RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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動乱編

102 使者の名は

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防衛戦から明けてまだ早朝といえる時間。
居留地――ギデオン様のお屋敷に敵方の使者が訪れた。すぐにウィリス村にも報せが届き、ダライアスとお嬢様が使者の持ってきた書状を確認した。
「ベイリンは何と?」
ザカリーさんの質問に、ダライアスは眉間の皺を深くしてしばし黙した後、書状を読み上げた。

叛逆者ダライアス・モルゲンの首とサイラス・ウィリスを生きたまま差し出せば停戦に応じ、村人および領民の身柄を保障する。

期日は三日後。ダンッと、カリスタさんがテーブルを殴りつけた。
「そんなバカな要求、飲めるわけないでしょ!!」
「同感だ」
「言うことを聞いたところで、相手が約束を守る保障もない。断固拒否しましょう」
フィルさんやザカリーさん、村の大人たちも同意見だと口々に言った。ダライアスも重々しく肯く。
「皆の賛同、ありがたく受け取った。だが、せっかく期日を寄越してきたのだ。ぎりぎりに返事をすればよい。せいぜい休息させてもらうとしよう」
確かに。連日の防衛戦でみんな疲弊している。兵士だけじゃなく、非戦闘員の村人だって、命のやり取りがすぐ近くであって身心をすり減らせている。気休めだけど、みんなが笑えるイベントとか提案してみようかな。
「そうだ、サイラス」
不意にザカリーさんが私を見た。
「ニマム村へ使いを頼まれてくれませんか。確か物資を埋めていたはず。魔石も確か…」
ああ。防衛戦でこっちの在庫をかなり使ってしまったからね――ニマム村も植物紙の利益を少しずつ、魔石とか食糧とかに変えて有事に備えていた――奴らが攻めてきて、住民だけウィリスに避難してきて、今のニマム村は無人。監視カメラ魔道具の映像からも、侵入者が来た様子はなかったし。
「わかった。取ってくる」
私は二つ返事で頷くと、
「サイラスよ、わしの家の床下にの、実はヴィヴィアンの赤があるんじゃ。それも取ってきてくれるか。せっかくの休息じゃ、皆で飲もうぞ」
ヘクター爺ちゃんがにこにことそんな提案をくれた。
「それはいい」
「ヴィヴィアンの赤となっ!」
大人たちも顔を綻ばせる。お酒もロクに楽しめなかったもんね。わかった。全部持ってくるよ。
「サイラス、」
部屋を出ていこうとした私を、珍しいことにダライアスが呼びとめた。
「アーロンは精神を搦め捕り、意のままに操る魔術を得意としている。油断せず、怪しげな挙動の者がいたら、仮に知り合いでも不用意に近づくな。おまえは敵に取られたら、もっとも厄介な人間だ。そのことを肝に銘じろ」
いいな、と念を押すダライアスに、私は黙って頷いた。

扉が閉まり、サイラスの足音が遠ざかってから。ダライアスは、今一度集う面々を見渡した。これから話すことは、サイラスには聞かせない方がよいだろう。
「この書状を持ってきた使者だが」
深い深いため息を吐いて、ダライアスは使者の名を告げた。
「我が愚息、ブルーノだ」

◆◆◆

一方その頃、王都の外れにある酒場。
店の中は熱気と酒気がこもり、客は賭け事や怪しげな取引に興じるか、もしくは店の踊り子の腰を抱いて下卑た笑みを浮かべている。大人しそうな客など一人もいない。皆、荒くれ者と一目でわかるような男たちだ。
そこへ。
キィ…と木の扉が開いて、新たな客が入ってきた。
「おい…カモだ」
「世間知らずの金持ちだ」
エールのジョッキをいくつも並べたテーブルから凶悪な意思を滲ませた視線が、その哀れな客に集中する。なにせその客ときたら、お忍びのつもりだろうけど身なりの良さが隠しきれていない。どっからどうみても貴族のボンボンだ。身ぐるみ剥いだらいくらになるだろう、と、居合わせた荒くれ者たちは皆思った。
「ここは空いているか?」
「おう、座りな」
何も知らずに相席を申し入れたカモ――黒髪にエメラルドグリーンの瞳の細っこい美青年――に、声をかけられた荒くれ者はニタリと笑った。護衛も連れず、一人きりで俺のテーブルに来てくれるとは実に運がいい。
「アンタらは、腕に覚えは?」
「おう、潜った鉄火場は数知れねぇぜ」
まあ、飲め。奢りだ、などと荒くれ者は、不幸なカモの前にニヤニヤしながらエールのジョッキを置いた。

◆◆◆

ウィリス村。ダライアスを中心に、大人たちが食い入るようにかの書状を見つめていた。
「お兄様のご様子は?はっきり、あちら側についた言動はございまして?」
まず、口を開いたのはオフィーリアだ。
「そうね。まず、ブルーノ様は正気だった?アーロンの魔術にやられているなら、とりあえず見張りつけてメドラウドあたりに行ってもらうわ」
精神系の魔法って、術者と離れると効力が薄れるのよ、とカリスタが言う。
「それが…」
ブルーノから直接書状を受け取った村人――ヘクターの息子は言葉を濁した。
「私の見たところ、彼はいたって普通でしたよ。操られているようには見えませんでした。それに、ブルーノ様はこの書状について『モルゲンの窮状を打開するものだ』ともおっしゃっておられました。あくまでも私の想像ですが……ブルーノ様はこの書状の中身を知らなかったのではありませんか?」
彼の報告を受けて、大人たちがざわつく。
「なるほど。中身をブルーノ様の知らぬうちに何者かがすり替えたと?」
「仮にそうだとしたなら、ブルーノ様のおっしゃる『窮状を打開するもの』は、敵方に知られてしまったことになります。役に立つとは思えません」
フィルの指摘に室内に沈黙が落ちる。やがて、沈黙を破ってダライアスが口を開いた。
「ギデオン様、面倒を頼んで申し訳ないが、この戦が終わるまでブルーノを預かってはくれぬか。精神魔法にやられたか否かも確証がないことには、奴と接触するのは避けた方がよかろう。待遇は問わぬゆえ…」
その顔には苦渋が滲む。領主として実の子を疑わねばならないのだ。そして、結果次第では切り捨てねばならない。
「わかった。接触する者には念のため対精神魔法の魔道具を持たせよう。言い方は悪いが、屋敷の客室に軟禁じゃ」
ギデオンもまた難しい顔で頷いた。

◆◆◆

酒場の風景は一変していた。
酒樽のいくつかが横に転がり、テーブルは倒れているだけならまだしも、大半が木っ端微塵に破壊されているとはどういうことだろう。
「エールが…ああ、これもダメですねぇ。破損計七つ、テーブルと椅子は全てゴミになりましたし、被害総額しめて47フロリン15ソルド」
「フン、どうせ俺のモノになるんだ。もっとマシなものを揃えろ」
「御意」
今、俺――荒くれ者のジャン・マリアは、床に伸びた状態で、すぐそばに縄でぐるぐる巻きにされて床に転がされ、顔面が可哀相なことになっている店主の男と向き合っている。鼻血と青アザで大変痛々しい。俺の顔も似たようなモンだろうが…

結果から言おう。
あのカモはバケモノだった。

不意をついたつもりが、拳を振り抜いた所にカモの身体はなく。「えっ?」と思った次の瞬間、顔面に強烈な蹴りがめりこんだ。テーブルについた片手を軸にした見事な回し蹴りだった。一瞬あの世が見えたぜ…
俺を一撃で沈めたカモは、激昂して飛びかかってきた荒くれ者たちを次々に素手でボコボコにして、十分後。店は嘘みたいに静かになった。そんで、カモの家来っぽい小綺麗な兄ちゃんが、ぐるぐる巻きになった店主を引きずって入ってきて、今に至る……。この兄ちゃんにも逆らわない方が良さそうだ。俺の野生の勘がそう言っている。

つーか、このカモ誰??

あ、一応この店、領主サマに上納金納めてるから、摘発とかはないはずなんだぜ?
「まぁ、久々に暴れてスッキリしたな」
カモがそんなことを言ってる。このカモ、店の客全員相手にして、息一つ乱しちゃいねぇ。しかも、俺達ストレスの捌け口にされたっぽい。酷ぇよ。俺ら日々真面目に裏稼業に勤しむ荒くれ者だってのに。
「おい、立て。おまえら」
カモが命令した。有無を言わさぬ声だった。
俺はヘロヘロと立ちあがった。
「おまえらは今から俺の下僕だ。ついてこい」
こうして、俺達はカモ――アルフレッド様の子分になった。
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