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始まり的な
会長、教壇に立つ。
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私は難しく考えるのを止めた。
「今日からここがそなたの働く場所である。お世辞にも立派とは言えぬものだが、まぁ心配するでない。基礎はしっかりしておるのだ、耐震強度は折り紙付きである」
目の前には、島に唯一建てられた学校。現実世界で直前まで通っていたそれとは違い、良く言えば公民館、悪く言えばプレハブ小屋と呼称するべきであろうそこに、転移した翌日、リリアと共に足を向けた。
「緊張しておるのか? 愛いヤツめ、帰ったら褒美を出してやる、張り切っておくれ」
「あ、はい、ありがとうございます」
取り合えず愛想笑い。
彼女から譲り受けたお下がりの洋服を纏い、私は今日から教師になった。うん、分かってる。それだけ分かっていればいい。
「おはようございます、アムレット区長殿!」
「うむ、おはよう。相変わらず精が出ておるな、中尉殿」
「は!」
何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「紹介しよう、昨日言っていた私の娘だ。名はトーカという、よろしく頼むぞ」
「は、お任せ下さい!」
愛想笑いを崩さずに目を開くと、リリアに向かって敬礼するメガネ姿の女性。濃い緑の戦闘服は軍人であることの証明で──難しく考えるな。
「トーカ、こちらがシルヴィア・センチネル中尉である。今日は彼女の傍について、授業風景を観察しておくれ」
「分かりました」
食い気味に応答。ここは流れに任せるのが最善の策。
中尉というのが下士官よりも上の存在でそれを纏める役割で何故か私にきついというかエライ剣幕で睨んでいるのはどうしてだとか考えるな。
「曹長殿は?」
「校庭の草むしりを命じました」
うん。
うん?
「そうであるか、後で労っておこう」
「そのような畏れ多い事……ッ!」
「構わぬ。では執務があるのでな、後は任せる」
「は! では行くぞ、トーカ」
「分かりました」
気にするだけ、考えるだけ無駄。何故ならここは異世界なのだから。私の常識なんて儚いもの、すぐにぶち壊されるのだから。
「貴様、何者だ? 区長に娘がいたなど聞いていないぞ? どのような手を使って潜り込んだ、イルシオンの密偵か?」
リリアと別れてすぐさま恐喝されても気にするな。
「まあ良い、ボロなどすぐに出るだろうからな。しかし貴様、妙な顔立ちだ……もしや異世界人か?」
殺意を込めた視線と声音も気にするな。
「おっと、油を売っている暇は無い、さっさと教室へ向かうぞ。生徒には5分前行動を徹底しているのだ、教師である我等がそれを蔑ろにするわけにはいかん」
うん。
うん?
「早く来い。疑われたくないのなら行動で示せ」
「分かりました」
半ば思考放棄しながらずかずかと進んでいき、目的の部屋の前で立ち止まる。
「私は区長程甘くはない、新人だろうとこき使う。まずは貴様の能力を確認したいのだが……そうだな、私が授業を開始する前に、その課目について講釈でも垂れてみろ」
「分かりました」
なんだそんなことかと一安心。
「では入れ」
「分かりました──うん?」
入室したのはプレハブ小屋の一室、それは間違いない。その中には片手で数えられる人数の、この島に住んでいる少年少女たち。
うん、それは何もおかしくない。マリンがいることもおかしくない。
それはそれとして、真っ先に視線が吸い寄せられたものがあって、何かというと、科目を書き連ねた大きな羊皮紙があって、何故そうだと分かるかとい──考えるな、それが普通なのだから。
「お姉さんだ! マリンだよ、覚えてるー?」
「おはようございます、マリン。今日からよろしくお願いいたします」
雑念を振り払って教壇に立ち、生徒へ向けて自己紹介。もちろん秘密は語らず、予め用意しておいた作り話をつらつらと連ねる。
「そこまでで良い、早速授業に移るぞ。一限目は語文だな、トーカ教員、貴様から頼む」
「分かりました」
お……おぉ? 何なのだ、これは! どうすればいいのだ?!
内心パニックになりながらも表情には出さぬよう舌を噛み、とりあえず精神を安定させる。
「では……昔々、あるところに──」
「? 我等が重きを置いているのは文法、文章の理解だぞ?」
「あっはい」
「トーカ教員、そこを代われ。時間が惜しい」
「分かりました」
言われるがままに教壇を退場。すぐさまシルヴィアがチョークを手に取り、それはそれは綺麗なアルファベッ──ううん、文字を書き連ねていく。うん。文字を。
「まずは昨日の復習だ。貴様ら、この形容詞の比較級、最上級を覚えているか?」
「はーい!」
「はいはーい!」
「では、マリン! 答えてみろ」
「ほっとほったーほってすと!」
うん。
「正解だ!」
「やったー!」
うん?
「次はこれだ」
「はい!」
「はーい!」
「ではマリン!」
「ぐっどべたーべすと!」
「正解だ!」
「やったー!」
お……おぉ?
ここはどこだっけ?
そう、ここは異世界。
異世界……な筈なのだけれど?
ううん、考えるな、感じるんだ。
やっぱ無理。
「どうした、トーカ教員?」
「お姉さん、具合悪いの?」
「何でもありません」
私は難しく考えるのを止めた。
「では二限目だ。数学だが、流石に分かるだろうなトーカ教員?」
「お任せ下さい」
「お姉さんだ―!」
さっきは心構えがなってなかっただけ、大丈夫、今度はしっかりと出来る。
だって数学なのだから。
数学。
うん。
うん?
数学?
「……えーと、足し算と引き算は──」
「とっくに終わっている」
「…………えーと、割り算とか──」
「それも済んでいる」
「………………えーと、かけ算と──」
「もういい。貴様にも教育が必要なようだな?」
いやいやいや明らかに小学生にしか見えない子供たちなのですけれどどれだけ教育が進んでいるというかあなたのスパルタ教育はよく批判されませんねというかそれどころではな──私は深く考えるのを止めた。
「そこを代われ。後ろにでも立って私の教鞭に耳を傾けろ」
「分かりました」
「では昨日の復習からだ。因数分解の公式は?」
「はーい!」
「はいはい!」
「ではマリン!」
「a2乗-b2乗=(a+b)(a-b)!」
うん。
「正解だ!」
「やったー!」
うん?
「他にも公式はあるだろう、答えてみせろ」
「はいはーい!」
お……おぉ?
誰だっけ、ここを遅れた文明だとか蔑んでた無法者は。
私ではない、うん、絶対に私ではない。
そう、ここは異世界。
因数分解が普通に教育されている普通の異世界。
考えるな、感じるんだ。
やっぱ無理。
「どうした、トーカ教員?」
「お姉さん、具合悪いの?」
「何でもありません」
私は深く考えるのを止めた。
「今日からここがそなたの働く場所である。お世辞にも立派とは言えぬものだが、まぁ心配するでない。基礎はしっかりしておるのだ、耐震強度は折り紙付きである」
目の前には、島に唯一建てられた学校。現実世界で直前まで通っていたそれとは違い、良く言えば公民館、悪く言えばプレハブ小屋と呼称するべきであろうそこに、転移した翌日、リリアと共に足を向けた。
「緊張しておるのか? 愛いヤツめ、帰ったら褒美を出してやる、張り切っておくれ」
「あ、はい、ありがとうございます」
取り合えず愛想笑い。
彼女から譲り受けたお下がりの洋服を纏い、私は今日から教師になった。うん、分かってる。それだけ分かっていればいい。
「おはようございます、アムレット区長殿!」
「うむ、おはよう。相変わらず精が出ておるな、中尉殿」
「は!」
何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「紹介しよう、昨日言っていた私の娘だ。名はトーカという、よろしく頼むぞ」
「は、お任せ下さい!」
愛想笑いを崩さずに目を開くと、リリアに向かって敬礼するメガネ姿の女性。濃い緑の戦闘服は軍人であることの証明で──難しく考えるな。
「トーカ、こちらがシルヴィア・センチネル中尉である。今日は彼女の傍について、授業風景を観察しておくれ」
「分かりました」
食い気味に応答。ここは流れに任せるのが最善の策。
中尉というのが下士官よりも上の存在でそれを纏める役割で何故か私にきついというかエライ剣幕で睨んでいるのはどうしてだとか考えるな。
「曹長殿は?」
「校庭の草むしりを命じました」
うん。
うん?
「そうであるか、後で労っておこう」
「そのような畏れ多い事……ッ!」
「構わぬ。では執務があるのでな、後は任せる」
「は! では行くぞ、トーカ」
「分かりました」
気にするだけ、考えるだけ無駄。何故ならここは異世界なのだから。私の常識なんて儚いもの、すぐにぶち壊されるのだから。
「貴様、何者だ? 区長に娘がいたなど聞いていないぞ? どのような手を使って潜り込んだ、イルシオンの密偵か?」
リリアと別れてすぐさま恐喝されても気にするな。
「まあ良い、ボロなどすぐに出るだろうからな。しかし貴様、妙な顔立ちだ……もしや異世界人か?」
殺意を込めた視線と声音も気にするな。
「おっと、油を売っている暇は無い、さっさと教室へ向かうぞ。生徒には5分前行動を徹底しているのだ、教師である我等がそれを蔑ろにするわけにはいかん」
うん。
うん?
「早く来い。疑われたくないのなら行動で示せ」
「分かりました」
半ば思考放棄しながらずかずかと進んでいき、目的の部屋の前で立ち止まる。
「私は区長程甘くはない、新人だろうとこき使う。まずは貴様の能力を確認したいのだが……そうだな、私が授業を開始する前に、その課目について講釈でも垂れてみろ」
「分かりました」
なんだそんなことかと一安心。
「では入れ」
「分かりました──うん?」
入室したのはプレハブ小屋の一室、それは間違いない。その中には片手で数えられる人数の、この島に住んでいる少年少女たち。
うん、それは何もおかしくない。マリンがいることもおかしくない。
それはそれとして、真っ先に視線が吸い寄せられたものがあって、何かというと、科目を書き連ねた大きな羊皮紙があって、何故そうだと分かるかとい──考えるな、それが普通なのだから。
「お姉さんだ! マリンだよ、覚えてるー?」
「おはようございます、マリン。今日からよろしくお願いいたします」
雑念を振り払って教壇に立ち、生徒へ向けて自己紹介。もちろん秘密は語らず、予め用意しておいた作り話をつらつらと連ねる。
「そこまでで良い、早速授業に移るぞ。一限目は語文だな、トーカ教員、貴様から頼む」
「分かりました」
お……おぉ? 何なのだ、これは! どうすればいいのだ?!
内心パニックになりながらも表情には出さぬよう舌を噛み、とりあえず精神を安定させる。
「では……昔々、あるところに──」
「? 我等が重きを置いているのは文法、文章の理解だぞ?」
「あっはい」
「トーカ教員、そこを代われ。時間が惜しい」
「分かりました」
言われるがままに教壇を退場。すぐさまシルヴィアがチョークを手に取り、それはそれは綺麗なアルファベッ──ううん、文字を書き連ねていく。うん。文字を。
「まずは昨日の復習だ。貴様ら、この形容詞の比較級、最上級を覚えているか?」
「はーい!」
「はいはーい!」
「では、マリン! 答えてみろ」
「ほっとほったーほってすと!」
うん。
「正解だ!」
「やったー!」
うん?
「次はこれだ」
「はい!」
「はーい!」
「ではマリン!」
「ぐっどべたーべすと!」
「正解だ!」
「やったー!」
お……おぉ?
ここはどこだっけ?
そう、ここは異世界。
異世界……な筈なのだけれど?
ううん、考えるな、感じるんだ。
やっぱ無理。
「どうした、トーカ教員?」
「お姉さん、具合悪いの?」
「何でもありません」
私は難しく考えるのを止めた。
「では二限目だ。数学だが、流石に分かるだろうなトーカ教員?」
「お任せ下さい」
「お姉さんだ―!」
さっきは心構えがなってなかっただけ、大丈夫、今度はしっかりと出来る。
だって数学なのだから。
数学。
うん。
うん?
数学?
「……えーと、足し算と引き算は──」
「とっくに終わっている」
「…………えーと、割り算とか──」
「それも済んでいる」
「………………えーと、かけ算と──」
「もういい。貴様にも教育が必要なようだな?」
いやいやいや明らかに小学生にしか見えない子供たちなのですけれどどれだけ教育が進んでいるというかあなたのスパルタ教育はよく批判されませんねというかそれどころではな──私は深く考えるのを止めた。
「そこを代われ。後ろにでも立って私の教鞭に耳を傾けろ」
「分かりました」
「では昨日の復習からだ。因数分解の公式は?」
「はーい!」
「はいはい!」
「ではマリン!」
「a2乗-b2乗=(a+b)(a-b)!」
うん。
「正解だ!」
「やったー!」
うん?
「他にも公式はあるだろう、答えてみせろ」
「はいはーい!」
お……おぉ?
誰だっけ、ここを遅れた文明だとか蔑んでた無法者は。
私ではない、うん、絶対に私ではない。
そう、ここは異世界。
因数分解が普通に教育されている普通の異世界。
考えるな、感じるんだ。
やっぱ無理。
「どうした、トーカ教員?」
「お姉さん、具合悪いの?」
「何でもありません」
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