使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

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序章:ストレス耐性の弱い御方は閲覧を控えて下さい

第一話

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「──ストッ! アクストッ!!」
「……っ! はい!」

 怒号に我を取り戻す。

「手を止めるとはいい身分だなアクスト! 下男風情が、思想に耽る頭など無いだろうがッ!」
「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」

 栄養不足と身体疲労で上手く回らない頭だけれど、反射的に謝罪を述べて頭を下げた。

「口を開くな、聞きたくないわ! 肥え溜めの臭いが俺に移ったらどうしてくれる!」
「……っ」
「文字すら読めない使用人が! 黙って土いじりでもしていろッ!!」

 覇気が込められたそれとともに、風を切る音。

「がっ……!」

 直後、鈍い衝撃。
 この痛みは、下げた頭のこめかみを渾身の力を込めて蹴られたことによるものだろう。予想は出来たし、避けることも出来た。でも避けてはならない、それが仕事。
 何故なら彼、ガリウス・アウラ・バルムヘルムは僕の雇い主なのだから。

「ははははは! 何を蹲っている、さっさと働け! お前のような使用人を雇用してやってるのは俺くらいだ、食い扶持がある奇跡に感謝しろ!」
「はい……ありがとうございます、旦那様」

 あれ一発とこの恐喝だけで終わったことに驚きながらも、止まってしまっていた庭師の仕事を再開する。主人に蹴られようとも容赦のない日差しに照り付けられようとも働かなければならない、それが僕の役割なのだから。

「おいメイド! いるだろメイド!」
「はいっ、旦那様」
「熱い茶を用意しろ、今すぐに!」
「はいっ、ただいま」

 背を向けた玄関先からそんなやりとりが聞こえ、すぐにぱたぱたと遠ざかっていった足音は、メイドのミレニアのものだろう。
 お茶、か……もう長い間飲んでいない気がする。僕たちは水しか飲んではいけないのに、いつの日だったか齎されたあの香りと不思議な風味、もう一度味わいた──いや、そんな出過ぎたことを考えてはいけない。僕たちは使用人で、主人の気分次第で殺される奴隷なのだから。とにかく、朝に水は汲んでおいたのだから、旦那様がお腹をお痛めされることはないだろう。

「あぁ……おいアクスト!」
「はい、なんでしょうか旦那様」

 呼ばれたので作業の手を止め、頭を下げて応対する。

「早朝に伝えた筈だが、もうすぐ貴族や商人が訪れる。裏庭にでも回っていろ……絶、対、に、その汚い顔を見せるな」
「はい、旦那様」

 あぁ、頭の足りない私だと分かっているからもう一度教えてくれたのですね、ありがとうございます──心の底から感謝を述べている内に、扉が閉まる音が聞こえた。

「…………」

 静寂。

「…………」

 貴族や商人、か──喉まで出掛かった言葉を呑み込む。口より先に手を動かさなければならないと足りない頭が回りだしたからだ。領地や税、その他もろもろの話でもするのだろうけれど、僕が足りない頭で考えても仕方のないことなのだし。

 とにかく裏庭へ回り、そこの草木の手入れを開始。伸びすぎた枝を切って景観を保つ作業に没頭していると、ガラガラという馬車の騒音が耳に入って来た。招かれた客人たちだろう。僕とは身分が違い過ぎる、僕が顔を合わせてはならない、汚してはならない人間たち。まぁ、すぐにミレニアが応対するだろうし僕は仕事を続行。

「…………」

 汚い顔、か──傷がついていたりしているでもないし、ミレニアからは蔑まれたでもないし、何がどう汚いのかは分からない。でもまぁ、貴族様たちにはそう見えるのが普通なのだろう。それに肥え汲みだったり土いじりだったりをしている下男なんて、誰も視界に入れたくないのは事実なのだし。

 僕は下男で戸外担当、ミレニアはメイドで内勤担当。ミレニアの業務は炊事、洗濯、掃除、雑用、屋敷一軒切り盛りするのは大変だろうけれど、別に心配なんかしない。使用人頭としてもキリキリ働いているエリートでどの業務もそつなくこなす、優秀であり見目麗しいメイド。まあ僕から見た場合なのだけれど、客人をもてなす大任を任されているのだからそうなのだろう。

 ミレニアは僕に下男としての仕事を教えてくれた。先代の下男が死んだ後すぐに買われたのが僕だったらしいので、それはもう寝る間も惜しんで叩き込んでくれた。そのお陰で今では一人で任されているし、客人がいないのと自分の仕事に一段落着いた時には彼女の仕事を手伝ったりもする。奉仕するのは勿論旦那様の為なのだけれど、少しだけ、自分の為でもあった。

 彼女は字が読めた。

「…………」

 まあ、頭なのだから当然か。
 溜め息と共にそんな雑念を吐き出す──新たな使用人を雇うでもなく、自由な時間など極僅かしか限られない僕たちには、それを教える時間も教わる時間も無いのだし。

「…………!」

 じゃり、じゃり、という足音が聞こえて身構える。侵入者ならば僕が相手しなければならない……けれど、もし貴族様なら即刻逃げなければならない。

 まあこのような事態は何度かあったのだし、歩幅が小さく早足なその足音が誰のものであるか判別できたので警戒は解く。

「アクスト、旦那様がお呼びです」

 予想通りの人物が、そう静かに告げた。

「畏まりました」

 僕は疑問を浮かべる前に、そう答えた。




「お前はこの屋敷を去れ、アクスト・グランザム」

 広い応接間へと僕が入室した直後、旦那様はそう仰られた。

「な……っ」

 悪い予感は的中。
 絶句する僕を見て旦那様は嗤って下さり──あぁ、旦那様が笑って下さるのならば私のような汚れた身がどうなろうとも構わないのですが貴族様や商人様もくすくすと不愉快に下卑た声で嗤っておられるのが非常に気に入りませんでそのような事を仰られるのはどういうことで僕のことをお嫌いになってしまわれたのですかどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

「どうして……?」

 今まで、僕は、ずっと、旦那様を、あなたを、君を、

「気に入らない。理由はそれだけで十分すぎるだろう? 今すぐここを去れ、アクスト・グランザム」

 信じていたのに。

「だ……旦那様、旦那様、どうか御慈悲を──」
「抗うのか? それはそうだろうな……あはははは、この状況は学の無いお前でも理解できるようだ!」

 それは……褒めて下さった? 私を、褒めて下さったのですか? ありがとうございます、身に余る栄誉でございます。

「男が娼婦になれるでもなし、そこらで野垂れ死ぬがいい。運が良ければ、そっちの手が差し伸べられるだろうがな」

 それは、私の身を心配して下さっているのですね? あまりにも畏れ多い、私のような下賤な者の身を憂慮されるとはなんと器が広い御方なのでしょう。薄汚れたこの身が旦那様が放つ白光の光に洗われる思いであります。

「どうか、どうか、お傍に置いて下さい──」
「聞かん。安心しろ、お前の代わりはすぐに雇う。字が読めて優秀な使用人をな」

 安心して良いのですね? 畏まりました、安心していきます。
 もう旦那様は、あなたは、君は、大人になられたのですね。

「どうか……」
「くどい」

 私は、子供のままだったのでしょうか。

「ガリウス様……」

 僕は、人間だったのでしょうか。

「…………それが使用人の態度か? 野垂れ死ぬのが嫌だというのなら、俺直々に殺してやる」

 かつん、かつん、と足音が響く。
 殺す? はい、殺されるのは構いません、旦那様に殺されるのに何の疑問も抱きません、むしろ最上級の祝福といって過言ではありません、それが私にできる最後の奉公なのでありますから。

「咆えろ、送狐の想いライデンシャフト!」

 旦那様が言霊を唱えると、旦那様と契約した精霊様がもたらしたそれはそれは強力な魔法が発現しました。大きな大きな火球が旦那様の右手の掌の上に形成されまして、ですが旦那様自体には熱が及ばなくて安心いたしまして、ですがそれは私に向けて放とうとされておりまして。

「…………最後だ。出て行ってくれないか、掃除させるのも面倒だ」

 旦那様?

「…………僕は、あなたの、お役に、立ちたくて、それだけで、満たされて、笑っ」
「死ね」

 ガリウス様?

 ──汝はそれで良いのか、演奏者?

 誰かの声が、聞こえました。

 ──素直に我と契約すれば良かったのだ。

 多分それは、女性の声でした。

 ──使用人が精霊と契約してはならんなど、そんな法、我は知らんな。

 丁重にお断りした、精霊様の声でした。

 ──揺れろ、舞え、調べを奏でよ。

 燃えるような紅い髪の、精霊様の声でした。

 ──汝の為か? そ奴の為か?

 燃えるような深緋の瞳の、精霊様の声でした。

 ──ええい、何でもよいから言霊を奏でよ!

 怒られてしまいました。

「…………僕は、こんな、お辛そうな、お顔の、ガリウス様に、殺され──」

 多分、本音でした。

「ふん!」
「──ッ!?」
「弱いの、弱い弱い。汝、真曲を奏でたのはどれほど以前だ? いや、それどころか……ふん、汝と契約した精に同情してしまう。まぁ良い……エアリィ・ドリット・フィオライン、その名をしかと刻め、小僧」

 突如、いつの日か見た精霊様が……僕を呑み込もうとした火球をいとも容易く払いました。


 ☆


「温いの、温い温い。いくら揺れが強かろうと、いくら精の力が強かろうと、小僧の力は我に及ばん」

 灼熱の残滓を振り払い、精霊様は凛とした声で宣言しました。

「貴様……精霊、なのか?」
「無論。契約こそ結べてはおらぬが、我はこの、アレクス・グランザムに惹かれし精なり。我の演奏者ハンドラー候補へ牙を剥いた罪、その体で贖うが良い」

 それが誰に向けた言霊とも知らず。
 それが何処へ向けた旋律とも分からず。
 私は唯々、美しい精霊様の輝きに、神秘の輝きに、見惚れていました。

「馬鹿な! 屈服させていない演奏者を守るだと!? いや、何故人のカタチをしている!? それとして、野良のくせにどうやって払った!?」
「疑問が多い小僧よの」

 あぁ、溜息を吐かれるお姿も神々しい。ですがどうか、どうか笑って下さい。笑って下さる為にはどうすればよろしいのでしょう、私は何をすればよろしいのでしょう。脳が無い私で申し訳ありません。
 精霊様の存在は知っておりましたが、その詳細は知識にありません。私たちはただ主人の為に働けばいい、ただそれだけの存在なのでありますから。

「ドリット? ドリット、と言ったかあの精霊?」
「誠か!? 第三祖の眷属だと!?」
「この……小娘がか? 器を取り繕っただけの野良ではないのか?」
「低級処ではない、超級ではありませんか! しかしフィオラインというのは……」

 貴族様や商人様が何やら囁かれておりましたが、私にはもう、そちらへ意識を向けることは出来ませんでした。

「おいアクスト……アクスト!」

 旦那様が叫ばれました。
 アクスト? それは……私の……僕の……名前……でしょうか。

「──っ! は……はいっ! 申し訳ありません!」

 そうだ、僕が真に仕えるは彼なのだから!
 そうだ、粗相をしてしまったのは僕なのだから!
 そうだ、主人の前で呆ける使用人など何処にもいないのだから!

「学も! 才能も! 曲すら知らない筈のお前が! 何故精霊と交信出来たんだ!?」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

 声を張ってひたすら頭を下げた。
 怒鳴られるのは構わない、ただ、お傍で働きたいだけなのだから。

「我の奏者を愚弄するか無礼者! それにアクスト、なれも頭を下げるでない!」

 誰かが厳とした声で告げた。
 その透き通るような声は精霊のもので間違いなく、僕は恥を忍んで物申した。

「畏れながら、ご自重下さいませ精霊様!」
「何を言う!?」
「私は一介の使用人に過ぎません! 貴方様がそのような──」
「言ったであろう、法など知らん! 我はただ、我が気に入った者を演奏者とする!」

 強い声で否定されてはどうもできない。
 僕は昨夜、この精霊エアリィ・ドリット・フィオラインと出会った。契約というものを執拗に迫られたのだけれど、使用人風情がそのようなものを結んではならない為に断った。何故なら、使用人は主人と契約し、ただそれが為に生きているのだから。
 もっと深い理由があるのだろうけれど。

「精霊よ! そこの者ではなく、私と契約を結べ!」
「領地をやる、褒美もやる、だから私と結べ!」
「いや儂と!」
「いやわらわと!」

 貴族や商人が口々に叫ぶ。
 ああそうだ、それがいい。高潔な精霊ならば、より高潔な人間と契約を結ぶべきなのだから。もし叶うのなら旦那様と契約を結んで欲しいのだけれど、今更進言なんて出来ない。

「…………不快だ、黙れ、口を噤め。汝らの旋律、聞くに耐えん」

 エアリィの冷たい言葉に場は静まり返る。
 僕は進言しなければならなくなった。

「どうかご自重下さい! お止め下さい!」
「だから何を言っておるのだ!? 何故止めるのだ!?」

 とても、とても、単純な理由だから。

「いい加減に答えろアクスト! 何故響かせた、何故惹いた!?」

 ガリウスが一段と鋭い怒号を上げ、僕へ詰め寄ろうとしたのか足音が響く。しかし僕の前に立つ精霊に阻まれたのか、途中でそれは途切れてしまった。

「申し訳ありません! ですが決して、決して、本意ではありません!」

 従うべきは彼だ。
 仕えるべきは彼だ。
 既に捨てられた身ではあるけれど、そんなことは分かってる。
 目の前の輝きに目が眩んではいた。でも、遠いあの日の輝きを、ただ色褪せてしまったそれだけを、もう一度見たくて。
 許されないと分かっていても。

「畏れながら、どうか、どうか、私に仕事をお与えください! この身で務まらぬというのなら、どうか、笑って打ち首を命じて下さい!」
「いつまでも何を言っているのだ汝は!? 許さんぞ、決して許さんぞ!」

 僕にはむしろ、精霊が何を言っているのかが分からない。
 人には身分があって、役割があって、死に場所があるだけなのに。
 ああそうか。
 邪な感情を持ってしまった僕を、許してくれないのだろうか。

「いい加減……咆えろ、送狐の想いライデンシャフト!!」

 言霊がもう一度唱えられ、失礼ながらも反射的に頭を上げる。幾何かは小さくなったものの、ガリウスの手には煌々と燃え上がる灼熱の炎が踊っていた。

「ちぃっ……どいつもこいつも!」

 殺されるのは構わない。けれど、最期に見るガリウスの顔がそれでは少しだけ寂しい。叶うのならあの日のような、一点の汚れも無い笑顔であったのなら、心残り何て微塵も無いのに──そう思考した直後、エアリィが無礼にもガリウスへ片手を向け、言霊を紡いだ。

「晴らせ、賢狐狼弟の絆フロイントシャフト!」

 掌から風が迸り、それはすぐさま暴風へと早変わりしてガリウスを呑み込む。彼の手にあった炎は掻き消え、熱を纏った疾風はただただ乱れて踊り狂う。

「な──ッ!?」
「ぐわっ!?」
「きゃあっ!?」

 部屋を阿鼻叫喚の地獄絵図へ書き換えながら。

「人間というのはよく分からん……が、我を惹いた奏者を二度も殺そうとした小僧、汝を許してはおけん。蹴りは見送ってやったが、もう我慢の限界故な」

 なんということを──目の前の光景に言葉を失った僕は、彼女の言葉で更に言葉を失った。

「こ奴ら皆が口を噤めば、汝の旋律が響くのであろう?」

 振り返ったエアリィが自信満々な顔を向けようとも答えられず。

「倍返し処では済まさん。小僧が契約したのは未熟な精だろうが……本物の魔法の力、思い知れ」

 すぐさま向き直って両手を掲げ、直ちに言霊を紡ごうとするも動けず。

「──ッ!」

 ようやく我を取り戻したのはガリウス自身が発動した灼熱、それの残り火が衣服へ燃え移ったのか酷く慌てた様子で脱ごうとしている姿を目にした時だった。

「しかと刻め……咆えよ、送狐の淡い情熱ライデンシャフト・イグニション!」

 精霊が両手を翳すその先には、既に大きな種が芽を出していた。
 それは膨れ上がり、大きな果実を実らせ、赤から青へと色を変えていく。途端に熱が、灼熱よりも強い業火が、燦燦と輝いた。

「お止め下さい!」

 無礼を承知で彼女の肩に手をかけ懇願する。
 小さな、小さな、華奢な体。
 ふとすれば壊れそうな。
 ともすれば折れそうな。
 硝子細工とはこれのことのだろうか──思考する間もなく、ただ懇願し続けた。

「だから、何故止める!?」
「私は! 僕は! ただガリウスと笑いたくて! ただそれだけで!」

 なのに。
 どうして。
 望むのは。
 罪なのだと。
 分かっているのに。

「申し訳ありません……! どうか!」
「む、む、むう……」

 下男である僕に触れられたのにそれを咎めるでもなく、エアリィはしばらく唸り──ようやく気が収まったのか短く溜息をついた。

「ま、まあ良いわ。些細な事に拘らぬのが精霊としての器……」

 尻すぼみに言葉を紡ぐ。
 これで彼女は大丈夫だろう、今すぐ彼の身が無事であるかどうか確認しなければ、というかミレニアは何をしているんだ早く来て──

「だが気が収まらん! 頭髪を焦がす程度なら構わんだろう!?」

 すぐさま炎が再顕現した。

「お止めなさいッ!」

 止まらないならこの体で止めるしかない、そう判断して精霊の前に飛び出して──驚愕を浮かべたエアリィは慌てた様子で炎を消して──同時に、切り裂かれるのではないかと思う程の金切り声が舞い込んだ。

 声の主はガリウスの母、奥様その人のものだった。

「お……奥様、これは、全て私──」

 静まり返った空間で、真っ先に力の無い声を上げたのは僕だった。
 僕を視界に入れる間もなく足音は遠ざかり、ただ僕が一番駆け寄らなければならない人物の元へ。

「ガリウス! お怪我はない? すぐお医者様に!」
「寄るな! 今更家族ごっこのつもりか!? 男爵に股を開いた売女だろうが!」

 差し伸べられた手を撥ねつけ、彼は見たこともない形相で拒絶した。

「それは違うの、それは──」
「お父様が亡くなった途端に! 寂しかったのか、愛が欲しかったのか、そんなわけじゃないだろう!? 金が、地位が、名誉が欲しかったんだろうが!」

 僕には理解出来ない会話。

「そう思われても仕方ないけれど、全部、あなたの為を思っ──」
「母親面をするな! 子供が産めない体のくせに、女の役割などとうに失せた体のくせに!」

 僕には口出し出来ない内容。

「だから、せめて、この子──」
「友などいらない! 使用人は奴隷と変わらない! 当然だろうが、それがこの国の、世界の秩序なんだからな!」

 僕には踏み入ることが許されない場。
 だというのにエアリィは無遠慮に踏み込んだ。

「うるさい小僧だ、やはり黙らせて──」
「家族の話に割り込むな!! 精霊など道具に過ぎん存在だろうが!!」
「何だと小僧……!」
「見世物じゃない、失せろお前ら! ここから……この屋敷から……さっさと出て行け! 二度と俺の前に、その汚い顔を見せるな!」
「この……っ!」
「やめなさい!」

 僕は再び魔法を放とうとするエアリィをどうにか宥めようとし、奥様は噴気の収まらないガリウスを諫めようとし──間には一触即発の並々ならぬ空気が立ち込めていた。
 無遠慮者は他にもいたのだけれども。

「その精霊は是非私が──」
「いや儂が──」
「いえいえあたしが──」
「うるさいうるさいうるさいうるさい! 貴様らは否定された、二度と靡かないことくらい分かっているだろう!?」

 荒げた声に、場の空気が一瞬にして緊張に染まる。
 ガリウスは貴族とはいえ周りと比べると未だ幼い、そんな彼に罵声を上げられたことが逆鱗にでも触れたのだろうか。
 なら、僕が矢面に立たなければならない。
 叱られるのが仕事。
 分かってる。
 でも。

「いつまでそこにいる、消えろ!」
「ガリウス様、どうか、どうか、御慈──」
「黙れ! これ以上、俺を困らせるな!!」
「──っ」

 当然だ。
 全てを水に流すことなんて不可能だ。
 時間は止まることも、戻ることも無いのだから。
 それでも。

「困らせたのは小僧であろう!? 一体何を言っておるのだ!?」
「…………申し訳、ありませんでした。ただちに出立いたします」
「なあ!? 一体何を言っておる!?」
「行け」
「…………はい」
「何故なのだ奏者よ!?」

 深く一礼し、僕は間を後にする。
 すぐさま聞き慣れない足音が僕に続き、矢継ぎ早に捲し立てた。

「精霊としての意義に反することではある、だが我の力があれば、あ奴らを屈服させることなど容易なのだぞ!? 何故言われるがままにされ、それを受け入れておるのだ!?」
「精霊様、私は下男に過ぎません」
「同じ人間であろう!? 反駁することなく逃げるなど、汝は負け犬そのものではないか!」

 歩みが、止まった。
 このお方は何も知らないのか、なら、やはり僕の傍におられるべきじゃない──ゆっくりと振り返って、

「何を仰られていられるのですか。私は……僕は、家畜以下の存在なのですよ?」

 僕は、心から笑いながらそう言った。
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