異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

パトロール任務へようこそ!②

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 都を発って一時間後、目的地であるバンディット村へ到着した。
 道中、転移者が堕とされる際には魔力の歪みが発生するという話を聞いた。だが分かるのはおおよその方角くらいらしく、距離まではハッキリしないらしい。これまでに転移者を発見した場所や人気の無い場所を探したり、目撃者がいないかを人々へ聞いて回る。
 この村は突如現れた血の闘争団に驚愕する者、憧れの目を向ける者が多く、一時は混乱が発生する程の騒ぎとなった。
 平和な村だ。あの子の村と同じく、皆が歓迎してくれた。

「しかし、収穫はゼロ……ですね」

 馬にまたがると、開口一番にそう言った。
 結局、それらしい情報は手に入らず、何の成果もあげられていない。

「まあ、そう簡単には見つかりません。早めに切り上げ、フォールベルツでグラナでも探しましょう。見つけたらまず、私の剣でおしりペンペンします」

 剣、というのはおそらく炎剣のことだろう。通常のモンスター相手ならば、荷物係であるヴァルターが持つショートソードで戦うらしいが、使っている所は見たことが無い。
 あの業火で焼かれる光景を想像するだけで鳥肌が立つ。由梨花との初戦闘ではよく恐れないで戦えたものだ。
 ヴァルターが先に乗った馬に手をあてがいながら、血の気の多い班長へ物申す。

「やけに物騒だな。あいつのことをどれだけ恨んでるんだ」
「ビッチ呼ばわりされたのですよ、仕返ししなければ気が済みません。肩を持つのなら瑞希に食らわせます。ほら、お尻を出して下さい」
「ふざけんな、俺はストレス発散のサンドバッグじゃねえ!」
「では豚になって下さい。良い声で鳴いて欲しいものです、オインク、オインクと」
「英語で鳴くな、ブヒブヒでいいだろ。いや良くねえ、八つ当たりは止めろ!」
「ユリカ様、是非私が──」
「結構です。大切な部下にそんなこと出来ません」

 ほとほと呆れながら相乗りする。
 由梨花が八つ当たりするのも仕方ないか。平静を装ってはいるが、焦りと怒りが垣間見えた。敵を殲滅するには戦力が足らないのだ、転移者をもっと集めなければ。今回は見つからなかったが、いずれ十分な数が揃えば反撃出来る。
 そしたら、本当の平和に……俺たちの旅が終わる。
 ──絶対に終わらない、絶対に勝てない。
 いや、終焉の日は間近。

「あと回っていない箇所は平原ですね。ウィーザ、先導して下さい」
「分かったであります」
「行くぞ少年、しっかり掴まっていろ」

 答える間も無く馬は歩き出し、振り落とされぬよう腰を掴む。鈍く光を反射する甲冑は、この程度では壊れない。
 闇は、もう見えなかった。

「折角ですし、一つ話をしておきましょう」

 バンディット村の喧騒を後にしつつ、由梨花が言う。

「統合失調症患者への対処として、脳への電気刺激が容態を回復させる、という研究結果があります。側頭葉に電気パルス刺激を与えると、幻聴などが聞こえなくなった、というものです」

 浴びせられるは最新医療。
 見えないが、ヴァルターとウィーザは困惑しているだろうことが容易に分かる。

「いきなり何の話だ?」
「深い関わりがあるのですよ、私たちと」

 広い道に出ると、ウィーザが先頭、ヴァルターと由梨花が扇形に展開する。仏頂面をこちらへ向けつつ難解な話を持ち出す。
 私たち──それは、転移者を指していることに間違いなかった。

「俺が病気だとでも? 普通に生活できてるし、何も問題ないぞ」
「それは知っています。しかし、精神については易々と判断できません」
「そりゃ、情緒不安定な時もあったけどさ。相応の理由があったんだし、仕方なかったんだって」

 自覚はしている、自分もこの少女同様に血が上りやすいことを。だがそれは大切なものや人を傷付けられたからだ、復讐するのは当然だろう。
 出会ったばかりのグラナに剣を向けた理由は、未だに釈然としないままだが。

「そもそも、どんな病気か知っていますか?」
「どんなって……さあ。どんなん?」

 聞くと、小さく肩を竦めて冷笑を浮かべた。無知であることを馬鹿にしているつもりは感じられず、物知りな女の子は優しく説明する。

「一言で言えば社会の病です。素因と環境によって発症する、複雑な精神疾患。影響としては、鬱病などにみられる陰性症状はもちろんですが、これには陽性症状がみられる場合もあります」
「陰性? 陽性?」
「陰性は無気力の支配。陽性は幻覚・幻聴・被害妄想など、あるはずの無いものが現れる症状です」
「へえ……それが何さ?」

 こんな話をして何が楽しいというのか。
 ただ己の知識を披露したいだけじゃないのか。そう思っていた。

「気分を悪くしないで欲しいのですが……瑞希は生前、どのような精神状態でしたか?」

 静かに、しかし鋭く。
 冷たいもので、胸を刺し貫かれた。

「どうって……あまり、いいものじゃなかったとしか。色が無かったし、陰性、じゃないかな……」
「無気力だった、ということですね。それの帰結として、死を選んだ」

 詰まりながら答えると、由梨花は妙に悲し気な、飼い主に裏切られた猫のような表情。過去を掘り返されたことに怒りなどないが、なんとなく、申し訳なくなった。

「オニキスが言っていたことは事実です。私たちは自殺してここへ堕とされました。自殺するというのは、社会に絶望して逃げた証拠です。その精神が正常なものであると、誰が言えるのでしょうか」

 精神異常者──少年が口にした心無い中傷。

「私は陽性でした……妖精ではありませんよ。ヴァイーゼに案内されながら軽くパニックになっていましたね、暗い森の中で。ですが、運よく団に拾われて儀を受けました。そして幻聴は聞こえなくなったのです」

 上司の言葉に、部下たちは何も言わない。内容を理解出来ないのか、それとも口出ししてはいけないと判断したのだろうか。転移者たちの宿命に。
 だが、目前に佇む大男が、少しだけ、肩を震わせた──気がした。

「おい、まさか……ヴァルターさんの儀って……」
「そういうことです。私が来る以前から同様の処置をしていたらしいですよ、直感的に理解していたのかもしれません。伝統的なただの儀式だと言っていましたが、転移者への医療処置だと考えるのが自然でしょう」

 体を這い回る電撃がフラッシュバックし、硬直した体が馬上から振り落とされそうになる。必死に力を込めて手を握り、ヴァルターにしがみ付いた。騎士は何も言わず、ただ、支えてくれた。

「思い違いをしないで下さいね、アレは決して洗脳などではありません、れっきとした医療措置です。まあ、医療としての成功率は30%程のものですが」
「疑ってなんかいない。そうか、じゃあ……処置していないグラナは、陰性か陽性かの症状を引きずってるってことだな」
「おそらく、ですがね。これ以上被害妄想で胸を突かれるのはゴメンです、早く捕まえますよ」

 何となくだが理解できた。あの激痛は度胸試しでも、隷属の証でも無かったのだ。
 精神が揺らぐことを押し留めるための処置──俺の場合は、記憶がたいして戻っていなかったこと、守るべき大切なものがあった為、それが無くとも揺らがなかった。
 しかし……グラナは狂っていたのだろうか。突如剣を刺したり激昂したりと不安定だったが、確かな目的を持って行動していた。第一、魔法は鎧ではなく剣の形を形成している。確かな自分を持って生きているのだ。被害妄想のせいだとは思えない。
 分からないが、憶測を語っても仕方ないか。

「待てよ、俺がグラナに剣を向けたのって……」
「いえ、それは関係無いでしょう。陰性ならば強い自殺願望を引き起こします、誰かを殺そうなどとは考えません。あの時は、戦場と日常の落差にパニックを起こしたのだと推測します」

 医者でもない癖に、やけに的確な説明。
 パニックか……認めたくないが、そうとしか言えない。友を殺した翌日、景色は違えども、平和な日常がそこにあったのだ。一人取り残された気がして、俺は仮面を被った。
 夜明けを告げる明かりを探し、絶望も愛も、抱きしめて。

「ついでにもう一つ。統合失調症患者で亡くなった方のうち、10%が自殺していたという研究結果もあります。曖昧な記憶ですが、確か日本国内だけでも100万人程は患者がいた筈です。その10%、つまり10万人が自殺していることになります。あくまで数字上でですが、ね」

 少しばかり重苦しい空気の中、更に湿っぽい話を続ける。

「10万人? 自殺大国だってことは知ってるけどそれはおかしいだろ、そんなに死んでたら嫌でもニュースになるぞ。覚えてないけど」
「年間ではおよそ3万人が自殺していると言われています。しかしこれは公的機関が認定した数字であり、実際の所は誰にも分かりません。行方不明者や変死体、それらが自殺であった可能性もあるのです、3万人より多いのが現実でしょう。メディアの情報を鵜呑みにしてはなりません」

 だからどうした、という話ですがね──小さく溜め息を吐いて、由梨花は喋るのを止めた。平原に到着したからだ。
 途端に襲う緑の香り。
 暴れ回る野鳥たちの歌声。
 自分という存在がちっぽけに感じられるほどの、翠一色に輝く絨毯。
 情緒も何も無く、俺たちをただ包み込む雄大な自然。
 現実は無情。
 だからこそ、こんなにも綺麗に映る。

「我々がお支え致します、ユリカ様……ミズキ、君もだ」

 背を向けたまま、男は語る。

「苦しいのならすぐに言え。微力ではあるが、必ず力になる……戦友なのだから」

 戦うのが嫌なら逃げてもいい──とは言わなかったが、何となく、そんなニュアンスで言う。
 戦友、か。確かに男同士で家族だとか言われても反応に困る。由梨花以外にはプライドが高そうなこの男だ、口が裂けても言えないだろう。

「ありがとうございます。でも大丈夫です……俺、決めたから」
「そうか」

 淡々と呟き、手綱を操る。
 自分の精神が参っていると思われたくなかったし、この男に優しくされる光景など想像したくもなかった。半端なプライドで強がりを言ったことが後ろめたくもあったが、特に気にしている様子もない。

「もしもの時は……」

 言いかけて、止めた。
 俺はこの世界で生きていく。必ずあの子の元へ帰る。だから、弱気なことを言うのは止めた。

「洞窟はあちらであります、私が先行するであります!」

 入れ替わった空気を浴びたからか、やけに元気な声でウィーザが報告する。
 目の前には巨大な洞穴、薄暗い闇へと誘う地獄の扉がそこにあった。

「ぱぱっと見て、ぱぱっと帰るであります! 今日の夕食はカレーであります、みんな大好きカレーであります!」

 グラナを捜索する話を忘れたのか、夕飯の献立に興奮しているようだ。香辛料をありったけ混ぜ込んだカレーはやはり絶品、レトルトとはまた違う不思議な味わいであり、皆が狂気乱舞する。
 呆れた様子で班長が答える。

「はいはい分かりました。では、よろしくお願いしま──っ!?」

 異変──いや、異音を察知。
 がしゃ、がしゃ、と何かの足音が洞窟から反響する。
 班は皆馬から降り、陣を組んで警戒態勢。ジャマダハルへ手を伸ばし、何者かの襲撃に備える。
 やがてソレらが姿を現した。
 日光を反射させる砕けた剣と、上半分が行方不明である盾を構えた──骸骨たち。

「うおっ!?」
「スケルトン……我々にお任せ下さい、ユリカ様」
「お任せであります! 楽勝であります!」

 肉が無いにも関わらず活動するソレらに対し、騎士たちは勇敢にも剣を取る。
 魔術を使う必要すらないのか、呪文は唱えないままだった。

「いえ、数が多いですね……ヴァルター、私の剣を」
「ですが……」
「構いません。いつもあれを使っていては動きが鈍ります、たまには振り回さなければ」
「は……!」

 渋々と背負ったショートソードを由梨花へ手渡し、班は戦闘態勢へ移行する。

「自然に発生した魔力によって仮初の命を吹き込まれた骸骨たちです、ばらばらに砕けば動きを止めます。行きますよ、瑞希」
「おう!」

 剣を握り、10体はいるであろうスケルトンの群れへ突撃する。
 どくん、どくん。
 高鳴る鼓動を抑えながら。
 ──暴れたいんでしょう?
 口元を吊り上げた魔女が囁く。
 ──ふざけるな。
 強く念じる。
 骨を砕く度に湧き立つ感情を胸に秘め、ただ、敵を倒した。
 怒りも、悲しみも、空しさも、噛み締めながら。
 結局、この洞窟にも収穫は無かった。
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