異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

喫茶店へようこそ!②

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「はぁ……」
「何だったんだ? というか由梨花の顔の広さは何なんだ? 少将とも知り合いだなんてスゲーな、女子高生ってやべーな」

 様々な疑問が溢れ出す。
 緊張が解けたのか、由梨花はテーブルへ突っ伏して答えた。

「知り合いなんかではありませんよ。過去に一度だけ、マリーと共に顔合わせをした程度の関係です。それも偶然に」
「へえ……でも、この国の偉い人なんだろ? そんな人から褒められるとかスゲーな」
「教育軍総監だ。在籍している全ての軍関係、それを教育している部隊の元締め。偉いどころではないぞ、兵員を補充する根本を担っているのだ。どれだけの責任を負っているか、想像も出来ん」

 疲れた班長に変わり、ヴァルターが補足する。
 教育という言葉が差しているのは、軍人としての教育に他ならない。団のものよりスパルタなのだろうか。戦場で生き残るために、どれだけ過酷な教育がなされているのだろう。

「社交の場ですから軍人がいてもおかしくはありません。この世界においては、ですが。ギャラウェイ・コーヒー・ハウスを知っていますか? 金融センターであったロンドンに開かれたそこでは、様々な情報を集める為に商人が──」
「分かった、もう分かったから」
「問題ありません。また、ロイズ・コーヒー・ハウスでは船主たちが集まり──」
「十分だからもう休め!」

 少女の知識は底なしか!?

「あ、ようやく来たであります! チョコレートでありますぅ!」

 重い空気から解放された俺たちの鼻に、甘い香りが届けられる。盆の上に人数分の品を載せた店員の顔はガチガチに硬直していたが、気にしないように品を受け取る。グランツを偉い人だとどうやって判別したのだろう、紳士のように振る舞っていたが……階級章はあっただろうか。

「まあ、好意は素直に受け取りましょう。今日はお疲れさまでした」
「は!」

 ぐにゃぐにゃと身を起こし、由梨花は自身の紅茶をゆっくり啜る。この世界の偉い人との対話は相当堪えていたようだ。
 俺も暖かい茶に口を付け、深い味わいに癒しを求めた。嚥下すると、何もない胃に仄かな熱を感じる。

「ですが、夕食は団でとりますよ。皆はカレーを食べたいでしょう?」
「もちろんです」
「ユリカ様、私はチョコレートをもう一杯頼みたいであります!」

 たん、と軽い音。ウィーザは既に飲み干したらしく、空になったグラスをテーブルへ置きつつ具申する。

「はいはい、後一杯だけですよ」
「ありがとうであります、やったであります! ミズキ殿は頼まないでありますか?」

 何か期待する瞳がこちらを向く。
 チョコレートを頼め、と言っている気がした。途端、強烈な甘さの記憶が蘇る。

「お、俺は紅茶でいいかなって……」
「そうでありますか……」

 そんなあからさまに落ち込まないで欲しい、俺は何も悪くないのに。

「帰りつつもグラナを捜索します。ああは言いましたが、任務は未だに進行中ですので」
「は!」

 無慈悲な命令。騎士は高らかに答えるが、俺は多分、冷めた目でそれを見ていた。
 こんな時まで仕事熱心だな。

「なあ……そこまで必死に探さなくてもいいんじゃないか?」
「何ですって……?」

 自然と漏れた。
 鋭い視線に貫かれ、再び体に緊張が走る。

「犯罪者だってことも分かってるし、転移者だから捕まえなきゃってことも分かってる。でもさ、それって正しいことなのかな」

 それでも、言葉たちは次々に旅立っていく。

「あいつはさ、どう見ても正常だと思う。犯罪だと自覚しながら、それでも罪を犯してたんだ、好きに生きる為に。それは間違いなのか?」
「犯罪を犯した時点で、グラナは裁かれるべき対象です。マリーはそれを危惧し、軍には保護するよう頼みました。多額の賄賂を贈って取り計らった筈です」
「え、なにそれは……」
「極刑に処される可能性があるからです。あちらも意を汲んでくれている筈……ですが呑気に待っているワケにもいきません。果報を寝て待つのは愚か者です」
「さっきの人も言ってただろ、気負う必要はないって。俺たちばかりが意気込んで、空回りしてると思ってるんだよ。肩の力抜いてさ、気楽にいこーぜ」

 俺は羨ましがっていたのだ、あの幼女を。
 好きに生きている、グラナのことを。
 手助けするつもりなど微塵も無いが、何となく、ありのままの感情を不器用な言霊にのせた。

「気楽に、ですか……」

 由梨花の顔には、苦悶が色濃く滲んでいる。それはそうだ、自身の胸を貫いたグラナのことを擁護されたのだから。かくいう俺も怒りはある。刺されたし、硬貨を奪われたのだから。
 それでも。

「なりません。必ず探し出して保護、並びに団へ迎え入れます」
「あんな幼女だぞ? 化け物相手に戦えると思ってんのか?」
「年齢など関係ありません。力があるのなら使う、それだけです。それに、15歳が正しいのならオニキスと同じではないですか。彼が戦えるのなら、彼女も戦えます」
「いやでも、あんなに小さいし。そうだ、由梨花は女性優遇とか言ってたじゃないか」
「…………」

 図星、などとは到底思えないが、無言で溜息を吐く。
 騎士たちも黙って、由梨花の言葉を待った。

「あなたは、グラナに戦って欲しくは無いのですね?」

 心苦しさが響く。

「そう思ってるのかな……多分。分からないけど」
「何ですかそれは。まあ、瑞希が優しい人だということは分かりました。上司や己を刺した相手に情けをかけるほど、異常なまでに優しい人だということが」
「怒るなよ……」
「怒ってなどいません」

 乱暴な手つきでカップを持ち上げ、一気に飲み干す。新たな注文はヴァルターに任せ、冷たい瞳で空を睨んだ。

「そうですね……国連で例えましょう。特定の国家の世界戦略が色濃く反映された国連の方針では、世界はどうなると思いますか?」
「いきなり何の話だ?」
「もしもの話です。架空の戦争が起こったと仮定し、それに国連が介入した場合のことを考えて下さい」

 突如、元の世界でのIFが持ち出される。
 国際連合は世界を安寧に導く為に結成された組織だ、と記憶を引きずり出す。実態は常任理事国の利益を守るための組織であり、正直、役立っていない世界の守護者。

「えっと、アメリカの意思が反映されてるってことだよな。戦争には核爆弾とかをバンバン打ち込むんだと思うけど……。そうだ、ドローンで遊び感覚に人を、テロリストを殺すことが出来るってことは知ってる。それで仲裁とかするんじゃねーの?」

 特定の国家というのが米国か、それとも欧州のどれか判別つかないが、世界の警察である米国だと推定して考える。
 俺が死ぬ直前がどうだったかは知らないが、かの国ならばそうするだろう。シリアにはミサイルやGBU43Bを叩き込んだし、日本を挑発する国には核を落とすとか騒ぎになったし、おそらくこうなると予想。自身が何をやっただとかのエピソード記憶以外は意外と思い出せるものだ。
 浅はかな考えを聞いた由梨花は、いつもの仏頂面で返す。

「ほー……。まあ、認識は共通していたようで安心しました」
「で、それが何さ?」

 足りない頭で考えたというのにこの対応。怒るどころか呆れてしまう。
 肩をすくめた俺を無視し、更に質問を投げかける。

「例えば……特定の組織にばかり戦力が集められたら、その国はどうなると思いますか?」
「今度は何だよ……特定の組織って?」
「さあ? 考えてみて下さい」

 ヒントすらないのか。
 特定の組織か、例えば警察だろうか、あるいは軍隊か。

「えっと、何だろ……第二次大戦の頃みたいなドイツになるんじゃね? 独裁体制で、批判とかは弾圧したりとか」
「ほー……。そんな所ですかね」

 同じ顔で返し、新たに届いたカップをゆっくりと手に取る。喉が上下するのを確認してから、

「さっきから何が言いたいんだよ。まさか──」

 言って、頭が回りだした。

「まさか、だよな……?」
「あなたが何を想像しているかは予想出来ますが、違います。我々は内政に干渉したり、テロリストなどに成り下がるつもりはありません。どこかの誰かが汚した尻を、自分たちで拭いているだけです。また、国王の勅命でもあるのです、正義は我らにあります」

 最悪の考えを追い出して、由梨花の言葉を反芻する。
 そうだ、俺たちには正義がある。王様なんて知らないが、この命を懸けて敵を倒す。それが正しいことだと信じているから。

「ですが、あなたのように思案する人間が発生するのも当然です。天炎者は強大な力を秘めているのですから……」

 クーデター、という単語がなかなか離れない。
 いや、たった四人の人間に何が出来るというのだ。200名ほどの団員が合わさったとしても、戦争を吹っ掛ければすぐに鎮圧されてしまうのではないか。その力は人間ではなく、怪物に向けるべきものなのだから。だからそんなことはしない、これ以上罪を重ねることなどしない。
 だが、もしも起きてしまったらどうする。危険性があるのなら、可能性があるのなら、早急に潰さなければならないだろう。

「殺そうとする連中がいるってことか……?」

 別の意味で最悪な思考。

「もちろんいます」
「どうしてだよ、戦場で敵と戦ってるのに……!」
「怒らないで下さい。この国を正しくしなければと憂いている者なのです、それは正義と呼べるものではないでしょうか」
「正義って……正義ってなんだよ……!?」
「私たちは異端者なのです、取り除こうとするのは当然の行い」
「膿でも癌でもない、一人の人間なんだぞ!?」
「静かにして下さい、迷惑ですので」

 宥められ、ここが喫茶店だったことを思い返す。立ち上がってしまった体を席に戻すと、ウィーザがおずおずとチョコレートを差し出した。
 礼を述べてから一口呑み込み、感情が沸き立つ体を冷ます。甘さと苦みが混ざったそれは、急激に理性を取り戻させた。

「安心して下さい、団の庇護下にいれば手出し出来ません。ですが、身寄りの無いはぐれ者はどうでしょうね? 異端者だと判明したらどのような辱めを受けるのでしょう。魔女狩りより凄惨なものになるかもしれません」

 由梨花の眉がぴくりと吊り上がった気がしたが、それは幻だろう。
 魔女狩りより凄惨か……火あぶりされても簡単には死なない。女性であるし、酷い辱めを受ける可能性もある。終わりの無い拷問に、体は耐えられても精神は耐えられない。

「そうなのか……じゃあ、是が非でも捕まえないと。つーか何で今まで黙ってたんだ」
「余計に混乱させたくなかった、では不満ですか?」
「話してくれたからいいさ……悪かった」
「何故謝るのですか」
「いや、何となく」

 誰も悪くないから、誰も責められない。

「そうだ、どこの誰だとかは分かってんの?」
「特に声明を出したりはしていません。自然発生するようです、国民の中で。レジスタンスとは異なっているとは思いますが、まあ、抵抗勢力だと認識しています」
「なるほど……除者は異世界でも除者ってわけだ」
「卑下しないで下さい、国民の多くは我々を歓迎してくれているのですから」

 確かに、リューグナ―村やこの都では皆が受け入れてくれている。
 まるで情報統制されているようだ──俺の考えすぎか。

「ま、グラナなら難なく切り抜けると思うけどな、そんな連中。世渡り上手っぽいし、外見はあんなに子供だし、変態くらいしか手出さないだろ」
「やけに肩を持ちますね、ロリコンですかそうですか」
「違うっつーの。ロリコンはヴァルターさんだ」
「なぬ!? ろ、ろり……?」

 騒がないで下さい迷惑です。

「あんなちんちくりんのどこが良いのですか。暴力ヒロインなど誰も求めていないのですよ、既に過去の遺物です。妹属性だって飽きられていますし、需要はありません」
「暴力女が何言ってんだ」
「ほー……ヒロインとは言わないのですか」
「じゃあ主人公は誰だ? あ、ヴァルターさんかノーレンのどっちかだろ。大穴でオニキス」
「部下に好意など抱きません。同性に好意など抱きません。あれは反吐が出るほど嫌いです、中二病患者は見ているだけで気分が悪くなります。あ、恋愛感情など捨て去りました」
「潔いことで」

 涙を堪える大男が哀れに思えた。そこまでバッサリ言うか。 
 俺は愛想笑いを浮かべるが、それは彼女への侮辱にならないかと内心ハラハラしていた。少女は気にしない様子で綴る。

「それでもグラナは捕まえますがね。同類だからと哀れみはしませんが、死んでも尚苦痛に苛まれるのは気分が悪いでしょうし」
「苦痛なんて感じてないだろ、あいつは。随分と楽しんでそうだ」
「やけに肩入れしますね」
「知ってるか、あいつ泣き出したんだぞ。何だかんだで可愛い所もあ──」

 ガチャン、と耳障りな音が響き渡った。

「え……?」

 発したのは、由梨花が手にしていたティーカップ。

「そうですか……可愛かったですか……」

 プルプルと肩を震わせる少女の顔は、長い黒髪に覆われており、伺えない。

「え? え?」

 不味い、「可愛い」はNGワードだった。いやしかし、由梨花に対しては言っていないぞ、グラナに対してだ。
 由梨花は突如立ち上がり、それを確認した俺はすぐさま防御態勢。顔か、それとも腹か、鉄拳が飛んでくるであろう箇所を腕で守る。

「本部へ帰還します。ヴァルター、ウィーザ、急ぎなさい」
「は!」
「は、はいであります!」
「え……?」

 とんでこなかった。
 反射的に閉じた目を開くと、身支度を済ませる班員たちが映る。ウィーザは残ったチョコレートを名残惜しそうに舐め、それをヴァルターが諫めて手を引き、椅子から立ち上がらせた。
 由梨花は俺に背を向け、静かに、怒りをぷんぷんと漂わせて、言った。

「グラナ捜索の任は誰かに任せます。可愛いですからね、優しい誰かが探してくれるでしょうね、徒歩で。武器も預かります、優しいですからね、お酒を飲んで話し合えば分かりあえるのでしょうね」
「え? え?」
「み、ミズキ殿は私が──」
「命令ですよ?」
「あうぅ……」

 事態が理解出来ぬ俺を置いて、班員たちは駆け出した班長の後を追った。

「えー……」

 取り残された俺は、しばらく呆然としていた、と思う。


 ★ ★ ★


 世界は度重なる敵の襲来により、大きな被害を受けていた。
 これに対応すべく、修道会は同志を集め、騎士団を設立した。
 侵略者を倒すため、究極の騎士を生み出したのだ。

「ユリカ様、よろしいのでありますか?」
「構いませんよ、これも教育です。頭を冷やすいい機会です、我々は帰還します」
「は! ウィーザ急げ!」
「は、はいであります!」
「この子たちも十分に休めたようですね、飛ばしますよ」
「は!」
「はいであります」

 選ばれし騎士の戦いが、今、始まる!

「きゃっ!? ど、どうしたのですか……。ん? 何か轢いたような?」
「どうどう! ご無事ですかユリカ様!?」
「あ、細長い何かが出て行ったであります! 猫でも犬でもないであります」
「そ、そうですか……踏みつぶさなかったのですね、偉いですよ。はぁ、頭を冷ますのは私だったようです。ゆっくり帰りましょう」
「は!」
「はいであります!」

 選ばれし騎士の戦いが、今、始まる!


 午後9時を過ぎた。フォールベルツの夜を雑多なネオンの光が照らす。
 その中を駆ける影が一つ。
 そう、読者の皆様は説明せずともご存知であろう。
 彼の名は、異端殺しの騎士ブレイブ・スレイヤー
 異端を殺すものである。

「なにあれ、ちょー可愛い!」

 その姿を見た通行人は失禁!
 ナイトリアリティ・ショックだ。
 心の支えを持たないモータルは、騎士と遭遇することで精神的パニックを引き起こす。騎士の一目で騎士と分かる外見が、人間の精神、その奥底に眠る騎士への恐怖を思い出させたのだ。

「こっちおいで! すごーい、初めて見た! ペットにしちゃおっ」

 騎士への恐怖を思い出させたのだ!

「きゃっなに!? いた、痛い痛い! なに!? 何かが飛んでくる!」

 騎士の深い呼吸音が、辺りに木霊する。

「どんぐり!? よくもやってくれたわね! 捕まえて、毛皮を剥いで──いた、痛い痛い! やめてよー!」

 辺りに木霊した。
 地獄めいたメンポから、白い息が漏れる。

「異端者、殺すべし」

 ニンゲンが逃げていく。
 おそらく、この近くに存在している聖戦スポットにおける異端者との聖戦に巻き込まれて、逃げ出した一般人でろう。騎士は独特の騎士洞察力から、その位置を割り出したのである!

 壁を蹴り空を飛び、騎士は聖戦スポットへと向かう!
 走れ! 騎士よ、走れ!
 騎士の銃に、弾が装填される。
 どんぐり弾だ!
 騎士の口は、口そのものが強力な発射装置であり、生体電気を活用することで莫大な威力を発揮する!
 これぞ暗黒どんぐりナイト!
 その威力は高く、大地を陥没させる程の力を持つ。
 騎士は駆けた!
 稲妻の如き速度で敵対異端者に接近!
 イヤーッ!
 何たる破壊力!
 ゼロ距離射撃を食らった異端者は体液を撒き散らす。
 グワーッ!
 騎士の鎧に汚れと異臭が付着する。
 その刹那、空中より巨大な異端者がエントリー!
 今、選ばれし騎士と、異端者たちとの戦いが始まった!
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