか見えないんじゃな~い? 私たちの体を再生した時に色々弄られたみたいだし~」
「ええ……って、再生?」

 神秘の存在が実在するのかと期待していたのに、この二人は見たことが無いのか。
 だが不吉なワードを発したマリーに関心は移った。

「一体何のことですか? 弄られた?」
「そりゃ~堕とされた時のことだよ~? 私たちは確実に死んでたけど~、今はピンピンしてるじゃな~い?」
「はあ……確かに」
「私はアメリカだけど~、君たちは日本だよね~? 言語は違うのに意思疎通出来るってスゴイと思わない? 日本語なんて勉強したことないのにさ~」
「私はそれなりに英語できます」
「ユリカちゃんは頭いいね~、お姉さん鼻が高いな~」
「お世辞は必要ありません。それに、それ以上鼻を高くしてどうするのですか」
「あらあら白人コンプ~?」
「違います」

 このままでは流されてしまう気がしたので話を戻す。

「蘇生した時に脳を弄って、強制的に日本語を話すようにされた?」
「それはないよ~、私は英語喋ってるも~ん。翻訳機能が埋め込まれたんじゃないかっていうのが通説だね~」
「ちなみにノーレンはイギリス出身です、英語圏ですが。彼女も日本語を学んだ覚えは無い、とのことでした」
「あ、そう……」

 脳に何かしら埋め込まれたのは確実か、気味が悪い。
 呪いにばかり目がいっていたが、それ以外にも弄られていたようだ。

「ミトコンドリア、か……」

 それが魔法の正体であり、魔力の源。この体は、以前の俺そのままの体ではない──それが少し悲しかった。

「あれ、瑞希は知っていたのですか?」
「聞いた話だよ。それが魔法の大元だって」
「不思議よねぇ~」
「不思議ではありませんよ、独自の遺伝子を持ち、自主自立の世界をつくりあげる好気性生物。人間の一つの細胞内に平均200個ものミトコンドリアが共存し、一つのミトコンドリアには200個ものナノモーターが存在してるとされ、エネルギーの生産や情報処理、それらは三次元の世界で実行され──」
「ありゃ~」
「難しい話はいいから!」

 やけに詳しいなこの小娘!

「そうそう言い忘れてたんだけど~、あ、やっぱいいかな~」

 マリーはとても気になることを言う。

「何ですか?」
「話して下さいマリー」
「うえぇ~話さなきゃダメ~?」

 大人げなく狼狽えるマリーに詰め寄って催促する。気迫を纏った由梨花の視線に観念したのか、その軽い口を開いた。

「大した事じゃないんだけどね~? 東の地方で天炎者を発見したって報告があったのよ~」
「なるほど、引き込みに失敗したのですね?」
「そうなの~逃げられちゃったみたいなの~。ユリカちゃんが出発してすぐの頃ね~」
「見逃すとは職務の怠慢ですね。発見した者は誰ですか、教育しますので」
「だから言いたくなかったのよ~!」

 新しい天炎者か……由梨花がリューグナ―村に来る前ということは、俺より先に堕とされた人間。

「そうだ、聞きたいことがあるんですけど」
「瑞希、少し黙っていて下さい」
「なにかななにかなミズキく~ん!? 何でも聞くといいわ~!」

 青白い顔で催促される。由梨花の教育とはどれだけアブナイものなのだろう。

「俺たちってどんな基準で選ばれたんでしょうか? 自殺者なんて日本だけでも多いのに、国を問わないで堕とされてますよね? でも人数は少ない……どうしてでしょうか?」

 何となく、由梨花には聞き辛い質問だった。友達だから。

「さあ~?」
「さあ!?」
「悪魔の悪戯って言うしかないんだよね~、何体かは討伐できたけれど肝心なことはダンマリだったからさ~」
「討伐!?」

 事も無げに、とんでもないことを言う。

「それって、案内してきたあの魔女のことですか!?」
「そうそう~。天炎者は太刀打ちできないから騎士に頑張ってもらってさ~、いや~大変だったね~」
「ヴァイーゼは最後まで口を割りませんでしたね。その忠義には感服しますが」

 討伐に参加したらしい二人は思い出話にふける。
 同窓会のようなノリだな……覚えてなどいないが。

「殺したんですか……」
「そうだよ~? 転移者をこっちに引き込めたら戦力になるけれど~、他の勢力に加わったり死縛者になったら大変だしさ~?」
「まあ、彼女たちを亡きものにした所で状況は変わりませんでしたが。更なる上級存在の下っ端でしょうね」

 所詮は案内係です……そう言って由梨花は肩をすくめた。

「上級存在?」
「私たちに新たな命を吹き込み、この地へ堕とした張本人ですよ」
「遊ばれてる気がして嫌なのよね~。それに~、死者を冒涜してると思わない? これ以上悪夢にうなされる人間は減らすべきだと思うのよね~」

 遊ばれてる……それは確かに感じていた。
 永遠の眠りから目覚めさせ、人形遊びに興じる悪魔。

「じゃ、じゃああの女……シエル・バーンズは?」

 口にしたくもない名前を言う。
 必ず自分が殺す、そう念じながら。

「う~ん、あの人は存在が謎だよねえ~。味方になったと思ったら裏切ったり、裏切ったと思ったら味方だったり~」
「この国が認めた魔法使いであり、最後の生き残り。ヴァルターから聞いた時は驚きました、まさか瑞希の案内係を務めていたとは」
「魔法使い? ヴァルターさんも言ってたな」

 二人ともシエルの存在を知っているようだ、まずは由梨花に聞いてみる。

「すでに100年生きていると言われています、平均寿命が50歳とされているこの世界で。魔術の探求の果てに不老不死を手に入れたらしいですよ」
「不老不死ねえ……」

 『本当に私を殺してくれそう』なんて言ってたな。
 永遠の命を手に入れて、することが異世界の案内だとは。
 いや、調停者だとかも言っていた。

「報告書は読んだけど、まさか悪魔の真似事をするとはね~。何考えてるのかしら~?」

 何を考えていようと構うものか。
 平穏を奪われたんだ。
 記憶も。

「俺が、殺します」

 必ず。

「瑞希、一人で背負い込む必要はありませんよ」

 目を伏せてしまった俺に、由梨花が励ましの声をかける。

「我々は正義という建前を持って人を殺しています、信じる未来の為に。ですがそれは許されない行為……この身の罰。皆その痛みを知っています、私にも背負わせて下さい」
「由梨花……」

 エアレイザーも死縛者も、元は人間。
 それを討伐するのは殺人と変わらない。
 一介の高校生にそんな痛み耐えらるワケがない。でも、もうすでに一線を越えてしまった。今更歩みを止められない。

「ありがとう……」
「どういたしまして」

 なんだか気恥ずかしい、話の内容は重苦しいのに。

「ふ~ん……へえ~」

 その様子を見ていたマリーはニヤニヤと笑みを浮かべた。ついさっき見たあの顔だ、よからぬことを考えている顔。

「仲良くするのはいいけれど、アブナイ日のえっちは勘弁──」
「団長! 至急のご報告が!!」

 マリーの猥談は、乱暴に開けられたドアの音で掻き消された。

「……どうした」

 瞬時に姿勢を正し、厳格な表情に戻るソレは神業。
 突如訪れた甲冑の騎士は会談を中断したことに断りをいれてから続けた。

「は! サイレント・ガーデンよりエアレイザーの南下を確認! 大隊規模です!」
「駐屯部隊は?」
「全滅しました!!」
「そうか……そうだろうな」

 伝えられる無常な宣告。
 均衡は破られた。そして、牙が解き放たれた。

「すでにノーレンは向かっているだろう……だが一人では止めきれん。ユリカ、行けるか?」
「はい」

 由梨花は立ち上がり、芯の通った声で答える。
 これから戦場へ向かうのだ。

「ミズキ・ヤマシロ、君にも行ってもらう」

 マリーの瞳が俺を捉える。

「はい……!」

 覚悟は握った。
 戦う覚悟を。
 守るために戦う。
 ヤツらの自由を許せば、あの子がいる村も襲われかねない。
 それだけは、絶対に阻止しなければ。
 そのために、ここにいるのだから。
 震える自分に、そう何度も言い聞かせた。

「動ける団員は全て出せ! 血の闘争団、出陣!」


 ★ ★


「あぁ……悲しいね」
「何が?」
「生きるってことがだよ。みんな死ねば楽になれるのに」
「ダメだよ」
「そっか……そうだね。みんなに教えてあげないとね、この悲しさを」
「うん」
「だから殺そう、みんな……みんな!」
「うん」
「この世界の住人も! 異世界からの来訪者も! みんな!」
「だね」
「僕が肉体の呪縛から解放してあげるよぉ! みんなの救世主なんだよ僕はぁ!」
「うん」
「ねえ山城君! 君も僕が救ってあげるよぉ! 今度こそ諦めないよぉ! 絶対にぃ!」
「だね」
「いるんでしょ山城く~ん!! 僕もここにいる! ここにいるよお~!!」
「だね」
「二度と逃げないよぉ! だから君もぉ!!」
「うん」

「僕はぁ! ここにいるよ山城くう~ん!!」
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​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

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