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少年期編

45 ロシナンテ傭兵団

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村に次なる来訪者が訪れたのは、冬が間近に迫る頃だった。雪のちらつく街道を、荷馬車を数台連ねて村に流れ着いたのは…
「ロシナンテ傭兵団?」
なんと傭兵団。その数およそ百人。村の代表に面会を求めてきた傭兵隊長のジャレッドさんは、
「俺たちを雇ってくれ」
と、唐突に持ちかけてきた。
「風の噂に聞いたんだ。この村は小金を貯め込んでる……つまり、俺らへの需要アリと見た!」
得意げに胸を張る傭兵隊長。まだ三十代だろうか。明るいオレンジ色の髪を鶏冠のようにモヒカン刈りにした、がっしりした体格の男だった。
「ダライアス様に士官を申し出て、断られたのよ」
と、カリスタさんが補足をくれた。なるほど…。ということは?居留地のギデオン様にもフラれたのね?だから、行き止まりのウィリス村に来たと。
「ねえ。こんなド田舎村じゃなくても、おじさんたちなら引く手数多なんじゃないの?」
この国は戦が大好きなのだし。傭兵団が食いっぱぐれるとは思えないのよ。何でこんな辺境に来た??
「王国の仕事は割に合わねぇのよ。金払いがねぇ…」
私の問いにジャレッドさんは肩を竦めた。ああ…そういや王国の財政事情は悲しいものがあったな…。ちょっと前に大量にゲットした役立たずの防具たちを思い出した。
「そこでアンタたちだ。なんか街もできてるじゃねぇか。俺たち、必要だろ?」
ニヒルな笑顔で売り込んでくるジャレッドさんだが、
「これから雪が続く。困ったときはお互い様だ。天候が回復するまで、村で休息なさるといい」
親切なことを言ってると見せかけてその実、やんわりと「要らない。出ていけ」と仄めかすアイザックに、ジャレッドさんはがっくりと項垂れた。兵隊だもんねぇ。ウィリスに留まるには難がある。

◆◆◆

「俺はあの傭兵さん方を雇うべきだと思う」
しかし、異を唱える者が。
「私もそう思います」
最近会議室と化した我が家の居間で、熊親父とザカリーさんが言いだしたのだ。
「王国兵のことで防衛力のなさは身にしみた。それに、人手も欲しい。領主様に植物紙をちょいと増産しろと言われて、ああも生活がぐちゃぐちゃになるのもかなわん」
ああ…。確かにあの時はそれぞれの生活を放り出して、寝る間も惜しんで紙作りばっかりだったもんね。人手は欲しい。このままではいけないのもわかっている。エリンギマンを増やす、という手もあるけど、彼らを稼動させるには私の魔力が必要なので、簡単には増やせないのだ。
「居留地にいる護衛兵の数は百に届きませんし、あちらは主に商人の方々の護衛。この村の防衛力にはならないでしょう」
とは、ザカリーさんの言。ザカリーさんは、主に居留地との細々としたやり取りを担当しているから、向こうの事情にも詳しい。
「それに、あの傭兵隊長は、『この村は小金を貯め込んでる』などと言っていました。王国兵だけならメドラウドを盾にできますが、夜盗となるとそれは効きません」
「ついに、ウチの村も夜盗を心配せにゃならんようになったか…」
熊親父が腕組みして嘆息する。ウィリス村は少し前まで、夜盗にすら背を向けられるド田舎貧乏村だったもんね。
「夜盗の中には冒険者崩れもいますからね。今までの脅しが通用しない可能性もあります」
そうなの?というか、冒険者って職業あるんだ……。マジでファンタジーだな、この世界。
…話を戻して。
確かに、村が襲われてからじゃ遅い。え?不死身のエリンギマンズを盾にする?ダメだよ、数が少ないし。それに、空から攻められたらどうするの。毒の胞子を風魔法でまき散らせ?敵を落とせるかもだけど、村も毒が降りそそいで大損害じゃね?
やっぱ、最低限の防衛力は必要かぁ…
アイザックも交えてあーでもないこーでもないと話し合った結果、冬が終わるまでは傭兵団の逗留を認める、という中途半端な結論に落ち着いた。

◆◆◆

「ありがとうな!ここにいる間に俺たちがいかに役に立つか、証明してみせるぜ!」
ジャレッドさんは喜色満面に親指をたてた。例のごとく森を刺激しないように、彼らには鎧を脱いでもらっている。
「とりあえず、今晩は村人の家に泊まって下さい…」
村に宿なんてない。民家に入りきれなかった兵士については、彼らの幌馬車や、以前ノーマンさんにもらってお蔵入りになっていた超高級馬車を寝床にしてもらうことにした。真冬だし、外に寝かせたら凍えてしまう。豪雪地帯ではないけど、積もることはあるし。
「一日あれば全員分の寝床は作れるぜ!傭兵団だからな!」
え、そうなの?
「伊達に長くさすらってねぇぜ!」
……それは自慢?それとも自虐??
ともかくも、ウィリス村は一時的にだけれど、傭兵団を受け入れた。

◆◆◆

ロシナンテ傭兵団がやってきた翌朝。彼らはさっそく村の空き地に、仮設の小屋を建てた。慣れているのか、午前中で作業を終えた彼らは…
「そこの家、屋根が壊れかけてるな。治してやるよ」
「雨樋が壊れてるじゃないか」
「破れた窓、修繕してやるぜ」
好感度でも上げるつもりか、率先して村の家々の修繕を買って出た。別にいいけど…報酬なんて出ないよ?植物紙で村の収入は増えたけど、百人の傭兵団にお給金を出せるほどの余裕はない。食糧提供が精一杯だ。と、そこへ。
「よお、サイラス君…だっけ?ちょいと案内を頼みたいんだが…」
ジャレッドさんが、私にニヤッと笑いかけた。

「村の中なら案内したよ?」
怪訝な顔をする私に、「村の外を案内して欲しいんだ」とジャレッドさんは言った。そして、彼が乗ろうと言ったモノは…
「うわっ、何コレ!」
メカだよ、メカ!なんかスチームパンクな匂いのする……グライダーか、これ??
目を丸くする私の前で、幌馬車からよっこらしょと謎のメカを降ろしてきたジャレッドさんは、
「ほれ、俺の膝に座りな。ベルトしてりゃ落ちねぇから安心していいぞ!」
ポンポンと膝を叩いてみせた。ほら、せっかくだからティナもおいで。

「おおっ!!ホントに飛んだぁ!!」
飛行魔道具というらしい。頭の上に鳥を模した金属塊があることが信じられない。左右に広げた両翼の下、エンジンと思しき動力源から蒼い光を放出し、それは悠々と空を飛翔した。
まるでパラグライダーのように、ワイヤーで吊った座席にジャレッドさんが座り、ジャレッドさんの膝の上に私が座り、私の膝の上にティナが乗っかっている。ティナも空中散歩がお気に召したと見えて目を輝かせている。…亀の親子って言わないで。

村の家々がミニチュア模型のように小さく見える。いつもは森の高い木々に遮られて見えない不毛の山岳地帯も、空中からなら一望できる。文明の面では中世ヨーロッパ並だと思っていたけど、こんな機械技術もあるんだね。
「なあ、あっちがウィリス村で、その向こうの森が俺たちが入っちゃマズいトコ、んで、向こうの森の縁にあるのがニマム村、街道の分岐にあるのがギデオン公のお屋敷…。それ以外の原野は誰か持ち主がいるのかい?」
スチームパンクメカに感動する私に、ジャレッドさんが聞いてきた。
「ううん、原野は誰かの土地ってわけじゃないよ。ねえねえ、これ本当にあの小さな魔石だけで飛んでるの?どれくらい長く飛べるの?」
「ふむ……なら、多少何か建てたって何も言われねぇかな。」
「ねえねえ!どれくらい長く飛べるの?」
私はワクワクとジャレッドさんを見上げた。さっき彼が何か答えてくれたようだが、メカのエンジン音に掻き消されてよく聞こえなかったのだ。
「ん?ああ…アレは主に離陸する時の馬力だからな。風に乗ることができたら、後は風魔法の補助で小一時間くらい飛んでいられるぜ」
「けっこう長い!ねえ!これ、ジャレッドさんが作ったの?」
「ああ。コイツは俺が作った」
「すっげぇー!格好いい!!」
はしゃぐ私は、ジャレッドさんがどこか気まずげな顔をしていることに気づかなかった。

◆◆◆

サイラスを地上に降ろし、仲間の元に戻ったジャレッドに、仲間の兵の一人が話しかけた。
「なあ…ここに俺ら、雇ってもらえるかな。一応俺らは兵士だが…」
「まあ、やるしかねぇよ」
仲間の言葉を浮かない顔で遮り、ジャレッドは寝床代わりの幌馬車の床にどっかりと腰をおろした。彼らの明かしたくない事情を、まだ村の誰も気づいた様子はない。
「そのために、一丁やるんじゃねぇか。なに…邪魔になるもんじゃねぇ」
それに…、とジャレッドは長年苦楽を共にしてきた仲間に笑いかけた。
「武装を断られた村なんて初めてだ。性に合ってるんじゃねえか?」

◆◆◆

「え?木材が欲しい?」
空中飛行を楽しんだ翌朝、ジャレッドさん達は唐突に大量の木材が欲しいと言いだした。要求されたのが、けっこうな量だったので、私たちは目を丸くした。一応、森の縁にあるから木材には困らない村だけど、言われた量を一度に用意するには、森の木を大量伐採しなきゃいけないからなぁ…
「あ!無理にとは言わねぇ!なっ!」
ニカッと仲間たちを振り返るジャレッドさんは、片手を挙げ「ちょいと訓練、してくるぜ!」と、傭兵団を引き連れ、街道をどこかへ歩いていった。

それから、ジャレッドさんたちは毎朝傭兵団を連れてどこかへ出かけては、夕方に帰ってくる、という日課を始めた。
「傭兵団だしなぁ。森の近くで訓練できないから、離れたところでやってるんだろうよ」
とは、熊親父の言。
「ああ、彼らなら少し向こうの原野で見たわよ。走り込みをしてたわ」
と、カリスタさん。ふむ。やっぱ訓練か。

サイラスたちは知らない。
ロシナンテ傭兵団の走り込みの実態とは…
「おいっ!まだ追いかけてきてるぞ!」
「くっそぉ…シッ!シッ!」
「来るなっ!あっちいけよぉ!」
原野を全速力で逃げる傭兵団の後ろには、猛進する一角ウサギ、その後ろにポヨンポヨンと跳ねる数匹のスライム、そして彼らには見えない存在だが、さらにその後ろに…
「わーい!追いかけろー!」
ティナが嬉々として走っていたりする。
一応、ロシナンテ傭兵団は、原野を整地しようとしているのだが…
「なんでこんなに魔物がいるんだよっ!」
「昨日のワイルドキャットファイター十匹よりマシっすよ!草食動物だし!」
「馬鹿野郎!猫パンチでフルボッコにされんのと尻に穴が開くのとどっちが…」
続きは砂埃の中に消えた。

◆◆◆

ロシナンテ傭兵団が『訓練』を初めて、十日ほどが経過した。
「見てくれ、俺達の訓練の成果を!!」
若干ヨレているジャレッドさんたちに連れてこられた村人の目の前には…

ウィリス村があった。

正確にはウィリス村そっくりに作られた無人の村が。民家の配置や、井戸の位置、畑の作物まで忠実に再現してある。
「え…」
皆ポカンと立ちつくした。ウィリス村擬きの場所は、ウィリス村(※本物)と居留地のほぼ中間地点。原野を開拓して作ったらしい。しかも…
「街道が消えている…」
アイザックの言に、そこにいた村人全員があんぐりと口を開けた。
「え……でも、確かにさっき街道を通ってきたよね?!」
だって私たち、街道を歩いてここまで来たんだもん。来た道が消えている。そんなバカな…!
「幻惑の魔道具でさぁ、」
ドヤ顔のジャレッドさんが、無人の民家に隠したランタンみたいな形のメカを見せてくれた。彼がそのメカを操作すると…
「あ!道!」
村擬きの後ろに、さっきまで見えなかった街道が姿を現した。
「これを作動させてる限り、本物の街道は見えねぇんだ」
目を丸くする私たちに、これだけじゃないぜ?と、ジャレッドさんは村擬きの中へ村人を案内した。
「そことそこは落とし穴だ。それから、民家の扉を開けると、天井から石が落ちてくる、」
なんと、民家の中は罠だらけだった。忍者屋敷かってくらい、仕掛けてある。
「ロシナンテ傭兵団渾身の、フェイクの村だ。夜盗が来ても、村に入りこんだだけで大損害だぜ!」
「おおっ…!」
思わずみんなで拍手をしてしまったよ。
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