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建国~黎明~編
142 グワルフとの交渉
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「貴女、その身体は…」
紅玉の瞳がひたと私を見つめている。ヤバい……来て早々、ニセ使者の化けの皮が剥がれた。どどど…どうしよう?!
「知り合いなの?セヴラン」
言葉に窮する私の前で、女の人――グワルフ王妃様が息子に質問した。
「ダウンコートの契約だっつって、ペレアスの商館の有り金全部と俺のポケットマネーまで巻きあげたサアラちゃん!」
おまえっ!それ、今言うのな?!事実だけどっ!狼狽する私にニヤニヤするセヴラン。コイツ、楽しんでやがる!
「真面目に答えなさい」
しかしグワルフ王妃様は、息子をぴしゃりと叱りつけた。途端に萎縮する息子………力関係が一目でわかる。
「あの……前にちょっとだけ話した『魔の森』の…」
「…そう。よく知らないのね」
「…スミマセン」
サクッと息子との話を切り上げて、彼女は今一度立ち竦む私を見上げた。
「身分を詐称したこと、大変失礼いたしました。モルゲン・ウィリス王国が王配、サイラス・ウィリスと申します」
こうなったら開き直ろう。どうせこの人に嘘は通用しないのだし。跪いて貴族らしく手の甲に口づけを落とした私に、グワルフ王妃様は目を細めた。
「それで?本当は何用かしら?」
鋭い眼差しに、私への好感らしきものは欠片もない。
「我が国を助けていただきたいのです」
明かしても構わない事情をつらつらと説明する。建国した経緯、そして王国側に邪竜討伐の名目で攻められようとしていること――
「邪竜?」
首を傾げるセヴラン。ああ…彼には『耳』しかないんだっけか。どうせバレていることだしと、私は自分にかけていた幻惑魔法を解いてみせた。
「コレ」
鱗に被われた左腕を掲げると、「なっ?!」とセヴランが目を見開く。
「おい、どうしたんだよその腕!」
その問いには答えず、私は王妃様に向かって直角に腰を折った。
「グワルフ王国兵とわかる兵士を最小単位でいい、貸して下さい。なんなら鎧を貸してくれるだけでも構いません。時間がないんです」
「その兵士をどうするの?」
問い返した王妃様に、「抑止力に」と答えた。
「抑止力?援軍ではなくてか?」
「戦わずに討伐隊を追い返そうと考えています。多国籍の軍が駐屯しているところを下手に攻めれば、国際問題になる。それを…」
「それだけじゃないでしょう?」
私の説明を遮った王妃様が、じっと私の左腕を見つめる。
「それだけなら、そんな悲愴な顔をしなくてもいいはずよ」
本当…どこまで視えているんだろう。『真実の目』って厄介だね。
「共通の敵――『邪竜』という巨悪と各国の軍が協力して戦い、ウィリスにを封じる。そして、封印が解けないよう駐屯して監視し続ける。そうすれば、封印を傷つける可能性を盾に戦を防げ、ペレアスに我が国を奪われずに済みます」
そう。私を『邪竜』として討伐させ……後はそれを言い分にウィリスに多国籍軍を監視の名目で駐屯させる。『ウィリス=邪竜封印の地』と位置づければ、これ以上ない抑止力になると思うんだ。下手に攻めれば邪竜が復活する……そう謳って。世界平和のためって、これ以上ない大義名分でしょ?
「サアラちゃん…まさか」
信じられないという顔のセヴランに私は淡く笑いかけた。
「私は近い将来、『邪竜』に吞まれるから。有効活用するだけだよ」
私の身一つで、戦乱のこの世界に平和な地を得られるのなら安いものでしょ?ニカッと笑えば、彼は秀麗な顔を顰めた。
「それで?我が国に何かメリットはあるのかしら?」
「母上!」
椅子を蹴倒して立ち上がる息子をものともせずに、グワルフ王妃様が答を促した。
「植物紙にダウンコート、それから錬金術師なしで石造りの建物を作れる魔法の建材など、我が国は魅力ある商品を多数抱えています。損はさせないとお約束しましょう」
「アンタも!なに平然と取引してんだよっ!」
「わかったわ。いいでしょう。用意するのは一個師団。それでいいかしら?」
一個師団……思ったより大勢派遣してくれると。
「ありがたき、幸せ」
よかった。話がまとまった。私は、ようやく肩の力を抜いて安堵の笑みを浮かべた。
◆◆◆
グワルフ王妃様の命令で、グワルフ王国兵の一個師団に何故かセヴランまでついてきた。太っ腹なことに、快速軍船でモルゲンの港まで直行してくれる、とのこと。ありがたい。甲板でレオの運んできた手紙を読んでいると、白銀の髪を風に靡かせながらセヴランがやってきた。
「向こうにいるのは、メドラウド兵、ニミュエ兵。でもって俺らも加わると。なぁ…、不思議に思ってたんだが、戦後からたった半年だろ?そんな短期間で、多国籍軍受け入れるだけの施設なんか作れたのか?」
「ああ。それがこの代償だよ」
甲板には数名のグワルフ兵しかいない。彼らには見えないように一瞬だけ幻惑魔法を解いて、鱗に侵食された半身を見せた。
「ッ!そんなに…」
「人手が足りないから、魔の森の力を使ってスクイッグを量産したんだよ。だから受け入れる施設は心配しなくてもいいよ」
エリンギマンズとフェリックス君に頑張ってもらって突貫工事をしたんだ。今読んでいた手紙に、施設が完成したって書いてあった。順調だ。
「その…魔の森の力を使ったから?」
言いにくそうに問うセヴランに苦笑し、ドンッとその背を叩く。
「ついてきてくれたなら、しっかり働いてもらうぜ!身分の高い王子様がいた方が交渉がスムーズだしな!」
縦社会だからね。上手いこと王子会談擬きに持ち込めたら、ライオネルみたいなバカ王子を丸め込むのにさほどの労苦は要らないだろう。
そう…。迎え撃つ準備は万端に整えた。後は役者が揃うのを待つだけ――
「その身体…もう、どうにもできないのか?俺にはアンタが…邪竜とやらに吞まれそうな人間には思えないんだが」
柄にもなく心配でもしているの?珍しいこともあるものだね。
でも……アルが試しにかけた浄化魔法は効かなかったし、魔除けもこの鱗にはまるで効果がなかった。それに…侵食されているのは身体だけじゃないんだ。毎日のように湖の夢を見るし、確実にあちら側に引き寄せられているのがわかる。時々…自分が『何』なのか、自分は本当に純粋な『自分』なのか、わからなくなるときがあるんだ。だから…
この判断は、正しい。
きっと。
◆◆◆
快速軍船の船倉。そこに、板を打ちつけた上に縄でぐるぐる巻きにされた樽が置かれていた。耳を澄ませば、樽の中から声が聞こえる。
「もぉ~。めんごったらめんご~!Y字バランス程度でカッカするなよな~もぉ!」
出航の際積みこまれた樽には、王宮仕えの爆発物処理班が捕まえたとある使い魔が入っている。麻袋から抜け出してこっそり王宮内を彷徨いていたところ、衛兵に見つかり、例の『永久Y字バランス』の粉を噴出したため、爆発物処理班が出動、捕獲し今に至る。
「魔封じの樽とか酷いぞ~!訴えてやる~!」
…グワルフ王宮では、衛兵に十数人のY字バランス被害者が出た。討伐されなかっただけ、温情のある処置なのだが…
「マ~スタ~!!出してくれよぉ!!」
暗い船倉にミニエリンギの叫びがこだました。
紅玉の瞳がひたと私を見つめている。ヤバい……来て早々、ニセ使者の化けの皮が剥がれた。どどど…どうしよう?!
「知り合いなの?セヴラン」
言葉に窮する私の前で、女の人――グワルフ王妃様が息子に質問した。
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「真面目に答えなさい」
しかしグワルフ王妃様は、息子をぴしゃりと叱りつけた。途端に萎縮する息子………力関係が一目でわかる。
「あの……前にちょっとだけ話した『魔の森』の…」
「…そう。よく知らないのね」
「…スミマセン」
サクッと息子との話を切り上げて、彼女は今一度立ち竦む私を見上げた。
「身分を詐称したこと、大変失礼いたしました。モルゲン・ウィリス王国が王配、サイラス・ウィリスと申します」
こうなったら開き直ろう。どうせこの人に嘘は通用しないのだし。跪いて貴族らしく手の甲に口づけを落とした私に、グワルフ王妃様は目を細めた。
「それで?本当は何用かしら?」
鋭い眼差しに、私への好感らしきものは欠片もない。
「我が国を助けていただきたいのです」
明かしても構わない事情をつらつらと説明する。建国した経緯、そして王国側に邪竜討伐の名目で攻められようとしていること――
「邪竜?」
首を傾げるセヴラン。ああ…彼には『耳』しかないんだっけか。どうせバレていることだしと、私は自分にかけていた幻惑魔法を解いてみせた。
「コレ」
鱗に被われた左腕を掲げると、「なっ?!」とセヴランが目を見開く。
「おい、どうしたんだよその腕!」
その問いには答えず、私は王妃様に向かって直角に腰を折った。
「グワルフ王国兵とわかる兵士を最小単位でいい、貸して下さい。なんなら鎧を貸してくれるだけでも構いません。時間がないんです」
「その兵士をどうするの?」
問い返した王妃様に、「抑止力に」と答えた。
「抑止力?援軍ではなくてか?」
「戦わずに討伐隊を追い返そうと考えています。多国籍の軍が駐屯しているところを下手に攻めれば、国際問題になる。それを…」
「それだけじゃないでしょう?」
私の説明を遮った王妃様が、じっと私の左腕を見つめる。
「それだけなら、そんな悲愴な顔をしなくてもいいはずよ」
本当…どこまで視えているんだろう。『真実の目』って厄介だね。
「共通の敵――『邪竜』という巨悪と各国の軍が協力して戦い、ウィリスにを封じる。そして、封印が解けないよう駐屯して監視し続ける。そうすれば、封印を傷つける可能性を盾に戦を防げ、ペレアスに我が国を奪われずに済みます」
そう。私を『邪竜』として討伐させ……後はそれを言い分にウィリスに多国籍軍を監視の名目で駐屯させる。『ウィリス=邪竜封印の地』と位置づければ、これ以上ない抑止力になると思うんだ。下手に攻めれば邪竜が復活する……そう謳って。世界平和のためって、これ以上ない大義名分でしょ?
「サアラちゃん…まさか」
信じられないという顔のセヴランに私は淡く笑いかけた。
「私は近い将来、『邪竜』に吞まれるから。有効活用するだけだよ」
私の身一つで、戦乱のこの世界に平和な地を得られるのなら安いものでしょ?ニカッと笑えば、彼は秀麗な顔を顰めた。
「それで?我が国に何かメリットはあるのかしら?」
「母上!」
椅子を蹴倒して立ち上がる息子をものともせずに、グワルフ王妃様が答を促した。
「植物紙にダウンコート、それから錬金術師なしで石造りの建物を作れる魔法の建材など、我が国は魅力ある商品を多数抱えています。損はさせないとお約束しましょう」
「アンタも!なに平然と取引してんだよっ!」
「わかったわ。いいでしょう。用意するのは一個師団。それでいいかしら?」
一個師団……思ったより大勢派遣してくれると。
「ありがたき、幸せ」
よかった。話がまとまった。私は、ようやく肩の力を抜いて安堵の笑みを浮かべた。
◆◆◆
グワルフ王妃様の命令で、グワルフ王国兵の一個師団に何故かセヴランまでついてきた。太っ腹なことに、快速軍船でモルゲンの港まで直行してくれる、とのこと。ありがたい。甲板でレオの運んできた手紙を読んでいると、白銀の髪を風に靡かせながらセヴランがやってきた。
「向こうにいるのは、メドラウド兵、ニミュエ兵。でもって俺らも加わると。なぁ…、不思議に思ってたんだが、戦後からたった半年だろ?そんな短期間で、多国籍軍受け入れるだけの施設なんか作れたのか?」
「ああ。それがこの代償だよ」
甲板には数名のグワルフ兵しかいない。彼らには見えないように一瞬だけ幻惑魔法を解いて、鱗に侵食された半身を見せた。
「ッ!そんなに…」
「人手が足りないから、魔の森の力を使ってスクイッグを量産したんだよ。だから受け入れる施設は心配しなくてもいいよ」
エリンギマンズとフェリックス君に頑張ってもらって突貫工事をしたんだ。今読んでいた手紙に、施設が完成したって書いてあった。順調だ。
「その…魔の森の力を使ったから?」
言いにくそうに問うセヴランに苦笑し、ドンッとその背を叩く。
「ついてきてくれたなら、しっかり働いてもらうぜ!身分の高い王子様がいた方が交渉がスムーズだしな!」
縦社会だからね。上手いこと王子会談擬きに持ち込めたら、ライオネルみたいなバカ王子を丸め込むのにさほどの労苦は要らないだろう。
そう…。迎え撃つ準備は万端に整えた。後は役者が揃うのを待つだけ――
「その身体…もう、どうにもできないのか?俺にはアンタが…邪竜とやらに吞まれそうな人間には思えないんだが」
柄にもなく心配でもしているの?珍しいこともあるものだね。
でも……アルが試しにかけた浄化魔法は効かなかったし、魔除けもこの鱗にはまるで効果がなかった。それに…侵食されているのは身体だけじゃないんだ。毎日のように湖の夢を見るし、確実にあちら側に引き寄せられているのがわかる。時々…自分が『何』なのか、自分は本当に純粋な『自分』なのか、わからなくなるときがあるんだ。だから…
この判断は、正しい。
きっと。
◆◆◆
快速軍船の船倉。そこに、板を打ちつけた上に縄でぐるぐる巻きにされた樽が置かれていた。耳を澄ませば、樽の中から声が聞こえる。
「もぉ~。めんごったらめんご~!Y字バランス程度でカッカするなよな~もぉ!」
出航の際積みこまれた樽には、王宮仕えの爆発物処理班が捕まえたとある使い魔が入っている。麻袋から抜け出してこっそり王宮内を彷徨いていたところ、衛兵に見つかり、例の『永久Y字バランス』の粉を噴出したため、爆発物処理班が出動、捕獲し今に至る。
「魔封じの樽とか酷いぞ~!訴えてやる~!」
…グワルフ王宮では、衛兵に十数人のY字バランス被害者が出た。討伐されなかっただけ、温情のある処置なのだが…
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