115 / 205
動乱編
114 戦の終わり
しおりを挟む
モルゲン奪還の瞬間を、私はアルと飛竜の上から眺めていた。
あの子に刺されて、目の前であの子が自害して。気がついたらアルが助けに来ていて。脱出して間もなくしてこうなった。
「モルゲンの勝利だ、サアラ」
「…うん」
私が何もできないでいるうちに、決着がついた。街の周りで相打ち合戦をやっている敵兵がまだ片づいていないだけだ。
「…さて」
アルが不毛な戦いに明け暮れるベイリン兵を見下ろした。
「アレを止めるか」
言うや、懐から羊皮紙の紙片を取り出した。懐かしい、『三枚の御札』もどき。
「頭から冷水浴びたら、バカやってるって気づくだろ」
アンデッドはいつの間にか姿を消している。そのことに彼らは気づいていないのだ。辺りには戦い続ける彼らと、何故か大量のピンクのウサギカチューシャが散乱していた。
「…手伝う」
飛竜で兵士たちの頭上に移動する。
「「《水よ…》」」
二人の声が重なる。
「「《我らが盾となれ》!!」」
宙を舞った紙片は、たちまち激流へと姿を変え、頭から大量の水を被った兵士たちは、ようやく自分たちを追っていたアンデッドが消えていることに気づいた。濡れ鼠になった彼らも、モルゲンに翻る旗に気づいたのだろう。多くの兵が武器を取り落とし、一拍後に次々にベイリンの方へと逃げ出した。
こうして、戦争はようやく終結を迎えたのだった。
◆◆◆
サアラの希望で、俺――アルフレッドは、飛竜をモルゲン領主の屋敷へと飛ばせた。
「終わった後でいい。話を聞かせてくれ」
アンダードレス一枚だったサアラには、とりあえず俺のジャケットを羽織らせておいた。華奢な彼女に、俺のジャケットはまるで丈の長すぎるガウンだ。
「寒くないか?」
「…うん。ごめんな、上着取っちゃって」
申し訳なさそうに俺を見上げたサアラだが、不意に様子が変わる。カタカタと震えて、口を手で押さえ、身体をくの字に折り曲げる。
「フッ…くっ、」
「どうした?!おい」
飛竜を空中で停止させて、俺はサアラの顔を覗き込んだ。顔、真っ青だぞ。
「あ…ア、ル…その、」
空色の瞳を涙で潤ませ、サアラは蒼白な顔で言った。
「吐く」
短く宣言するや、飛竜から身を乗り出した彼女を俺は慌てて支えた。
「うえ~~~」
「……。」
なあ…。一つ聞きたいんだが。
おまえ、なんで生きた小アジを吐いてんだ??
モルゲン領主の屋敷に、銀色の小魚がピチピチしながら降り注ぐ。なんだコレ。
「まさか…踊り食いしたのか??」
言ってみて「ないな」と思った。生きた小アジを踊り食いとか、喉から血が噴き出すに決まっている。自殺行為だ。
「あ…」
思い出したのは、あの妙なスクイッグの言葉。
「副作用でヒキガエルでもって小アジだけど、コレ飲まないとマスターが…」
「副作用?!」
でもあのキノコ、「ヒキガエルでもって、」って言ってた。
「カエルも吐くのか…?!」
アルフレッドは、オヤジギャグを理解できない男であった。
◆◆◆
奪還した領主の屋敷。その主の部屋で、カリスタは沈痛な表情で目を閉じていた。
(恐らく…間に合わないわ)
既にウィリスのオフィーリアの元に、竜騎兵を飛ばしたが。
「ダライアス様…」
寝台に横たわる領主は、既に目を閉じていた。
ダライアス・フォン・モルゲン、戦死。
兵を鼓舞するため、先頭をきってモルゲン市街に攻めこんだダライアスは、身体の数ヵ所に矢を受け、落馬した。すぐに部下が救助したが、既に男爵の意識は朦朧としていた。カリスタたちの「勝った」という声も届いたかわからない。急ぎここに運びこんだが、そこで彼は力尽きた。
「お父様!」
乱暴にドアが開き、駆けこんできたオフィーリアと、彼女に続くようにサイラスとアルフレッドも入ってきて、眠る男爵の姿に言葉を失った。
「つい先ほど、男爵様は天に召されました」
震える声でカリスタは告げた。
「このことは、しばらく秘密にします…!」
鬼女の形相で、カリスタは言った。ベイリンに勝っても、肝心の領主が死んだとわかれば男爵家の血を引くのはオフィーリア――爵位を継げない娘のみ。このことが王国に知れれば、モルゲン男爵家は取り潰しになるだろう。秘匿するしかないのだ。
部屋に、痛いほどの沈黙が落ちて。
どれくらい時間が経ったろうか。
じっと亡くなった父を見つめていたオフィーリアが、ゆらりと立ちあがった。
「カリスタ、」
低い声は、何か決意でも固めたようで。紅玉の瞳が、何故かまっすぐサイラスを見つめた。
「今日、モルゲン男爵領は消滅します」
「!!」
一瞬、言葉を失ったカリスタの前で、オフィーリアはグイとサイラスを引き寄せ、自分の横に並ばせた。
「ペレアス王国モルゲン男爵領は消滅し、今、この瞬間より…」
顔を上げた彼女に、ふわふわした愛らしさは一片もなかった。あるのは、亡き父に通じる気迫――
「ペレアス王国より独立し、モルゲン・ウィリス王国とします…!!」
誰もが呆然としている。あのアルフレッドでさえ、ポカンと口を開けて呆けていた。カリスタもまた、唖然としつつも悟る。
(そうか…。ペレアス王国のルールでは、お嬢様は爵位を継げない。だから、独立して女王を名乗るつもり…)
あまりに途方もない提案だ。しかし、驚きの宣言は、まだ終わってはいなかった。
「今、私オフィーリア・フォン・モルゲンは、サイラス・ウィリスを夫とし、」
彼女の横にいたサイラスの目が大きく見開かれる。
「この混乱に乗じて、ベイリンを攻め落とします!!」
あの子に刺されて、目の前であの子が自害して。気がついたらアルが助けに来ていて。脱出して間もなくしてこうなった。
「モルゲンの勝利だ、サアラ」
「…うん」
私が何もできないでいるうちに、決着がついた。街の周りで相打ち合戦をやっている敵兵がまだ片づいていないだけだ。
「…さて」
アルが不毛な戦いに明け暮れるベイリン兵を見下ろした。
「アレを止めるか」
言うや、懐から羊皮紙の紙片を取り出した。懐かしい、『三枚の御札』もどき。
「頭から冷水浴びたら、バカやってるって気づくだろ」
アンデッドはいつの間にか姿を消している。そのことに彼らは気づいていないのだ。辺りには戦い続ける彼らと、何故か大量のピンクのウサギカチューシャが散乱していた。
「…手伝う」
飛竜で兵士たちの頭上に移動する。
「「《水よ…》」」
二人の声が重なる。
「「《我らが盾となれ》!!」」
宙を舞った紙片は、たちまち激流へと姿を変え、頭から大量の水を被った兵士たちは、ようやく自分たちを追っていたアンデッドが消えていることに気づいた。濡れ鼠になった彼らも、モルゲンに翻る旗に気づいたのだろう。多くの兵が武器を取り落とし、一拍後に次々にベイリンの方へと逃げ出した。
こうして、戦争はようやく終結を迎えたのだった。
◆◆◆
サアラの希望で、俺――アルフレッドは、飛竜をモルゲン領主の屋敷へと飛ばせた。
「終わった後でいい。話を聞かせてくれ」
アンダードレス一枚だったサアラには、とりあえず俺のジャケットを羽織らせておいた。華奢な彼女に、俺のジャケットはまるで丈の長すぎるガウンだ。
「寒くないか?」
「…うん。ごめんな、上着取っちゃって」
申し訳なさそうに俺を見上げたサアラだが、不意に様子が変わる。カタカタと震えて、口を手で押さえ、身体をくの字に折り曲げる。
「フッ…くっ、」
「どうした?!おい」
飛竜を空中で停止させて、俺はサアラの顔を覗き込んだ。顔、真っ青だぞ。
「あ…ア、ル…その、」
空色の瞳を涙で潤ませ、サアラは蒼白な顔で言った。
「吐く」
短く宣言するや、飛竜から身を乗り出した彼女を俺は慌てて支えた。
「うえ~~~」
「……。」
なあ…。一つ聞きたいんだが。
おまえ、なんで生きた小アジを吐いてんだ??
モルゲン領主の屋敷に、銀色の小魚がピチピチしながら降り注ぐ。なんだコレ。
「まさか…踊り食いしたのか??」
言ってみて「ないな」と思った。生きた小アジを踊り食いとか、喉から血が噴き出すに決まっている。自殺行為だ。
「あ…」
思い出したのは、あの妙なスクイッグの言葉。
「副作用でヒキガエルでもって小アジだけど、コレ飲まないとマスターが…」
「副作用?!」
でもあのキノコ、「ヒキガエルでもって、」って言ってた。
「カエルも吐くのか…?!」
アルフレッドは、オヤジギャグを理解できない男であった。
◆◆◆
奪還した領主の屋敷。その主の部屋で、カリスタは沈痛な表情で目を閉じていた。
(恐らく…間に合わないわ)
既にウィリスのオフィーリアの元に、竜騎兵を飛ばしたが。
「ダライアス様…」
寝台に横たわる領主は、既に目を閉じていた。
ダライアス・フォン・モルゲン、戦死。
兵を鼓舞するため、先頭をきってモルゲン市街に攻めこんだダライアスは、身体の数ヵ所に矢を受け、落馬した。すぐに部下が救助したが、既に男爵の意識は朦朧としていた。カリスタたちの「勝った」という声も届いたかわからない。急ぎここに運びこんだが、そこで彼は力尽きた。
「お父様!」
乱暴にドアが開き、駆けこんできたオフィーリアと、彼女に続くようにサイラスとアルフレッドも入ってきて、眠る男爵の姿に言葉を失った。
「つい先ほど、男爵様は天に召されました」
震える声でカリスタは告げた。
「このことは、しばらく秘密にします…!」
鬼女の形相で、カリスタは言った。ベイリンに勝っても、肝心の領主が死んだとわかれば男爵家の血を引くのはオフィーリア――爵位を継げない娘のみ。このことが王国に知れれば、モルゲン男爵家は取り潰しになるだろう。秘匿するしかないのだ。
部屋に、痛いほどの沈黙が落ちて。
どれくらい時間が経ったろうか。
じっと亡くなった父を見つめていたオフィーリアが、ゆらりと立ちあがった。
「カリスタ、」
低い声は、何か決意でも固めたようで。紅玉の瞳が、何故かまっすぐサイラスを見つめた。
「今日、モルゲン男爵領は消滅します」
「!!」
一瞬、言葉を失ったカリスタの前で、オフィーリアはグイとサイラスを引き寄せ、自分の横に並ばせた。
「ペレアス王国モルゲン男爵領は消滅し、今、この瞬間より…」
顔を上げた彼女に、ふわふわした愛らしさは一片もなかった。あるのは、亡き父に通じる気迫――
「ペレアス王国より独立し、モルゲン・ウィリス王国とします…!!」
誰もが呆然としている。あのアルフレッドでさえ、ポカンと口を開けて呆けていた。カリスタもまた、唖然としつつも悟る。
(そうか…。ペレアス王国のルールでは、お嬢様は爵位を継げない。だから、独立して女王を名乗るつもり…)
あまりに途方もない提案だ。しかし、驚きの宣言は、まだ終わってはいなかった。
「今、私オフィーリア・フォン・モルゲンは、サイラス・ウィリスを夫とし、」
彼女の横にいたサイラスの目が大きく見開かれる。
「この混乱に乗じて、ベイリンを攻め落とします!!」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
望んでいないのに転生してしまいました。
ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。
折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。
・・と、思っていたんだけど。
そう上手くはいかないもんだね。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる