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少年期編
25 新たな出会い【前編】
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王国兵は一夜にして魔物による壊滅的な被害を受け、潰走した。グラートンも森へ帰るか腐り花にやられるか、一部は村に居座ろうとしたので村人たちが狩った。
そして、私たちは――
村や周辺に置き去りにされた兵の遺骸を回収し、村人総出で掘った穴に横たえ、並べ、重ねてゆく。一人一人に墓標を与える場所も時間もない。大人も子供も、ただ黙々と単純作業を続ける。誰も、涙なんか流さない。
ここは、そういう世界だ。
悪いな、アンタたち。
私は物言わぬ数多の遺骸たちを見下ろした。
身をもってわかったよ。
私たちがやったことは、確かに非道だし残酷だろう。もっと優しい方法はなかったのかって、平和な国の日本人は罵るだろう。
けどさ。
それって、衣食住全てが保障されてて平和な国に住んでいるから思えることなんだよ。
大事な人が死ぬかもしれない。傷つくかもしれない。そんな逼迫した状況で、優しい方法なんて考えていたら、スパッと殺されておしまいだ。………アンタたちのように。
……でも。
私の中にいる『私』は、平和な国の日本人だから――
そんな資格なんてないけど、アンタたちを悼むよ。
アンタたちの死を無駄にしないためにも、私はこの光景を、アンタたちの死を忘れない。
繰り返さないために、強くなるよ。
ペンが剣より強い。それを実現するために。
◆◆◆
折り重なった遺骸たちに土をかけて埋めた後。私は熊親父たちと、お亡くなりでない方々の所へ行った。軽傷の兵や、腐り花トラップの生き残りの皆さんは現在、広場に即席の木の棒を何本か立ててそこに縄で縛ってある。
え?ご飯?ないよそんなの。コイツらが奪って天幕に入れていた食糧は、グラートンがほとんど食べちゃったからね。それにコイツらは前の日にお腹いっぱい食べたんだろうし、必要ないよ。私たちみたいに、ちょっとはひもじい思いをすればいいんだ。
時刻は既に夕暮れが近い。私のお腹がギュゴ~っと空腹を訴えた。くぅ。朝水飲んだだけなんだよ?私。
「どうするよ、コイツら。」
熊親父が腕を組んで仁王立ちしている。
「売ったらどうかな。」
私は言った。この世界では奴隷売買は普通に行われている。別に法に引っかかるわけでもない。コイツらを売って冬場の食糧を買おう。村に置いといても食べさせるご飯ないし、さっさと処分だ、処分。
「人間っていくらで売れるんだ?」
「さあ?馬より安いんじゃない?」
そんなことを話しあっていると、「おーい」という声とともに数騎の馬が村に近づいて来るのが見えた。あれは…
「ヴィクター先生!父さんも!」
ぶんぶんと手を振り返す。私たちの声に反応した村人たちが街道に飛び出した。
「アイザック!無事か!」
「ヴィクター先生!」
馬から降りたった二人と、再会を喜びあう。
よかった…父さん、元気そうだ。
「朝イチで兵を追い払ったと報せを受けたましたが、本当に…?」
息を切らしたヴィクターが縛られた兵士を見て目を見開く。父さんもだ。そして、二人は続いて私に目を向けた。
「おまえは無事かい?サイラス」
「怪我はありませんか?」
心配そうな顔に、私はからりと笑って見せた。
「こっちはみんな無事だ。怪我人もいないよ!」
お腹はペコペコだけどね。ヘラリと笑うと、二人して抱きしめられた。うぐふっ!苦しい…。でも、嬉しいよ。みんな無事でさ。
◆◆◆
アイザックたちに少し遅れて、大きな幌馬車がやってきた。御者台から降りてきたのは、イライジャさん。聞けば、村の異変に一番に気づいたのはイライジャさんなのだそう。完成した植物紙を受け取りに来たところ、街道脇から王国兵たちが現れて、慌ててモルゲンに引き返したらしい。
「ああ、この馬車の荷は食糧です。私めからの援助ですので、お代はいただきませんよ。」
イライジャさんの言葉に喜ぶ村人たち。私は進み出ると、彼の手を両手で力強く握った。
「ありがとう!助かる!!」
彼と組んだのは正解だね。困ったときに手を差し伸べてくれる――いつか恩返しするよ!
イライジャさんがダライアスに報告してくれたおかげで、街の方へ逃げた王国兵と隊長のホレスは、速やかに捕縛されたという。ああ、アイツ、捕まったんだな。今は地下牢でお暮らしだそう。フッ、ざまあ?
そうそう、忘れるところだった。私は縛ってある兵士たちを指し示した。
「ねえ、イライジャさん。このお荷物たちを売って冬場の食糧を買いたいんだけど、どれくらい買えそうかな?」
すると、イライジャさんは初めて縛られた兵士たちに気づいて、目を丸くした。そして、素早く数を数える。
「…10、20、30…これだけですかな?」
「埋めた奴は、70人ちょいかな。」
私の答えにイライジャさんは首を捻った。
「ふむ。とすると、残り200人ほどがこちらに逃げたという計算になりますが…」
「?」
「いやね、ダライアス様が捕まえた兵はホレスを入れても50人もいないのですよ。副隊長のメイナードはおりませんでしたか?」
「あー。顔はよく確認していないや。」
グラートンにやられた遺骸は損傷が激しかったし。それを言うと、イライジャさんはむむむ、と唸った。
「う~む。どうにも兵の数が少なすぎるのですよ。私が見たときには少なくとも300人はいたと思うのですが…」
確かにウィリス村とモルゲン合わせても、半分くらいしかいないね。
「夜だったし、街道から外れて原野に逃げちゃったんじゃない?」
私が言うと、イライジャさんは「ダライアス様には引き続き逃走兵の捜索を頼んでおきましょう」と、その話を結んだ。
◆◆◆
結局、お荷物たちはその日のうちにイライジャさんが引き取ってくれた。お代の方は、ダライアスと相談した上で、一人あたり30フロリン、なんと金貨30枚でお買い上げいただいた。実のところ、成人男性の奴隷の一般的なお値段は一人あたり60フロリンなのだが、元王国兵――王国の持ち物なので、足がつかないように遠方に売るのだそう。輸送費を差し引きして半額の30フロリンというわけだ。それでも34人分の売却額、しめて102フロリン。この村にはびっくりするくらいの大金だ。よって、食糧を買った残りの金は村人たちの総意により、イライジャさんに運用をお任せした。
「身にしみてわかった。この村は軍隊が来れば何もかも取られちまう。」
熊親父の言葉だ。私も同感。村を金持ちにするには、防衛力が足りなさすぎる。そんな現状では、村に富を貯め込むより、信用できる誰かに運用してもらった方が得策だ。
閑話休題。
生き残りの兵士たちはお金に換えることができたけれど、換えられなかったモノもある。
それが、これら。大量の王国紋入りの鎧やら兜やら…はあ。金属だから、燃えずに天幕跡と、村の周辺に大量に散らばっていたのを拾い集めた。本当ならこれも売ってしまいたかったのだけど、王国紋が入っているばかりに売りに出せないとダライアスに釘を刺された。じゃあ溶かしちゃえ!と、考えたけどそれもだめ。イライジャさんに鑑定してもらったところ、不純物混じりの粗悪品のため、溶かしても金属ゴミにしかならないらしい。……王国の悲しい財政事情がよくわかるわ。ほんと、病んでるよ。
イライジャさんは苦笑いして、村人たちで使ったらどうだと言った。
で。
桶にしてみた→隙間から水漏れした。使えない。
鍋にしてみた→上に同じ。使えない。
メリッサおばさんが薬草を潰す乳鉢にしてみた→金属が削れて黒い粉が混じった。使えない。
はっきり言う。ガラクタだよ、これ。ちなみに防具として使ってみたところ…
「スパッと切れました…」
そこらへんにあった斧で易々と真っ二つにできてしまった。ナイフでも簡単にキズがつく。脆すぎるよ~
さすがにここまで性能的にダメとなると、あとは…
「「「わーい!!」」」
チビたちの玩具になった。要らないモノを子供に押しつける――全人類の偉大なる知
「何を馬鹿なことを。情操教育によくないでしょう」
ヴィクター先生に秒で没収された。本当、使い道のないガラクタである。
◆◆◆
そんな役立たずの防具。じゃあ腐り花栽培用の植木鉢にするかと、数個を森に持って入った。てきとーに土がフカフカした所を探し、せっせと土を兜に詰めていると…
「ね~え、何してるのぉ~?」
お馴染みの冷気と共に、少し舌っ足らずな女の子の声が纏わり付いてきた。今日も来たか。
「ん~?植木鉢作ってるんだよ」
私が答えると、
「植木鉢ってなぁ~に?」
と声が尋ねる。たぶん、声の正体は湖絡みだと思う。森で私が変なことをしないか見張っているのかな?私のやることなすことをあれこれ聞いてくる。けれど、毒のある植物の傍を通ると注意してくれたり、獣が近くに来ると教えてくれたりするから、悪いモノじゃないと思う。たぶん。
「こーやって土を詰めて、お花を植えるんだよ。」
質問に答えると、だいたいいつも「ふ~ん」とか「そっかぁ」と無邪気なお返事が返ってくるのだけど、今日は様子が違った。
「お花!私もやりたい!」
サアッと風が吹き抜けたかと思うと、突然目の前に五歳くらいの女の子が姿を現したのだ。栗色の髪をおさげにして、大きなくりくりとした目は水色の瞳。え…えっとぉ??
そして、私たちは――
村や周辺に置き去りにされた兵の遺骸を回収し、村人総出で掘った穴に横たえ、並べ、重ねてゆく。一人一人に墓標を与える場所も時間もない。大人も子供も、ただ黙々と単純作業を続ける。誰も、涙なんか流さない。
ここは、そういう世界だ。
悪いな、アンタたち。
私は物言わぬ数多の遺骸たちを見下ろした。
身をもってわかったよ。
私たちがやったことは、確かに非道だし残酷だろう。もっと優しい方法はなかったのかって、平和な国の日本人は罵るだろう。
けどさ。
それって、衣食住全てが保障されてて平和な国に住んでいるから思えることなんだよ。
大事な人が死ぬかもしれない。傷つくかもしれない。そんな逼迫した状況で、優しい方法なんて考えていたら、スパッと殺されておしまいだ。………アンタたちのように。
……でも。
私の中にいる『私』は、平和な国の日本人だから――
そんな資格なんてないけど、アンタたちを悼むよ。
アンタたちの死を無駄にしないためにも、私はこの光景を、アンタたちの死を忘れない。
繰り返さないために、強くなるよ。
ペンが剣より強い。それを実現するために。
◆◆◆
折り重なった遺骸たちに土をかけて埋めた後。私は熊親父たちと、お亡くなりでない方々の所へ行った。軽傷の兵や、腐り花トラップの生き残りの皆さんは現在、広場に即席の木の棒を何本か立ててそこに縄で縛ってある。
え?ご飯?ないよそんなの。コイツらが奪って天幕に入れていた食糧は、グラートンがほとんど食べちゃったからね。それにコイツらは前の日にお腹いっぱい食べたんだろうし、必要ないよ。私たちみたいに、ちょっとはひもじい思いをすればいいんだ。
時刻は既に夕暮れが近い。私のお腹がギュゴ~っと空腹を訴えた。くぅ。朝水飲んだだけなんだよ?私。
「どうするよ、コイツら。」
熊親父が腕を組んで仁王立ちしている。
「売ったらどうかな。」
私は言った。この世界では奴隷売買は普通に行われている。別に法に引っかかるわけでもない。コイツらを売って冬場の食糧を買おう。村に置いといても食べさせるご飯ないし、さっさと処分だ、処分。
「人間っていくらで売れるんだ?」
「さあ?馬より安いんじゃない?」
そんなことを話しあっていると、「おーい」という声とともに数騎の馬が村に近づいて来るのが見えた。あれは…
「ヴィクター先生!父さんも!」
ぶんぶんと手を振り返す。私たちの声に反応した村人たちが街道に飛び出した。
「アイザック!無事か!」
「ヴィクター先生!」
馬から降りたった二人と、再会を喜びあう。
よかった…父さん、元気そうだ。
「朝イチで兵を追い払ったと報せを受けたましたが、本当に…?」
息を切らしたヴィクターが縛られた兵士を見て目を見開く。父さんもだ。そして、二人は続いて私に目を向けた。
「おまえは無事かい?サイラス」
「怪我はありませんか?」
心配そうな顔に、私はからりと笑って見せた。
「こっちはみんな無事だ。怪我人もいないよ!」
お腹はペコペコだけどね。ヘラリと笑うと、二人して抱きしめられた。うぐふっ!苦しい…。でも、嬉しいよ。みんな無事でさ。
◆◆◆
アイザックたちに少し遅れて、大きな幌馬車がやってきた。御者台から降りてきたのは、イライジャさん。聞けば、村の異変に一番に気づいたのはイライジャさんなのだそう。完成した植物紙を受け取りに来たところ、街道脇から王国兵たちが現れて、慌ててモルゲンに引き返したらしい。
「ああ、この馬車の荷は食糧です。私めからの援助ですので、お代はいただきませんよ。」
イライジャさんの言葉に喜ぶ村人たち。私は進み出ると、彼の手を両手で力強く握った。
「ありがとう!助かる!!」
彼と組んだのは正解だね。困ったときに手を差し伸べてくれる――いつか恩返しするよ!
イライジャさんがダライアスに報告してくれたおかげで、街の方へ逃げた王国兵と隊長のホレスは、速やかに捕縛されたという。ああ、アイツ、捕まったんだな。今は地下牢でお暮らしだそう。フッ、ざまあ?
そうそう、忘れるところだった。私は縛ってある兵士たちを指し示した。
「ねえ、イライジャさん。このお荷物たちを売って冬場の食糧を買いたいんだけど、どれくらい買えそうかな?」
すると、イライジャさんは初めて縛られた兵士たちに気づいて、目を丸くした。そして、素早く数を数える。
「…10、20、30…これだけですかな?」
「埋めた奴は、70人ちょいかな。」
私の答えにイライジャさんは首を捻った。
「ふむ。とすると、残り200人ほどがこちらに逃げたという計算になりますが…」
「?」
「いやね、ダライアス様が捕まえた兵はホレスを入れても50人もいないのですよ。副隊長のメイナードはおりませんでしたか?」
「あー。顔はよく確認していないや。」
グラートンにやられた遺骸は損傷が激しかったし。それを言うと、イライジャさんはむむむ、と唸った。
「う~む。どうにも兵の数が少なすぎるのですよ。私が見たときには少なくとも300人はいたと思うのですが…」
確かにウィリス村とモルゲン合わせても、半分くらいしかいないね。
「夜だったし、街道から外れて原野に逃げちゃったんじゃない?」
私が言うと、イライジャさんは「ダライアス様には引き続き逃走兵の捜索を頼んでおきましょう」と、その話を結んだ。
◆◆◆
結局、お荷物たちはその日のうちにイライジャさんが引き取ってくれた。お代の方は、ダライアスと相談した上で、一人あたり30フロリン、なんと金貨30枚でお買い上げいただいた。実のところ、成人男性の奴隷の一般的なお値段は一人あたり60フロリンなのだが、元王国兵――王国の持ち物なので、足がつかないように遠方に売るのだそう。輸送費を差し引きして半額の30フロリンというわけだ。それでも34人分の売却額、しめて102フロリン。この村にはびっくりするくらいの大金だ。よって、食糧を買った残りの金は村人たちの総意により、イライジャさんに運用をお任せした。
「身にしみてわかった。この村は軍隊が来れば何もかも取られちまう。」
熊親父の言葉だ。私も同感。村を金持ちにするには、防衛力が足りなさすぎる。そんな現状では、村に富を貯め込むより、信用できる誰かに運用してもらった方が得策だ。
閑話休題。
生き残りの兵士たちはお金に換えることができたけれど、換えられなかったモノもある。
それが、これら。大量の王国紋入りの鎧やら兜やら…はあ。金属だから、燃えずに天幕跡と、村の周辺に大量に散らばっていたのを拾い集めた。本当ならこれも売ってしまいたかったのだけど、王国紋が入っているばかりに売りに出せないとダライアスに釘を刺された。じゃあ溶かしちゃえ!と、考えたけどそれもだめ。イライジャさんに鑑定してもらったところ、不純物混じりの粗悪品のため、溶かしても金属ゴミにしかならないらしい。……王国の悲しい財政事情がよくわかるわ。ほんと、病んでるよ。
イライジャさんは苦笑いして、村人たちで使ったらどうだと言った。
で。
桶にしてみた→隙間から水漏れした。使えない。
鍋にしてみた→上に同じ。使えない。
メリッサおばさんが薬草を潰す乳鉢にしてみた→金属が削れて黒い粉が混じった。使えない。
はっきり言う。ガラクタだよ、これ。ちなみに防具として使ってみたところ…
「スパッと切れました…」
そこらへんにあった斧で易々と真っ二つにできてしまった。ナイフでも簡単にキズがつく。脆すぎるよ~
さすがにここまで性能的にダメとなると、あとは…
「「「わーい!!」」」
チビたちの玩具になった。要らないモノを子供に押しつける――全人類の偉大なる知
「何を馬鹿なことを。情操教育によくないでしょう」
ヴィクター先生に秒で没収された。本当、使い道のないガラクタである。
◆◆◆
そんな役立たずの防具。じゃあ腐り花栽培用の植木鉢にするかと、数個を森に持って入った。てきとーに土がフカフカした所を探し、せっせと土を兜に詰めていると…
「ね~え、何してるのぉ~?」
お馴染みの冷気と共に、少し舌っ足らずな女の子の声が纏わり付いてきた。今日も来たか。
「ん~?植木鉢作ってるんだよ」
私が答えると、
「植木鉢ってなぁ~に?」
と声が尋ねる。たぶん、声の正体は湖絡みだと思う。森で私が変なことをしないか見張っているのかな?私のやることなすことをあれこれ聞いてくる。けれど、毒のある植物の傍を通ると注意してくれたり、獣が近くに来ると教えてくれたりするから、悪いモノじゃないと思う。たぶん。
「こーやって土を詰めて、お花を植えるんだよ。」
質問に答えると、だいたいいつも「ふ~ん」とか「そっかぁ」と無邪気なお返事が返ってくるのだけど、今日は様子が違った。
「お花!私もやりたい!」
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