RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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少年期編

19 王国兵が来た!【前編】

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ヴィクターもスパルタだけど、リチャードの父――熊みたいなオッサンも大概だった。
「遅い!獣に殺されるぞ!」
あの奇妙な文様の入った弓は、雷撃魔法付与の弓だった。使い方としては、まず弓の文様――魔法陣か?――に自分の魔力を込め、十分に魔力を吸わせたら、あとは普通の弓と同様の扱いだ。
アイザックの言うとおり、込めた魔力の割には雷撃の威力が大きく、確かに威力増幅効果があるとわかる。しかし、コレがなかなか難しい。矢を射れば文様に込めた魔力が空になるから、また魔力を充填するのだが…この作業を素早く行うのが大変に難しい。魔力を込めるにはどうしても文様に集中してしまい、他の動作が疎かになる。周りへ注意を払う余裕なんてないよ。なのに、オッサンは容赦なく魔物の攻撃に見立てた砂袋を投げつけてくる。コレを避けながら魔物本体を攻撃しろなんて、できるかぁ!
「いったぁ!」
ボコンと頭に砂袋を食らって悲鳴をあげれば、
「オラオラぁ!くっちゃべってる余裕があんのかコラーッ!!」
「何もないところに飛ばしてどうする。獣は待ってくれねぇぞ!」
もうパニックだ。弓の練習初日は散々な目に遭って終わった。

◆◆◆

で。
私は今途方に暮れている。さっきの弓練習で身体は打ち身だらけ。打ち所が悪かったのか、数ヶ所腫れて熱を持っているのだ。ジンジンと痛むし、薬を塗りたいけど…背中なんだよな~。鏡がないので見えにくいし、手が届き辛い場所。誰かに頼むと服を脱がなきゃいけない。ヴィクターの「骨格を見れば一目瞭然」という言葉が地味に突き刺さっている。それに、

「リボン――女の子が迷ったから助けた、とね。」

アイザックも私の性別に気づいている…よね~。一気にヴィクターのセリフの信憑性が増したよ。ううっ…仕方ない。薬は手が届くところだけにして背中は我慢するか~


その翌日もスパルタ弓練習。またまた飛んでくる砂袋。打ち身を庇って必死で避けていたら、弓の方が酷いことになるわけで。小一時間ほどで、私はつまみ出された。熊親父の太い手で猫の子のごとく襟首を摑まれて放り込まれたのは、よりにもよってヴィクターのところ。
うあ~…
私の様子を見たヴィクターは、問答無用で私の上衣を剥ぎ取った。ぎゃーっ!セクハラぁ!
「まったく…なぜ言わないんですか。」
「う…ただの打ち身だしほっとけば治」
「打ち身ではありません。傷が膿んで腫れているんです。昨日消毒すればこうはなりませんでしたよ?」
言いながらヴィクターが取り出したのは…ナイフ。それを火炎魔法で焙っている。すっごい嫌な予感…
「膿を出したら腫れもひいて楽になります。痛いのは一瞬ですから、楽になさい。」
とか言ってるけどヴィクターさん?!なぜにうつぶせにした私の身体を体重かけて押さえつけるんですかね?!
「大丈夫。こういったことは経験があります。私はやれます。」
やれる…殺れる?!うわぁっ!やめ…
「…ッ!!」
背中に焼け火箸を当てられたような熱感の後、目の前に紗がかかったように頭の芯が痺れた。一種のショック症状。眩暈めまいと吐き気に襲われた。刺すような痛みは、膿を押し出しているからだろう。吐かないように、声を出さないように、必死で耐える。この世界に麻酔なんかないんだ。仕方ない。すると、
「別に…泣いていいんですよ?子供なら誰でも泣きます。」
頭上からヴィクターの呆れた声が降ってきた。てきぱきと消毒を終え、ぐるぐると包帯を巻かれた。いや痛いし気持ち悪いし泣きたいけれども。いい大人だから?なんか違うと思ってしまうのだよ。
かたくなですね…。」
ポツリと落ちた呟きは、ヴィクターらしくもなくどこか寂しげだった。


その日は一日安静にしていろと厳命された。大げさな、と言ったら、
「傷を甘く見てはいけません。下手をしたら病気になって死にますよ?」
と、脅された。…近代医療とは程遠い世界だもんね。破傷風菌とかいたら、確かに命に関わるわ。ぐうの音も出ない。

◆◆◆

翌日もヴィクターに服を引っ剥がされ…以下略。痛みはひいたけど、中身アラサー女の精神はズタズタである。う~…前世にも男性の医者はいたし診てもらってもどうとも思わなかったのに。…知り合いだし、正体バレてるからかな?

弓の練習は、自主練に切り替わった。私の怪我もあり、慣れるまで熊親父リチャードパパは出てこないという。ちなみに自主練になったのは私だけ。リチャードは本人の希望でスパルタレッスン続行中だ。生傷をこさえながらも食らいついている。この間見かけたときには、砂袋はまだぶつかっているが、だいぶ様になっていた。なんだかんだいって、リチャードの運動神経はピカイチなのだ。羨ましい。

◆◆◆

湖に行った日から、アイザックはよく私を連れて森に入るようになった。同行者はいない。歩いてまわることで少しずつ、森の地理を私に教えたいようだ。おかげで、紙さえあれば地図が書けるくらいなのだが、書き記すのはダメだと言われた。誰かに言うのもダメ。ヴィクターにも話すなと言われた。
前もそうだったけど、アイザックはヴィクターに必要以上に森のことを教えようとはしない。ヴィクターは知りたいと再三アプローチをかけているが、アイザックはそれをあしらっている。でも、あのヴィクターが単なる好奇心だけで森を知りたがるとは思えないんだよな~。言いようもない不安を感じつつも、私は特に口を出したりはしなかった。
湖以来、私の性別についてアイザックは何も言ってこない。湖と契約することも。私はそれをいいことに、そのことについてあまり考えないようにしていた。思えば私はアイザックに甘えて、平和ボケしていたんだ。

◆◆◆

ある日、私は用があってヴィクターを訪ねた。ヴィクターは、村の外れ――街道寄りの小屋に住んでいる。言っておくけど、村八分とかじゃないからね?彼は主に外部――ダライアスとの折衝で頼りにされているから、街道近くに住む方が都合がいいとヴィクター本人が言ったのだ。滅多に来ないけど、ダライアス側から人が派遣されてくることもあるしね。そういう時、ヴィクターが応対した方がいろいろとスムーズなのだ。
「ヴィクター先生、いる?」
一声かけて扉を開けると、ヴィクターは机に何かを広げて作業中だった。私が入ってきたことにも気づかない。近寄って手許をのぞきこんだ私は、目をぱちくりさせた。
「これ…地図?」
「ああ。サイラスですか。」
そこでようやくヴィクターが私に顔を向けた。
「貴女の植物紙を使わせてもらいました。これは便利ですね。」
柔らかく笑むヴィクターが広げていたのは、机いっぱいの地図。よく見れば葉書サイズに漉いた私の植物紙を何枚も継ぎ合わせてある。
植物紙作りは細々と続いている。大っぴらに売り出すことはできないが、ダライアスに黙って少量を売るくらいなら問題にはならないとヴィクターが進言したのだ。よって、今は私とシェリルたちの他に大人も紙を漉いて貯めている。それを時折、モルゲンの市場で田舎の民芸品としてヴィクターが売ってお金に換える。大金は入らないが、安定した収入にはなっており、そろばん需要と合わせて村の財布を潤わせた。アイザックから、「よくやった」と頭ナデナデされたよ。まあそれは置いておいて。
「なんで、わざわざ地図を作ったの?」
チラリとヴィクターが机に広げた本を見た。地図はその本に書いてある。わざわざ大きなものを作る必要はない。
「村の皆に見てもらいたいのですよ。貴女にも話しておきましょうか。」
ヴィクター曰く、先日モルゲンを訪れた時、旅人から不穏な噂を聞いたのだという。
「ここがウィリス村。ここがモルゲンです。モルゲンから街道を東へ辿り続けると王都エタードがある。そこから今度は北東へ行くと…グワルフ王国ガレスという街があります。私が話したのは、王都から来た行商でしたが、彼曰くもうすぐグワルフと戦が始まるらしいのです。」
グワルフ王国は隣国で、昔からこの国――ペレアス王国と仲が悪い。何度となく戦を繰り返しては、脆い停戦協定を結ぶの繰り返し。ちなみに仕掛けているのはいつもこの国だ。ダライアスの執務室に飾ってある怖い目つきの戦装束女のホラー絵画は、一応ペレアス王国を勝利へ導く戦乙女を描いたモノらしい。実情を知ると、しょっぱい気持ちになるよね。
モルゲンを去った後もちょこちょこと空き時間にヴィクターに勉強を教えて貰っていたから、私は文字もばっちりだし、地理歴史もある程度はわかる。絵画の由来は少し前に教えて貰った。だいたいどこの貴族の家に行っても、あの『戦乙女』の絵は飾ってあるんだってさ。あの絵を飾ることで、王国への臣従をアピールしているんだとか…
「情報には時間差がありますから。すでに開戦していれば、遠く離れているとはいえ、必ず影響があるでしょう。だから私はアルスィルへ行く道を探したいのですが…」
ヴィクターがそこまで話したとき。
「ちょいと邪魔するぜ!」
野太い声とともに、入り口の扉から大柄な男が入ってきた。
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