RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

文字の大きさ
202 / 205
建国~対列強~編

201 勝負つくとき

しおりを挟む
観客席――。
茶番を仕組んだペレアス古参派重鎮たちは、予想外の展開に目を剥いていた。
舞台では優勝させるはずのルッドゥネスの倅が、酔狂なことに金貨ウン千枚の魔法杖をキノコにやられ、さらに汚染された鎧も自ら脱ぎ捨てて、見苦しくも丸腰になったところだ。
「ええい!審判め!何をしておる!」
「それより兵じゃ!あの赤毛の首を刎ねろ!事故の体で殺せば問題なかろう!」
しかし、喚きたてる老害たちを余所に、赤毛の対戦相手は両手剣を鞘から抜くや、まっすぐ構えの姿勢を取った。それに合わせて、観客席のどこからか聞こえてくるコールも熱くなる。引き返すに引き返せない状況ができてしまっていた。
「さあ、正々堂々勝負といこう!魔法でも剣でもかかってこい!」
対戦相手はヤル気満々である。そして明らかに、素の戦闘力は向こうの方が上である。トビーはチートな装備をすべて外した上、短剣すら持っていない。
「貴様っ…!明らかに不公平だぞ!」
何の非もない対戦相手を詰るトビー。格好悪い。しかし、対戦相手はできた人間だったらしい。彼の配下と思しき騎士が数名駆けつけ、赤毛の対戦相手のと同じ両手剣と防具をトビーに寄こしていった。いそいそとそれらを身につけるトビー。観客の視線とか自分の立場などは頭から追い出した。
ようやく戦う準備ができたトビーは、ふらふらヨタヨタと剣を構えた。元々生粋の貴族であるトビーに、鉄の武具を操る筋力などついてはいない。なにせ、当初の武器たる魔法杖も軽さ重視で選んだのだ。
でも、ここまでしてもらってもう後には引けない。
「てあぁぁ!!」
余裕ぶった態度に挑発され、重い剣を引き摺るように赤毛の騎士に斬りこみ、
ガン!
「べぶしっ」
剣の腹で横っ面を軽く張りとばされて、地に墜落した。
「…フゥッ…ハァ…」
だが、トビーはもう後には引けないのだ。鼻血を垂らしながら立ち上がり、
「はぁあ!!」
斬りかかり、またもあしらわれて地に転がる。延々それを繰り返した。




我が国を降した大国の頂には、こんな軟弱なバカ共しかいないのか。

フルプレートメイルに身を包み、アレクザンドラはただただ虚しかった。足許に奈落の口が開いたような心地さえする。
また、あしらう。稚児の遊び以下の茶番――
「こんなもののために…」
呻くように呟いた。視線の先では、先ほど弾き飛ばした男が無様に尻を突き出し、蠢いている。
「こんなものの…ために…!」
頬を伝ったのは、悔し涙だ。故国を倒した敵が盤石かつ堅牢な組織なら、まだ納得できた。仕方なかったのだと。だが、実際はどうだ?先日の令嬢然り、目の前の対戦相手然り。なんと…危うい連中なのだろう。
故国を攻めたペレアス軍は強かった。しかし…その首領たちは?真っ当に勝ち上がったアレクザンドラにとって、骨があったと感じたのはアレックスという少年のみだ。他はあまりにも情けない実力で…
霞んだ視界を取り戻すべく、アレクザンドラは兜を脱ぎ捨てた。艶やかな赤髪が背を流れ落ち、鋭く整った美貌が露わになる。
「な…?!き…貴様、女ではないか!」
ようやく起き上がったトビーが喚いた。観客席もざわつく。優勝候補の貴族を完膚なきまでに打ち負かしていた者の正体が、まさか女とは…!
「ふっ…フハハハッ!見よ…女なのだ、アレは」
据わった目でトビーはアレクザンドラを指さした。
「よって私の勝利!勝利なのだぁ!!」
舞台の中心で、無様に顔を腫らした男が喚く。
「私が!優しょ」
トビーが宣言しかけた時だ。

ドォオン!!

轟音が会場を揺すぶった。

◆◆◆

突如響いた轟音。観客席は、水を打ったように静まり返った後、一転ざわざわとどよめきだした。

外で何かが起こった。それも、よくないことが。

怒号やわめき声が飛び交い、警備に当たっていた兵が奔る。そして齎されたのは…
「申し上げます!兵の一団がこの建物へ接近してきております!さきほどの衝撃は魔道具による攻撃かと!」
つまり奇襲だ。兵が報告をあげた重鎮の一人、ラップドッグ伯はすぐさま迎え撃つよう魔術師団の兵団に命じた。自らも指示を出すために外へと飛び出す。抜け駆けされてはならぬと、政治の中枢にいる古参派貴族の面々も次々に後を追った。
「追え追え!完膚なきまでに潰すのだ!」
一転、逃げに転じた奇襲部隊を見て、古参派貴族たちは愉悦の笑みを浮かべた。しかし…
「おい!あっちにもいるぞ!」
進む先から次々と少数の兵団が湧いて出る。それらはペレアスの精鋭兵を追い立てるがごとく、渦を巻くように精鋭兵団に絡みつき、あっという間に取り囲んだ。そして包囲の輪の中にいた兵士たちがバタバタと倒れてゆく――

誰も、何も言えなかった。

最強と名高い兵士たちだが、有能ゆえに冒険者に鞍替えするなどして、数を減らしていたこともあるだろう。ようやく、囮に誘い込まれて壊滅させられたのだと気づいた頃には、ペレアス貴族たちは、視界を埋めつくす敵兵に包囲されていた。
誰もが呆然と立ちつくす中、敵兵の向こうから鈴を振るようなころころと愛らしい笑い声が聞こえてきた。サッと兵の包囲が割れ、銀朱の髪に純白のドレスを纏った銀朱の髪の娘が現れた。ノエルだ。
「神の羊たちよ」
玲瓏とした声が、厳かに言葉を紡ぐ。
「跪きなさい。貴方方の中に王の器などおりません」
いけしゃあしゃあと武道大会を認めないと発言するノエル。
「そうだな。この程度の奇襲も見破れず、指揮を誤った者を将軍とは呼ばないね」
痛いところを突かれ、顔を真っ赤にするペレアス貴族たち。ノエルは尚も続ける。
「王家の血筋を「ああ、ルドラの姫君はその点、実に見事だった。武道大会で優勝したばかりか、会場へ奇襲を仕掛けて物にしてしまったのだからな!」
……。
「は?」
「え?」
ノエルと表に出てきたアレクザンドラは、突如被せられた声に目を点にした。
「私が、勝った?それでいいのか?」
「は?!貴女まさか優勝したの?!」
女二人の頓狂な声がかぶった。そして何より、この妙な違和感の正体は――
「サイラス・ウィリス?!」
いつからそこにいたのだろうか。すっかり貴族じみた格好をして、空色の瞳に妖しげな光を宿した青年が、目を細めて佇んでいた。

◆◆◆

「見事な手腕だったよ、アレクザンドラ王女」
弧を描く口許で柔らかく言ったサイラスは、パチパチと拍手をした。しかし、その声音にも表情にも言い得ぬ圧がある。
「ちょっ!何言っているのよ!これは私の…」
「聖女様は黙ってくれ」
噛みついたノエルをもぴしゃりと黙らせ、サイラスは呆然と立ち竦むペレアス貴族に目をやった。鋭く、冷めた目だった。
「引き比べて、貴殿らの体たらくには失望した。兵の使役では、貴殿らの方が歴史が上だったはず。それを囮に惑わされてこうもあっさりと負けるとは。さらには、チャンバラごっこでも女に勝てなかったとは」
何人かの、現実に立ち戻ってきたペレアス貴族たちが顔を真っ赤にして震えているが、意に介さずサイラスは言葉を続けた。
「いっそ、アレクザンドラ王女を国王に戴いてはどうかね?彼女は紛う事なき王家の血筋だ。彼女は女だが、さきほど男の頂点より優れていることが証明された。モルゲン・ウィリスは認めよう」
「なっ?!貴様!ふざけるな!!」
堪らず唾を飛ばして喚いた老害――ルッドゥネス侯爵。
「その女はルドラの賤民!何が王家の血筋だ!」
「貴様、平民の分際でぬけぬけと!」
口々に喚くペレアス貴族。
「貴殿らはまだ、わからないのかい?敵兵に囲まれ、気勢をあげるなど。死にたいのかな?」
しかし、サイラスの言葉を合図に槍の穂先を向けられ、一斉に沈黙した。それを見て、サイラスは今度はアレクザンドラ王女に向き直った。
「アレクザンドラ王女殿下こそ、ペレアスの頂とモルゲン・ウィリスは認めよう。国際会議の議席に座る要件も、此度のことで満たされた。以後、よしなに」
自信満々に差し出されたサイラスの手を、戸惑いながらもアレクザンドラ王女は握り返した。
(私は…勝ったのか?ペレアスに。雪辱を果たしたのか?)
今一度、槍を向けられ動けないペレアス貴族たちを見た。コイツらの頂点に、私が…?
「アンタ!何勘違いしてるのよ!取り囲んでいるのは私の軍!アンタは部外者でしょーがっ!!」
睨みが効かなかったのか、再びノエルが喚いた。そうだ。聖女様との打ち合わせでは、会場を包囲して外から攻撃するのが聖女様、会場の内側から貴族たちを屠るのが、己が役割だったはずだ。ここにいるサイラスは部外者でしかない。
なのに…
なぜだろう。とても、嫌な予感がする。
「フフッ。聖女様、貴女はこの軍を、武器を買ったのかな?」
凄みを効かせた問い。アレクザンドラは悟った。

そうか…。すべて彼が…サイラスが仕組んだことなのだ、と。

「俄仕立ての指揮官よりも、付き合いが長く実績もある私に従うに決まっているだろう。なあ、みんな!!」
サイラスの呼びかけに、一斉に武器を掲げて応える軍。ペレアス貴族もノエルも、そしてアレクザンドラ自身も、この場ではただの『駒』に過ぎない。『使役者ロード』ではないのだ。すべては、弱小国と侮ってきたモルゲン・ウィリスの年若い王配の手にあるのだ。
彼の合図で、流れるような動きで軍がペレアス貴族たちを取り押さえ、一ヶ所に纏めてしまった。ここにいる誰にも覚らせず、これほどまでに見事な謀略を成した彼のことだ。ガラ空きの王都を見逃すはずがない。
「クーデター起こすのか」
静かに問えば、彼は口許に淡い笑みを浮かべた。つまり、ペレアス貴族を人質にアレクザンドラを玉座に据えるつもりなのだ。一向に纏まらない大国の柱を挿げ替えに。
視界の端に、「なんでよ…」とへたり込む聖女様の姿がちら見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

処理中です...