世界が終わるという結果論

二神 秀

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CHAPTER.3 業の深い緋色(ゴウノフカイヒイロ)【天体衝突6ヶ月前(秋)】

§ 3ー4  10月14日  不安定な世界

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--神奈川県・生田家--


 こんなご時世だから、と不安になった母が何時にも増して真剣な顔で彩の様子を心配するので、しぶしぶ晩御飯もねて生田家に招待しょうたいすることになった。

 食卓には1人多い分の椅子と1人分以上に多く用意されたおかずが並ぶ。鶏の唐揚げ、マグロやブリのお刺身、揚げ出し豆腐、ポテトサラダ、ほうれん草のおひたし、けんちん汁に炊き立てのご飯。久しぶりに来た彩をもてなそうと頑張ったのだろう。
 TVでは各国の緊急経済対策や輸出制限、それによる物価の上昇と買いめ行為の品物不足など、不安にさせるニュースが流れている。リモコンでTVを消して母が「ご飯よ~」と家のみんなに声をかける。


「彩ちゃん、しばらくうちにいてもいいのよ?」

「……ありがとうございます。でも、あまり自分の家をけたくないので」

「気を遣わないでも大丈夫なのよ? 彩ちゃんは家族も同然なんだから」

「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいです。でも……」

 食後。心配する母と「彩ちゃんも困ってるから」となだめる父。妹のりんも「彩姉、一緒に住もうよー」とうつむき顔の彼女を気遣う。颯太おれも母たちに同意見なのだが、匡毅のことが頭にちらつき声に出すことができなかった。それに彩があの家から離れるわけがないのは分かっていた。待っているから。いつか彩のお母さんが帰ってくるのを。



 颯太おれの生田家と彩の梅ヶ丘家は2人が生まれる前からの付き合いがある。父・生田達哉たつやと彩の父親・梅ヶ丘英之ひでゆきが職場の同期で、多趣味で活動的だった父に温厚で柔らかい笑顔の彩の父親がいつも付き合わされる関係だった。結婚してからは2人の母たちも気が合い、両家に子供が生まれても家族ぐるみでのつきあいになった。
 遊園地、旅行、川遊びに野球観戦。アルバムの写真には同じ場所で両家族が笑顔でうつるものばかりだった。高校1年までは……。


 あの日は彩の所属していた吹奏楽部の発表会だった。曇り空は夕暮れ前に雨が降り出し、発表会を終えた彩が最寄り駅に着く頃には本降りになっていた。
 彩の父・英之と学校の美術教師をしていた母・佳苗かなえは仕事の後、予定どおりに娘を車で迎えに行った。帰りには外で彩の好きなハンバーグを食べて帰るつもりだったらしい。

 駅のロータリーでフルートケースを大事にかかえた彩を乗せる。「今日はどうだったの?」助手席の母の問いに「ちょっとミスっちゃった」と少し落ち込み気味に後部座席で答える彩。そのやり取りを運転しながら優しく微笑みながら聞く父。
 ワイパーがせわしなく水をはじくフロントガラスは、黄色や赤の光を分光ぶんこうさせてキラキラさせる。その光が青く変わって車が動き出したとき、右から車窓より少し高い強光きょうこうが勢いを増し目の前に広がった。

 体が浮くほどの衝撃と衝突音。ドンッと頭が何かにぶつかり意識が朦朧もうろうとする。右も左も上も下も前も後ろも分からない。かすかに母の悲鳴が聞こえた気がした。金属が焦げた匂いと体の熱さ。最後に見えた世界は真っ暗だった。


 交差点での大型トラックと乗用車の衝突事故。右から来たトラックは、乗用車の運転席にいた者の命を容易たやすく奪った。助手席に座っていた者は命に別状はなかったが、左足と頭部に深刻な傷跡を残した。後部座席にいた者は頭を強く打ったものの、奇跡的に軽傷で済んだ。

 彩の母は事故後、5年以上経つが未だに入院している。事故の補償ほしょうや保険などの手続きは颯太の父・達哉が中心となり処理し、彩が生活していく分と彩の母の入院費は心配することのない金銭を残すことができた。しかし、梅ヶ丘の家族は壊れてしまった。止まったままの家で、彩は母の帰りを1人待っている。



   ◆    ◆    ◆    ◆



 ネガティブなニュースの過剰受信はストレスや不安を高め、精神を疲れさせる。アメリカのテキサス州の大学の研究では、ドゥームスクローリング(ネット上のネガティブなニュースを消費し続けること)の機会が多い人ほど、心身の健康状態が悪くなりやすいことが示されている。

 ルードヴィヒ作戦による天体パンドラの地球衝突軌道の修正作戦が失敗したことにより、各国首脳や大企業・財閥ざいばつは警戒感を高めていた。天体衝突を阻止する議論が専門家を集めて緊急的に行われる一方、各国は作戦失敗による影響を最小限におさえようと政策を即座に実行に移していた。
 自国防衛の輸出入の制限、エネルギー資源の確保、国民生活への配慮はいりょや治安の維持。特に全様を把握はあくしている大国は動きが速かった。それは不安定な経済に負の影響を与え、数日の間で株価は暴落ぼうらくした。



   ◆    ◆    ◆    ◆



 夜の風が随分ずいぶんと涼しく感じる。一緒に歩く彩が肌寒く感じていないか心配になる。ヘッドライトの過ぎ行く車道も、コンビニエンスストアのネオンも、星空にはかなく輝く星の光もいつもより暗いような気がしていた。

「「…………」」

 コツコツと足音が2つ。言葉が出ない代わりに歩調を合わせる。信号2つが青。3つ目はちょうど赤になり一緒に脚を止める。

「ねぇ、颯太……」

 彩の声に顔を向ける。彼女の視線は正面のまま。

「ん? なに?」

「ホントに地球は衝突しちゃうのかな?」

「え? あー、パンドラのことか。うーん、ニュースでもネットでもさわいでるけど、実際はどうだろうな」

 信号が青になり、また歩き出す。彩の顔の向きは変わらない。横断歩道を渡り切ったところでこちらに顔を向ける。

「……ホントに衝突してくれたら、楽になれるのかも……」

 光無い瞳で微笑んで言ったセリフ。家での会話で彩の心が揺らいでいたのだろう。いつもは必死に隠しているのに……

 一方、そんな弱音を吐いてしまう彼女に感情がざわついた。

「そんなこと言うなよ! ここまで頑張ってきたんだろ?」

「颯太……でも……」

「俺たちがいるだろ!? うちの父さんも母さんも凛も、彩を家族だと思ってるんだ。辛かったら言えよ!」

「うん……ごめん、ごめんね」

 瞳がうるおい、あふれ、頬を1筋流れ落ちる。そんな彼女に勢いで、言いたくもない言葉をどうしても言わなければならないと思った。

「匡毅もいるだろ? なんだから頼りにしろよな」

「……うん」

 静かにうなずく。涙を袖でぬぐい、また歩き出す。


 歩幅を合わせてコツコツと足音をそろえて。

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