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動乱編
115 生き残るために
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「ベイリンを攻める?!正気ですかお嬢様?!」
私――カリスタは思わず叫んだ。あまりにも無茶で無謀だったからだ。この戦で多くの兵が傷つき、戦場となった荒れ果てたモルゲン。何よりも復興が優先されるべきとは、火を見るより明らかだ。それを、さらに戦争を続けようなど…
「ではカリスタ、このままの小さな領地で、南部鎮圧に赴いた王国兵をこちらに向けられたら、この地はどうなります?」
「ッ!」
言葉を失ったカリスタにオフィーリアは畳みかけた。
「父の死を秘匿したところで、ひと月と保ちません。ここを治めるのが魔の森を理解する者でなければ、私たちの辿る運命は同じ。だから、無茶でも無謀でも攻める気を挫く説得力が要るのです」
今なら王国側もベイリンが負けたことを知らない。だから、彼らが動く前にベイリンを手中におさめる。
アーロンがモルゲンを狙ったのは、メドラウドとの繋がりと、諸外国へ開けた港があるからだ。そして、二つの領地を合わせれば、簡単に攻め込めない広さと勢力になる。
「時は有限よ。すぐに準備を、カリスタ。サイラスはその格好ではダメね。ザカリー、男物の服を用意して。確かお兄様が昔着ていたものがあったはず。あれを」
ブルーノの服を、と言われた途端、サイラスの表情が強張った。
「お嬢様、それは…!」
てきぱきと指示するオフィーリアに、彼女はは拒絶を告げようとした、が。
「貴方しかいないのよ」
震える声にサイラスの肩が揺れた。
「貴方以外の誰が、あの『魔の森』を御せるというの?だから、お父様は命を賭してでも取り戻した。拒否は許さないわ。貴方は私の王配……私に、お兄様を喪った悲しみをもう二度と味わわせないで…!!」
兄を喪った悲しみを味わわせるな、と言われた途端、サイラスの空色の瞳がすぅっと透きとおるのがわかった。
(ずるい命令ね…)
カリスタは思った。オフィーリアは利用したのだ。遺された者という立場を。サイラスの罪悪感を。『魔の森』というバケモノを、人間如きが御せはしないのに。
「私は、亡きお兄様とお父様の遺志を継ぐの。まだ終わりではないのよ。私を助けなさい、サイラス」
有無を言わさぬオフィーリアに、サイラスは一瞬押し黙り、ややあって頷いた。その表情は見えなかった。
◆◆◆
その日の夜、私たちはベイリン領へと旅立った。
「できるだけ早く、且つ戦闘を避ける方向で」
お嬢様から方針を聞かされ、ならばと一度ウィリス村へと戻って、お蔵入りしていた高級馬車を引っぱり出し、私とお嬢様は今、それに乗っている。要は見栄だ。大軍を押し返してなお、田舎じゃ見たことがないような贅沢な馬車を乗り回せるっていう、ね。
「ベイリンかぁ…こりゃまたずいぶん遠くにきたもんだなぁ」
とか呟いているのは、アルから借りた兵士のジャン・マリアさん。顔が絆創膏だらけなのは、飛竜の操縦をミスって櫓に突っ込んだからだとか。
私たちに同行してくれたのは、彼らとアル、飛竜たち。他はザカリーさんにフィルさんに、モルゲン兵たち合わせて百人くらいかな。ああ、メイドさんたちも合わせると百を超えるか。本当はもっと大人数で「ドヤァ!」ってやりたいところだけど、そんなことしたらモルゲン復興が疎かになる。これが精一杯だ。
「知っているとは思うけど、ベイリンはアーロンを中心に小粒貴族たちが集まった連合みたいなものよ。従う家の内、最も大きいのがネーザル准男爵。『美姫』っていう触媒の原料になる魔草の産地で、ベイリン領の財政の要。他は、さしたる特徴も爵位もない弱小貴族よ。彼らはアーロンにくっついているだけのプライドだけは高い寄生虫――でも、ネーザルが動けば、彼らも同調するでしょうね」
車内で、お嬢様はそんな情報をくれた。
ちなみに、ベイリン男爵家はアーロンの跡継ぎとしてフェリックスという人物がいる。他に男爵家の人間は、フェリックスの姉のノエル、懐かしいけどその昔私を蹴り飛ばしてくれた若様、ルーサーだそうだ。まあ、家の外に出た人間として、既に成人した息子が二人いるらしいけど。彼らのことは考えなくていい、と、お嬢様は言った。
「まずはフェリックス様に会って、その後ネーザルに。その他は後回しよ」
ともかく、蓋を開けてみなければわからないけど、昨日までガッツリ戦争してた相手に、独立するから従えって言って、果たしてうまく行くのだろうか。
◆◆◆
「父が戦に負けただと?そんな馬鹿なこと、あるはずなかろう!」
ベイリン男爵の屋敷にて。私たちに吠えたのは、サラサラした銀髪を無理矢理オールバックに固めた……幼児だった。
フェリックス・フォン・ベイリン、御歳七歳。
はい、子供です。ちなみに彼の母親は、既に亡くなっている。彼の後には、でっぷりした貫禄のあるオジサマが仁王立ちして、こちらを馬鹿にしたような眼差しで見下ろしていた。
そして五分後。
「やめろっ!触るなぁ!放せぇ!!」
私に抱えあげられて暴れるフェリックス様だけど、甘いよ。私たち、まだ敵同士なんだよ?城に迎え入れた時点でダメじゃん?
…まあ、わざとお嬢様と私に女性であるカリスタさんの三人で、護衛もつけず訪ねて油断を誘い、待ち受けていた兵が襲いかかってきたところをエリンギマンAG謹製痺れ粉をぶっかけて全員戦闘不能にしての……だけどね。ともかく、ベイリンの現当主は捕らえた。
ちらと横に目をやると、例のでっぷりしたオジサマがカリスタさんに取り押さえられていた。
ベイリン男爵邸は、領主を捕らえたことで呆気なく制圧された。見事なまでの無血開城。
お嬢様によると、彼は例の寄生虫弱小貴族の一人で、歴史だけは長いアロガント家当主だそうな。たぶん、幼いフェリックス様に代わってアーロン留守中の政務をやってたのかな。詳しいことは、後でじっくり聞くとして。
「とりあえず、第一関門クリアだね」
暴れるフェリックス様を軽々と抱っこして、私は息を吐いた。後はこの子を人質に、各連合擬きの貴族を訪問するのだ。
その日は、ベイリン男爵邸の旗をモルゲンのそれに変え、私がフェリックス様を抱えてちょっとしたパフォーマンスをした。具体的には、市街を凱旋して回ったんだ。支配者が変わったと、領民に知らしめるためにね。フェリックス様がいかにも囚われの人質ですといった体でしょんぼりしていたため、パフォーマンスは恙なく終わった。
◆◆◆
それからは怒濤の毎日だった。
まず、とっ捕まえたアロガント家のオジサマが実質飾り物以下の役立たずで、ベイリンの行政のあれこれを掴むのに無駄に時間がかかった。ベイリンの政治は、基本アーロンと腹心のネーザルの二人で回していたらしい。アロガントはただの手足、つまり脳みそのない道具に過ぎなかった。
「戦に勝てると思いこんでいたのね」
とは、オジサマを尋問したカリスタさんの言。まあ確かに兵力差は圧倒的だったし。アーロンの「勝った」と思うのも、無理はないのかもしれない。きっと、自分が戦に負けて私たちが本陣に乗り込んでくるなんて予想だにしなかった。だから……平和な本陣の留守をボンクラに任せてしまった。
まあ、無血開城に至った原因はそれだけじゃないけどね。どういうわけから、ベイリン領に入ってから一度も戦闘をしなかったんだよ。私たち。てっきり守備兵と交戦するものと思っていたのに、領境の城砦はもぬけの殻だった。
かなり後になって知ったのは、王女サマことエヴァが、アンデッド軍団で彼らを追い立ててモルゲンまで走らせたこと。だから、ベイリンは兵士にくわえ、城砦近隣の農民すらいなかったのだ。
さらに。
ネーザルに行く直前にウィリスから現当主が既に戦死していると連絡が来て、急遽訪問順序をいじって右往左往したり。そうこうしていたら、逃げ帰ってきた兵や領民が飢餓状態で到着してひと悶着あったり。
何だかんだあって、気づけばひと月が過ぎてしまっていた。
でも、今回は本当に運がよかったよ。
この幸運に浮かれず、私たちは気を引き締めなくてはならない。何の準備もせず、負かしたとは言え敵地に少数で乗り込むなんて自滅のリスクが高すぎる。さらに、楽々入城した後も、情報が錯綜して右往左往――こんな体たらくじゃ、いずれ足元を掬われる。
ともかく、担がれそうな旧支配者はフェリックス様のように人質という名目でモルゲンに連れて帰ることに決めた。ベイリンにこちらの手勢を置いていけないため、仕方がない。しばらくは反乱を警戒するためにも、頻繁に行き来するしかないだろう。くたくたに疲れて、私たちは帰路を急ぐのだった。
私――カリスタは思わず叫んだ。あまりにも無茶で無謀だったからだ。この戦で多くの兵が傷つき、戦場となった荒れ果てたモルゲン。何よりも復興が優先されるべきとは、火を見るより明らかだ。それを、さらに戦争を続けようなど…
「ではカリスタ、このままの小さな領地で、南部鎮圧に赴いた王国兵をこちらに向けられたら、この地はどうなります?」
「ッ!」
言葉を失ったカリスタにオフィーリアは畳みかけた。
「父の死を秘匿したところで、ひと月と保ちません。ここを治めるのが魔の森を理解する者でなければ、私たちの辿る運命は同じ。だから、無茶でも無謀でも攻める気を挫く説得力が要るのです」
今なら王国側もベイリンが負けたことを知らない。だから、彼らが動く前にベイリンを手中におさめる。
アーロンがモルゲンを狙ったのは、メドラウドとの繋がりと、諸外国へ開けた港があるからだ。そして、二つの領地を合わせれば、簡単に攻め込めない広さと勢力になる。
「時は有限よ。すぐに準備を、カリスタ。サイラスはその格好ではダメね。ザカリー、男物の服を用意して。確かお兄様が昔着ていたものがあったはず。あれを」
ブルーノの服を、と言われた途端、サイラスの表情が強張った。
「お嬢様、それは…!」
てきぱきと指示するオフィーリアに、彼女はは拒絶を告げようとした、が。
「貴方しかいないのよ」
震える声にサイラスの肩が揺れた。
「貴方以外の誰が、あの『魔の森』を御せるというの?だから、お父様は命を賭してでも取り戻した。拒否は許さないわ。貴方は私の王配……私に、お兄様を喪った悲しみをもう二度と味わわせないで…!!」
兄を喪った悲しみを味わわせるな、と言われた途端、サイラスの空色の瞳がすぅっと透きとおるのがわかった。
(ずるい命令ね…)
カリスタは思った。オフィーリアは利用したのだ。遺された者という立場を。サイラスの罪悪感を。『魔の森』というバケモノを、人間如きが御せはしないのに。
「私は、亡きお兄様とお父様の遺志を継ぐの。まだ終わりではないのよ。私を助けなさい、サイラス」
有無を言わさぬオフィーリアに、サイラスは一瞬押し黙り、ややあって頷いた。その表情は見えなかった。
◆◆◆
その日の夜、私たちはベイリン領へと旅立った。
「できるだけ早く、且つ戦闘を避ける方向で」
お嬢様から方針を聞かされ、ならばと一度ウィリス村へと戻って、お蔵入りしていた高級馬車を引っぱり出し、私とお嬢様は今、それに乗っている。要は見栄だ。大軍を押し返してなお、田舎じゃ見たことがないような贅沢な馬車を乗り回せるっていう、ね。
「ベイリンかぁ…こりゃまたずいぶん遠くにきたもんだなぁ」
とか呟いているのは、アルから借りた兵士のジャン・マリアさん。顔が絆創膏だらけなのは、飛竜の操縦をミスって櫓に突っ込んだからだとか。
私たちに同行してくれたのは、彼らとアル、飛竜たち。他はザカリーさんにフィルさんに、モルゲン兵たち合わせて百人くらいかな。ああ、メイドさんたちも合わせると百を超えるか。本当はもっと大人数で「ドヤァ!」ってやりたいところだけど、そんなことしたらモルゲン復興が疎かになる。これが精一杯だ。
「知っているとは思うけど、ベイリンはアーロンを中心に小粒貴族たちが集まった連合みたいなものよ。従う家の内、最も大きいのがネーザル准男爵。『美姫』っていう触媒の原料になる魔草の産地で、ベイリン領の財政の要。他は、さしたる特徴も爵位もない弱小貴族よ。彼らはアーロンにくっついているだけのプライドだけは高い寄生虫――でも、ネーザルが動けば、彼らも同調するでしょうね」
車内で、お嬢様はそんな情報をくれた。
ちなみに、ベイリン男爵家はアーロンの跡継ぎとしてフェリックスという人物がいる。他に男爵家の人間は、フェリックスの姉のノエル、懐かしいけどその昔私を蹴り飛ばしてくれた若様、ルーサーだそうだ。まあ、家の外に出た人間として、既に成人した息子が二人いるらしいけど。彼らのことは考えなくていい、と、お嬢様は言った。
「まずはフェリックス様に会って、その後ネーザルに。その他は後回しよ」
ともかく、蓋を開けてみなければわからないけど、昨日までガッツリ戦争してた相手に、独立するから従えって言って、果たしてうまく行くのだろうか。
◆◆◆
「父が戦に負けただと?そんな馬鹿なこと、あるはずなかろう!」
ベイリン男爵の屋敷にて。私たちに吠えたのは、サラサラした銀髪を無理矢理オールバックに固めた……幼児だった。
フェリックス・フォン・ベイリン、御歳七歳。
はい、子供です。ちなみに彼の母親は、既に亡くなっている。彼の後には、でっぷりした貫禄のあるオジサマが仁王立ちして、こちらを馬鹿にしたような眼差しで見下ろしていた。
そして五分後。
「やめろっ!触るなぁ!放せぇ!!」
私に抱えあげられて暴れるフェリックス様だけど、甘いよ。私たち、まだ敵同士なんだよ?城に迎え入れた時点でダメじゃん?
…まあ、わざとお嬢様と私に女性であるカリスタさんの三人で、護衛もつけず訪ねて油断を誘い、待ち受けていた兵が襲いかかってきたところをエリンギマンAG謹製痺れ粉をぶっかけて全員戦闘不能にしての……だけどね。ともかく、ベイリンの現当主は捕らえた。
ちらと横に目をやると、例のでっぷりしたオジサマがカリスタさんに取り押さえられていた。
ベイリン男爵邸は、領主を捕らえたことで呆気なく制圧された。見事なまでの無血開城。
お嬢様によると、彼は例の寄生虫弱小貴族の一人で、歴史だけは長いアロガント家当主だそうな。たぶん、幼いフェリックス様に代わってアーロン留守中の政務をやってたのかな。詳しいことは、後でじっくり聞くとして。
「とりあえず、第一関門クリアだね」
暴れるフェリックス様を軽々と抱っこして、私は息を吐いた。後はこの子を人質に、各連合擬きの貴族を訪問するのだ。
その日は、ベイリン男爵邸の旗をモルゲンのそれに変え、私がフェリックス様を抱えてちょっとしたパフォーマンスをした。具体的には、市街を凱旋して回ったんだ。支配者が変わったと、領民に知らしめるためにね。フェリックス様がいかにも囚われの人質ですといった体でしょんぼりしていたため、パフォーマンスは恙なく終わった。
◆◆◆
それからは怒濤の毎日だった。
まず、とっ捕まえたアロガント家のオジサマが実質飾り物以下の役立たずで、ベイリンの行政のあれこれを掴むのに無駄に時間がかかった。ベイリンの政治は、基本アーロンと腹心のネーザルの二人で回していたらしい。アロガントはただの手足、つまり脳みそのない道具に過ぎなかった。
「戦に勝てると思いこんでいたのね」
とは、オジサマを尋問したカリスタさんの言。まあ確かに兵力差は圧倒的だったし。アーロンの「勝った」と思うのも、無理はないのかもしれない。きっと、自分が戦に負けて私たちが本陣に乗り込んでくるなんて予想だにしなかった。だから……平和な本陣の留守をボンクラに任せてしまった。
まあ、無血開城に至った原因はそれだけじゃないけどね。どういうわけから、ベイリン領に入ってから一度も戦闘をしなかったんだよ。私たち。てっきり守備兵と交戦するものと思っていたのに、領境の城砦はもぬけの殻だった。
かなり後になって知ったのは、王女サマことエヴァが、アンデッド軍団で彼らを追い立ててモルゲンまで走らせたこと。だから、ベイリンは兵士にくわえ、城砦近隣の農民すらいなかったのだ。
さらに。
ネーザルに行く直前にウィリスから現当主が既に戦死していると連絡が来て、急遽訪問順序をいじって右往左往したり。そうこうしていたら、逃げ帰ってきた兵や領民が飢餓状態で到着してひと悶着あったり。
何だかんだあって、気づけばひと月が過ぎてしまっていた。
でも、今回は本当に運がよかったよ。
この幸運に浮かれず、私たちは気を引き締めなくてはならない。何の準備もせず、負かしたとは言え敵地に少数で乗り込むなんて自滅のリスクが高すぎる。さらに、楽々入城した後も、情報が錯綜して右往左往――こんな体たらくじゃ、いずれ足元を掬われる。
ともかく、担がれそうな旧支配者はフェリックス様のように人質という名目でモルゲンに連れて帰ることに決めた。ベイリンにこちらの手勢を置いていけないため、仕方がない。しばらくは反乱を警戒するためにも、頻繁に行き来するしかないだろう。くたくたに疲れて、私たちは帰路を急ぐのだった。
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