使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

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序章:ストレス耐性の弱い御方は閲覧を控えて下さい

第二話

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「今までご苦労でした、アクスト」

 数少ない荷物を纏めて玄関へ向かうと、メイドのミレニアが声を掛けた。

「いえ、そのような……お世話になりました、ミレニア様」
「あなたの働きには感謝しています。この先でも必ず、その能力を活かせるでしょう」
「勿体ないお言葉」

 深く頭を下げる。
 この人とも会えなくなるのは一抹の寂しさがある──言葉こそ丁寧ではあるのだけれど冷たく、それでもどこか優しい彼女とは長い間使用人としての時間を過ごしてきた。怒られることは勿論あったけれど、仲間意識は当然あったのだから。

「あの、旦那様は?」
「あなたが気にする必要はありません。既に使用人ではないのですから」
「はい、申し訳ありません」

 もう一度、深く、深く、頭を下げる。
 何も与えられない僕にできる、最後の奉公なのだから。

「…………汝は本、当、に、それで良いのか?」

 不満に満ちた声が、後ろから聞こえた。

「勿論でございます、精霊様」
「その呼び名を止めよ、気に食わん。我にはれっきとした名があるのだぞ、エアリィ・ドリット・フィオラインという、な」
「はい、申し訳ありません、エアリィ様」
「様付けも止せ、堅苦しいわ」
「そのような畏れ多い……!」

 彼女に向って深く頭を下げた。まさに炎の化身とでも呼べる程強大な力を秘めた精霊なのだから敬うのは当然の事。そもそも僕のような下男の前に姿を表したことでさえ、奇跡、幸運、僥倖としか言えない。

「…………これではどちらが従者か分からぬな」

 申し訳ありません──もう一度頭を下げると、深いため息が聞こえてきた。

「アクスト、エアリィと契約を交わしたのですか?」
「そのような畏れ多い……!」
「頑固者で呆れてきおったわ。まあ逃がすつもりなどないがな、あの不協和音に近い旋律を奏でられるのは汝くらいなものだ」
「そのような畏れ多い……!」
「褒めてはおらんのだが……いやまあ、褒めてはおるのだが?」

 どこか照れくさそうな声。
 荷物を纏める間にも彼女は僕の後についてきて、精霊とはどのようなものであるかを説明してくれた。頭の足りない僕には良く理解出来なかったのだけれど、つまるところ、自然界に存在する精霊は人間が奏でる音楽に引き寄せられ、それを気に入ると契約を結び、人知を超えた力を与えるのだとか。ただ上手なものではなく、ただ綺麗なだけではなく、芯まで揺さぶる何かが込められた音色でないといけないとも。

「契約しても良いのですよ。それとも、命令すればそうするのですか?」
「ほれ、こ奴も言っておる」
「そのような畏れ多い……!」
「それしか言えんのか汝は」

 いやしかしそう言うしかないのであって。というか何故ミレニアは契約を勧めるような発言をしているのだろう。
 ああそうか、使用人という身分が無くなるのだから……いやでも、次の職なんてありつけるかも分からないし行く宛も無い、どことも分からない地で野垂れ死ぬ未来しか待っていないのだし。

「申し訳ありませんエアリィ様、私のような者が、エアリィ様のようなお方と契約してはならないのです」

 僕には過ぎる施しなのだから。
 身分の差は絶対、それがこの国、世界では当然の事。
 彼と契約してくれるのなら、傍で支えてくれるのなら、何も思い残すことなくいけるのに。

「アクスト、繰り返しますがあなたはもう使用人ではないのですよ」
「はい、申し訳ありません」
「これから生徒として、学校で学んでいくのですから」
「はい、申し訳ありません」
「私の話を、ちゃんと聞いていますか」
「はい、申し訳ありません」
「本当ですか、嘘ですよね」
「はい、申し訳ありません」
「…………」
「…………」

 はい。

「学校とな?」

 はい?

「もうすぐ馬車が来ます、その前に……これと、これを、あとこれも持っていって下さい。手続きはまだかかりますから今日明日は宿に泊まって下さいね、あまり出歩かないように」
「えっ、えっ、えっ」

 混乱している僕に構わず、何やら物がぎっしり詰まった袋を1……2……3……たくさん渡してきた。すぐさま両手は一杯に。

「これは何でしょうか?」
「こちらで準備出来た最低限の生活必需品です。質は私が保障します、そこらの店のものより実用性に優れている物です、学校生活の助けになるでしょう。あと数冊の本も入れておきました、眺めるだけでも勉強になります」

 必需品?
 袋から飛び出している丸められた羊皮紙は生活に必要な──いえいえいえこのような高級品を何故!? というかカチカチの長いパンも飛び出しているのですがこれは保存食ですかありがとうございま──生活必需品?

「私が……学校に?」
「はい」
「何故でしょうか?」
「旦那様の計らいです」
「な、何故そのような!?」
「私は知りません。理由は恐らく、こちらに書かれているでしょう」

 目を丸くしている僕に、ミレニアは薄っすらと微笑みながら新たな物を大事そうに手渡した。封蝋に印璽が押された、

「手紙……?」

 この家の、誰かからの物だった。

「字が読めるようになったら開いて下さい。きっと、知りたいことが記されています」
「…………」
「まあ、あの状況でしたから……」
「何か、分かるのですかミレニア様」
「いえ、私には何も。くれぐれも他人に読ませてはなりませんよ、あなたが自分で読むべきものなのですから」
「畏まりました」
「…………」
「…………」
「仕舞わないのですか」
「仕舞いたいのですが」
「頭を使って下さい」
「はい……頭にのせればよろしいでしょうか」
「はあ……仕方ないですね」
「申し訳ありません!」

 両腕に抱えている荷物のいくつかを持ってもらい、無くさないように、破れないように、懐へそっと仕舞った。
 勿論すぐに読みたいし、ミレニアは字が読めるのだから音読してもらいたい。でも、今はその時じゃない。もう僕は、この屋敷の使用人ではないのだから。
 読めるようになったら、頭が良くなったら、一人で読もう……そう誓って。

「学校か……ふむ、興味深いものよ。小僧の計らいというのは気に食わんが楽しみであるな、どれだけの旋律が奏でられておるのだろうか? 負けてはならんぞアクスト、誰よりも美しく輝かせよ」
「エアリィ様も学ばれるのですか?」
「当然。逃がさぬと言ったろう」
「まあ……精霊ですから、大丈夫でしょう」

 何が大丈夫なのでしょうか?
 大丈夫。
 あっ。

「ミ、ミレニア様! 私は既に15なのですが」
「気にする必要はありません。特別な学校なのですから」
「特別……ですか?」
「ええ、特別。きっと驚くに違いありません」

 そう言って、いつの日か三人で過ごした時のあの笑顔を向けてくれた。
 色褪せた記憶。
 過ぎた時間。
 戻らないと思っていたけれど、少しだけ、取り戻せたのだろうか。それは何て、身に余る祝福なのだろう。

「あ、そうですアクスト、ついでにこちらも持って行って下さい」
「何でしょうか、このゴミ袋の中身は」
「そのままですが」
「そのままですか」
「持って行ってくれますね」
「畏まりました」

 ミレニアが言うのだから、きっと生活に役立つに間違いない。

「我は突っ込まんぞ」

 何をでしょうか?

「もしお暇が頂けたのなら顔を出します」
「そのような畏れ多い……!」
「バルムヘルム家の元使用人として、恥の無い生活をしているか確認するだけです」
「私のことはお気になさらず……!」
「私の事、嫌いですか?」
「決してそのようなことは……!」
「別れの時くらい、畏まらなくていいのよ?」
「で、ですが私は……!」
「…………」
「…………」
「おい、馬車というのはあれか!? 何とも不思議な響きである!」

 まあ。

「行ってきます、ミレニア」
「行ってらっしゃい、アクスト」

 お暇が頂けたら、もし許しが出たのなら……僕も、ここに顔を出したい。

「気を付けてね、小さな小さな……私の弟」

 冷たいけど優しい姉がいるから。

「行ってきます、旦那様」

 友であった主人がいるから。




 僕、アクスト・グランザムは使用人ではなくなった。

 馬車で追い出される使用人だなんていない……こともないのだろうか? 分からないな。
 とにかく、乗車しても尚何度も何度も心構えを説いていたミレニアに手を振って、僕は屋敷を旅立った。
 小さなこの身と、たくさんの荷物と、精霊と共に。

 彼女、エアリィ・ドリット・フィオラインは窓の外に広がる景色へと心を奪われた僕を見かねたのか、姿を消して声だけで会話を持ち掛けた。どうやら実体化している身では馬車の揺れが苦痛なのだとか。まあそれは軽く流して彼女は尚も契約を迫ったのだけれど、無理強いしてはいけないだとか、双方の合意がなければ成立しないだとか、難しいことを僕に話した。

 強く言われれば契約し、精霊の加護を授かっただろう。
 でもそんなことは出来ない──何故なら、彼女はただ加護をもたらすだけではなく、その存在自体が加護なのだから。つまり、彼女と契約するということは僕の従者になるということで。

 申し訳ありません、丁重にお断りさせていただきます。

 僕にはもう仕えているお方がいないけれど、敬いの気持ちはこれっぽっちも減ったりはしていない。そんな僕が、彼女を従える主人になってはいけないのだから。

 ──まあ良い。とりあえず、一曲奏でてはくれんか。

 僕は快く引き受けた。
 勿論楽器何てものは持っていない。取り出したのは一枚の葉、とても大切な葉、彼女を招き、彼と別れる現実を齎した何の変哲もない葉。

 あの時僕は、どんな名前の感情を込めて吹いたのだろう。
 きっと彼女は知っているだろうけれど、それは「良く分からんが良いものだった」だとかで不明のまま。

 まあ、何となくは分かるのだけれど。
 とにかく今は遠くにいる家族と友のことだけを想い、雑音を奏でた。
 彼女は「止めろ」と言うでもなく、ただ黙って身を任せた。
 どこにでもいるけれどどこにもいない、幻想のセカイとやらで。
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