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魔法学園編
81 刺客
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当たり前だが、文明レベルが中世ヨーロッパ並の異世界には、スマホもなければSNSも存在しない。情報のやり取りは、口伝か手紙である。だから、情報の行き違いや勇み足は割としょっちゅう起こる。
王妃派に属する貴族たちの中に、早速勇み足に出た者がいた。
マーリン伯爵である。
騎士学校での一件――魔道具の密売――から、かの伯爵は辛うじて社交界に留まることに成功した。しかし、それで満足できたわけではなかった。何せほんの少し前までは、宮廷魔術師のもと、王妃派の中枢近くにいた人物である。権力への渇望は強かった。
そんなマーリン伯爵のもとへ、耳寄りな情報がもたらされた。
ニミュエ公爵が南部出身貴族を招いた
これを聞いたマーリン伯爵は、素早く頭の中で計画を練った。かの公爵と南部出身貴族は十数年以上のつきあいがある。公爵が南部地域を支援しているからだ。そのこともあり、南部地域は古参派寄りだと、マーリン伯爵は認識していた。そして一計を案じたのだ。
南部出身貴族がニミュエ公爵に刃を向けたら、古参派の力を大幅に削ぐことができるのではないか、と。
何せ南部には、国の財源たる鉱山がある。それを南部出身貴族から取り上げ、王妃に献上すれば大きな功績になる――マーリン伯爵はそう目論んだ。彼は、南部出身貴族がニミュエ公爵を切って、王太子に近づいたことを知らなかった。
そして――
夜会の翌日。魔法学園でそれは起こった。
午前の授業が終わり、学内が昼食を取る生徒たちで賑わい始めた頃。突如、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
◆◆◆
時を少し巻き戻して。
私は今日も今日とて、学園の中庭で商売に勤しんでいた。へへーん♪移動販売用のリアカー、作っちゃいました!売り子っぽい、エプロンも端布で自作した。商品もクッキーの他に、夏に嬉しい果実水も仕入れた。小分けに瓶詰めして、私の魔力でキンキンに冷やして販売……グフフ、飛ぶように売れるよ。果実水の方は、メイドさんだけしゃなく男性召使いも買いに来るしね。
今日もよく売れた。お昼前に『果実水完売』の札を下げたリアカーで、わくわくと売上集計をしていたら不意に影が差した。
「ごめんなさーい、今日は売り切…」
お客さんかと顔をあげた私は、慌てて言葉を飲み込んだ。
「商売は順調か?」
私を見下ろしていた影――アルが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
◆◆◆
ついこの間「好きだ」と言われた人からプレゼントをもらいました。
………短刀の。
「護身用だ。この国の剣はボロくて話にならんからな」
無骨な短刀を示して、アルが言った。
「もう少し早く渡したかったんだが、取り寄せるのに時間がかかってな。ごくたまにだが、俺に刺客が来ることもある。念のためだ」
アルは帝国の公爵家嫡男。国外にいるとは言え、あちらの政敵が刺客を送りこんでくることはあるそうで、これまでにも数度撃退しているとのこと。物騒な世の中だ。
「おまえみたいな、押し込み強盗擬きもいるしな」
……耳が痛いことも言われた。それに関してはなんっっも言えないよ!
とりあえず、プレゼントを受け取る。軽くて手に馴染む……高そうだ。
「アル」
用事は終わったとばかりに背を向けるアルを、私は呼びとめた。
「アルは…私をどうしたいの?」
ここ数日、彼やグレンさんの言葉、自分の身辺のことを考えて。辿り着いたのは、いくつかの選択肢。感情如何はさておき、アルが望むそれが私には選べない道なら、変な気なんか持たせずにばっさり断ち切らなきゃいけない。四民平等な『日本』と違って、異世界には厳格な身分制度が存在する。両想いだからくっつく、ってわけにはいかないのだよ。
私は、アルの横に立つことはできない。
身分的に一番低い可能性だけど、正式な伴侶は無理だ。ウィリスを離れてメドラウドに行くことになるだろうから。
父さんに『金持ちの老後』をプレゼントするって約束したからね。そのためには、今ウィリスを離れるわけにはいかないんだ。
情緒も何もないけど、私がなれるのは『名無しの現地妻』。社会的には『男』であり続けるためにも、ね。
「私はアルが好きだよ」
まっすぐアルを見て言った。嘘偽り無い私の気持ち――いつの間にか心に芽生えて、ずっと目を背けてきたそれを。
「でも、『奥様』にはなれないの。ウィリスを離れることはできないから」
譲れないことも伝えた。後は…アル、君次第だよ。
「わかった」
真剣な光を湛えた緑玉の瞳と見つめあう。ドコドコと内側から胸を叩いてくる心臓を宥めようと、無意識に胸を押さえた。
「ウィリス村を離れない……その条件なら、おまえはいいと?」
「うん」
迷いなく肯いた。私が引き受けられるのは、『名無しの現地の女』だけど、君がそれでもいいなら。
「そうか。なら、これからよろしくな」
アルは穏やかに微笑んだ。私も「よろしく」と笑う。私とアルとの距離は、数メートル。その距離を縮めることのないまま、アルは去っていった。
……とりあえずの懸念は解消できたかな?
何事もなくお互いの意思を確認できた。ちょっとだけ残念で、ちょっとだけホッとした。こ、この前みたいなことを期待したとかではないよ?!
それが、午前中の話。まさかもらって早々プレゼントを使うことになるなんて、想像だにしなかった。
◆◆◆
「何者です!?」
悲鳴をあげて座りこんだ友人を背に庇い、アナベルは気丈にも護身用の短剣を手に、怪しげな男と対峙していた。いつもの友人たちとテーブルを囲んでいたところに、突然刃物を振りかざした男が乱入してきたのだ。
「ニミュエの娘だな…」
低く呟いた男に、狙いが己だと理解する。アナベルは素早く結界魔法を発動させた。相手の得物がただのナイフなら、結界ですべて弾くことができる。しかし――
パリン…!
結界に弾かれると思ったナイフは、易々とそれを打ち破った。
「!!」
見れば、ナイフの根元に魔力付与の呪印が刻まれている。つまり、結界は意味を成さない。蹈鞴を踏むアナベルに、後方で悲鳴が上がった。白刃が太陽の光を反射し、まっすぐ己に向かってくる――
「アナベル様!」
誰かの切羽詰まった声が聞こえると同時に、アナベルの前に広い背中が現れる。そして、瞬く間に彼は刺客の剣を弾き飛ばしたかと思うと、長い脚が強烈な蹴りを放ち、刺客は地に叩きつけられた。
「アナベル様!大丈夫ですか!」
ペタンと尻餅をつきかけたところを、駆けつけたもう一人――サイラスに抱きとめられた。刺客を倒した方の少年――『ロイ』は、黙々と刺客を縛りあげている。
「あ…あの、怪我は?」
掠れた声で問えば、彼――『ロイ』は無表情で振り返り、きょととアナベルを見つめた後、淡く微笑んだ。
◆◆◆
「刺客を放ったのは…南部の貴族?ほ…本当ですの?」
襲ってきた男を衛兵に引き渡し、とりあえず近くのサロンに落ち着いたアナベルに、先ほど告げられた言葉だ。呆然とするアナベルの後ろには、沈痛な面持ちの『ロイ』が立っている。彼も、支援してきた側として、やりきれない思いでいるのだろう。
「南部って…アナベル様がずっと支援してこられたんですよね?」
サイラスも「どうして…」と、目を丸くしている。状況は、あまりにも不可解だった。
そして。
この事件に驚いていたのは、その南部出身貴族をもてなしていた王太子、そして何より刺客を放った張本人とされた南部出身貴族当人だった。
「な?!そんな…我々はそのようなことをしておりませぬ!」
真っ青な顔で叫ぶ貴族。しかし、間違いなく、昨夜の夜会では彼らはニミュエを切って王太子につく旨を明言していた。即ち、絶対にやっていないとは、言いきれない状況にあった。そして、混乱する彼らのもとに新たな報せがもたらされる。
南部地域で、領民が蜂起したのだ。
王妃派に属する貴族たちの中に、早速勇み足に出た者がいた。
マーリン伯爵である。
騎士学校での一件――魔道具の密売――から、かの伯爵は辛うじて社交界に留まることに成功した。しかし、それで満足できたわけではなかった。何せほんの少し前までは、宮廷魔術師のもと、王妃派の中枢近くにいた人物である。権力への渇望は強かった。
そんなマーリン伯爵のもとへ、耳寄りな情報がもたらされた。
ニミュエ公爵が南部出身貴族を招いた
これを聞いたマーリン伯爵は、素早く頭の中で計画を練った。かの公爵と南部出身貴族は十数年以上のつきあいがある。公爵が南部地域を支援しているからだ。そのこともあり、南部地域は古参派寄りだと、マーリン伯爵は認識していた。そして一計を案じたのだ。
南部出身貴族がニミュエ公爵に刃を向けたら、古参派の力を大幅に削ぐことができるのではないか、と。
何せ南部には、国の財源たる鉱山がある。それを南部出身貴族から取り上げ、王妃に献上すれば大きな功績になる――マーリン伯爵はそう目論んだ。彼は、南部出身貴族がニミュエ公爵を切って、王太子に近づいたことを知らなかった。
そして――
夜会の翌日。魔法学園でそれは起こった。
午前の授業が終わり、学内が昼食を取る生徒たちで賑わい始めた頃。突如、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
◆◆◆
時を少し巻き戻して。
私は今日も今日とて、学園の中庭で商売に勤しんでいた。へへーん♪移動販売用のリアカー、作っちゃいました!売り子っぽい、エプロンも端布で自作した。商品もクッキーの他に、夏に嬉しい果実水も仕入れた。小分けに瓶詰めして、私の魔力でキンキンに冷やして販売……グフフ、飛ぶように売れるよ。果実水の方は、メイドさんだけしゃなく男性召使いも買いに来るしね。
今日もよく売れた。お昼前に『果実水完売』の札を下げたリアカーで、わくわくと売上集計をしていたら不意に影が差した。
「ごめんなさーい、今日は売り切…」
お客さんかと顔をあげた私は、慌てて言葉を飲み込んだ。
「商売は順調か?」
私を見下ろしていた影――アルが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
◆◆◆
ついこの間「好きだ」と言われた人からプレゼントをもらいました。
………短刀の。
「護身用だ。この国の剣はボロくて話にならんからな」
無骨な短刀を示して、アルが言った。
「もう少し早く渡したかったんだが、取り寄せるのに時間がかかってな。ごくたまにだが、俺に刺客が来ることもある。念のためだ」
アルは帝国の公爵家嫡男。国外にいるとは言え、あちらの政敵が刺客を送りこんでくることはあるそうで、これまでにも数度撃退しているとのこと。物騒な世の中だ。
「おまえみたいな、押し込み強盗擬きもいるしな」
……耳が痛いことも言われた。それに関してはなんっっも言えないよ!
とりあえず、プレゼントを受け取る。軽くて手に馴染む……高そうだ。
「アル」
用事は終わったとばかりに背を向けるアルを、私は呼びとめた。
「アルは…私をどうしたいの?」
ここ数日、彼やグレンさんの言葉、自分の身辺のことを考えて。辿り着いたのは、いくつかの選択肢。感情如何はさておき、アルが望むそれが私には選べない道なら、変な気なんか持たせずにばっさり断ち切らなきゃいけない。四民平等な『日本』と違って、異世界には厳格な身分制度が存在する。両想いだからくっつく、ってわけにはいかないのだよ。
私は、アルの横に立つことはできない。
身分的に一番低い可能性だけど、正式な伴侶は無理だ。ウィリスを離れてメドラウドに行くことになるだろうから。
父さんに『金持ちの老後』をプレゼントするって約束したからね。そのためには、今ウィリスを離れるわけにはいかないんだ。
情緒も何もないけど、私がなれるのは『名無しの現地妻』。社会的には『男』であり続けるためにも、ね。
「私はアルが好きだよ」
まっすぐアルを見て言った。嘘偽り無い私の気持ち――いつの間にか心に芽生えて、ずっと目を背けてきたそれを。
「でも、『奥様』にはなれないの。ウィリスを離れることはできないから」
譲れないことも伝えた。後は…アル、君次第だよ。
「わかった」
真剣な光を湛えた緑玉の瞳と見つめあう。ドコドコと内側から胸を叩いてくる心臓を宥めようと、無意識に胸を押さえた。
「ウィリス村を離れない……その条件なら、おまえはいいと?」
「うん」
迷いなく肯いた。私が引き受けられるのは、『名無しの現地の女』だけど、君がそれでもいいなら。
「そうか。なら、これからよろしくな」
アルは穏やかに微笑んだ。私も「よろしく」と笑う。私とアルとの距離は、数メートル。その距離を縮めることのないまま、アルは去っていった。
……とりあえずの懸念は解消できたかな?
何事もなくお互いの意思を確認できた。ちょっとだけ残念で、ちょっとだけホッとした。こ、この前みたいなことを期待したとかではないよ?!
それが、午前中の話。まさかもらって早々プレゼントを使うことになるなんて、想像だにしなかった。
◆◆◆
「何者です!?」
悲鳴をあげて座りこんだ友人を背に庇い、アナベルは気丈にも護身用の短剣を手に、怪しげな男と対峙していた。いつもの友人たちとテーブルを囲んでいたところに、突然刃物を振りかざした男が乱入してきたのだ。
「ニミュエの娘だな…」
低く呟いた男に、狙いが己だと理解する。アナベルは素早く結界魔法を発動させた。相手の得物がただのナイフなら、結界ですべて弾くことができる。しかし――
パリン…!
結界に弾かれると思ったナイフは、易々とそれを打ち破った。
「!!」
見れば、ナイフの根元に魔力付与の呪印が刻まれている。つまり、結界は意味を成さない。蹈鞴を踏むアナベルに、後方で悲鳴が上がった。白刃が太陽の光を反射し、まっすぐ己に向かってくる――
「アナベル様!」
誰かの切羽詰まった声が聞こえると同時に、アナベルの前に広い背中が現れる。そして、瞬く間に彼は刺客の剣を弾き飛ばしたかと思うと、長い脚が強烈な蹴りを放ち、刺客は地に叩きつけられた。
「アナベル様!大丈夫ですか!」
ペタンと尻餅をつきかけたところを、駆けつけたもう一人――サイラスに抱きとめられた。刺客を倒した方の少年――『ロイ』は、黙々と刺客を縛りあげている。
「あ…あの、怪我は?」
掠れた声で問えば、彼――『ロイ』は無表情で振り返り、きょととアナベルを見つめた後、淡く微笑んだ。
◆◆◆
「刺客を放ったのは…南部の貴族?ほ…本当ですの?」
襲ってきた男を衛兵に引き渡し、とりあえず近くのサロンに落ち着いたアナベルに、先ほど告げられた言葉だ。呆然とするアナベルの後ろには、沈痛な面持ちの『ロイ』が立っている。彼も、支援してきた側として、やりきれない思いでいるのだろう。
「南部って…アナベル様がずっと支援してこられたんですよね?」
サイラスも「どうして…」と、目を丸くしている。状況は、あまりにも不可解だった。
そして。
この事件に驚いていたのは、その南部出身貴族をもてなしていた王太子、そして何より刺客を放った張本人とされた南部出身貴族当人だった。
「な?!そんな…我々はそのようなことをしておりませぬ!」
真っ青な顔で叫ぶ貴族。しかし、間違いなく、昨夜の夜会では彼らはニミュエを切って王太子につく旨を明言していた。即ち、絶対にやっていないとは、言いきれない状況にあった。そして、混乱する彼らのもとに新たな報せがもたらされる。
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