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第5話 インフルエンサー×教師
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森の奥のレストランは、光の入り方が計算されている。
自然光は柔らかく、料理の色を過剰に強調しない。
写真を撮るには――正直、向いていない。
その日最初に現れたのは、派手な服装の女性だった。
「予約してた、結城ミナミです」
二十代後半。フォロワー数は数千万人。
流行の先端を歩き、食も旅も「発信」することが仕事のインフルエンサーだ。
席に着くなり、彼女はスマートフォンをテーブルに置いた。
「……ここ、電波弱いですね」
「必要なときだけ、届くようになっています」
高木あかねの返答に、ミナミは苦笑した。
数分後、もう一人の客が現れる。
地味なスーツに、くたびれた革鞄。眼鏡の奥の目は疲れているが鋭さを失っていない。
「予約の、佐藤です」
四十代半ばの中学校教師だった。
「本日は相席になります」
「……相席?」
ミナミと佐藤は、互いを見て軽く会釈する。
「お仕事は?」
ミナミが先に口を開いた。
「教師です。あなたは……」
「インフルエンサーです。食べ物とか、紹介してます」
佐藤は一瞬、言葉を選ぶように黙った。
「……影響力のある仕事ですね」
「そうでもないですよ。みんな、好きに見てるだけです」
最初の料理が運ばれる。
花のように盛り付けられた前菜。
エディブルフラワー、彩り野菜のピクルス、透明なジュレ。
皿は大きく、余白が多い。
「わあ……」
ミナミの目が輝く。
「これ、すごく綺麗」
すぐにスマートフォンが構えられる。
「撮っても?」
「どうぞ」
シャッター音が数回響く。
味は、軽い。
悪くないが、印象に残らない。
「……映えますね」
佐藤の言葉に、ミナミは笑う。
「大事ですよね。最初に興味持ってもらわないとですよね」
「教育とは、逆ですね」
「逆?」
「最初は地味でも、中身で残すんです」
次の皿は、色鮮やかなスープ。
鮮紅色のビーツ、白い泡、黒い皿。
「これも、撮りたくなるな」
佐藤はスプーンを持ちながら言う。
「でも、先生。
子どもたちだって、最初は見た目に惹かれません?」
「ええ。だからこそ、責任がある」
「責任……?」
「一度、強い印象を与えると、それが基準になる」
ミナミは一瞬、手を止めたが、すぐにスープを口に運ぶ。
「……味、薄いですね」
「意図的だ」
厨房から聞こえた井口凪の声だった。
「次の皿を濃くするために」
三皿目は、見た目の地味な一品だった。
焼いただけの鶏肉。
付け合わせは、くたくたに煮た根菜。
色味は茶色と白だけ。
ミナミは、少し戸惑う。
「……あれ? 写真、映えない」
だが、一口食べて、言葉を失った。
鶏は驚くほど柔らかく、噛むほどに旨味が滲む。
根菜は甘く、土の匂いが消えている。
「……これ、すごく美味しい」
「でしょう」
佐藤が静かに言う。
「伝えるの、難しそうですね」
「ええ。
でも、これをちゃんと味わえる子は、強くなる」
ミナミは皿を見つめる。
「私……
バズるものばかり追いかけて、
本当に大事なもの、ちゃんと伝えられていたのかな……」
「影響力は、刃物ですね」
「……怖いですね」
「だから、持つ者は学ばないといけない」
最後の料理は、何の飾りもないスープとパン。
温かく、滋味深い。
写真に撮る意味が、どこにもない。
「……でも」
ミナミが言う。
「これ、誰かに教えたくなる味ですね」
佐藤は、少しだけ笑った。
「それが、本物の影響力かもしれませんね」
食後、二人は同時に立ち上がる。
「……私、しばらく投稿の仕方考えてみます」
「そう思うだけで十分だと思います」
扉が閉まったあと、あかねが言う。
「“映らない料理”ほど、会話が深まりますね」
凪は頷いた。
「責任は味のあとから来るものだな」
森の奥で、今日もまた、
誰かの影響力が、少しだけ丁寧になった。
自然光は柔らかく、料理の色を過剰に強調しない。
写真を撮るには――正直、向いていない。
その日最初に現れたのは、派手な服装の女性だった。
「予約してた、結城ミナミです」
二十代後半。フォロワー数は数千万人。
流行の先端を歩き、食も旅も「発信」することが仕事のインフルエンサーだ。
席に着くなり、彼女はスマートフォンをテーブルに置いた。
「……ここ、電波弱いですね」
「必要なときだけ、届くようになっています」
高木あかねの返答に、ミナミは苦笑した。
数分後、もう一人の客が現れる。
地味なスーツに、くたびれた革鞄。眼鏡の奥の目は疲れているが鋭さを失っていない。
「予約の、佐藤です」
四十代半ばの中学校教師だった。
「本日は相席になります」
「……相席?」
ミナミと佐藤は、互いを見て軽く会釈する。
「お仕事は?」
ミナミが先に口を開いた。
「教師です。あなたは……」
「インフルエンサーです。食べ物とか、紹介してます」
佐藤は一瞬、言葉を選ぶように黙った。
「……影響力のある仕事ですね」
「そうでもないですよ。みんな、好きに見てるだけです」
最初の料理が運ばれる。
花のように盛り付けられた前菜。
エディブルフラワー、彩り野菜のピクルス、透明なジュレ。
皿は大きく、余白が多い。
「わあ……」
ミナミの目が輝く。
「これ、すごく綺麗」
すぐにスマートフォンが構えられる。
「撮っても?」
「どうぞ」
シャッター音が数回響く。
味は、軽い。
悪くないが、印象に残らない。
「……映えますね」
佐藤の言葉に、ミナミは笑う。
「大事ですよね。最初に興味持ってもらわないとですよね」
「教育とは、逆ですね」
「逆?」
「最初は地味でも、中身で残すんです」
次の皿は、色鮮やかなスープ。
鮮紅色のビーツ、白い泡、黒い皿。
「これも、撮りたくなるな」
佐藤はスプーンを持ちながら言う。
「でも、先生。
子どもたちだって、最初は見た目に惹かれません?」
「ええ。だからこそ、責任がある」
「責任……?」
「一度、強い印象を与えると、それが基準になる」
ミナミは一瞬、手を止めたが、すぐにスープを口に運ぶ。
「……味、薄いですね」
「意図的だ」
厨房から聞こえた井口凪の声だった。
「次の皿を濃くするために」
三皿目は、見た目の地味な一品だった。
焼いただけの鶏肉。
付け合わせは、くたくたに煮た根菜。
色味は茶色と白だけ。
ミナミは、少し戸惑う。
「……あれ? 写真、映えない」
だが、一口食べて、言葉を失った。
鶏は驚くほど柔らかく、噛むほどに旨味が滲む。
根菜は甘く、土の匂いが消えている。
「……これ、すごく美味しい」
「でしょう」
佐藤が静かに言う。
「伝えるの、難しそうですね」
「ええ。
でも、これをちゃんと味わえる子は、強くなる」
ミナミは皿を見つめる。
「私……
バズるものばかり追いかけて、
本当に大事なもの、ちゃんと伝えられていたのかな……」
「影響力は、刃物ですね」
「……怖いですね」
「だから、持つ者は学ばないといけない」
最後の料理は、何の飾りもないスープとパン。
温かく、滋味深い。
写真に撮る意味が、どこにもない。
「……でも」
ミナミが言う。
「これ、誰かに教えたくなる味ですね」
佐藤は、少しだけ笑った。
「それが、本物の影響力かもしれませんね」
食後、二人は同時に立ち上がる。
「……私、しばらく投稿の仕方考えてみます」
「そう思うだけで十分だと思います」
扉が閉まったあと、あかねが言う。
「“映らない料理”ほど、会話が深まりますね」
凪は頷いた。
「責任は味のあとから来るものだな」
森の奥で、今日もまた、
誰かの影響力が、少しだけ丁寧になった。
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