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少年期編
46 キラーシルクワーム
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「ロシナンテ傭兵団は、工兵部隊だったんだね。」
工兵部隊というのは、陣地を設営したり、輸送路を整備したりする、言わばサポート部隊。道理で仮設の寝床だとか民家の修繕だとかの手際がいいわけだ。工兵って建築のスペシャリストだもん。私の言葉に、ジャレッドさんは申し訳なさそうに笑った。
「すまんな、隠していて。ちょっと前まで戦闘職もいたんだが…」
戦闘兵には需要がある。何度も戦いに赴き、当初200はいた戦闘兵は、徐々に数を減らし、そのほとんどが戦死。残ったのは戦闘能力のない工兵部隊のみ、ということだった。
「戦争できねぇ戦争屋に仕事はこねぇ。けど…!」
一転、真剣な面差しでジャレッドさんは真新しいフェイク村を指し示した。
「戦えなくても!俺達は役に立つ!夜盗なんか俺達の罠で数を半分、いや十分の一以下に減らしてやる!だから、俺たちをここに置いてくれ!!」
ジャレッドさんに引き続き、傭兵団員たち全員も揃って頭を下げた。
「いい部隊だね、ジャレッドさん」
私は言った。見ていてわかる。ジャレッドさんは団員皆に好かれ、信頼されていると。ちゃんと一致団結できるいい組織だ。それに、彼らの腕は確かだよ。私たちから木材の提供がなかった――つまり原野に生えていた細い木を材料に、民家をいくつも忠実に再現する技術には感服するし。私は父さんたちを見上げた。
「いいんじゃないかな。ロシナンテ傭兵団は、建築の専門家集団。こう言ったら失礼だけど、『兵士』ではないんだからさ。」
ティナ、ムッとしてるけどさ。君、飛行魔道具にめっちゃはしゃいでたじゃん?追い出したら乗れなくなっちゃうよ?
「兵隊じゃない…?」
「うん。家や道路を作る人達だよ」
「サアラが…そう言う、なら…」
よし。ティナの許可は取りつけた。こうして、ロシナンテ傭兵団を、正式に村に迎え入れることが決まった。
◆◆◆
「え?王国兵の魔道具ってフェイクなの?!」
「ああ。少なくとも第10師団以下の奴らの装備は見かけ倒しだぜ」
歓迎にと開いたささやかな宴の席で。ジャレッドさんから驚くべき事実を聞かされた。
「魔道具を動かす魔石は貴重だからな。上層部もそう気前よく支給しちゃくれねぇのさ」
と、ジャレッドさん。てことはだよ?最初にウィリス村にやってきた王国兵の持ってた監視カメラ擬きの魔道具、あれは張りぼてだったの?!
うわぁ。
知らないってオソロシイ…。
ちなみに、監視カメラ魔道具は、さほどコストをかけずに作れるという。
「街道に設置すれば、四六時中見張らなくて済むね」
「前みたいに原野側から来られることもあるよなぁ。何台か頼むか」
イライジャさんに頼んで、材料を取り寄せてもらうことにしました。
◆◆◆
時は過ぎて、春。私は十二歳になった。
傭兵団の皆さん方は、やれ訓練だと言っては植物紙生産の設備をリフォームしてくれたり、村の農道を整備してくれたりして、ウィリス村は以前より少しだけ、住みやすくなった。植物紙生産も、設備を工夫したおかげで効率アップしたしね。けど、課題は残っている。ロシナンテ傭兵団に、いつまでも給金ナシというわけにもいかないからね。いろいろ作ってくれてるけど、報酬らしき報酬も払えてないし…。何かしら金策を考えないといけない。
金策……夏が近くなれば、腐り花を餌で急成長させて、売り出せる。それはやるとして。他に外貨を稼げるものはないだろうか。悶々と考えていると、傭兵団員の一人が声をかけてきた。
「なあ、この村に糸紡ぎはいないか?原野でコレを見つけてさ、」
と、彼が抱えてきたのは真っ白なサッカーボール大の卵形の何か。
「キラーシルクワームの繭じゃないかって思うんだ。このままじゃ売れないけど、紡げば普通の絹糸の七十倍以上の高値になるんだって!」
絹糸!?蚕蛾か!?キラーって枕詞がつくってことは、魔物なんだろうけど。団員さんは、背負い籠に入るだけ、合計七個の繭を拾ってきていた。聞けば、原野には繭がまだたくさんあるという。しかも紡いで糸にすれば、普通の絹糸の七十倍以上の高値とな!!やるしかないでしょ!
「シェリル!頼みがある!」
村へ帰るや、お婆ちゃんが元・糸紡ぎだというシェリルの家へ向かった私。出てきたシェリルにサッカーボール繭を差し出す。
「これ、紡いでくれ!」
「ええ?!」
シェリルはペールグリーンの目を瞬かせ、サッカーボール繭を数秒見つめてから、ぶんぶんと首を横に振る。
「む…無理だよぉ、私、やったことが…」
「おや、サイラスかい?」
いいところに!シェリルのお婆ちゃんが出てきた。
「婆ちゃん!これ!糸にできるか?!」
腰の曲がったシェリルのお婆ちゃんは、その白い繭を見るや、
「いいよ~」
おっとりと返事をし、家の奥へと姿を消し、やがて糸車に似た道具を抱えて戻ってきた。
前世での製糸の工程は、確か最初に繭を煮て、繊維をほぐれやすくして、糸を引っぱり出していた……気がする。歴史の教科書でチラ見した程度の知識だから、全部お婆ちゃんが頼りだ。
「ダメダメ。そんな小さい鍋じゃ繭が一つしか入らないじゃないか。最低五個くらい、繭が鍋の縁に当たらない大きなものを持っておいで」
お婆ちゃんがおっとりと笑って、シェリルが持ってきた鍋を押し返す。お婆ちゃん…平然と言ったけど、サッカーボールが五個入る鍋はないよ…。そこで急遽、繭を持ってきた団員さんが、そこら辺の木を切って、パパッと風呂桶サイズの水槽を作ってくれた。この時点で既に夕方。水槽に入れた水を私が魔法で温め、サッカーボール繭をグツグツ煮る。
「ほらほら、プカプカ浮いてる繭を沈めなきゃ。火が通らないよ」
水槽を作った木材の残りで、ちょいちょいと繭を沈めながらお婆ちゃんが言った。
そして、二時間が経過。空はもう真っ暗だ。
「繭が透きとおってきたら、火が通った証。水に移し替えるよ~」
え?移し替えるの?!水槽はこれしかないよ!?団員さんが急いでどこかへ走っていった。
「すごい臭い~」
「そんなものよぉ~」
眉をひそめるシェリルに、さすが元・糸紡ぎのお婆ちゃんは涼しい顔。と、そこへ…
「これ!鍋じゃねぇけど!」
使い古した感のある木箱――これ、馬の水飲み桶(大)だよね――を抱えて団員さんが戻ってきた。
「んん、ちょっと小さいけど大丈夫かねぇ~」
ちょうど繭が透きとおってきたので、水を入れたその水飲み桶に繭を移し、団員さんたちと家の中に運び入れた。バケツの取っ手のように、桶の真ん中に細い木の棒を置き、その少し前に糸車に似た道具をセットする。水にプカプカ浮いた繭を、お婆ちゃんが箒で撫でると、細い細い繊維が引っ掛かったのが見えた。
「いいかいシェリル、一本じゃ細くて弱くて切れやすい糸。だから、五個の繭からそれぞれ一本取り出して撚り合わせるの。そうしたら切れない強い糸になる…」
糸を撚り合わせて、桶に渡した木の棒に引っ掛け、糸車に巻きつけるお婆ちゃん。その手並みは鮮やかで、私や団員さんたちも言葉を発することなく、真剣にその手許を見つめて…部屋の片隅で聞こえるカサカサという音に全く気づかなかった。
「ほ~ら、あとは糸が切れないように糸車を回して」
カラカラと音をたてて回り始めた糸車に、少しずつ、純白の絹糸が姿を見せ始めた、その時だった。
「キエェェェ!!」
金切り声に似た鳴き声をあげたのは…
「モ〇ラだ…」
某特撮映画に出てきた怪獣モ〇ラのミニチュア版が、わっさわっさと羽ばたいていた。床には穴の開い繭が転がっている。
蚕と違って、不思議な光沢を放つ翅は金にも銀にも見えて美しい。見惚れていると、キラーシルクワームの蛾特有のブラシな触角が、まるで雪の結晶のようにキラキラと煌めき……
「キエェェェ!!!」
ビーーー ちゅどーん!!!
「ええぇ?!」
三筋のレーザービームが発射され、家の壁に大穴を開けた。火花が散り、燃え上がる壁。
「うわっ!」
急いで団員さんたちが水飲み桶から水を掬って、燃える壁にかけた。私も水魔法で消火を手伝う。
「キエェェェ!!!」
奇声をあげ、天井すれすれを飛ぶミニチュアモ〇ラは、どうやら、多くの蛾がそうであるように、外に出られなくて苛ついているらしい。
団員さんたちが家の中に転がっていた箒や自分たちの履いていたスリッパを持って立ち上がる。
「野郎!」
風を切る箒は、すんでのところで避けられ…
ビーーー ちゅどーん!!
「喰らえぇ!!」
殺気を纏ったスリッパは…
ビーーー ばっきゅーん!!
一瞬で消し炭に。
「落ちろっゴルア!!」
振り回したフライパンは、
ビーーー じゅわわ~
ビームで真っ二つ。
モ〇ラめちゃくちゃ強くない?!いや、その前に!ロシナンテ傭兵団の応戦方法、おかしくない?戦闘職じゃなくても工兵ってことは、陣を敷く時に多少の魔物討伐くらいするよね?むしろ必須だよね?!
水魔法で消火をする私の頭上で、
「キエェェェ!!!」
攻撃されて怒ったのか、ミニチュアモ〇ラが照準を私たちに向けた。その触角が眩く光り…
ビーーー
「《結界》!!」
咄嗟に私が展開した結界魔法だったが、
ちゅどーん!!!
「嘘ッ!?結界通り抜けたぁ?!」
なんとビームが私の結界を通り抜けたのだ。あと数センチズレてたらヤバかった。足元に開いた穴に冷や汗ダラダラである。
「光魔法に同じ光魔法の結界は役に立ちませんぜ!」
団員さんが叫ぶ。その手には、植物紙の失敗作を丸めたものを握っている。いや…その、ゴキブリじゃないんだから、その武器はどうかと思うんだ…
「シッ!」
「キエェェェ!!!」
まるで、「『シッ!』じゃねぇボケェ!!」とでも言いたげに、ミニチュアモ〇ラが奇声をあげた。ホント、モ〇ラみたく丸顔に大きなお目々は愛嬌があるけど、今奴は怒り狂っている。放置は危険だ。
「窓っ!窓開けてぇ!!」
「ダメだ!こんな危ねぇ野郎を外に出すワケにゃいかねぇ!」
「家が壊れるぅ!!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたシェリルの両親が開け放った入口の近くにちら見えたモノを、私は全力で呼んだ。
「エリンギマーン!!」
私の呼びかけに「…ウヘ?」と、振り向くエリンギマン。そこを…
ビー ビー ビー
ちゅどどどーん!!!
レーザービームが通過し、不幸なエリンギマンは一瞬で賽の目切りにされた。
「キエェェェ!!!」
バラバラになって崩れ落ちたエリンギマンの上を、ミニチュアモ〇ラが夜空へと羽ばたき、彼方へと飛び去った。残ったのは、ボロボロの家と毒キノコ畑に退化したエリンギマン、そして…
「…ンゴゴゴ、ゴ?」
こんな怪獣大暴走の中呑気に居眠りするお婆ちゃんと、半泣きになりながらもなんとか糸を紡ぎ終えたシェリルだった。
◆◆◆
キラーシルクワームの絹糸が高かった理由がようやくわかった。万一繭から凶暴な成虫が出てきてしまったら、手がつけられない事態に陥るからだった。あんなのが暴走したら、命がいくつあっても足りない。繭とはいえ、よく知らない魔物を拾ってきてはいけない。やらかした翌朝、私と団員さんたちはアイザックとジャレッドさんににこってりと絞られたのだった。
工兵部隊というのは、陣地を設営したり、輸送路を整備したりする、言わばサポート部隊。道理で仮設の寝床だとか民家の修繕だとかの手際がいいわけだ。工兵って建築のスペシャリストだもん。私の言葉に、ジャレッドさんは申し訳なさそうに笑った。
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戦闘兵には需要がある。何度も戦いに赴き、当初200はいた戦闘兵は、徐々に数を減らし、そのほとんどが戦死。残ったのは戦闘能力のない工兵部隊のみ、ということだった。
「戦争できねぇ戦争屋に仕事はこねぇ。けど…!」
一転、真剣な面差しでジャレッドさんは真新しいフェイク村を指し示した。
「戦えなくても!俺達は役に立つ!夜盗なんか俺達の罠で数を半分、いや十分の一以下に減らしてやる!だから、俺たちをここに置いてくれ!!」
ジャレッドさんに引き続き、傭兵団員たち全員も揃って頭を下げた。
「いい部隊だね、ジャレッドさん」
私は言った。見ていてわかる。ジャレッドさんは団員皆に好かれ、信頼されていると。ちゃんと一致団結できるいい組織だ。それに、彼らの腕は確かだよ。私たちから木材の提供がなかった――つまり原野に生えていた細い木を材料に、民家をいくつも忠実に再現する技術には感服するし。私は父さんたちを見上げた。
「いいんじゃないかな。ロシナンテ傭兵団は、建築の専門家集団。こう言ったら失礼だけど、『兵士』ではないんだからさ。」
ティナ、ムッとしてるけどさ。君、飛行魔道具にめっちゃはしゃいでたじゃん?追い出したら乗れなくなっちゃうよ?
「兵隊じゃない…?」
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「サアラが…そう言う、なら…」
よし。ティナの許可は取りつけた。こうして、ロシナンテ傭兵団を、正式に村に迎え入れることが決まった。
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「え?王国兵の魔道具ってフェイクなの?!」
「ああ。少なくとも第10師団以下の奴らの装備は見かけ倒しだぜ」
歓迎にと開いたささやかな宴の席で。ジャレッドさんから驚くべき事実を聞かされた。
「魔道具を動かす魔石は貴重だからな。上層部もそう気前よく支給しちゃくれねぇのさ」
と、ジャレッドさん。てことはだよ?最初にウィリス村にやってきた王国兵の持ってた監視カメラ擬きの魔道具、あれは張りぼてだったの?!
うわぁ。
知らないってオソロシイ…。
ちなみに、監視カメラ魔道具は、さほどコストをかけずに作れるという。
「街道に設置すれば、四六時中見張らなくて済むね」
「前みたいに原野側から来られることもあるよなぁ。何台か頼むか」
イライジャさんに頼んで、材料を取り寄せてもらうことにしました。
◆◆◆
時は過ぎて、春。私は十二歳になった。
傭兵団の皆さん方は、やれ訓練だと言っては植物紙生産の設備をリフォームしてくれたり、村の農道を整備してくれたりして、ウィリス村は以前より少しだけ、住みやすくなった。植物紙生産も、設備を工夫したおかげで効率アップしたしね。けど、課題は残っている。ロシナンテ傭兵団に、いつまでも給金ナシというわけにもいかないからね。いろいろ作ってくれてるけど、報酬らしき報酬も払えてないし…。何かしら金策を考えないといけない。
金策……夏が近くなれば、腐り花を餌で急成長させて、売り出せる。それはやるとして。他に外貨を稼げるものはないだろうか。悶々と考えていると、傭兵団員の一人が声をかけてきた。
「なあ、この村に糸紡ぎはいないか?原野でコレを見つけてさ、」
と、彼が抱えてきたのは真っ白なサッカーボール大の卵形の何か。
「キラーシルクワームの繭じゃないかって思うんだ。このままじゃ売れないけど、紡げば普通の絹糸の七十倍以上の高値になるんだって!」
絹糸!?蚕蛾か!?キラーって枕詞がつくってことは、魔物なんだろうけど。団員さんは、背負い籠に入るだけ、合計七個の繭を拾ってきていた。聞けば、原野には繭がまだたくさんあるという。しかも紡いで糸にすれば、普通の絹糸の七十倍以上の高値とな!!やるしかないでしょ!
「シェリル!頼みがある!」
村へ帰るや、お婆ちゃんが元・糸紡ぎだというシェリルの家へ向かった私。出てきたシェリルにサッカーボール繭を差し出す。
「これ、紡いでくれ!」
「ええ?!」
シェリルはペールグリーンの目を瞬かせ、サッカーボール繭を数秒見つめてから、ぶんぶんと首を横に振る。
「む…無理だよぉ、私、やったことが…」
「おや、サイラスかい?」
いいところに!シェリルのお婆ちゃんが出てきた。
「婆ちゃん!これ!糸にできるか?!」
腰の曲がったシェリルのお婆ちゃんは、その白い繭を見るや、
「いいよ~」
おっとりと返事をし、家の奥へと姿を消し、やがて糸車に似た道具を抱えて戻ってきた。
前世での製糸の工程は、確か最初に繭を煮て、繊維をほぐれやすくして、糸を引っぱり出していた……気がする。歴史の教科書でチラ見した程度の知識だから、全部お婆ちゃんが頼りだ。
「ダメダメ。そんな小さい鍋じゃ繭が一つしか入らないじゃないか。最低五個くらい、繭が鍋の縁に当たらない大きなものを持っておいで」
お婆ちゃんがおっとりと笑って、シェリルが持ってきた鍋を押し返す。お婆ちゃん…平然と言ったけど、サッカーボールが五個入る鍋はないよ…。そこで急遽、繭を持ってきた団員さんが、そこら辺の木を切って、パパッと風呂桶サイズの水槽を作ってくれた。この時点で既に夕方。水槽に入れた水を私が魔法で温め、サッカーボール繭をグツグツ煮る。
「ほらほら、プカプカ浮いてる繭を沈めなきゃ。火が通らないよ」
水槽を作った木材の残りで、ちょいちょいと繭を沈めながらお婆ちゃんが言った。
そして、二時間が経過。空はもう真っ暗だ。
「繭が透きとおってきたら、火が通った証。水に移し替えるよ~」
え?移し替えるの?!水槽はこれしかないよ!?団員さんが急いでどこかへ走っていった。
「すごい臭い~」
「そんなものよぉ~」
眉をひそめるシェリルに、さすが元・糸紡ぎのお婆ちゃんは涼しい顔。と、そこへ…
「これ!鍋じゃねぇけど!」
使い古した感のある木箱――これ、馬の水飲み桶(大)だよね――を抱えて団員さんが戻ってきた。
「んん、ちょっと小さいけど大丈夫かねぇ~」
ちょうど繭が透きとおってきたので、水を入れたその水飲み桶に繭を移し、団員さんたちと家の中に運び入れた。バケツの取っ手のように、桶の真ん中に細い木の棒を置き、その少し前に糸車に似た道具をセットする。水にプカプカ浮いた繭を、お婆ちゃんが箒で撫でると、細い細い繊維が引っ掛かったのが見えた。
「いいかいシェリル、一本じゃ細くて弱くて切れやすい糸。だから、五個の繭からそれぞれ一本取り出して撚り合わせるの。そうしたら切れない強い糸になる…」
糸を撚り合わせて、桶に渡した木の棒に引っ掛け、糸車に巻きつけるお婆ちゃん。その手並みは鮮やかで、私や団員さんたちも言葉を発することなく、真剣にその手許を見つめて…部屋の片隅で聞こえるカサカサという音に全く気づかなかった。
「ほ~ら、あとは糸が切れないように糸車を回して」
カラカラと音をたてて回り始めた糸車に、少しずつ、純白の絹糸が姿を見せ始めた、その時だった。
「キエェェェ!!」
金切り声に似た鳴き声をあげたのは…
「モ〇ラだ…」
某特撮映画に出てきた怪獣モ〇ラのミニチュア版が、わっさわっさと羽ばたいていた。床には穴の開い繭が転がっている。
蚕と違って、不思議な光沢を放つ翅は金にも銀にも見えて美しい。見惚れていると、キラーシルクワームの蛾特有のブラシな触角が、まるで雪の結晶のようにキラキラと煌めき……
「キエェェェ!!!」
ビーーー ちゅどーん!!!
「ええぇ?!」
三筋のレーザービームが発射され、家の壁に大穴を開けた。火花が散り、燃え上がる壁。
「うわっ!」
急いで団員さんたちが水飲み桶から水を掬って、燃える壁にかけた。私も水魔法で消火を手伝う。
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奇声をあげ、天井すれすれを飛ぶミニチュアモ〇ラは、どうやら、多くの蛾がそうであるように、外に出られなくて苛ついているらしい。
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モ〇ラめちゃくちゃ強くない?!いや、その前に!ロシナンテ傭兵団の応戦方法、おかしくない?戦闘職じゃなくても工兵ってことは、陣を敷く時に多少の魔物討伐くらいするよね?むしろ必須だよね?!
水魔法で消火をする私の頭上で、
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ちゅどーん!!!
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団員さんが叫ぶ。その手には、植物紙の失敗作を丸めたものを握っている。いや…その、ゴキブリじゃないんだから、その武器はどうかと思うんだ…
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「キエェェェ!!!」
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「ダメだ!こんな危ねぇ野郎を外に出すワケにゃいかねぇ!」
「家が壊れるぅ!!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたシェリルの両親が開け放った入口の近くにちら見えたモノを、私は全力で呼んだ。
「エリンギマーン!!」
私の呼びかけに「…ウヘ?」と、振り向くエリンギマン。そこを…
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ちゅどどどーん!!!
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「キエェェェ!!!」
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「…ンゴゴゴ、ゴ?」
こんな怪獣大暴走の中呑気に居眠りするお婆ちゃんと、半泣きになりながらもなんとか糸を紡ぎ終えたシェリルだった。
◆◆◆
キラーシルクワームの絹糸が高かった理由がようやくわかった。万一繭から凶暴な成虫が出てきてしまったら、手がつけられない事態に陥るからだった。あんなのが暴走したら、命がいくつあっても足りない。繭とはいえ、よく知らない魔物を拾ってきてはいけない。やらかした翌朝、私と団員さんたちはアイザックとジャレッドさんににこってりと絞られたのだった。
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