RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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少年期編

47 兵士の処遇

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散々な思いをして手に入れたキラーシルクワームの絹糸は、500フロリン――金貨500枚というアホみたいな値で売れた。成虫モ〇ラの危険性ゆえ、七十倍どころではない高値になっていたようだ。500フロリンって、モルゲンの中心部に土地代込でそこそこいい家が建つよ?傭兵団のみなさんに金貨1枚ずつ配って、さらにダライアスに一割の上納金を払っても半分以上余ってしまった。
「なあ…この金で魔石を買ってもいいか?」
ジャレッドさんによれば、フェイク村の幻惑の魔道具とか、心躍るスチームパンクグライダー、それに監視カメラ擬きの魔道具も、魔石を燃料に動くため、買い溜めておきたいとのこと。異論はないのでお任せ…
「それはいけません。こんな大金相当額の魔石を買えば、悪目立ちます。この程度にしなさい」
と、眉をひそめたザカリーさんは金貨数枚を拾いあげた。しょげかえるジャレッドさん。うーむ…まだ半分以上余るね。またイライジャさんに運用してもらうか…。
「いいんじゃない?この村に置いておけば」
と、口を出したのはカリスタさん。
「夜盗対策はしたんでしょ?それに、大金やり取りしてるイライジャに王国が目をつけたらどうするの?アイツ、すぐ調子に乗るし女に弱いし…いつ情報が漏れてもおかしくないんだから」
「そ、それは…」
お言葉ゴモットモデス…。イライジャさんは商才ある有能な商人だけど、悲しいほどの女好きなのだった。ハニートラップとか……ありそうで怖い。
結局、金貨はこの件で建て替えることになったシェリルの家の床下に埋めて隠すことになった。

◆◆◆

キラーシルクワームのことがあってまたしばらく後、イライジャさんが幌馬車数台を引き連れて、村にやってきた。この時期は、植物紙の他腐り花も売るから、イライジャさんの荷も多い。
「毎度どうも。頼まれていた苗、持ってきたよ」
チャノキの苗!緑茶を飲む夢への第一歩だね。大切に育てよう。ティナと一緒にうきうきしながら畑に植えた。果物とかと違って、数年で大きくなりそう。楽しみ~
「ああ、そうそう。君たちに紹介したいんだけど…」
イライジャさんの声かけで、幌馬車の後ろにいた人達がこちらへやってきた。
「ドゥルシネア傭兵団、頼もしい用心棒だよ。なんか、仲間がモルゲンの辺りにいるとかで…」
「フィル?!フィルじゃないか!」
イライジャさんを遮って、ジャレッドさんたちが驚いた顔で駆け寄ってきた。


「え?ロシナンテ傭兵団の人なの?」
目を白黒させる私に、ジャレッドさんとフィルさんという赤毛のおじさんは頷いた。でも、ドゥルシネア傭兵団ってさっき…
「ドゥルシネアってのは、隊長の初恋の娘でね。この名前で傭兵団やってりゃ、いつか会えるんじゃないかと…」
と、フィルさんはニヤニヤしている。
「ま、これで俺達もロシナンテ傭兵団に復帰だ。よろしく頼むぜ!」

……え?

目を瞬く私たちに、ジャレッドさんは胸を張った。
「俺達が誇る、戦闘職さ。まあ…」
少ないけどな、と新たに来た仲間たちを見やった。その数は三十人ばかり。元々二百いたと思えば、ずいぶん少ないけど。
どうしよう……彼らは、兵士だ。

◆◆◆

戦闘職の彼らを受け入れるかは、アイザックたちもかなり迷っていた。ロシナンテ傭兵団がウィリス村に来て約半年、彼らには本当によくしてもらったから――。今更「出ていけ」とも言えなかったのだ。
「森の縁に住むんじゃなけりゃ、大丈夫なんじゃないか?アイザックよ」
これが今のウィリス村民の総意だ。そして、はっきり決断もできぬまま、フィルさんたちはウィリス村に留まっている。言うに言えない、そんな状態で。

そして――

「村の周りをぐるっと掘っておきたいんだ」
ジャレッドさんが横で何やら話している。
「それに、わかっちゃいるんだが……ウィリスからニマムに森の中に道を作りたいんだよ。万が一の時の避難路は必要だし」
……悩ましい。フィルさんたちは、戦闘の才能皆無な工兵部隊――ティナのイタズラ報告から――とは違って、ちゃんと戦える人達なんだという。フィルさんは傭兵団の軍師だと言うし。防衛に不安のあるウィリス村にとって、ちょうど欲しかった人材なのだ。問題は……彼らが湖の嫌いな本職の兵士だということ。
「聞いてるか?」
「あ…」
ジャレッドさんに肩を揺すられて、私は現実に引き戻された。
「ごめん…」
「いや…また今度でいいや」
少しムッとした表情でジャレッドさんは行ってしまった。
そうだ……感じ悪いよな。
私もアイザックたちも、フィルさんたち戦闘職の人達を受け入れると明言はしていない。湖が……森が怖いから。

ねえ、それでいいの?このままだと間違いなくぎくしゃくした関係になるわよ?

私の中の『私』に指摘される。
冷静に考えても、彼らは――最低限の防衛力は村に必要なんだ。ここで迷ってどうする。
「ん?サイラス君、どこへ行くんだい?」
声をかけてきた団員さんに、私はなんとか笑顔を作った。
「ちょっと森へ行ってくるよ」
直談判しよう。思えばあやふやなままなんて性に合わないもん!……うん、怖くはない。たぶん恐らくきっと…

◆◆◆

心なしかいつもより気温が低く感じる『悪食の沼』。深呼吸を三回して…
「話があるの!傭兵団のこと!」
湖に呼びかけると、あの気味が悪いほどに美しい女が姿を現した。
「ロシナンテ傭兵団を、戦闘職も含め村に受け入れたいの!」
言った途端、一気に寒くなる。まるで雪の中にいるようだ。
「女どもが最も嫌いなモノとわかって迎え入れると言うのか…!」
やはり怒っていたか。ビリビリとした威圧を感じる。
そうよ…!そうよ…!とのバックコーラスも聞こえる。
「そうだよ!でも!村を守るには傭兵団が必要なの!」
トラップや脅しだけでは心許なくなってきた。やはり、その方面の専門家が欲しい、と私は訴えた。
「残念だけど、今は平和な時代とは言えないの。村で戦闘はしないし、したくない。前の王国兵みたいに、村で一戦なんて最悪を繰り返したくないから、彼らにいてもらいたいの…!」
そもそも戦闘職と言ったって、たった三十人だ。よそに戦いをふっかけるどころか、防衛戦だってまともにぶつかれば全滅確実。白兵戦は自殺行為だ。
「だが、それは男の言い分だろう。そうやって僅かでも受け入れれば、ズケズケと我らが森に入って来るのではないのか?男は愚かで欲深く、執念深い…なあ、サアラよ、おまえもしや絆されたか?あのエルフと同じく、金欲しさに男にしな垂れかかるのか?」
まるで吹雪の只中にいるかのような冷気。滑るように近づいてきた女が、見定めるように私の顎に手を添え、瞳をのぞきこむ――
「…ッ!」
まるで温かみのない、なのに吸いこまれそうな水色の瞳に魅入られそうになる。でも、ふと思った。この女、「兵が嫌い」とは言わないんだね。ティナもだけど、「男が嫌い」と主張する。それに、森を騒がすなと言いつつも、以前カリスタさんとフリーデさんが魔法で激しく喧嘩した時は反応しなかった。現に今も、「兵士が」じゃなくて「男の言い分だ」とか何とか…。これはもしかしたら、崩せるかもしれない。私はともすれば持っていかれそうな意識を、目の前の女に集中させた。
「ねえ…貴女のその『男は悪、女は善』っていう考え方、止めた方がいいと思うわ」
フリーデさんがいい例だ。だってその論理なら、全員女で構成した王国兵なり盗賊なりが村を襲って虐殺し、森に踏みこんだって『善』になるじゃん?
「まさか…あの爛れたエルフは別として、女の兵や盗賊など…」
「いるよ?この前来た王国兵の親玉は女性だからね」
嘘は言っていない。実際に、王国兵のトップ――戦争を主導している王族とは、この国の王妃様だからだ。

◆◆◆

カリスタさんから聞いた話だ。この国の王妃様にして女傑とも聖女とも讃えられる女性のこと。
「元々はグワルフの出身で、あまり身分は高くなかったらしいわ。けど魔力が高くてしかも光魔法と相性が良かったから、成り上がってね。当時のグワルフ王太子に色目を使って、王太子の婚約者を蹴落とそうとして返り討ちにあって、停戦協定の貢ぎ物も同然でペレアスに差し出されたの」
だけど、さすが王太子に手を出しただけあって、それで終わる彼女じゃなかった。持ち前の美貌と才覚で、今度はペレアスの王族にすり寄った。そして見事第五王子妃に収まり、権謀術数を駆使してライバルの王子たちを蹴落とし、ついには夫を国王にまで押しあげた。
「でね、王妃になった彼女は、かつて自分に辛酸を舐めさせた故国に戦争を仕掛け、手に入れようとしたのよ」
若かりし頃は、彼女自身も兵を率いて戦場に出たのだとか。
「光の魔法使いでしょ?もう聖女だ勝利の女神だとか…かなり持て囃されたらしいわよ?」
まあ、さすがに彼女の強運もそこまでだったのか、グワルフにダメージらしきダメージを与えることはできていないらしいのだけどね、と、カリスタさんは話を結んでいた。
はた迷惑な話だと思わない?

◆◆◆

未だ険しい表情の女だが、冷気はおさまってきた。
「ねえ、ロシナンテ傭兵団のこと、貴女も見てたんでしょ?あの人たちは、村を良くしてくれこそすれ、傍若無人な振る舞いはしなかったでしょ?フィルさんたちも……男とか女とかじゃなくて、人を見て欲しい」
戦闘能力はともかく、ロシナンテ傭兵団は、やろうと思えば村を制圧だってできたと思う。でも、彼らはそんな素振りさえ見せなかった。
私の懇願に、女はしばし考えるような素振りを見せ、
「それでも……信用はできぬ」
ぽつりと言った。
「うん…。だから見ていて欲しい。あの人たちをさ。信用って少しずつ積み上げるものでしょ?私たちは、貴女たちを失望させないように努力するよ。だから、傭兵団のことは…」
「過去の過ちを繰り返すようなら容赦はせぬ。」
そう最後に言い残し、女は唐突にその姿を消した。冷気は収まり、目の前にはいつもと変わらない睡蓮咲く湖がある。
……いいんだね?フィルさんたちを受け入れても。
「ありがとう。恩に着るよ」
静まりかえった湖に、私は礼を言った。

◆◆◆

「ジャレッドさん、」
夕暮れに染まる村を歩くモヒカン頭を、私は呼びとめた。
「はっきりしなくてごめん。村は、フィルさんたちを受け入れると決めたよ。また、家づくりを頼んでもいい?」
振り返ったジャレッドさんは、私を見て少し考えて「おう!」といつもの明るさで応じてくれた。そんなジャレッドさんをまっすぐ見つめて。
「森について、あなたたちに言えないこともたくさんあります。そのことで、腑に落ちないと思わせることもあるかもしれません。でも…ウィリス村はみんな貴方たちに来てもらってよかったと思っています。フィルさんたちにも、ここに留まってもらえればこれほど心強いことはありません。だからどうか、ここにいて下さい」
村の子供ではなく、湖の契約者として。私はぺこりと頭を下げた。子供の言うことだから――そもそもジャレッドさんは湖云々については知らないから、彼がどの程度真面目にとらえてくれるかはわからない。私なりの誠意でけじめだ。急に改まった態度をとった私に、当の彼は、目を白黒させつつも笑顔で頷いてくれた。
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