世界が終わるという結果論

二神 秀

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CHAPTER.7 八面玲瓏な濡羽色(ハチメンレイロウナヌレバイロ)【天体衝突4週間前(啓蟄)】

§ 7ー5  3月19日④  黒い涙

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--神奈川県・JAXA相模原キャンパス--


◇20:21 管制センター電波送信

 椅子に座り巨大モニターのTV番組を見ながら、豪徳寺理はスマートフォンを取り出す。

「確か、このグループの次の予定だったよな、ルミ」

「ええ。舞衣から教えてもらったプログラムだとそうなってるわ」

「よし。じゃぁ、そろそろ取り掛かるとしますか」

 手にしたスマートフォンでメッセージを送る。

【 コードネーム:信号機へ

  ミッションスタートだ  】

【【【イエス!】】】

 それが合図だった。

 ピピピピピピピ……

 施設しせつ内に非常警報ベルが鳴り響く。火事を意味する警報音。それに合わせてオサムが指示を出す。

「じゃぁ、臼田うすだのアンテナのほうお願いしまーす」

「OK♪」

 待ってましたと湯本を含めたJAXA職員5人が一斉に作業を始めた。長野県佐久さく市にある臼田宇宙空間観測所にある大型パラボラアンテナが起動しだす。
 この作業をすれば、臼田から相模原に連絡が入るだろう。そうすれば、この管制センターに警備員が押し入ってくるのにそう時間がかからない。そのための陽動ようどうとして、3バカトリオの御三方に施設内の火災探知機の非常ベルを起動させたのだ。バッグに用意した発煙筒を使用して、すぐにバレないように偽装ぎそうする。


 グループアイドルの歌が終わると同時に湯本が報告する。

「よーし! アンテナの準備終わったぞ、オサム」

「ナイス! よし、ギリギリ間に合った。すぐに送信するぞ」

 巨大モニターには、今回作曲をお願いしたKaitoが映っている。

『じゃぁ、いってみよっか。白い翼で最後の空を飛ぶ天使の歌。白い両翼レゼルブランで【彩りクロレ】』

「いまだ! 宇宙の果てまで届けてやれ! 2人の音を」


 直径64mの反射鏡を有し、総重量 は1980tのパラボラアンテナが電波を送り始める。

 白い両翼レゼルブランの2人が映る。まるで結婚式のような白衣装。

 さぁ、届けよう。白い翼をまとった音の精を。



   ♦   ♦   ♦   ♦



--惑星ラクト・中継施設アントル--


 白い世界にたきぎが燃える微かな音が響く。ときより寄せる冷たい風。ほのかに灰色に染まる粉雪。もうまぶたを閉じたら2度と開かない、そんな世界で私はソルトと2人きり。彼な確かな鼓動だけが孤独を忘れさせてくれる。核の光の影響で、涙にさえ血が混ざる。でも、良かった。どうやら世界が終わるまでは生をたもてそうだから。

 施設内にまだ生きていた受信機。気が狂うのを防ぐために手を加え、悪魔の星アディアからの返信を受け取れるようにした。
 今更、何かを受信しても手遅れ。それでも、私には残されたものがなかった。私たちが数世紀もかけて叶えた夢。そのてに辿たどり着いたこの宇宙で、唯一交信できるであろうあの蒼き星の声を、私は一度でいいから聞いてみたかった。
 悪魔でも、怪物でも、何が出てきてもいい。そのまま切り裂かれてもいい。何かしらの結果を得たい。私が地獄に行ったときに、せめて伝えられるように。

 この施設に残された薬も昨日、遂にきてしまった。保存食を食べても血の味しかしない。それでも最後まで生きたいと願った。
 しかし、無性むしょうに眠い。恐怖との葛藤かっとうで皮一枚意識を保つ。寝てしまうと、世界と同様に2度と目を覚ませないかもしれないから。

 微睡まどろみの中、聞きなれないノイズが聞こえた。確かに聞こえた。重くなった身体は飛び起き、ノイズの発信源を探す。視線の先には受信機があった。信じられない。悪魔からの返信が来たのだ。

『●△※◾️……◆@○……▲#◇……!』

 何かの音声。わからない。

『○#△ーー、◾️◇&☆ー、□€▲%ー♪』

 何かわからない。しかし、何かのメロディがかなでられている。

『□*☆$、♡◇¥、△#○☆※~♪』

 音がクリアになっていく。メロディが心を揺さぶる。どうしてだろう……、涙があふれてくる。黒ずんだ血とき出た涙とが混ざり、黒いしずくとなり頬を伝わりこぼれ落ちる。

 ソルトはやすらかに眠っている。鎮痛剤が無くなり、身体中、身体の内側までも痛みが支配しているはずなのに。
 そっと、よごれた包帯が巻かれた彼の胸にう。流れる黒い涙が、包帯に新たな染みを作る。

「どうして……?」

 彼の鼓動は確かにある。

「どうして、こんなメロディを聴かせるの……?」

 彼の温もりは確かにある。

「悪魔たちは、私たちをほろぼしたのに…………」

 彼に安らぎを与えるのが、悪魔の音である事の不条理さ。

 ただ、許せなかった……

 急に腹の底に湧き出した黒い感情が、全身に転移しうごめきまわる。

「わ"ああ"ああ"ああああ!」

  叫ばずにはいられなかった。涙が止まらない。喉にからむ血が叫び声と共に血飛沫ちしぶきとして飛び散る。それでも、一心に叫び続けた。

 ふと、手がにぎられる。いや、にぎられるというより、もっと弱々しく、触れただけのような感触。

 しゃべれなくても、動けなくても、最後まで優しいのね……ソルト……

 触れられた彼の手に、手を重ねる。

 そのかすかなぬくもりが、私を安らげる。

「もぅ……。疲れちゃった……」


 ゆっくりと横たわる。触れた手の感触と、彼の顔を見ながら、アイサは眠りについた。

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